再訓練
練習の為に先輩が選んだエリアは廃人街だった。
デーモンに侵略されたせいで恐怖のどん底へ落とされ、住民が全て狂ってしまったというバックストーリーのある街である。
元々は普通の住人だったのだが、狂気に陥っているせいで殺戮のことしか考えられず、プレイヤーキャラ達を襲ってくるという設定だった。
雑魚敵は骨と皮だけの肉体にギラつく目をした餓鬼の様な連中である。
設定の上ではモンスターではないのだが、公式サイトでモンスターの欄に記載されてるという、なかなか可哀想な位置づけの奴らだった。
このエリアは初心者の多くにとってトラウマになっていた。
最初の街を出て、すぐ目に入る場所に廃人街は配置してある。
直前にチュートリアル用のボスを倒していてプレイヤーは強気になっているので、意気揚々とエリアに入っていってしまう。
すると待ちかまえているのは曲がり角に身を隠してナイフを構えている廃人や、高い段差から捨て身ジャンプをして飛びかかってくる廃人である。
このエリアで初めて、モンスター・オンラインは初見殺しが基本であると学習するのだった。
ただ一度慣れてしまえば特に恐れる様な敵ではない。
全身が弱点みたいなものなので、どこを斬っても大ダメージを与えられる。
……はずなのだが、歯が立たずに何度も死亡判定を受けて先輩の蘇生術の世話になった。
仮に間に合わなくてもすぐ近くに街があるので簡単に戻ってこれる。
先輩が廃人街を選んだ理由の一つらしかった。
『しかし驚いたわね。まさか戦い方の基本も知らずに中ボス戦までいく奴がいるなんて』
「そんなに珍しい事なんですか?」
『普通は画質設定4kウルトラでアベレージ百二十もフレームレート出せないから、反射神経に頼った戦い方なんて出来ないんだよ。まぁ上級の廃人クラスはモンスター・オンラインの為だけにモンスターマシン用意しているって話だし、反射神経が高くないと出来ない芸当をやってるトッププレイヤーたちもいるから、そういう事も出来るかもしれないけどね』
「ふぅん……そうか。じゃあ本来はラスボス戦も非現実ってほどじゃないのか」
『そのアドバンテージが封じられている現状だと無意味な推測だけどね』
「うっ……」
雑魚敵が襲いかかってくる。
廃人街の敵は武器を所持している場合が多く、突き、払い、袈裟懸け斬り、斬り上げといった攻撃パターンを繰り出してくる。
しかもプレイヤーが早めに避けると攻撃を止めて別の攻撃に切り替える事までしてくるのである。
なのでこれまでは振り抜く速度の速い短剣や、当たり判定の広い盾を使ってパリィングしてから反撃に出たり、あるいは大振りな攻撃ならそのまま突きなどでカウンター攻撃をしていた。
だがそれは敵が攻撃モーションに移ってから数フレーム以内に対処しなければならない。
フレームレートが落ちているので、その分だけ反応が遅れるし、入力情報も遅延してしまう。
今まで慣れ親しんできたスタイルは全く役に立たなくなってしまった。
その代わりに先輩に教わった方法が活きてくる。
小刻みに後ろへ移動すると突きを誘発するし、横へ移動して背後を取ろうとすると薙ぎ払いが出やすい。
仮に誘導に失敗しても大きく避けるので攻撃を受ける心配が無かった。
これまで非常にシビアな戦い方をしてきたおかげで、相手の攻撃が始まったのを十分に見届けてから回避に移ることが出来る。
どの行動に対して、何の攻撃をしてくるかという情報を知っているだけで戦いは随分と楽になった。
先輩の戦い方は非常に安定していた。
彼女のキャラクターは両手持ち武器であるハルバードを装備している。
ハルバードは間合いの広さと重さに特徴があった。
重量があるので攻撃が出るまでが遅く、また攻撃を出した後の硬直時間も長い。
その代わりに間合いが広いのでショートソードくらいまでの相手なら一方的に攻撃出来てしまう。
特に先輩の戦い方は間合いを見極めたものが多い。
前から迫ってくる廃人を先端が触れるかどうかのギリギリで斬り伏せ、横合いから飛びかかってきた廃人を攻撃後の硬直が解けると同時に転がって潜り抜ける。
背後になったそいつに対して、薙ぎ払いが後方まで振り抜くのを利用して攻撃した。
「そういえば先輩って槍キャラなんですね。初めて見ました」
『もう随分使ってなかったからね。色んな武器を試したけど、槍が一番使いやすかったんだよ。それで間合いが広い方が戦いやすいとは思ったんだけど、魔導士は最初にやって懲りてるから』
「それで銃士ですか」
『戦士は久しぶりだから下手になってるなぁ』
そう言いながらも僕とは比べものにならないほど効率的に廃人を駆逐していく。
これまで肩を並べて戦った経験が無かったので、これほどまでの実力差があるとは思っていなかった。
(いや、ちゃんとしたマシンでやれば俺も同じくらい出来るかも……)
ただその考え方は負け惜しみの様な気がしたので頭から追い出す。
それに目的をはき違えてはいけない。
今はラスボスを倒し、イフンデフを手に入れる為に修行しているのである。
先輩が二匹の廃人を同時に相手している横で、俺はたった一匹の廃人とにらみ合っていた。
じりじりと間合いを詰めたり離れたりしながら互いに相手の出方を見る。
こうしていると相手に手の内を探られているような感じがしてくる。
(もしかしてこの廃人の中身も人間だったりして)
可能性だけはあるのだ。
もし自分が雑魚キャラに変身していたらと考えると身震いをする思いだった。
誘導に成功した俺は、盛大に攻撃を外した廃人を斬り伏せた。




