永遠のチャンプ復活!「カラー写真」
戦績プロボクシング:38戦35勝16KO2敗1分である伝説の男大場政夫は1973年1月25日午前11時22分頃、愛車シボレー・コルベットを運転中に、首都高速5号池袋線・大曲カーブ(飯田橋出入口-早稲田出口間)を曲がり切れず中央分離帯を乗り越えて反対車線に出たところで大型トラックと正面衝突した。現場はトラックの下に車がめり込んだ状態でつぶれており、駆けつけた救急隊も生存の可能性がないものと判断せざるをえないほどの状況であった。この事故で現役世界王者のまま死亡した。大場政夫は23歳で没した....筈だった。
気が付くと大場政夫は他の世界線で車に乗る前の1973年1月25日午前5:00寝室で目が覚めた所迄戻っていた。
大場政夫
(あれっ....胸に痛みがない...さっき迄痛みがあった筈なのに....どうしてだ....それになんだか妙な気分だ....)
大場政夫は違和感を覚えながら辺りを確認する。
大場政夫
(これはきっと神様が最期に与えてくれたチャンスなんだ!)
大場政夫は神に感謝して第二の人生が始まった。このチャンスを必ずモノにする為によりボクシングに精を出した。そして転機が訪れた。大場政夫は記者の前でスーパーフライ級に階級を上げる事を表明した。
記者A
「階級を上げるって本当ですか!」
大場政夫
「本当です。私はこれからも日本でボクシングを盛り上げていく為にバンタム級に転向します!」
※1973年当時はスーパーフライ級という階級自体が存在していませんでした。プロボクシングにおいて、フライ級とバンタム級の間であるスーパーフライ級(115ポンド/52.163kg以下)が創設されたのは1980年のことです(WBCが1980年に新設し、その後WBAも1981年に初代王座を認定しました)。そのため、1973年の時点ではスーパーフライ級の世界王者や世界ランキングは存在しません。当時のこの体重周辺の選手たちは、一つ下の「フライ級(112ポンド以下)」か、一つ上の「バンタム級(118ポンド以下)」のいずれかの階級に所属して戦っていました。
記者B
「バンタム級に転向したら、どの選手と試合するつもりですか?」
大場政夫
「半年後に世界ランキング10位フランシスコ・ビジェガス選手と日本大学講堂(日大講堂)で試合をします!」
この発表により日本ボクシング界に激震が走った。
記者C
「ビジェガス選手は当時のプエルトリコ勢らしい「技巧派のスピードスター」として知られています。ビジェガス選手を倒す作戦についてどういった対策があるのでしょうか?」
大場政夫
「秘密です。」
こうして1973年7月25日に大場政夫VSフランシスコ・ビジェガスの試合が決まった。
大場政夫選手の担当トレーナーである帝拳ジムの桑田勲氏が助言をする。
「1. 非常に鋭い「左ジャブ」が厄介だ。ビジェガス選手の最大の武器は、スピードと正確さを兼ね備えた左ジャブだ。このジャブで相手との距離を測り、自分のリズムを作る。2. 「プエルトリカン・スタイル」の巧みなディフェンスも注意しろ!当時のプエルトリコのボクサーに共通する、柔らかい上体の動きとフットワークによる防御技術に長けていた。ヘッドスリップ: 頭を振ってパンチをかわす技術やショルダーブロック: 肩でパンチを弾く動きを駆使し、相手に的を絞らせない「捕まえどころのなさ」が特徴だ。3. 回転の速い「左右のコンビネーション」も厄介だぞ!一撃必殺のハードパンチャーではないが、ジャブから繋げる左右の連打にスピードがある。特に、相手の打ち終わりに合わせるカウンター気味のコンビネーションを得意としていた。4. 驚異的な「タフネス(耐久力)」とスタミナも無尽蔵だ!技術だけでなく、非常に打たれ強く、スタミナも豊富な選手だ!」
大場政夫選手は桑田勲氏から助言を受けてトレーニングを新トレーニングを開始した。先ずは 肉体改造:パワー負けしない「体幹」と「首」の強化だ。バンタム級に上がると、相手のパンチの重さが一段階変わる。首の強化: 重い階級のパンチを吸収するため、ブリッジやウェイトを使ったネックエクササイズを徹底しなければならない。下半身の安定: 長身で重心が高くなりがちな大場選手が、接近戦で押し負けないよう、砂浜でのランニングや、当時の「ウサギ跳び」に代わる合理的なスクワット運動で腰を落とす力を養う。2. 左ジャブの「質」の変更だ。フライ級では「速く、突き放す」ジャブが支流だが、バンタム級では「相手を止める、ダメージを与える」重いジャブが求められる。サンドバッグ打ち: 当時の帝拳ジム伝統の重いバッグに対し、腰の入ったジャブを打ち込む練習。これがハードパンチャーを作る。タイミングの習得: 相手が踏み込んでくる瞬間に合わせるカウンターのジャブ。これが切り札になる場合がある。3. 足首の補強(チャチャイ戦の教訓)チャチャイ戦での重傷(右足首捻挫)を踏まえ、また階級アップによる体重増加に耐えるため、足関節の柔軟性と強化が必須だ。縄跳びのバリエーション: 単なる持久力アップだけでなく、ステップワークを混ぜた複雑な縄跳びで足首のバネを鍛える。4. 近接戦闘の技術向上も大事だ。バンタム級の強豪(当時ならロベン・オリバレスなど)は、長身の大場選手に対して懐に潜り込もうとすると良い。ショートパンチの連打: 脇を締め、短い距離からアッパーやボディを打ち抜く練習。クリンチワーク: 相手の突進をいなし、体重を預けて相手の体力を削る「インサイドの駆け引き」の強化。1日のスケジュール(モデルケース)早朝:ロードワーク(10km)ただ走るだけでなく、後半にダッシュを組み込み、心肺機能を極限まで高める(大場選手の驚異的なスタミナの源)。午前:休息と栄養摂取フライ級時代のような過酷な減量がない分、良質なタンパク質を摂取し、筋肉量を増やす。午後:ジムワーク(桑田トレーナーとのマンツーマン)シャドーボクシング(4R): 仮想敵(バンタム級の強豪)を想定した動き。スパーリング(6〜8R): 自分より重いフェザー級の選手を相手に、圧力への対応を練習。ミット打ち: 桑田トレーナーの持つミットに、新兵器となる「右のダブル(ストレート→アッパー)」などを叩き込む。パンチングボール: リズムと動体視力の維持。夜:柔軟体操と反省会桑田トレーナーとノートを使い、その日の動きを論理的に分析する。
期待される効果
バンタム級に転向した大場選手は、「減量苦から解放されたスタミナ」と「長身を活かしたジャブ」を武器に、当時黄金時代を迎えていたバンタム級(オリバレス、ロメオ・アナヤなど)相手でも、アウトボクシングで翻弄するスタイルを確立する。特に、あのチャチャイ戦で見せた「不屈の闘志」に、バンタム級の「パワー」が加われば、パナマの怪物・アルフォンソ・ザモラのようなハードパンチャーとも互角以上に渡り合える。
そして地獄のトレーニングが続いていく!
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