七、糸口の手繰り方
人の記憶というのは曖昧なものだ。ましてやその記憶から創り出される話なんて、主観の上に主観を重ねた、事実あるいは史実から相当な距離が乖離した情報だと言っていい。
「線の細い、文学少女……ねぇ」
「何か言った、六郎くん?」
帰り道、有里紗と並んで歩きながら、六郎は呟いた。それに対する有里紗の質問も、あまり耳に入っていない。
ゆりは昨年、あるモノを失くした。それは交番に届けられていた。ここまでは主観の入る余地がない、完全な事実だろう。あまりに情報が少なすぎる気がするが、何故かゆりが言葉を濁すので、これ以上の情報は得られない。
そして、その交番にいた警官から、届けてくれたのは『朱陽高校の制服を着た、線の細い、触れたら壊れそうな、文学少女』であった、と言われたらしい。この部分は完全にゆりの主観が入り込んだ情報だろう。ここから、ゆりの主観を排除し、正確な情報を導かなければならない。そして──白紙の入部届。その謎もまだ残っている。
「六郎くんってば!」
何度も無視された有里紗が、ふくれっ面で六郎の肩を叩く。
「えっ……ああ……ごめん」
「ほんと、考え事してると周りが目に入ってないよね、六郎くん。本を読みながら歩いてて、電柱にぶつかる人と一緒だよ」
有里紗が人差し指を立て、最後に六郎に指先を向けた。どうやら注意しているらしい。傍から見ると、小学生に注意されている間抜けた高校生に見えるだろうか。
「残念ながら、そんな漫画みたいな人間を見たことはない」
漫画みたいな仕草で注意をしてくる有里紗にそう言って、六郎は歩き出す。そして気付いた。
「ふっふーん。漫画みたい、が何だって?」
有里紗が誇らしげに胸を張る。六郎の目の前には、あと少しでインパクト!というところまで電柱が迫っていた。
家に帰り着き、六郎は自室で推理を再開した。まずは尋ね人の情報だ。ゆりの言った内容から真実らしきものを抽出すると、尋ね人は「朱陽高校の制服を着た、痩せた女生徒」という部分が残る。しかし……。
「文学少女ってなんだ……」
六郎はまたも呟く。痩せた女子高生という情報から、文学少女という発想には、どう頑張っても飛躍することはないだろう。では、何か別の情報から、文学少女という表現にたどり着いたはずだ。
交番の警官は、ゆりに何と言ったのか。それが分かれば、尋ね人の輪郭が、今よりは鮮明に見えてくるはずだ……。六郎はそう考えた。
しかし思考は交錯し、その両端を結ぶことはなかった。ひとつの部分に執着すると、かえって全体像が見えてこない。六郎は一旦思考を切り替えることにした。
もう一つの謎、白紙の入部届。六郎はゆりに「あの入部届は正式に受理してもいいか」と聞いた。白紙の入部届けを作成したのがゆりならば、それが正式に受理できないことは分かっているはずだ。ということは──。
ゆりは入部届を書いた。そしてそれを、部室のドアの隙間から投げ込んだ。しかし、入部届が二枚くっついた状態だったことに、ゆりは気付かなかった。そして、それを見つけた誰かが、一枚目だけを持ち去った。その誰か、というのが──。
「話を聞いてみる必要が、あるかな」
今日何度目になるか、六郎は呟いた。




