茶々視点外伝 茶々視点・⑦④話・祝言前日
仏間に膝をつき、父上様と御祖父様の位牌に静かに掌を合わせる。
香の煙が細く立ちのぼり、冬の冷えをわずかに温くしていた。
「父上様、祖父様――この茶々は、織田家の姫として、黒坂真琴なるお方に明日嫁ぎます。戦国の世とはいえ、父上様方の仇である織田信長の養女として……親不孝者でございますね、私……」
背後からそっと抱きとめる気配。母上様が、私を包むように腕を回された。
「長政様がそのようにおっしゃるはずがございません。きっと、茶々が好いた相手と結ばれることを、お喜びになりますよ」
「……そうでしょうか?」
「そうです。唯一無二の力を持つ男――黒坂真琴。その御方を捕まえたのです」
「たまたま、安土の城で出会っただけの運にございます」
「いいえ、運ではなく天命です。特別な力を持つ男と結ばれるのは、必然。……いえ、長政様のお計らいが働いたのだと、そう信じなさい」
「……母上様、そう信じて嫁ぎます。浅井家に申し訳ないなどの考えは、ここに置いてまいります」
抱く力が、ひと呼吸だけ強くなる。やがて母上様は離れ、声を潜めて告げられた。
「そうそう、まだ内密ですが――大津の城に、私たちも引っ越すことになりました」
「私たち……お初たちも、でございますか?」
「ええ。名目上、私たち浅井の者は“黒坂家お預け”と致すそうです。そうして、私たちに近づこうとする者どもを遠ざけるお考えとのこと。それに、常陸様のお手助けもいたしませんと」
「義父様は、真琴様のことをお案じなのですね」
「そうです。だからこそ蒲生氏郷を与力と致しました。本来は前田利家も与力につけるお考えでしたが、九州攻めと賤ヶ岳の築城で前田家はそれどころではない。ゆえにお止めになったのです」
「……九州攻め」
「織田家の天下は目前。“天下布武”。武をもって天下を制したのちに真に役に立つのが、黒坂真琴。――茶々、しっかりとお支えなさい」
「はい」
私は母上様の目をまっすぐに見返し、はっきりと答えた。
位牌の金箔が灯のゆらぎにきらめき、胸の奥で決意が固く結ばれてゆくのを、確かに感じた。




