魔王の配下・ジャミル襲来
辺境の地に夜の時間が訪れた。
村の所々に灯る生活光のほか、満月が空から光を降ろしているおかげで嘘のように明るい刻のこと。
宿で寝ていたエリスの第六感が急に警告を放ち、同時に魔王の声が心の中に響き渡った。
《これは……余の配下の魔力! お前を追ってきたのか、それとも——》
「まさか……!」
魔王の配下の目的は己を襲うためではない。
きっとカインに邂逅するために来たのだと、エリスは一瞬にして推測を立てる。
そして飛び起き、漆黒の棒を握り締めると、一目散にカインの元へ駆けて行った。
◇ ◇ ◇ ◇
エリスがカインの小屋へと全速力で向かっていると、地響きのような轟音がその方角から響き渡った。
地面が激しく揺れて空気が震えると、黒煙が小屋の周囲から立ち上り、異様な紫色の閃光が何本も走った。
木々で眠っていた鴉たちが一斉に飛び立ち、村中の犬が吠え始めた。
「カインさん!」
エリスがカインの小屋にたどり着いた途端、素早く漆黒の棒を構えた。
——それは、上空にいる存在に向けての威嚇のようなもの。
威圧感を向けられた存在は、不気味な笑い声が辺りに響き渡らせた。
「ハハハッ!まさか、こんなところで貴方がたに会えるとは思っていなかったぞ! 俺は本当に運がいいようだ!」
《ふん、随分と偉そうになったものだな、ジャミルよ。余の配下であった頃の、周囲を常に窺っているような小心さはどこへ行ったのやら》
浅黒い肌に鋭くねじれた角を持ち、深紅の外套を翻しながら空中に浮かぶ男――ジャミルは、まさしく魔王軍の幹部というに相応しい威容だった。
「——ジャミルさん。カインさんに何のご用ですか?」
「何の用かって? フハハハッ! 決まっておろう!」
聞く者の魂を荒ぶらせるかのような、底知れぬ悪意に満ちた笑い声をして、己が目的を告げる。
「この世に二つとない存在である、魔族と人間の分血! 呪われし血の継承者に会いに来たのだよ!」
破壊された小屋の残骸の中で、蹲るカインを見ながらジャミルは叫ぶ。
「さあカイン! お前の力こそ、魔王様復活のための最高の器だ! このジャミル様が直接迎えに来たのだ! 大いに感謝して、我が元へ来い!」
「い、嫌だ! わけわかんないこと言わないでよ!」
「ジャミルさん、無理矢理は良くないですよ」
エリスは駆け寄ってきたカインを背後に隠す。
そして「大丈夫」と小さな声でカインに聞こえるように言いながら戦闘態勢を取るように、棒を高く掲げた。
「——それに、この子を連れて行くのなら、私を倒してからですよ!」
強い闘気を放出し、周囲に威圧が迸るとジャミルは目を見開いた。
勇者の力は失っているはず。
しかし、どう見てもただの村娘には見えない。
「成程、シルフィアが負けるわけだ……! だが!」
ジャミルが懐から出した水晶を翳すと地面が割れ、無数の魔獣が這い出してきた。
漆黒の毛皮に覆われた狼型の魔獣は牙をむき、粘液を滴らせる不定形の魔獣は地面を這いずり回る。
「行くがいい、我がしもべたちよ!」
ジャミルが命令を出すと、それらが一斉にエリスへと襲いかかった。
しかし、そのすべての動きをエリスは“先読み“し、そして動いた。
「はぁぁっ!!!」
攻撃を避けながら豪快に棒を横に薙ぐと、不定形の魔獣は弾け飛び、魔獣の牙や爪は砕かれた。
象嵌が刻まれた漆黒の棒は、強度もさながら妙な力をも纏っており、破壊力が以前とは格段に上昇していたのだ。
魔獣達を軽く撃退したエリスは、ジャミルに向けて不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、中々やるではないか。ならば、これはどうだ!」
ジャミルが両手に炎を纏い、前方に突き出すと火炎弾がエリス向かって放出された。
純度の高い魔力で構成された、当たれば無事で済まない攻撃である。
「こんなものっ!」
エリスは魔法を恐れず、漆黒の棒で薙ぎ払う。
火炎弾は棒に触れた瞬間、分解されように崩壊し、その姿を消失した。
《……魔法に対してここまでの強さを誇るとはな。もはや今となっては、シルフィアすら敵ではないかも知れん》
(私も驚いてますよ。……ここまで強力なのは、頼もしい限りです!)
余裕の表情を作るエリスに、ジャミルは唇を強く噛む。
「ちっ……偶然に決まってる! これでもくらえっ!!」
今度はエリスの周囲に冷気を出現させ、凍らせようと企んだ。
避けることなどできない、全方位から迫る冷気の渦。
しかし、エリスは表情を崩さないままだ。
「この程度、なんともありませんよ?」
棒を左右交互に縦回転をさせることで旋風を巻き起こすと、白い冷気は簡単に消え失せていく。
そして同時に、空中にいるジャミルに対し跳躍して迫りながら、その漆黒の棒を叩き込もうとした。
「——なっ!?」
かろうじて避けることができたジャミルだが、急に浮遊するための魔力が練り上げられなくなっていく。
普段から使用している魔法なのに、今はなぜかうまく発動できない。
これも、エリスの武器による特性の一つだった。
「こ、こんなはずでは……こんなはずではない!!」
地面に降りたジャミルはカマイタチと炎魔法を共に練り上げ、そして同時に放つことで火炎の刃と変化させ、エリスに襲いかかる。
それを多量に放っていき、エリスが対応しにくくなるよう縦横無尽に展開させていった。
「何度やっても無駄です」
エリスは棒を曲芸のように前方で回転させて縦にすると、炎を纏ったカマイタチが彼女に届く前にかき消える。
そして、最後の一本が消すときには大きく棒を振り回し、棒に炎を纏わせた。
炎の断片がエリスの周囲に散らばっていき、まるで一枚の絵になるような美しさを、ジャミルに見せつけたのであった。
「うっ……ぐ、ぐぐぐぐっ!!」
ジャミルの顔が、悔しげに大きく歪んだ。
手加減をしたつもりはない。
むしろ、殺す気で放った全力の魔法の数々だった。
それがまさか、こうも容易に破壊されるなんて思いもしなかったのだ。
「クソッ! クソッ!! クソォッ!!!」
今度は対応できないくらいの魔力弾をエリス目掛けて両手で連続で放っていく。
どれも純度の高い魔力を込めた高威力の魔法であり、棒で叩くことで打ち消すことができないほどの量を無数に放っていく。
エリスの視界を塞ぐように土煙が上がり、魔力弾はその中に何発も、何発も放たれていく。
地面は抉れて大きく破壊され、軌道が外れた魔力弾が大木を薙ぎ倒していき、付近にあった大岩も粉々に砕かれていく。
ジャミルは己の気が済むまで、魔力弾を放った。
そして、頭が冷めた頃には目の前には大きな土煙と、広範囲が破壊され尽くした跡しか残っていなかった。
「ふ、ふん……本気を、出しすぎたようだな。我ながら、大人げ……ッ!?」
目の前の土煙が晴れていく時、ジャミルは目を疑い、そして絶句した。
己の身体の前に棒を構えながら、無傷のエリスが佇んでいたからだ。
「——気が済みましたか?」
エリスは微笑みながら、ジャミルに残酷な現実を叩きつけた。
ジャミルは肩で息をしながら、目の前の存在を信じられないような目で見ることしかできない。
「そんな……馬鹿な……」
勇者の力を失ってなお、この少女は魔王の配下である己を圧倒する技量を持っている。
しかも、全力を出しているとは言い難い現状で、だ。
今、自分の状況を冷静に考えても、その答えは変わらない。
ジャミルに残されていたのは——絶望しかなかった。




