血塗られた妖刀『赫錆』
二人は引き続き王都ロドルスに向かう道を進んでいた。あと三日も進めば王都につくだろう。
資金面の不安も解消されたルクスは、見事に調子に乗っていた。
「王都に着いたら、まずは最高級の宿屋を予約して〜それから超かっこいい武器も欲しいな〜、光の魔剣!みたいなの」
「おいおい、浮かれすぎだろ。…俺にもなんか買ってくれるんだろうな」
冷静を装うゲルもどうやら楽しみにしているようだ。プルプルの体がいつにもまして揺らいでいる。
「もちろんだよ、あっと驚く大金が入ってくるんだからね!ゲルには…うーん、ゲルって何が欲しいの?」
一拍おいてゲルが意外な言葉を紡ぐ。
「…友達?」
「あ、そういやゴルはどこいったんだよ?どっかに置いてきたか?」
友達で思い出したのかゲルが言う。ゴル――少し前にルクスに懐いた金の球。おそらく生命体。
「あぁ、ゴルちゃんはリュックの中だよ。歩くのは嫌いみたい」
「なるほどな」
ルクスのリュック、端から見れば変哲のない少し大きいリュック。しかし、その中には広大な空間が広がっていて、際限なく物を入れることができる。ルクスの持つ珍品奇品の中で群を抜いて実用性のある逸品である。
「ただ、中は快適とは言いがたかったけどな。あいつ、意外と根性あるみたいだな」
リュックの中は無重力空間のようになっていて、その中に留まると大抵の場合気分が悪くなる。ゴルにはそういう感覚はないのかもしれない。
――そうこう話しているうちに、街道沿いに酒場を見つけた。宿屋も併設されていて、休むにはもってこいの場所だ。
「ちょっと休憩していく?まだ日も高いけど、情報収集もしたいしさ」
「…飲みすぎんなよ」
ルクスの魂胆はお見通しのようだ。とは言え、最近はあの山賊がいたエリアからなるべく離れるために移動続きだったため、ゲルも休むことに賛成した。
ゲルは宿屋に先に向かった。おそらく一眠りするのだろう。一方ルクスは酒場に向かった。街道沿いの酒場だ、きっと情報も集まってるだろう。そして何より――
「ぷはぁっ…やっぱこれこれー!」
酒である。田舎の地方ではエルフやドワーフなど、人間以外の種族に理解がないことも多く、子供にしか見えないルクスは、酒を飲むのにも難儀していた。二百年は生きているのだが、如何せんエルフ、見た目は十四、五歳の少年だ。
しかし、王都では多くの種族が共存し、互いを理解、尊重しあっている。その近くの酒場にも、その影響は及んでいる。
「よぉエルフの坊っちゃん。大きい荷物背負ってどこ行くんだい?」
顔が上気したおじさんが話しかけてきた。古傷がいくつもあり、左目には眼帯を付けている。体格も良いところから察するに冒険者らしい。
「僕はこれから王都に行くんだ〜、面白い物を求めてね。かっこいい魔剣とか!おじさん王都のこと詳しい?」
ルクスからすればこのおじさんは年下なのだが、ルクスは見た目で判断するタイプなため、おじさんはおじさんである。
「俺は王都にあんまり行かねぇからなぁ…この辺で依頼をこなして生活してんだよ。あ、でもな、魔剣っつうなら面白い話があるぜ」
「さすがおじさん!よっ、年の功!それでそれで?」
酔いと魔剣への興奮でテンションが上がっている。
おじさんもいい気になって、嬉々として語り出す。
「へへっ。まぁ魔剣というか妖刀なんたけどよ。なんでも、血塗られた妖刀『赫錆』っちゅうもんがこの辺りの遺跡にあるらしいんだよ」
「『赫錆』…血塗られた…!」
あまりにも厨二心くすぐられる名前に胸が踊っている。精神年齢が十五歳のルクスにはぶっ刺さるようだ。
「今まで千人万人を斬り殺したその妖刀からは、常に血が滴っているらしい。持つ者は呪われるだとか、反対に力を手にするだとか…」
「すごい…その遺跡の場所教えてよおじさん!」
おじさんが急に嫌な大人の顔をして。
「おいおい…まさかタダで情報を得るつもりか?ここからは有料だぜ〜」
ぐぬぬという顔をする――演技である。王都に着いたら大金が懐に入ってくる算段であり、多少の出費など痛くはない。しかしそれに気づかれてしまっては足元を見られてしまう。まさに年の功である。
「じゃあ…これくらいでどうかな?」
銀貨を三枚、テーブルに置く。ジャブ。
「足りねぇなぁ〜」
くっ…と喉の奥から吐息交じりの低い音を漏らす。
「じゃあ…金貨一枚追加するよ!これでお願い!」
置くが早いか、おじさんの手がぱっと伸びて銀貨と金貨を掻っ攫う。
「へっ、まいど〜。こんだけ貰えるなら、直接遺跡まで案内してやるよ。明日でいいか?」
「まじ?ありがとおじさん!」
「ははっ、おじさんじゃねぇ、俺はジョーだ。よろしくな。坊っちゃんは?」
「僕はルクス!あ、あともう一人一緒にいるから、よろしくね、ジョーおじさん」
熱い握手を交わして、ルクスは酒場を後にする。少し千鳥足になりながら宿屋で休んでいるゲルの部屋に着く。
「ただいま〜、開けて〜」
ドアを何度か叩く。返事がない。もう一度強くノックしようとしたところ、ガチャリ、鍵の開く音。
「んぅ…帰ってきやがったか…早かったな」
昼寝を邪魔されて若干不機嫌そうなゲルが出迎える。
「なんだいその言い草は〜」
気分が良く大して気にしていない。部屋に踏み込むとゲルの上にのしかかり、ぎゅっと抱きしめる。
「おい、重いんだが…って酒臭!…寝てる!?」
疲労と酩酊で泥のように眠っている。迷惑にもゲルの上で。
「はぁ…ったく、飲みすぎんなって言ったよな」
悪態をつきながらも声音は柔らかい。上に乗せたままベッドまで行き、そのまま横たわらせる。
「おやすみ、ルクス」
眠りを妨げないよう丁寧に布団をかけた後、ゲルももう一つのベッドで休息し始める。
二人の寝息は、明日呪われた妖刀を取りに行く者たちとは思えないほどに穏やかだった。
翌朝、けたたましいノックの音に二人は起こされた。
「おーい、ルクス!朝だぞ!遺跡まで行く準備が出来たら来てくれ!」
ジョーが起こしに来た。部屋は教えてないのだが、きっと受付に聞いたのだろう。さしずめ、エルフの坊っちゃんの部屋は?といった風に。
「…遺跡って…今日遺跡に行くなんて聞いてないぞ?」
叩き起こされたゲルが、豆鉄砲をくらった鳩のように呆然と。
「ふぁ…あぁ、昨日酒場で面白い話を聞いてさ。なんと…血塗られた妖刀『赫錆』なるものが近くの遺跡にあるんだって!」
起き抜けに伝えるには少し情報量が多すぎたのか、ゲルはない目をパチクリとさせている。
「…ヤバそうだけど、いけんのか?」
「なんとかなるなる〜」
くすぐられた厨二心は止められない。たとえ本能が危険信号を発していても。
いそいそと宿屋から出ると冒険者らしい装いをしたジョーが腕を組んで立っている。
「ジョーおじさん、待たせてごめん!あ、こちら僕の同行者のゲル。ゲル、このジョーおじさんがその遺跡まで連れてってくれるんだ」
お互いにお互いを紹介する。
「同行者って、スライムだったのか…最近は暴力性の低いモンスターも増えていると聞いたが、本当なんだなぁ」
「よろしくな、ジョーのおっさん」
物珍しいのか、ジョーはゲルをまじまじと見ている。
「さ、挨拶も済んだし出発しよう!どこら辺なの?」
「ふっふっ…聞いて驚け、遺跡は…すぐそこだ」
そう言うと、宿屋の横にある馬小屋を指す。
「…このおっさん、耄碌してないか?」
「ま、見た方が話が早いわな」
ジョーが馬小屋の戸を開ける。一見するとただの馬小屋、だがよく見ると、地面に穴が空いている。直径二メートルほどの穴を覗くと、そこまで深くはなく、飛び降りても怪我はしない高さ。
「ほぉ〜、遺跡の上に作られた宿場だったわけか。面白いな」
さっきジョーのことを悪く言ったとは思えない変わり身を見せるゲル。
「ジョーおじさん、案内するとか言って、すぐそこにあったんじゃん!詐欺師!」
糾弾する。
「へへっ、商売上手って呼んでくれよ」
「はぁ…まぁいいや、近くにあるなら手間が省けるし。ここから入っていいんだよね?」
「あぁ、帰ってくる時にここから上がれるようロープを垂らしておくよ。それじゃ、無事に帰ってこいよ〜」
ジョーに見送られながら二人は遺跡の中に侵入する。埃っぽく、静かで物音一つしない。
「モンスターはいなそうな感じだね。まぁ入り口だから当然か」
「あぁ、ただ油断するなよ。呪われた妖刀を秘めた遺跡だ。何が起きても不思議じゃない」
あのゲルが神妙な顔をしているように見える。妖刀にビビっているらしい。
「てか暗いな、光ろうか?」
「あ、お願い」
淡白なやり取りの後、突然ゲルが発光しだした。光るタイプのスライムらしい。
「ちょ、眩しっ!」
光量は留まることを知らず、ルクスの目を潰さんという勢い。
「あ、すまん、久しぶりだからさ」
スゥーっと眩い光が痩せ細っていき、最終的に豆電球程度になった。
「うん、目立ちすぎないしそれくらいで行こ」
遺跡の中は入り組んでいて、明かりがなければ帰り道が分からなくなるであろう構造をしていた。
道中、コウモリのようなモンスターやアンデッドが居たが、暗い環境に適応した弊害か、ゲルが瞬間的に光量を増すと、ギャアギャアと悲鳴を上げて逃げていった。
さながら閃光手榴弾のようなそれは、同時にルクスの目にもダメージを与えていたことは言うまでもない。
「あぁ…目チカチカする…」
「サングラスとか持ってたら良かったけどな」
「ちょっと加減してよ、もしくは閃く前に合図するとか…」
しかしモンスターとの戦闘を徹底して避けることで、スムーズに遺跡の最奥に辿り着いた。
仰々しい扉を開けると、奥に見える台座が赤色に怪しく光っている。その上に置いてあるのが――
「これが…妖刀?」
「果物ナイフか?」
あまりにも小さかった。刀というにはあまりにも刃渡りが短い。持ち手と同じ程度の長さしかないその刃からは、赤い液状のものが滴っていた。
「で、でも、噂通り血は滴ってるね!やっぱ呪われてるんだ…」
「…なんか甘い匂いがしないか?その血」
そう言われ、ルクスはその血と思われる液体を指で掬い取り、匂ってみる。確かに甘い匂いがする。正体を見極めるため、恐る恐る舐めてみる。
「…いちごジャムだ」
「なんだよそれ…」
ゲルが呆れ返ったような、ただどこか安堵したような声で声を漏らす。
「ぷっ…妖刀『赫錆』の正体が、まさかいちごジャムが滴る果物ナイフだったなんてね」
「まぁ良かったよな、血塗られた妖刀なんかよりよほど健全だ」
拍子抜けするような結末だが、少なくとも面白い物は手に入った。妖刀なんかよりもずっと。
「今後旅の中でお腹が空いても安心だね、これをしゃぶればいい」
「…サイコパスエルフの完成だな」
―――通ってきた道に目印を置いていたため、難なく入り口の馬小屋まで帰ってこれた。
「おぉ、帰ってきたんだな。よかったよかった」
酒場でまた呑んだくれていたジョーに会う。無事に帰ってきたことに少し驚いている様子。
「それで、どうだった?妖刀は?うまい思いは出来たか?」
「…まぁ美味しかったよ」
「そらよかったなぁ!」
きっと本当の意味を理解していないし、その方が幸せかもしれない。妖刀とはロマンであり、そして夢であった。
これから食パンを食べる時には、赫錆がさぞ活躍することだろう。




