第1章:1.1 陽光が斜めに差す午後
九月の台湾。
秋の気配はいつも、知らず知らずのうちにひっそりと空気の中へ滲んでくる。
午後三時過ぎ。
キャンパスの赤レンガの歩道には、太陽の光が斜めに降り注ぎ、周囲の老木の枝葉のシルエットを細長く、まだらに引き伸ばしていた。
少しひんやりとした秋風が梢を吹き抜ける。
ほのかなクスノキの香りと、遠くのグラウンドから聞こえてくる歓声や笑い声が運ばれ、空気の中をふわりと漂っている。
図書館の外側にある、屋外のウッドデッキ。
その脇には白く塗られた木製のベンチがいくつか、静かに点在していた。
闕恆遠は、そのうちの一つのベンチに静かに腰を下ろしていた。
すらりとした長い指が、分厚い洋書のページをそっとめくる。
紙の擦れるかすかな音が、ササッと鳴った。
彼は伏し目がちで、鼻筋がスッと通っている。
顔の輪郭はすっきりと滑らかで、静かで知的な雰囲気がにじみ出ていた。
キャンパスを歩けば誰もが思わず足を止めてしまうような、洗練された顔立ちだ。
頭上の幾重にも重なる葉の隙間から、陽の光が彼の肩へと落ちる。
微風に揺れる光と影。
まるで、ここだけ時間の流れが遅くなっているかのようだった。
――足音が遠くから近づいてくる。
それとともに、紙コップの中で氷がぶつかり合う涼しげな音が響いた。
悅清禾は、両手に買ったばかりのアイスラテを持ち、そっとベンチのそばへ歩み寄った。
そして、そのうちの一杯を彼の目の前へ差し出した。
ふんわりとした、柔らかなウェーブのかかった長い髪。
動くたびに数本の後れ毛が色白の頬にそっと寄り添い、学園一の美少女と呼ぶにふさわしい、清楚で整った顔立ちを一層引き立てている。
彼女の瞳には、飾らない、生まれ持った優しさが揺らめいていた。
「そんなに長いこと読んでて、」
「目が疲れないの?」
悅清禾は彼の隣に腰を下ろし、手にしていたラテを木製のテーブルに置いた。
その視線は、ページにびっしりと並ぶ英語の専門用語へ、ごく自然に落ちた。
闕恆遠は顔を上げ、紙コップを受け取った。
彼の指先が、コップの表面に結露した細かい水滴にふいと触れる。ひんやりとした感触が、皮膚を通して伝わってきた。
彼は微笑みを浮かべた。目元には、穏やかで温かな光が宿っている。
「大丈夫だよ」
「ちょうど面白い章に入ったところで、」
「つい夢中になってたんだ」
「午後から、学科のゼミがあるんじゃなかったの?」
「どうしてこんな所に座ってるのよ」
悅清禾は横顔を彼に向けた。
その口調には、長年の幼馴染ならではの親しさと気遣いが滲んでいる。
「さっき終わったところ」
「ここを通りかかったら、秋風がすごく気持ちよくてね」
「それで、ちょっと座って本をめくってたんだ」
闕恆遠が本を閉じると、バサリと重みのある鈍い音が響いた。
「伊凝雪が昨日もグループチャットでぼやいてたわよ」
「今週末は絶対に、みんなで時間を合わせてご飯に行こうって」
「そうじゃないと、みんな自分のことで忙しすぎて、」
「お互いの顔すら忘れちゃいそうだって」
闕恆遠は笑って首を横に振り、コーヒーを手に取って一口飲んだ。
ほろ苦さの中にミルクの香りが混じった冷たい味わいが、舌先に広がる。
「彼女はいつもそうだな」
「ドタバタしてて、」
「まるで使い切れないほどのエネルギーがあるみたいだ」
ちょうどそんな話をしているところへ、少し離れた曲がり角から、すっきりとした黒髪のストレートロングが印象的な伊凝雪が歩いてきた。
まっすぐに腰まで伸びた髪が歩調に合わせて揺れ、彼女の凛とした自信に満ちたオーラを放っている。
整った目鼻立ちは、陽の光の下でひときわ鮮やかに見えた。
伊凝雪は、二人が木の下に座っているのを遠目に見つけると、足早にこちらへ向かってきた。
その手には、管理棟で印刷してきたばかりの分厚い資料がいくつか抱えられている。
「二人とも、こんな所でサボってたなんて」
「おかげで私、この資料を抱えたまま、ビルを丸ごと一棟探し回っちゃったじゃない」
伊凝雪は足早に木のテーブルまで来ると、手にした資料をドンと置いた。
その口調には少し甘えるような愚痴が混じっていたが、口角はどうしても上がり気味だった。
「午後三時にいつもの場所で集合って約束したよね?」
「闕恆遠、もしかしてまた時間を間違えたわけ?」
闕恆遠はわずかに動きを止め、膝に置いていた指を無意識のうちにぐっと締め直した。
その瞬間、彼の視線が空中でコンマ数秒ほど凍りつき、脳内が真っ白になった。
伊凝雪の放った言葉が耳元を一回りしたものの、すぐには飲み込めなかったかのようだった。
その空白はあまりにも短く、まるで幻のようだったが、胸の奥にはなぜか重苦しい澱みがわき上がってきた。
彼はすぐに自然な笑みを浮かべ、顔を上げて相手の視線を真正面から受け止めた。
「間違えるわけないだろ」
「手元の用事が早く片付いたから、」
「ここに息抜きに来ただけだよ」
悅清禾は傍らで静かに彼を見つめていた。
顔の表情こそ穏やかなままだったが、その瞳の奥にはごくわずかな波紋がかすかに掠めた。
伊凝雪はその一瞬の違和感に気づくこともなく、自分で椅子を引き寄せて腰を下ろすと、耳にかかった長い髪を自然な仕草で耳にかけ直した。
「今週末の食事会の場所、もう予約しておいたからね」
「誰一人として欠席は許さないんだから」
「特に千慕羽のあの娘、」
「この前おごるって約束したのに、遠征の出張でいなくなっちゃったでしょ」
「今度こそ絶対に逃がさないんだから」
「あいつ、君のそんな話を聞いたらさ、」
「また現地の特産品をごっそり持ってきて、君の口を塞ぎに来るに決まってるさ」
悅清禾は柔らかく微笑み、その瞳には昔からの友人たちへの深い馴染みと親愛の色が浮かんでいた。
木々の隙間から差し込む陽の光が三人の上に降り注ぎ、それぞれの影を細長く引き延ばしていく。
闕恆遠はうなずいて「わかった」と返事をすると、テーブルの上に置いてあったノートを手に取り、リュックサックへしまおうとした。
だが、ノートをバッグに入れようとしたその瞬間、彼の動きがピタリと硬直した。
彼の視線が、そのノートの表紙へと落ちた。
その瞬間、頭の中がふっと真っ白になり、このノートをさっきバッグのどのポケットから取り出したのかが、どうしても思い出せなくなった。
それどころか、このノートにいつ書いた内容なのかさえ、なんだかぼやけて曖昧になっていた。
それはまるで、きれいに片付いていた部屋の柱を、誰かに不意に一本抜かれたような感覚だった。
家自体はそこに建っているのに、なぜか胸の奥から言いようのない不安がこみ上げてくる。
闕恆遠はすぐに意識を現実に引き戻し、ノートをそのままリュックの奥へと押し込んだ。
表面上は平静を装い、他の二人には何の異変も悟られないようにする。
伊凝雪は、学科の展示会の準備について途切れることなく楽しそうに語っていた。
そのよく通る澄んだ声が、静かな午後の空気にひときわ鮮やかに響きわたる。
遠くのキャンパスの時計台から、午後四時を告げる鐘の音が響き渡った。
周囲を行き交う学生の姿が少しずつ増え、賑やかな話し声と秋の微風がひとつに溶け合っていく。
闕恆遠は伊凝雪の言葉に相槌を打ちながら、ふと視線を校舎の外へと向けた。
そこには、見慣れて――あまりにも見慣れている――通い慣れた通りの景色が広がっている。
通りの両側に並ぶタイワンモクセイの葉が秋風にさらされてカサカサと鳴り、枝葉を通り抜けた木漏れ日が、アスファルトの上に細かな金貨のようなまだら模様を落としていた。
五人が幼い頃からずっと一緒に歩いてきた道。
路地の角で分け合って食べたアイスキャンデー。
試験のために図書館で夜を徹して勉強した、あの青春の日々の記憶。
そのすべてが、まるで走馬灯のように脳裏の奥底でフラッシュバックした。
どの光景も鮮明で色あせることはないはずなのに、先ほどのほんの一瞬の空白のせいで、どこか現実味のない、掴みどころのない虚無感がまとわりついている。
闕恆遠はわずかに眉を寄せ、手に持っていたアイスラテの紙コップを少し強く握りしめた。
手のひらに突き刺さるような冷たさが、ぼんやりとした意識を少しだけ現実に引き戻してくれた。
「何をぼんやりしてるのよ、」
「二回も名前を呼んだのに返事もしないで」
伊凝雪はふっと綺麗な眉を少しだけ釣り上げ、闕恆遠の目の前で手をひらひらと振った。
その端正な顔立ちには、かすかな疑問の色が浮かんでいる。
「なんでもないよ」
「ただ、時間が経つのは早いなって思ってさ」
闕恆遠は口元をわずかに緩めて笑った。
その声の響きは、どこまでも穏やかで落ち着いていた。
「そうだね、」
「あっという間に、みんな卒業の時期だもんね」
悅清禾は静かにそう相槌を打つと、その瞳を遠くのどこまでも青い空へと向けた。
再び秋風が吹き抜け、木々の葉がカサカサと乾いた音を立てて擦れ合う。
まるで、誰にも言えない秘密をこっそり語りかけてくるかのように。




