表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1238/1343

茶々視点外伝 茶々視点・⑧②話・正月の挨拶

正月二日。


真琴様は安土城で年賀の儀へ。私は黒坂家の正室として屋敷に控え、ひっきりなしの挨拶客に応対した。


冬の日が障子越しに四角く畳へ落ち、炭の匂いがほの温かい。


最初は笑顔に余裕もあったが、さすがに列が蛇のように伸びはじめる。


「桜子、前田慶次はどうしました?」


「その・・・・・・二の間にて挨拶に来た様々な家の若様方と“酒比べ”を始め、皆さま見事に戦死――いえ、酔い潰れております」


・・・・・・慶次、兵站ひょうたんを断つのが上手すぎます。


私は幸村に各家へ迎えを出す手配を命じ、柳生宗矩を門に立てて名簿の整理と順番付けを一任。


梅子・桃子は茶と干菓子。私は桜子とともに、次々と膝を進めてくる顔ぶれを迎えた。


一組目は、老臣の奥方と凛々しい若殿。


「このたびは御縁、おめでとう存じまする。末席ながら家中の端にでも置いていただければと、せがれを連れて参りました」


若者は背筋を正し、深々と。


「黒坂様の工夫された火縄のわざ、拝見して以来、ぜひお傍で学び度く――」


「お言葉はありがたく。ですが、黒坂常陸は礼は尽くしますが、才は才として見ます。情は混ぜません」


私は扇を伏せ、やわらかく続ける。


「道場の試しは春、柳生宗矩立会いにて。口添えはいたしませんが、場は必ず用意いたします。そこで己を示してくださいませ」


「ははっ!」


若者の返事はよい。母御の目に、ほっと灯がともった。


二組目、商家の妻女が美しい反物の包みを抱えて現れた。


「日頃のごひいきのお礼に、ささやかながら――」


「ありがたく頂戴いたします。ただし、黒坂では御用の窓口は今井宗久に一元いちげん。値は市に準じ、帳面は明白。『贈り物ゆえに口利き』はいたしません」


「存じておりまする。取引は宗久殿へ、これは年始のご挨拶にございます」


「では、年始の礼として受け、代価は相場で宗久より払わせましょう。黒坂は“廉直の利”を好みますゆえ」


妻女は安堵して頭を下げる。


桜子が静かに控えから帳面を差し出し、受領の札を書き付けた。紙と筆の音までが、屋敷の律のように心地よい。


三組目、厳つい家老が眉を寄せて囁く。


「噂に聞く『雷避けの金具』、ほんに効き目が?」


「雷神は尖りを好みます。屋根のいちばん高みに“足場”を据え、鎖で地に逃がす――信じるもまた守り。名は『受雷神槍じゅらいじんそう』。しゃちの飾りもようございましょうが、槍も立ててくださいませ」


「なるほど、足場…迷わぬよう導くわけか。上様にも申し上げましょう」


四組目、若武者が緊張で膝が震えている。宗矩が肩を軽く叩いた。


「殿の南蛮椅子というもの、座り心地は…?」


「尻が驚くほど楽です。が、礼法の座は畳のまま。楽と節、両立が肝要です」


「りょ、両立…!」


障子の向こうで慶次の笑い声。


「尻も節も大事よのぉ~!」


――二の間から幸村のきびきびした声が飛ぶ。


「慶次殿、もう一献で終戦にござる!」 


笑いがさざ波のように広がり、若武者の肩の力が抜ける。よろしい、それでいい。


五組目、やつれ気味の母御が、小さな娘の手を握っていた。


「娘、炊事と裁縫なら人に負けませぬ。出仕の道は・・・・・・」


「今は手が足りておりますが、春に大津へ移る折、炊事・裁縫・洗い張りの手は増やします。桜子に名を書き付けておいてください。黒坂は身の丈に合う働きを尊びます」


娘の指先は針の茧。

私は茶托を押しやり、「正月餅はもう召しました?」と問う。

こくりと頷く顔に、少し血色が戻った。


六組目、若い妻女が恐る恐る口を開いた。


「けんちん蕎麦という御料理、うちでも拵えとうござります。お味の秘…」


「秘は桜子へ。黒坂の味は“医食同源”、皆で分けてこそ福は広がります」


「は、はいっ!」


桜子がうなずき、材料と段取りを手短に書き記す。墨の香が、腹の底に温かい。


こうして話している間にも、列は尽きぬ。ときおり私は針で糸を抜くように、要点を引き出し、誤解をほどき、望みの形を整える。桜子が小声で囁く。


「巷では、『黒坂様は柳生・前田・真田をお取り立て。ならば我らの若もいずれ』と・・・・・・」


「なるほど。ならば、こう伝えましょう――『黒坂は門は開くが、敷居は下げぬ』と」


次の客。年若い当主が膝をつき、押し包むように礼を述べる。


「このたびのご婚礼、まことに――」


「お気持ちだけで充分。ところで、そなたの領の水利、冬のうちに見直すと良い。春の出水で困らぬように」


彼は目を丸くした。


「・・・・・・はい。水門の板、弛みが出ておりました」


私は微笑む。


「それを見落とさない目、黒坂は好みます」


門のほうで宗矩が扇をぱしりと閉じ、「本日はここまで」。


二の間では慶次の高い笑いと、幸村の「お送り仕る!」が重なる。


担がれてゆく若様方の足が、正月らしくふらふらと揺れた。


やがて一巡。湯呑の底の茶渋を眺め、私はひと息吐く。

障子の外、冬空は澄み、白い息が陽にほどける。


「黒坂は礼は尽くし、才は才として見る。情は混ぜぬが、情は忘れぬ」


私は心の内でそう言い直し、次の客を呼んだ。


笑顔という名の采配で、この賑わいを秩序へ――少しばかりの冗談も、お年玉として添えながら。

原作13巻2026年2月25日発売

オーバーラップ文庫

挿絵(By みてみん)


電撃大王連載中

挿絵(By みてみん)

電撃コミックスNEXT⑦巻発売中

挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍版案内】 13巻2026年2月25日発売 i1090839 i928698 i533211 533215 i533212 i533203 i533574 i570008 i610851 i658737 i712963 i621522 本能寺から始める信長との天下統一コミカライズ版☆最新情報☆電撃大王公式サイト i533528 i533539 i534334 i541473 コミカライズ版無料サイトニコニコ漫画
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ