茶々視点外伝 茶々視点・⑦③話・報告
一度目の大津城視察を終えた翌日、真琴様は登城なさった。
私も同席を許され、いつものように天主最上階へ。
障子越しの光が畳を四角く切り取り、まだ新しい青畳の匂いに、森蘭丸が運ぶ煎茶の湯気が混じる。
昨日、柳生宗矩が懐紙に走らせた書付を清書した冊子を、義父・織田信長が黙して繙かれる。
頁を繰る音だけが、天主の静けさに小さく響いた。
半時ほどの沈黙。
私と真琴様の前の茶碗には、蘭丸が温かな煎茶を幾度となく注ぎ足してくれた。
読み終えた義父は、低くひと言。
「流石であるな」
「い、いや……褒められるようなことは書いていません。未来で習った知識ばかりで……」
「それが有用なのだ。常陸にはまだわかるまいな。――パネル工法、これを活かせば敵陣近くに砦を一夜にして組める。火事に悩まされてきたが、雷神の力もこの理で受け流せる、とな」
真琴様が雷の仕組みをかいつまんで説明すると、義父は即断した。
「よし、この天主にも取り付けよ。他の城々にも命ずる。……ただ『避雷針』とあるが、実際は“避ける”のではなく“受ける”のであろう? それに槍を据えるなら“針”は言い回しが悪い。――雷神に降り立ってもらう槍、『受雷神槍』と致す。材は銅より銀が良いのか?」
「銀のほうが高価では……」
真琴様が値を案じると、義父は扇を軽く鳴らして笑われた。
「石見銀山は既に我が手の内。銀なら蔵に唸るほどあるわ。金も上杉がきちんと納めておる」
「あぁ……石見銀山……そうでしたね」
「主は金勘定など気にするでない」
「はぁ……」
真琴様が困ったように眉を下げる。ここぞと私は口を開いた。
「義父様。大津城の築城費は、どのようになさいます? これほど織田家にとって有用の策を試す城――まさか黒坂家の財布で建てさせはいたしませんよね?」
わざと水を向けると、義父は愉快そうに喉を鳴らした。
「ぬははははっ、流石、茶々よ。大津城の金子はこの信長に任せよ。……常陸にこれまで与えた褒美の金は、女を侍らせるにも使うがよい」
「義父様!」
「冗談じゃ。黒坂家は城持ちとなる。家臣、侍女、下働き――新たに多く抱えねばならぬ。そこに遣え」
「……あぁ、給料……たしかに。俺、そういうの苦手で……」
「真琴様。人と給金のことは私にお任せください。誰彼かまわず雇える家ではございません。母上様の伝手、森・柳生・前田・真田・蒲生の諸家の伝手を頼り、ふさわしき者だけを」
「うん、茶々に任せる」
義父はうなずき、私に扇を向けられた。
「わからぬ事は茶々に任せよ。――茶々、家臣に命じ、心の置ける者のみを選り抜いて雇わせよ」
「はい、そのように」
畳に落ちる冬の光がわずかに傾く。私は静かに息を整えた。
――もし真琴様の“秘密”に触れる者ありとも、外へ一滴も漏らさぬ口の堅さと胆力を持つ者だけを。
その覚悟を、私は胸の底で改めて固めた。




