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茶々視点外伝 茶々視点・①③⓪話・熊の毛皮

寒がりの真琴様のために、全身を覆う熊の半纏はんてんを誂えさせた。

真田家からいただいた毛皮を惜しげもなく用い、頭までしっかり被れる作りにしたので、着てしまえば――もう人ではない。熊である。


布包みを解いた瞬間、毛皮特有の匂いがふわりと立ちのぼり、居間の空気が一気に山の冬へ変わった気がした。

侍女たちも、思わず息を止めたのがわかる。


真琴様は上機嫌に袖へ腕を通し、肩を回して確かめる。


「お~、これは前のより出来が良い。おっ、ちゃんと腕も入るんだね」


――前の熊より“出来が良い”。

その比較がすでにおかしいのだが、私は口を挟まない。挟めば、きっと余計な言葉が増える。


「一応、下も用意させましたが……」


私がそう言うと、真琴様は足元まで覆う毛皮――あしに巻くように仕立てた物を見て、ぱっと顔を明るくした。


「足、寒かったから助かる~」


その瞬間、背中から「すりすり」と妙に湿った音がした。

振り向けば、お江が真琴様の背中に頬を押し当て、猫のように擦り寄っている。


「マコ~、これ気持ち良い」


「それはいいが、あまりスリスリするなよ。毛が抜けそうだ」


「ん~、丈夫そうだから大丈夫だよ~」


お江は背中いっぱいに腕を回し、満足そうに抱きしめ続ける。

真琴様は“熊”のまま、どこか諦めたように笑っていた。


一方、お初はというと、遠くから冷ややかな視線を投げてくる。


「あんた、それで出かけたら撃たれるわよ」


真琴様はぴたりと動きを止めた。


「うっ、それは困る」


「だいたい馬が怖がって乗せてくれないと思うわよ」


真琴様は反射的に言い返そうとして、口を閉じた。

……お初の言い方は棘だらけだが、実際、的を射ている。


「確かめてみるか」


その一言で、私は嫌な予感しかしなかったのだが、真琴様はもう動いていた。

熊の毛皮を全身に纏ったまま馬場へ向かう。――熊が、城内を歩いている。

家臣たちの顔が「見てはいけないものを見た」顔になり、次々に視線が逸れていく。


馬場に出ると、放していた馬が自由に走り回っていた。

ところが、真琴様が一歩踏み出した途端――


ひひぃんっ!


悲鳴のような嘶きが上がり、馬が白い息を噴いて一斉に遠くへ逃げた。

砂が舞い、蹄の音だけが虚しく響く。


「うっ、まじか……」


「そりゃ~そうなるわよ」


お初の声は氷のように冷たい。私は笑いそうになるのを必死に堪え、息を整えた。


「誰か、真琴様の馬を連れてきなさい」


私が命じると、家臣が手綱を引いて真琴様の愛馬を連れてきた。

だが――熊の真琴様を目にした瞬間、馬は目を剥き、曳き手の手綱をこれでもかと引っ張って暴れ出した。首を振り、後肢で地面を蹴り、砂が飛ぶ。


私は即座に判断する。


「真琴様、危険です。その姿で馬に乗るのは諦めてください」


「仕方ないか。無理に乗ったら暴れて落馬しそうだし」


「……落馬したら、洒落にならないわよ」


お初が小声で言い、私は内心うなずく。

真琴様は口では軽く言うが、城主の落馬はただの怪我で済まない。噂は矢のように広がり、敵も味方も余計な口を挟む。


「それより徒歩かぁ……だったら熊の毛皮は脱ぐか」


真琴様が残念そうに言った、その時だった。

私はすっと前へ出て、穏やかに言う。


「この際、輿にお乗りになってはいかがです?」


「輿かぁ~」


「身分高き者が輿に乗るのはいささかも可笑しなことではありません。むしろ、今は“見せる”時です。――そして馬より安全です」


私が最後を少し強めると、真琴様は一瞬だけ考え、すぐに肩をすくめた。


「茶々がそう言うなら、上洛は輿で行ってみようかな。物は試し」


「はいはい。蒲生氏郷に命じて用意させますね」


私はその場で家臣に指示を飛ばし、輿の手配を急がせた。

真琴様は“熊”のまま満足そうに腕を組み、最後に一言だけ言う。


「……馬より輿の方が、寒くないし」


結局そこか、と私は胸の内でため息をつきつつも、口元は抑えきれず少し緩んでしまった。

こうして真琴様は、銀閣寺城への上洛を――熊姿のまま、輿に揺られて行くこととなった。

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