接触の手段
「ああ、なんなんだろう、このモンスター」
俺は泉のあるエリアに移動して、自分の姿を水面に映して見ていた。
人間の時は髭すら生えていなかった顔が、ほとんど硬い毛に覆われ、ゴリラのようになっていた。
毛を引っ張ると当然のように痛みを感じる。
ため息をついた。
この水面に映る姿は自分自身なのだ。
色々問題はあるが、とりあえず俺はゲーム世界へ入り込んだらしいという事は理解した。
ポリゴンが散っていたという事は、ここはゲームっぽい異世界とかではなく、そのままゲームの中なのだろう。
ゲーム内で使われていた各種画面を想像すると、空中にその画面が現れすらした。
俺はたぶんデジタルデータとして取り込まれてしまったのだ。
データとして取り込まれたとして次の問題は何のモンスターなのかという事だった。
泉に移ったのは攻略サイトですら見たことが無い猿人型モンスター。
まさか俺をモンスター・オンラインのデータ的に解釈するとこういう格好になるという事なのだろうか。
そして一番の疑問が何故モンスター側なのかという事だった。
これでは異世界を救ってそれなりの地位の人間と結婚するとか、現代社会では出来ないハーレムを作って肉欲におぼれた生活をする等々の、異世界でしか出来ないおよそ人並みであって人並みでない幸せを掴むことも出来ない。
それ以前にゲームの中なのだから、そういう事は諦めるとしても、普通の人間が出来ないような廃人プレイに没頭し、プレイヤーキャラとして名声を高めて皆から尊敬される事すら出来ないでは無いか。
俺が何か悪い事をしたのだろうか。
ちょっと涙が出てきた。
泉の横でふて寝をしそうになって、ふと気がついた。
そうだ。
そういえばシステムメッセージに非常に意味ありげなメッセージが流れていたではないか。
物語的には、これを取っ掛かりにして展開を進めていくのが常道である。
考えられる事としては、まず運営会社が俺の陥ったこの状況に一枚噛んでいるという状況だった。
運営は何らかの意図をもって俺をこのゲーム内へ送り込んだのである。
それは何か? 本人に聞けば分かるはずである。
だがこのゲーム世界へ捉えられている以上、メールを送る事すら出来ない。
電磁的にコンタクトが取れないとなると残されているのは運営もしくはその関係者が動かしているキャラクターすなわちGMキャラにコンタクトを取るという手段だった。
俺はなるべくプレイヤーキャラの目に触れないように移動した。
気分はスニーキング・ミッションである。
とはいえ自分の命を賭けている(かもしれない)行動なので、人の気配がする度に心臓が飛び出しそうになる。
このゲームは通常会話が頭上に表示されるので、運良く通常会話をしていてくれれば見た目で位置が把握出来た。
特に初心者はチャットの切り替えに慣れていないので、通常会話をしやすい。
これから行く場所はスニークするには好都合だった。
GMが現れる場所はどこだろうか。
という風に考えた時、大抵は初心者の集う街に現れるものであるという結論に至った。
つまりゲームスタート時に出現する街である。
バグなどで進行が出来ないといった時にもGMを呼ぶことはあるが、運良くそんな場面に遭遇するとも限らないし、一番確率が高いといえば最初の街しかないだろう。
だがそこへ行くまでの道は苦難の連続だった。
モンスター・オンラインには縄張りシステムというシステムが存在していた。
異なる種類のモンスター同士が一定距離まで近づくと互いに攻撃し合うのである。
これを利用すると両者を瀕死状態に出来た。
レベルの高いモンスター同士をぶつける事が出来れば、漁夫の利を得られるのである。
そんな縄張りシステムは俺にも適用されていた。
プレイヤーキャラから隠れる為に不人気ボスの根城を通過しようとした時、そこのボスに襲われるのである。
かといってそれすら避けてしまうとプレイヤーキャラに見つかる確率がグンと増してしまい、装備を調えた集団が追いかけてきてしまう。
どちらを避けるべきかといえば、やはりプレイヤーの方だった。
手の内を見せれば対策されるだろうし、何より死亡しても街へ戻るだけなので俺からすれば不死身の存在なのである。
一度倒せば数時間は出現しないボスモンスターの方がマシだった。
ただ、だからといってボスを倒すのが簡単という話ではない。
相手は中ボスばかりだったものの、ボスといえばそれなりの大きさがある。
そしてその体格に見合った体力と、それぞれの武器が存在しているのである。
ライオンと蛇が交互に攻撃してくるキマイラ・グレイを組み伏せてボディを執拗に殴ったり、高々と空を飛んでいたかと思えば急降下して攻撃してくるコカトリス・マムに岩を投げつけ、片手が剣になったエンシェント・ゴーレムには遺跡の名残である柱を引っこ抜いて対応する。
まるで原人に戻ったかのような戦闘を繰り返した。
しかもそれらの戦闘は全て自分の生死がかかっているかもしれない。
これは大変なストレスになった。
ようやくプレイヤーからもボスからも隠れられる場所を見つけて一息ついたときにはへとへとになっていた。
(何時になったら初心者の街へ着くんだろうか)
記憶の限りだと、泉のエリアから初心者の街まで行くのに、まだ十倍近くの道程がある。
ゲーム世界の夜空を眺めながら、途方もない旅を始めたものだと後悔し始めていた。
俺は果たして生きて初心者の街に着けるのだろうか。
しかも辿り着けたとして、都合良くGMが呼び出されているかも分からない。旅の途中でGMが呼び出されている可能性の方が高い気さえした。
ただそんな俺の心配も、次の日になると呆気なく解決してしまう。
それは不注意からプレイヤーに見つかってしまった時の事だった。
姿を隠すために洞窟の中へと入り、天井に張り付いていると、俺を見失ったプレイヤーが何やら手元で作業をし始めた。
ウィンドウの中にはモンスター・オンラインのものではないデザインの画面があり、非常に細かい文字が大量に書かれていた。
最初はなんだか分からなかったが、プレイヤーが掲示板に書き込みをしているのを見て、ようやくその存在に気がつく。
「ネットブラウザ……」
モンスター・オンラインにはゲーム内で起動できるネットブラウザが装備されていた。
それを脳裡に描くと目の前でネット画面が起動する。
普段はパソコンに搭載されている方のブラウザを起動しているので影の薄い存在だった。
だが今は、随分と頼もしく見えるのだった。




