茶々視点外伝 茶々視点・⑧④話・来訪者
その夜は黒坂家に泊まり、朝を迎えた。夜半からの雪は細かく、庭の白砂を柔らかく覆い、吐く息がふう、と白くほどける。
真琴様はと言えば、昨夜の疲れが嘘のように晴れやかな顔つきで、いつも通り神棚の水と御神酒、盛り塩を替え、柏手を打ってから東の空に黙礼なさる。
雪の帳の向こう、薄桃にほどける朝焼け――その前で背筋の通った横顔を見ると、私の胸の中にも静かな火がともる。
今日は吉法師様もお初とお江と連れ立って来訪の段であったが、雪脚が強まるとの報で取りやめになり、黒坂家はいつもの顔触れに戻った。
朝餉を済ませ、真琴様が政の覚え書きを几帳面とも乱暴ともつかぬ字で書き付けているところへ、私は薄茶を点てて一息入れていただく。
茶筅の音が松風を誘い、湯気がふわりと墨の匂いに溶ける。
そこへ柳生宗矩が畳を滑るようにして現れた。
「御大将、三河守様がお越しにございます」
「え~、マコと白黒将棋やる約束だったのに~」
袖をぐい、とつまむお江。
白黒将棋――真琴様が“リバーシー”と呼ぶ不思議な遊戯で、石をぱたん、と返すたびお江が歓声をあげる、最近の屋敷の流行りである。
「一息ついたらね、と言ったろ」
真琴様は苦笑しつつ、お江の手をやんわり外す。
「真琴様、三河守殿とはお約束が?」
「してない……よな、宗矩」
「はっ、なんのお取り決めも」
「でしたら、お断りしても非礼には当たりません。約定なき突然の面会こそ、礼を欠くもの。しかも真琴様は織田家の食客にして義父上様の客――徳川家の家臣でもございません」
「ん~……でもこの前、脇差を賜ってしまったし」
「であれば、ここは私が。黒坂常陸の正室として拝顔仕るのが筋。――真琴様は、ほら、うっかり“未来の御仁”の口が滑らぬうちに」
「そこまで言う?」
私が扇を軽く立てると、真琴様は肩をすくめて笑った。
「……少しだけなら、とお通しして。宗矩」
「はっ」
宗矩が玄関へ向かう。
真琴様は愛用の作務衣からすばやく羽織袴に改め、帯の具合を整えられる。
私は広間の火鉢に炭を一つ足し、茶器の位置を微かに直した。
雪の白と、畳の青、銅壺の黒――色の対比が、場を締める。




