なげやりサイクル
「ん…寝てた…?今何時かな…」
どうやら作り物の星を眺めている内に寝落ちしていたらしい。ゲルはルクスに抱き枕にされながらも、すやすやと静かに寝ていた。
「暗いな…あ、そうだ。ここ…?ん…ここかな」
照明をつけるスイッチを探すかわりに、ゲルの体をぷにぷとつつく。何度か試していると、柔く光り始めた。どうやら寝ていてもツボを押せば光るらしい。
つつかれてゲルが低く唸りを上げたが、またすぐ寝息を立て始めた。
床で寝ていたから体が痛む。体を伸ばしながら立ち上がり、ゲルが発する薄明かりを頼りにベッド脇の時計に目を落とす。
「…三時か…中途半端な時間に起きちゃった…」
ふわぁ、と軽くあくびをして、抱いていたゲルをベッドに寝かせる。妙に目が冴えて、二度寝しようにも寝付けない。
「そういえば…ここのカジノは夜もやってるんだっけ」
ヴェルディホテルのフロアマップを思い出す。そこには、『当カジノは夜も営業しております。ぜひエレベーターでお越しくださいませ』と記載があった。
「…ゲルが居たらうるさそうだし、一人で行っちゃおっと」
リュックを背負い、忍び足で部屋を出て、そっと扉を閉める。真夜中のホテルには、人っ子一人居なかった。昼間の賑やかさから一転、静まり返ったホテルは少し不気味で、でもなんだか心が躍る感じがした。
「地下一階…ここからは見えないってことは…完全に地面の下なんだ」
ホテルの中心は吹き抜けになっていて、上を見上げれば豪華なシャンデリアが、そして下には昨日チェックインしたエントランスが見える。
地下に隠された賭場、何か違法な賭けをしてるのか、金持ちから搾り取っているのか、あるいは借金漬けにした者たちに地下帝国を築かせているのか…そんな妄想を膨らませながらエレベーターに乗り込み、地下一階へのボタンを押す。
エレベーターのドアが閉まり、ソワソワとする時間もなく地下一階に着いた。ドアが開いた先には、上とは異なる世界が広がっていた。
敷き詰められた濃い赤のカーペットと、明るい黄色の光を照明が高級感を演出している。いくつもの卓があり、目元が隠れるようなマスカレードマスクを付けた客達が、ディーラーと様々な種類の賭けをしている。
「お客様、カジノをご利用ですか?」
エレベーターから出てすぐ、受付にいた若い男のディーラーが話しかけてきた。リムレスメガネをかけていて、薄っぺらい笑顔を顔に貼り付けている。
「うん、カジノ初めてだからよくわからないんだけど、なんでみんな仮面つけてるの?」
「あぁ、それは当カジノ独自の形式ですね。ヴェルディホテルに併設されているという関係上、身分を隠したいというお客様も少なくありませんので。それに、あの仮面、グッと雰囲気が出ますでしょう?」
実際かなり気分が上がる光景ではあった。カラフルな仮面をつけた大人たちが、感情を隠さずに一喜一憂しているのは、まるで映画のワンシーンのようだった。
「確かにイケてるね〜、僕ももちろん貰えるんだよね?」
「えぇ、もちろんでございます。こちらをどうぞ」
ルクスに渡された仮面は緑色だった。目の部分が空いていて、縁が金で装飾されている。
「どう?似合ってる?」
「とてもお似合いですよ、お客様」
さっきまでただの少年のエルフだったのが、途端に謎を秘めていそうな富豪のエルフに見える。背中のくすんだ色の大きなリュックが無ければ、だが。
ルクスは上機嫌になり、シャーロット王女から貰った金貨の残りの半分ほど、数にして五十枚ほどの金貨をチップに変えてもらった。経験則的に驚くと思ったが、意外にもディーラーは表情を変えなかった。このくらいの金貨の量はここでは普通なのか、あるいは感情が死んでいるのかは定かではない。
どんなゲームをしているのかな、と様子を見ながらテーブルの間を練り歩いていると、聞き覚えのある声がした。
「おぉ、ルクス君ではないか。本当にここに来るとはね。しかもこんな夜遅くに」
「ロッソさん!そっちこそ、こんな夜遅くにカジノなんて、よっぽどギャンブルが好きみたいだね」
昨日ホテルのバーで友達になった紳士、ロッソであった。ロッソは藍色の仮面を付けていて、昨日から一転、ミステリアスな雰囲気のイケオジに変身していた。
自分が座っている横の椅子に座るよう促しながらロッソが言う。
「土産屋には行ったのかな?面白い物は見つかったのかい?」
「うん、タダでいいものが手に入って最高だったよ。ロッソさんのおかげさ」
横に座ったルクスを見てロッソは満足気に目を細める。ふと卓に目をやってみると、どうやらロッソは大勝ちしているようで、金貨約百枚分のチップがその手元にあった。
「ロッソさんすごいね、ボロ儲けじゃん。コツとかあるの?」
ロッソがふっと笑って。
「ただ勘が働くだけさ、なんとなくね」
「ちぇ。コツさえ聞ければ楽に勝てると思ったのに」
「ふふ、楽に勝てる勝負なんてつまらないじゃないか」
そう話している間もロッソは卓から目を離さなかった。勝負強さの秘訣はこういう所なのだろう。
この卓ではバカラをやっていた。ルクスにはルールがよくわからないが、ロッソがまた勝ったことだけはわかった。
卓につく他の者たちは、悔しそうにうなだれていたり、少ないチップを大事そうに数えていたり、あるいは勝ちまくっているロッソを応援していたりなど、思い思いに賭けを楽しんでいた。
「うーん…僕にはこれはよくわからないや。ね、ロッソさん、簡単なゲームないの?」
ふむ、と昨日はなかったはずのちょび髭を撫ぜる。きっとオシャレつけ髭なのだろうが、紳士の感性は冒険者には理解しがたい。
「それならハイアンドローはどうかな?シンプルなゲームだ、きっと初めてでも楽しめるさ」
「へー、ありがとロッソさん、行ってみるよ」
「そうだ、ルクス君は面白い物を探しているんだったね?今日の景品の中に面白い物があったから見てくるといい」
「あ、そうだった。思い出させてくれてありがと。じゃまたね〜」
ロッソは手だけこちらに向けて振る。ルクスは完全に空気に飲まれて当初の目的を忘れていたが、ここにきて原点回帰した。ロッソに出会っていなければ、いたずらに金を溶かすだけになっていたかもしれない。
ロッソの『今日は』という言葉の通り、ここの景品は日替わりのようだった。黒煙竜の逆鱗、何語かも分からない古代の石板、『ゴブリンでもできる!ハーピーを手なづけるための十の秘訣♡』と書かれた怪しい本など、確かにイロモノが揃っていた。
どれもこれも面白そうなので、何を交換するかはとりあえずゲームを遊んでから考えることにした。
ハイアンドローのテーブルにつく。ディーラーとの一対一、出てくるカードの数が置かれているカードの数よりも大きいか小さいか、あるいは同じかを予想する単純なゲーム。
「お手柔らかによろしくね、ディーラーさん。僕初めてなんだ」
「ふふ、私ができるのはカードを混ぜ、そして出すことだけでございます、お客様」
そういうと若い女性のディーラーは新品のトランプを取り出して、数回リフルシャッフルをする。マジシャンがよくやっている印象のあるスタイリッシュな、そして最もよく混ざると言われるシャッフル。
そして、すっと一枚場に出す。数字は、六。確率的には大きいだろう。しかし、小さい方で当てると倍率が変わる。ルクスは――
「まぁ無難に、ハイで」
手始めに金貨一枚分の黒チップを五枚賭ける。結果は――
「Q、ハイですね。おめでとうございます」
チップ五枚が八枚になった。悪くない気分だ。人間が熱狂する気持ちも少しは理解できた気がした。
その後、最初の内は調子が良かった。コツコツと、安定択を取ることでチップを増やしていった。確率に負けることはあったが、それでも五十枚のチップが八十四枚までになった。
ここで調子づいたルクスは、三が出たタイミングでハイにオールインした。勝つ確率は八割を超えている。八十四枚が百枚になる、最高の一手、のはずだった。
ディーラーが出したカードに書かれた数は、三。負けた。ルクスは一瞬にして全てを失った。目の前が暗くなり、膝から崩れ落ち、灰のようになっていた。
そこへ、またもや聞き慣れた声。
「おぉ、その様子…負けてしまったみたいだね」
ロッソだった。あの後も順調に勝ったらしく、上機嫌でルクスのもとに来た。しゃがみ込んでルクスの背中をさすりながら慰める。
「そういうこともあるさ。私も昨日は負けたしね。めげないめげない」
「うぅ…僕は愚かだった…調子に乗ってしまったんだ…」
そこへ、聞き慣れたどころではない声――もとい怒声が響いた。
「おい!一人でなにやってんだ!」
ゲルだった。真っ赤を通り越して黒くなっていた。一応仮面はつけているが、相当に怒っているらしい。散財したこともそうだが、一人置いて行かれたことにご立腹のようだ。
「ま、まぁゲル君、落ち着いてくれたまえ。こうなったのは、私にも責任があるのだよ」
「ゲルー!ごめんねぇ!オールインしたら吹き飛んじゃったよー!」
「わっ…!」
ルクスがぎゅむっとゲルを抱きかかえて、頬をこすりつける。ゲルのひんやりとした体が精神安定剤的な役割を果たしたのか、少しづつ落ち着いてきた。
「…はぁ…落ち着いたか?」
「…うん、ありがと、来てくれて」
そっとゲルを床に下ろす。目が充血しているが涙は流していない。
「…ルクス君、君にギャンブルを勧めた私にも落ち度はある。ここは一つ、私に格好つけさせてくれないかね?」
「そんな…ロッソさんは悪くないよ。…でも、話は聞かせて?」
強かである。逃した獲物はもう見ないようにして、次の獲物に目をつけた。
「ふふ、これは嫌味じゃないんだが、私は今日たくさん勝ててね。これで景品を一つ、君にプレゼントしようかと思うんだ」
瞬間、ルクスの目に光が帰ってきた。
「え!いいの!ロッソさん好き〜」
雑魚チョロエルフであった。きっと珍品で釣れば怪しいおじさんにもついて行ってしまうだろう。
「はははっ、なーに、落ち込んでる友人のためさ。さ、選んでくれたまえ。予算は黒チップ百五十枚だからね」
「ロッソさんよぉ、あんた優しすぎだぜ」
ロッソはあまり似合っていないちょび髭を誇らしげに撫でている。
「うーん…あ、じゃああれがいいかも」
ルクスが迷った末に指を差したのは、完全に錆びていて豆腐すら貫けなさそうな槍だった。貼り付けられたラベルには『帰還する投げ槍、空裂』と書かれていた。
「あんなサビサビの槍でいいのかよ。名前はイカしてるけど、十枚分だぜ?もっと百のやつとかよぉ…」
この軟体生命体は遠慮というものを知らない。試食コーナーでも一人一個と言われなければバクバク食うタイプだろう。
「いいの、あれが気に入ったんだから。ロッソさん、いいかな?」
「あぁいいとも。交換してこよう」
ロッソが帰ってきて、ルクスに大事なものを託すように投げ槍を手渡す。
「わぁ…思ったより重い…ありがとう、ロッソさん。この借りはいつか必ず返すよ!」
「あぁ、いつかコーヒーを奢ってくれたまえ」
「ちょっと紳士すぎるぜ、ロッソさん」
二人はロッソと別れ、六〇九号室に帰ってきた。時刻は五時を過ぎていた。
リュックから空裂を取り出して、まじまじと眺める。
「結局、なんでそれにしたんだよ。黒煙竜の逆鱗とか、ちょーレアなもんもあったろ?」
「もう失うのはいやなんだ。帰ってきてくれる投げ槍こそが、今の僕に必要な物なの〜」
「あ、そういうことね…」
シャーロットから受け取った謝礼の内、半分が泡のように消え傷心中だったルクス。そんな彼の目には、失うことのない錆びた槍は、光り輝く宝物のように写ったことだろう。
きっと今後、この投げ槍を使うたびにロッソのことを思い出すだろう。こうして、ロッソとの友情も、思い出も、失うことのない不滅のものとなったのだった。




