東声会三木 穣(みき みのる)「写真三枚」
勝利した廉東旭もただでは済まなかった。彼は救急車に運ばれた。そして緊急治療の末、一週間後である1977年2月17日木曜日に何とか意識を取り戻したものの彼はボクシングが嫌になってしまった。重篤なPTSDである。グローブを見るだけで怯える程大場政夫にトラウマを味合わされたのだ。
「ほら、廉東旭の好きなボクシンググローブだぞ!」
善意で三木 穣は廉東旭に新しいボクシンググローブを渡そうとした次の瞬間に彼は恐怖した。
「嫌ぁああああああああああああああああああ!ボクシング嫌い!」
それはあんなにボクシングを愛していた廉東旭とは思えない発言だった。
――回想シーン――
30年前の廉東旭は9歳だった。
「俺ボクシング大好きだから大きくなったらボクシングの世界王者になって両親を楽させるんだ!」
それは夢見がちな子供特有な叶わぬ願いだ。隣で聞いているのは三木 穣だ。
「ヨムなら成れるよ!俺も応援する!応援だけじゃなくて一緒に協力もするぜ!」
三木 穣はこの良好な人間関係が続き、学校の幸せな日々が続くと思っていた。だが、三木 穣は日本人の為親の都合で日本に帰る事になった。その事を三木 穣は廉東旭に告げた。
「また遊ぼうな!ヨム!」
三木 穣の快活な声は泣き乍ら見送る廉東旭の心に沁み込んだ。
――現在――
その姿を見て東声会常任相談役である三木 穣は悲嘆にくれた。
「済まない。あんなに強いとは思わなかった。お前を傷つけた大場政夫にしっかり落とし前つけさせるからなッ!」
彼は病院のベッドで懺悔していた。そして大場政夫に復讐を決意する。大場政夫からしてみたら逆恨みである。その後三木 穣はお頭と繫華街で会話していた。
「お頭、あの大場とか言う奴どういてまいましょうか?」
それは静かなる怒りだ。
「別にいてまわなくてもいいだろう。大場はヤンチャだけどちゃんと約束を守ってくれたからな」
町井久之、本名鄭 建永(チョン・ゴニョン、정건영)は約束を重視する男だ。
「だが、それでは組織のメンツ丸潰れですよ!それに稼ぎ頭が一人減ったんですから!絶対に落とし前付けさせないと気が変になりそうです!」
三木 穣は復讐心に燃えていた。
「ヤクザに入ったら情を捨てろと教わらなかったのか?廉東旭一人の為に組織全体が動くなんてその方がメンツ丸潰れだろうが!それに他にも良質な朝鮮人ボクサーはいるから大した問題ではない。復讐したければ組織を抜けて東声会に迷惑にならないようにしろ!一応拳銃は貸してやる。それで大場を殺れ」
鄭 建永(チョン・ゴニョン、정건영)は三木 穣にS&W M36を貸した。使用弾薬.38スペシャル弾で装弾数5発だ。彼は復讐を決意した。必ず大場政夫をこの拳銃で殺すと覚悟を決めた。その後三木 穣は帝拳ジムに乗り込んだ。抜き足差し足で深夜帯を狙い、ジムで寝泊まりしていた大場政夫を標的にした。だがそこに大場政夫の姿は無く、彼は暫く待ち大場政夫が来るのを待ち伏せした。そして寝落ちしている頃に奴は帝拳ジムに入ってしまった。
「いつもお世話になっております。大場政夫です。この前は負けてしまい申し訳ございませんでした。」
大場政夫は本多敦彦に深々と謝罪した。
「いいんだ。怪我が治ったみたいで良かった!どんな選手であれ、絶不調な時位ある。それより今回の件が原因でボクシングを辞めたりしないでくれ!どうかお願いだ!私は大場君のボクシングが大好きだ!そのハードパンチで並みいる強豪をバタバタと倒していくのは見てて惚れ惚れした。だからどうかこの通りだ!」
帝拳プロモーション会長である本多敦彦は深々と頭を下げた。
「ちょっと止めてくださいよ!そんな風に頭を下げられたらボクシングを辞めるに辞められないじゃないですか!」
慌てふためく大場政夫に本多敦彦のお願い攻撃は止まらない。
「頼むよ!大場君!君の神話をまた見たいんだ!どうかお願いだ!私をまた素晴らしいボクシングの絶景を君の手で見させてくれ」
その言葉は他の追随を許さなかった。
「しょうがないですね!やりましょう!」
その大声しか出てこなかった。本当はやる気なんてとうに消え失せていたが、「やる」と言わなければ延々駄々をこねられそうなので仕方なくやると言った。その時大場政夫の大声を聞いた三木 穣の目が覚めた。
(今の声は大場政夫ォオ!絶対仕留めてやる!)
手汗に塗れたS&W M36を持ち、三木 穣は帝拳ジムに襲撃を仕掛ける。
(集中しろ!集中....!良く狙え...!部外者を撃つなッ!大場政夫だけを狙うんだ!)
心の中でそう唱える三木 穣の手は震えていた。だが、仲間のPTSDを治す為に必ずや撃たなければ先には進めないと思った。これは「仲間の為の聖戦なんだ」と自分に言い聞かせた。
(ここで殺すッ!ぶち殺すッ!)
緊張と汗で拳銃が手から滑り落ちそうになる。だがしかし、彼は自分がやると決めた事は絶対にやる凄みのある男だ。隠れ乍ら帝拳ジムの窓までそそくさと足音を立てないように小走りで移動する。その光景は傍から見たら不審者だ。そして大場政夫がいる窓辺迄到達した。
「すぅ~すぅ~すぅ~すぅ~」
緊張して息が荒くなるのを感じた。後は窓辺から大場政夫目掛けてセーフティを外して銃口を向けて引き金を引くだけ。
ガチャ!
セーフティを外した音がした。
(この時を待っていたんだ。)
彼の瞳から光が消えた。
(死ね!大場ァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!
けたたましい音と共に発射された.38スペシャル弾は一発目は窓からカーテンに当たり飛散した。二発目は異変を大場政夫が感づきイスでガードした。三発目は慌てふためく本多敦彦のケツに命中し、「あ”あ”あ”」という声が部屋中に響いた。
「誰かケツを見てくれ!ケツがケツが!」
本多敦彦は悶絶した。その苦悶の表情はFXで有り金全部溶かした人と同じ顔をしていた。四発目は大場政夫の右頬を掠った。五発目は本多敦彦の事務机に命中した。
「ケツゥウウウ!痛い!痛い!ケツに何か当たった!ケツガァアアアア!」
その悶絶声は聞くに堪えなかった。49歳のいい年したおっさんが延々と「ケツが痛過ぎる!」と連呼していたのだ。新聞は後に世紀の未解ケツ事件として発表する事になる。
(ずらかるぜ!)
三木 穣は時速8.93kmの健脚で逃走した後原付バイクで逃走した。
「奴を追え!」
本多敦彦はケツを抑えて悶絶し乍ら言った。
「追います!」
大場政夫は三木 穣を追っていたが、見失った。
「クソッ!何処に行った?」
大場政夫はすぐさま帝拳ジムに戻り、黒電話で救急車を呼んだ。
「あの~すみません。いつもお世話になっております。帝拳ジムで怪我人が出ました。至急来て下さい!」
「えー住所はどこですか?」
「それはですね。114-0005 東京都北区栄町43-9です!至急来て下さい!本多敦彦さんがケツを抑えて悶絶しています!」
事態は一刻を争った。本多敦彦はケツは一大事だ。
「大場君、私の事はいい!それよりも早く警察に連絡しなさい!」
大場政夫は本多敦彦に促されて警察に連絡した。
「110番警察です。事件ですか、事故ですか?」
「事件です!帝拳ジムで襲撃に遭いました」
「場所はどこですか?」
「114-0005 東京都北区栄町43-9です!犯人はバイクで駅の方へ逃げました」
「犯人の特徴は分かりますか?」
「黒いヘルメットにグレーのパーカーを着た男でした。バイクは原付だと思います」
一通りの事を伝え終わると大場政夫はどっと疲れが出てへたり込んだ。
(何でこんな事になったんだろうか?俺がヤクザお墨付きの相手選手の肋骨を折ったからだろうか?どうしてこんな中途半端な襲撃なのだろうか?俺を殺そうとするならもっと大人数でやれば確実に殺せるだろうに...もしかして内部分裂か?だとしたら頷ける!)
大場政夫は疑念を抱き乍ら横になった。その後救急車が来た。
「怪我人はどこですか?」
「この奥です。今ケツを抑えていて口から泡を吹いています。安静に運んであげて下さい!」
大場政夫が救急隊員を案内した。
「今、私達が来ました。安心してください!」
救急隊員がそう言うと本多敦彦は運ばれた。名誉の負傷だ。
(流石は救急隊員さんだ!何て鮮やかな手付きだろう!見てて惚れ惚れする)
彼(大場政夫)は心の中で救急隊員を賞賛していた。その後警察が来た。
「警察です。今日ここで事件があったらしいですね」
「その通りです!犯罪者が拳銃を持っていて我々に発砲してきました」
「体格は何センチ位ですか?」
「体格は179cm程でガッチリとしていました」
「どうやって逃げましたか?」
「なんか原付バイクで逃走しました」
「成程ね....ふむふむ....」
警察官はメモしていた。
「あの~態々(わざわざ)来てくださりありがとうございます」
そう言うと警察官は「ニカッ」と笑った。
「市民の平和を護るのが警察の義務ですから!」
その笑顔は余裕で満ちていた。




