過湿機
二人は、別品の肉料理で有名な格式高いレストラン『Meet a meat』に来ていた。シャーロットからお礼として目が眩むほどの大金を受け取ったため、星付きのレストランを利用することにも躊躇がなかった。
「ん〜、肉汁えぐいね!」
「美味いなこりゃ。名前がダサいから心配してたけど、杞憂に終わって良かったぜ」
二人とも小さい種族用の椅子に座っている。さすがは王都高級店、しっかりと多様性に配慮している。
分厚くも柔らかく、ミディアムレアの焼き加減が最高にマッチしている。ほっぺが落ちそうになりながら二人は周囲に目をやる。
綺羅びやかな格好をした貴族や、お忍びで来ているらしい超有名アイドル、騒いでいる成金の若者などの中で、みすぼらしいとまではいかずとも、ただのスライムとエルフである二人は当然浮いていた。
「…しかし、なんか落ち着かねぇな。俺たち場違い感半端なくねぇ?」
ゲルがソワソワしている。この環境では適応の天才であるスライムといえどさすがに馴染めないらしい。
「たしかにね…僕たちタキシードとか持ってないしなぁ」
「変なもん集めまくってるくせに、そういう肝心なもんは持ってないんだもんな。ったく」
たとえタキシードがあったとして、ルクスは身長の関係で着るというより着られてる感が出てしまうだろうし、ゲルに至ってはそもそも着れるのかという問題があるが。
「んで、次はどうする?まだ昼だ、宿屋に行くには早いからまだ店見たりするよな?」
朝からルクスの長い買い物につき合わされ、その後王女を助けた。そして今、ステーキを食べている。思い返せば、ゲルは行きたい店を探すこともできていなかった。
「そうだね、次はゲルが行きたいとこに行こうか」
「っしゃい!」
ナイフを掴んでいた左の触腕でガッツポーズをした。左利きらしい。
充足感を得た幸せそうな表情で二人は店を後にした。会計の際にあの革袋を出したら店員が驚いた顔をしていた。あの量の金貨は貴族御用達の店でも珍しいらしい。かなり高くついたランチだったが、金貨の山は依然小さくなっていない。
「それで、結局何が欲しいの?」
色々な店が立ち並ぶ大通りをぷらぷらとウィンドウショッピングしながら。
「…なんかしらは欲しいんだよ。何が欲しいかはまだわかんねぇけどさ」
要するに王都のお土産を買っておきたいと、そういうことらしい。
通りには、宝石店、武器屋に防具屋、服屋や魔道具店など色々な店達が活気を持って息づいている。
そんな中で、一際異質な空気を放つ看板が目に止まった。
『呪いの道具屋。命が惜しくば入らざるべし』
地面に置かれた深緑色の看板には、赤黒いペンキか何かでそう書いてあった。看板の横には細い路地があり、路地の奥に目をやると、こじんまりと、しかし確かな存在感を持つ店があった。
「おい、面白そうな店があるぞ」
純粋に興味を惹かれたのか、あるいはルクスが好きそうな店だからか、寄りたそうにしている。
「ほんとだ〜、でも命惜しくない?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だろ」
ない口の口角が上がったのが見えた気がした。ゲルは触手を伸ばしてルクスの手を引くと、嬉々とした様子で足を踏み入れた。
店の中は、想像通り暗い雰囲気だった。謎の鹿の巨大頭蓋、お札が何十枚と束ねられたもの、ロープでぐるぐる巻きにされたドールなど、いかにもな品々が並んでいる。オレンジ色の電球が一個しかなく薄暗い。
「ヒヒッ、いらっしゃいませ」
奥の棚の裏側から声がした。卑屈な口調、ゴブリンだった。
「雰囲気あるなぁ…」
「いかにもすぎて怖いというより楽しいな」
ゲルはルンルンである。オレンジの照明のせいで分かりづらいいが、若干黄色くなっている。
呪われたアイテムを恐る恐る見ていくるルクス。典型的呪物が並ぶ中、そのラインナップにはそぐわないものを一つ見つける。
真鍮でできた普通の見た目の加湿器だった。大きさは少し大きい水筒ぐらいだろうか。火種を入れる部分が下に、その上にやかんのような形状の水を入れる部分がついている。やかんの方には出力調整用と思われる歯車がついていた。だいぶ古いのか、真鍮は劣化して黒ずんでいるが、これと言って怪しい点はない。
「これ…加湿器?」
「ヒヒッ…ただの加湿器じゃございません。当然曰く付きでございます」
いつの間にいたのか、顔の横からゴブリン店主が声をかけてきた。
「うわぁっ!ちょっと、驚かさないでよ…」
「すみません、こんな店を営んでいるとお客様を驚かすのが楽しくなってきまして」
ヒヒヒッと愉悦を感じさせる笑い声を漏らす。このゴブリン、いい性格をしている。
「曰く付きの加湿器?なんだよそれ」
さっきの悲鳴を聞きつけてゲルも話を聞きに来た。
「…といいますのも、この加湿器、人を殺したらしいのです」
「加湿器がどうやって人を殺すってんだよ?」
間髪入れずにゲルがツッコむ。確かに想像できない。マシンガンでも搭載されているのか。
「それがこの加湿器…際限なく蒸気を吐き出すらしいのです」
ルクスがゴクリと生唾を飲む。怪談を聞いている様なそんな面持ち。
「ある所にこの加湿器を買った男が居ました。その男は家に帰って、それを寝室に置きました。水を入れ、燃料を入れ、そして眠りにつきました」
「翌日、約束の場所に来なかった男を心配した友人は、男の家に向かいました。異様な湿度が滲み出ている部屋に侵入すると、びちゃびちゃに濡れた部屋の中で溺死していた、ふやけた男を見つけたらしいです」
「…なんじゃそりゃ。第一、水蒸気で溺れ死ぬなんて聞いたことも…」
呆れるゲルをよそ目に、ルクスは真剣に話を受け止めている様子。
「この品の前の所有者からこの話を聞いたのです。信ぴょう性は…わかりませんな」
「…店主さんは使ったことある?」
「いいえ、私は死にたくありませんから…ヒヒッ」
「…おいまさか」
ゲルの嫌な予感は当たり前のように的中した。
「これ買います!」
「ほぉ、今の話を聞いてお買い上げとは、肝っ玉が据わっていらっしゃいますね、お客様」
店主はこの小さいエルフの決断に感心したようで、金貨一枚で加湿器を売ってくれた。
店を出て開口一番、ゲルが言う。
「なんでだよ…」
「なんか欲しいって言ってたじゃん。君へのプレゼントだよ?」
「…冥土の土産か?」
ルクスはぷぷっと笑って、ゲルに手を伸ばして触れる。確かめるような手つきでゲルの表面を撫でながら。
「やっぱゲル、ちょっとカサカサしてきてない?」
「…まじで?」
スライムはその体のほぼ全てが水分である。そのため一般的にはスライムというのはぷるぷるとみずみずしいものである。
一方で、水分をあまり補給しなかったり、乾燥した環境に長くいると、次第に水分量が減っていき、潤っていた体表はカサつき、移動や生活、戦闘など様々な活動に支障をきたすようになってしまう。
「自分で気づかないなんて、疲れてるんじゃない?」
「かもな…王都に来てはしゃぎすぎたみたいだ。てか…俺を保湿するためにその加湿器買ったのかよ」
いつも通りぶっきらぼうな口調だが、自分のことを思ってもらえた嬉しさが声音の柔らかさに出ていた。
「うん、あと際限なくってのが気になってさ」
「…まぁお前はそういう奴だよな」
「ふふふ…それに、密室じゃなければ溺れ死ぬこともないでしょ?だからこれは、ただのコスパのいい加湿器ってわけさ」
天才的な発想でしょと言わんばかりのドヤ顔。だがたしかに、変な物を活用する才能が頭抜けているということは認めざるを得ない。
二人は空き地を見つけ、そこで加湿器の効果を試すことにした。水をやかんに入れ、下にはフェニックスの冠羽とそこら辺に落ちていた木くずを入れた。
フェニックスは不滅の象徴。その冠羽は、その燃え盛る体から抜け落ちた後でも燃え続ける。旅において火種に困らなくなる素晴らしい代物だ。
「ギアを回してっと…一だとこんなものか」
やかんの口からしゅーっと水蒸気が出る。か細い水蒸気の線にゲルが触れる。
「あー…いい感じだわ。もうちょい強くてもいいぜ」
「これ千にしたらどうなるんだろ…えいっ」
ゲルが言うより先にもうダイヤルを操作していた。一から千にダイヤルを回すと、カタカタと加湿器が揺れ始める。
「お、おい!いきなり千はさすがに――」
刹那、爆音が響いた、やかんの先から半ば液体のようになった水蒸気の霧がうねり、噴き出し、二人のいる場所を起点に街を飲み込んでいく。
「うひょーー!!」 「うひょーじゃねぇー!」
ゲルはルクスが興奮しているのを尻目に、暴れ狂って空を飛んでいる加湿器を何とか抑えつけ、加湿器のダイヤルを必死で回して止める。
「はぁ…はぁ…やっぱこの加湿器、とんでもないじゃねぇか…」
「うん、めちゃくちゃすごいね!…出力の調整次第では武器にも…あるいは高圧洗浄機として使っても…」
ぶつぶつとなにやら思案している。興奮冷めやらぬルクスを見つめるゲルは、今までで一番の輝きと潤いを手にしていた。加湿器はゲルの渇きを過剰に、しかし確かに満たしたのだ。
王都が何者かの手によって一瞬で謎の霧に飲み込まれた前代未聞の事件、その犯人たちは未だに見つかっていないという。




