13.クリスマスイブの前日に2(本編10の裏側)
月草視点
「おい、なんかマズいことでも起きてんのか?」
突然群衆のなかから声をかけられて戸惑う。
「今頃生徒会と一緒にいるはずだろ。また青柳か?」
遠慮のない口調に、いつも彼女の隣にいる男子生徒だと気がついた。
こちらが反応を返せずにいる間に彼はスマホにちらりと目を走らせて大きく舌打ちをした。
「おい、青柳は今どこだ」
思わず言われるままに探知する。
「二階の……物理室の前を」
「物理室から食堂までのルートにいる奴全員退避させろ。ヤバい青柳が来るぞ」
彼の一言でバタバタと生徒たちが走っていく。
「青柳はどれくらいヤバいんだ?」
早足で歩きながら彼が聞いてくる。あわてて追いかけながら、
「……我を失っている状態です」
「最悪かよ。マジでヤバいな。色付きも関係なく逃がさねえと。ありったけ連絡回せよ!」
彼は次々にまわりの生徒たちに指示を出しながら、まっすぐに食堂へと向かう。
食堂前の廊下までたどり着いて中をうかがう。突き当たりの食堂の中からは緊張した様子もなく、楽しそうな声だけが聞こえてくる。
「……あいつも逃がすのはありか?」
「今の状況だと、見つからなければ手当たり次第壊して回るかと」
「ほんっとあのウザいのなんとかしろよ」
「次代のことですか?」
「違ぇよ。隣のクラスのピンク頭だよ!」
「ああそっちですか。何か理由があるようなんですが、殺さないようにとのことでして。排除もできません」
「……ワケアリかよ。面倒くせぇ。おーい、中の奴ら避難させるぞ。死にたい奴だけ集めろ!」
「死にたい奴って、なんですそれ」
「ヤバい青柳が来るところに待機すんだから死ぬだろ。何人か落ちてもあいつがあいつのまま生きてる方が死亡率低いのはうちのクラスの共通認識なんだよ」
話している間にも着々と編成が進んでいく。
彼、彼女らの迷いのなさが彼への信頼を感じさせる。
「青柳があいつを殺そうとしたら飛ばすやつやれよ」
なぜかさっき初めて見せた術すら知られている。
彼が食堂に向かおうとすると、女子生徒が彼の制服のそでをつまんだ。
「あ、あ、あの。あなたはここにいてください。死なれたら困ります」
ふるふる震えながら訴える女子生徒。
「どこにいたって死ぬ時は死ぬだろ」
「ですから、その。ここで、指示をしてください。その方が確率が上がります」
ぷるぷるしながら食堂に向かう面々に加わる。
「……彼女的な?」
「アホか。おれが死んだら次に最年長になる奴だよ。ビビりだから指示とか出すの怖いんだと」
「どういうことです?」
「ああ、色付きにはそういうのないよな。群衆はその集団のなかで一番長生きしてる人間が尊重されるんだよ。それだけその環境で生き延びてきたってことだからな。まあ、仮のリーダーみたいなもんだと思ってくれりゃあいい」
彼はちらりとスマホを確認して息をつく。
「……大体の避難は終わったな。んじゃ、入れ替わり立ち替わりな感じで行けよ。あいつに不審に思われるな」
驚くほどの手際で場が整えられていく。
「おいあんた、あとは頼むぜ。間違ってでも殺したら青柳が荒れるからな」
さっさと券売機の影に身を隠しながら言われて、あわてて彼の横の隙間に入り込む。
目眩ましをかけると、彼が目を見開いた。
「すげぇな。あんた万能だな」
「防御以外は器用貧乏の域を出ない代物ですよ。あなたの能力は聞き耳ですか?」
「いや、そんなもんねえよ?色付きみたいな上等なもんじゃないからな」
あまりにスムーズに事態を収拾していくから普通に同僚と話している感覚になっていた。
「おれのは緊急用のラインだよ。あんたも登録する?」
ほら、と見せられてひそかに驚愕する。そんな当たり前のツールを使ってこれだけの情報量を管理しているのか。
「よし。配置完了したな。青柳に下手にうろうろされたらマズいから、もうこっちに誘導するぞ」
「あ、はい」
うなずくだけで事態が次々進んでいく。
一人きりの青柳の従者として、いままであり得なかった状況だ。慣れない感覚につかの間呆然とする。
「そろそろ来るぞ」
耳元でささやかれた声に意識を引き戻され、廊下の先をうかがう。
やがて、ごっそり表情を抜け落ちさせた青柳がゆらりとやってきた。
……まさに魔王降臨。
まだ離れているのに威圧感が酷い。
目についたものを片っ端から滅ぼしそうな禍々しささえある。
『あいつに近づけるのはやめた方がいい』
目線で訴えられ、慎重に使役獣に指示を出そうとしたとき。
ふと、青柳が立ち止まった。
しん、と静まり返った廊下に食堂から漏れ聞こえる楽しげな声が響く。
耳を澄ますように目を閉じ、数秒後再び目を開けたときには禍々しさが消えていた。
ふらふらと食堂に入っていく青柳に緊張感が高まる。
けれど青柳は部屋のすみまで行くと、何をすることもなくただぼさっと立っている。
『何してんだ?』
『……わかりません』
青柳はぼんやりと、飾りつけをする生徒たちを見つめる。
生徒たちの中でちらちらと青柳を気にする様子を見せているのが彼女だろう。
息をつめて見ていると、彼女が突然青柳に近づいて声をかけた。
声をかけられた青柳は椅子に座って机に突っ伏す。
その後も彼女は自販機で買ったペットボトルをなぜか青柳のそばに置いたりと、微妙に接近してはこちらの神経をすり減らせる。
『もうそろそろいいんじゃね?』
『……そうですね』
食堂に入って青柳に声をかけると、すんなりと立ち上がった。
精神状態もだいぶ落ち着いている。
だが、いつ妻紅が戻ってくるかわからない講堂に戻るのはやめたほうがいいだろう。
寮に向かって青柳を誘導していると、
「愛とか恋とか気持ち悪いものより……俺はあの子の方がいいなあ」
ミルクティーのペットボトルを抱えてぽつりとつぶやく。
「いいんじゃないですか。あと、あれは愛や恋とは違うものだと思いますよ」
あんなものが愛や恋であってたまるものか。
あれは主への、攻撃だ。




