茶々視点外伝 茶々視点・⑦⑤話・仮祝言の日
1583年12月1日。
この日は珍しく温かな南風が心地よく吹いた。
小春日和。
朝から身を清め、輿入れの支度を整える。
屋敷の外には朱塗りの輿、そして織田木瓜の家紋を蒔絵した長持ち八つが、いつでも出立できるよう並べられている。
護衛となる森力丸・柳生宗矩に前田利家の家臣団は、裃姿の五百名が門外で待機していた。
私は薔薇文様をあしらった輿入れの衣に着替え、準備万端。
日が傾きはじめた頃、輿に乗る。
母上様への挨拶は昨夜のうちに済ませてある。
今日は軽く会釈を交わすのみで、言葉は少ない。
この輿入れは少し変わっている。
安土城天主脇の仮屋敷から、大手門内にある黒坂家屋敷まで――ごく短い道のりの輿入れだ。
本祝言は大津城への引っ越しの折と、すでに御触れが出されている。
大津には母上様たちも移るゆえ、離れ離れの暮らしにはならない。
黒坂真琴を正式に織田一門衆とするための、形ばかりの仮祝言――そういうことだ。
「姉上様、これで真琴……いえ、黒坂様の正室に本当になられるのですね」
お初は、どこか複雑な色の目をして言った。
「ふふ。真琴様がお初に『黒坂様』や『義兄様』などと呼ばれたら、きっとむず痒くなさるでしょうね」
「ですが、一応は兄上となるわけですし」
「お初、何も変わりませんよ。真琴様も私も。だからあなたも変える必要はないのです。――お初、私は“本当の意味”で黒坂家であなたを待っています」
「本当の意味、とは?」
「きっと、わかる時が来ます。その時まで心変えず、自分らしく生きなさい。父上様も母上様も、きっと応援してくださいますよ」
「姉上様にとっての父上様、ということですか?」
今の私の父は織田信長だ。けれど――
「極楽から見守ってくださっている父上様が、きっと力を貸してくださいます」
そう言い残し、私は輿の御簾を下ろさせた。
森力丸が声を張る。
「これより織田家姫・茶々様、黒坂家へ輿入れを致す。粗相なきよう、歩みを進めよ!」
琵琶湖に沈みかける太陽の光が、ことさら明るく道を照らしている――そう思えた。




