茶々視点外伝 茶々視点・⑧②話・正月の挨拶
正月二日。
真琴様は安土城で年賀の儀へ。私は黒坂家の正室として屋敷に控え、ひっきりなしの挨拶客に応対した。
冬の日が障子越しに四角く畳へ落ち、炭の匂いがほの温かい。
最初は笑顔に余裕もあったが、さすがに列が蛇のように伸びはじめる。
「桜子、前田慶次はどうしました?」
「その・・・・・・二の間にて挨拶に来た様々な家の若様方と“酒比べ”を始め、皆さま見事に戦死――いえ、酔い潰れております」
・・・・・・慶次、兵站を断つのが上手すぎます。
私は幸村に各家へ迎えを出す手配を命じ、柳生宗矩を門に立てて名簿の整理と順番付けを一任。
梅子・桃子は茶と干菓子。私は桜子とともに、次々と膝を進めてくる顔ぶれを迎えた。
一組目は、老臣の奥方と凛々しい若殿。
「このたびは御縁、おめでとう存じまする。末席ながら家中の端にでも置いていただければと、倅を連れて参りました」
若者は背筋を正し、深々と。
「黒坂様の工夫された火縄の業、拝見して以来、ぜひお傍で学び度く――」
「お言葉はありがたく。ですが、黒坂常陸は礼は尽くしますが、才は才として見ます。情は混ぜません」
私は扇を伏せ、やわらかく続ける。
「道場の試しは春、柳生宗矩立会いにて。口添えはいたしませんが、場は必ず用意いたします。そこで己を示してくださいませ」
「ははっ!」
若者の返事はよい。母御の目に、ほっと灯がともった。
二組目、商家の妻女が美しい反物の包みを抱えて現れた。
「日頃のごひいきのお礼に、ささやかながら――」
「ありがたく頂戴いたします。ただし、黒坂では御用の窓口は今井宗久に一元。値は市に準じ、帳面は明白。『贈り物ゆえに口利き』はいたしません」
「存じておりまする。取引は宗久殿へ、これは年始のご挨拶にございます」
「では、年始の礼として受け、代価は相場で宗久より払わせましょう。黒坂は“廉直の利”を好みますゆえ」
妻女は安堵して頭を下げる。
桜子が静かに控えから帳面を差し出し、受領の札を書き付けた。紙と筆の音までが、屋敷の律のように心地よい。
三組目、厳つい家老が眉を寄せて囁く。
「噂に聞く『雷避けの金具』、ほんに効き目が?」
「雷神は尖りを好みます。屋根のいちばん高みに“足場”を据え、鎖で地に逃がす――信じるもまた守り。名は『受雷神槍』。鯱の飾りもようございましょうが、槍も立ててくださいませ」
「なるほど、足場…迷わぬよう導くわけか。上様にも申し上げましょう」
四組目、若武者が緊張で膝が震えている。宗矩が肩を軽く叩いた。
「殿の南蛮椅子というもの、座り心地は…?」
「尻が驚くほど楽です。が、礼法の座は畳のまま。楽と節、両立が肝要です」
「りょ、両立…!」
障子の向こうで慶次の笑い声。
「尻も節も大事よのぉ~!」
――二の間から幸村のきびきびした声が飛ぶ。
「慶次殿、もう一献で終戦にござる!」
笑いがさざ波のように広がり、若武者の肩の力が抜ける。よろしい、それでいい。
五組目、やつれ気味の母御が、小さな娘の手を握っていた。
「娘、炊事と裁縫なら人に負けませぬ。出仕の道は・・・・・・」
「今は手が足りておりますが、春に大津へ移る折、炊事・裁縫・洗い張りの手は増やします。桜子に名を書き付けておいてください。黒坂は身の丈に合う働きを尊びます」
娘の指先は針の茧。
私は茶托を押しやり、「正月餅はもう召しました?」と問う。
こくりと頷く顔に、少し血色が戻った。
六組目、若い妻女が恐る恐る口を開いた。
「けんちん蕎麦という御料理、うちでも拵えとうござります。お味の秘…」
「秘は桜子へ。黒坂の味は“医食同源”、皆で分けてこそ福は広がります」
「は、はいっ!」
桜子がうなずき、材料と段取りを手短に書き記す。墨の香が、腹の底に温かい。
こうして話している間にも、列は尽きぬ。ときおり私は針で糸を抜くように、要点を引き出し、誤解をほどき、望みの形を整える。桜子が小声で囁く。
「巷では、『黒坂様は柳生・前田・真田をお取り立て。ならば我らの若もいずれ』と・・・・・・」
「なるほど。ならば、こう伝えましょう――『黒坂は門は開くが、敷居は下げぬ』と」
次の客。年若い当主が膝をつき、押し包むように礼を述べる。
「このたびのご婚礼、まことに――」
「お気持ちだけで充分。ところで、そなたの領の水利、冬のうちに見直すと良い。春の出水で困らぬように」
彼は目を丸くした。
「・・・・・・はい。水門の板、弛みが出ておりました」
私は微笑む。
「それを見落とさない目、黒坂は好みます」
門のほうで宗矩が扇をぱしりと閉じ、「本日はここまで」。
二の間では慶次の高い笑いと、幸村の「お送り仕る!」が重なる。
担がれてゆく若様方の足が、正月らしくふらふらと揺れた。
やがて一巡。湯呑の底の茶渋を眺め、私はひと息吐く。
障子の外、冬空は澄み、白い息が陽にほどける。
「黒坂は礼は尽くし、才は才として見る。情は混ぜぬが、情は忘れぬ」
私は心の内でそう言い直し、次の客を呼んだ。
笑顔という名の采配で、この賑わいを秩序へ――少しばかりの冗談も、お年玉として添えながら。




