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沈む皇室  作者: 弓張 月


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悲劇のお妃候補9

いよいよ鴨場デートです。

ここから先は急がないといけませんよね。

お付き合いくださいね。

その年の秋の頃。

土曜日で晴れ渡った空。

御用地の巽門から出て来たのはその場にはあまりにそぐわない軽のワゴン車だった。

しかも真っ赤な塗装、運転しているのは東宮の内舎人うどねりで助手席には梶が乗っている。

窓は真っ黒に目隠しされ、中が見えないようになっている。

軽自動車に真っ黒フィルム、これまた異様な印象だ。

そして後部座席には毛布を被った東宮が膝を縮めて椅子によりかかるように座っていた。

本来、土足の場所に膝をついているのだが、それを見越して掃除されているので、足場はぴかぴかだった。

真っ赤な軽ワゴンはやがて高速道路に入ると、勢いよくスピードを上げた。

助手席の梶は腕組みをしながら「気をつけろよ」と運転手に言った。

「はい」彼は緊張しながらも運転に自信があるのかスピードを緩めない。

とにかく今は早く着かなくてはならない。どこに?鴨場だ。

海外の外交官を接待する鴨場は、常にだれでも入れるわけではない。

今日は特別に開けて貰っている。

(本当にこのやり方でいいのだろうか)

梶は逡巡していた。

藤原長官から頼まれた事であるし、東宮の結婚がかかっている。それはわかる。

しかし、こんな裏切り方をするのは人間としてどうなのだろう。

梶の目には、決して美人ではなかったが、上品で清楚な敦子の姿が映る。

元は皇族のお姫様だ。

今だってその雰囲気は残っているし、大宮様に似た所もある。

誰でも敦子に会えば思わず丁寧語になりそうな、そんな生まれつきの品のよさをもっている。

この方なら、きっと万能な東宮妃になるだろう、后宮様や菜子様ともうまくいくだろう。

そうそう蓮宮様とも。

若い妃達と内親王がにこやかに語り合う姿を想像すると、梶は思わずにやけてしまうのだが。

けれど東宮は今もって大和田幸子に夢中なのである。

東宮御所に呼ばれるたびに来て、挨拶もそこそこに東宮と部屋でげらげら笑っている。

食事はいつもフレンチや中華の高級料理を出すように要求される。

給仕をする女官や内舎人達に挨拶一つせず、偉そうに帰っていくキャリアウーマン。

その父親ときたら、宮内庁を脅しにかかっている。

かかっているというより、すでに帝も后宮もその脅しに屈しているようなものだ。

なぜあんな女性に惚れてしまったのか東宮は。

長い東宮との付き合いで、梶は東宮が二宮にコンプレックスを持っている事は知っている。

背の高さから、学力、スポーツ何にしても二宮の方がよく出来る。

しかも自分より先に菜子様という、素晴らしく可愛らしいお妃を貰ってもう「父」になっている。

正直、秋月宮家の屋敷が、築40年の職員宿舎と聞いた時には東宮は冷たい瞳で「そうだよね。当然だ」と言ってのけた。

そうはいっても、新婚の頃はやたらその見下す職員宿舎を訪れ、二宮と酒を酌み交わし、なかなか帰らないという事もあった。

秋月宮家は狭いがいつも暖かで、菜子様は柔らかい微笑で嫌な顔一つせず料理を出してくれた。

何となくそういう家庭をご自分も持ちたいと思っておられるのではないか。

梶はため息をつく。

(だったら敦子嬢こそがふさわしいのに)

何を求めているのか東宮は。


そんな風に考えながらうとうとしていると、うしろでごそごそと音がした。

「もう大丈夫かな」

東宮が座席にどかっと座った。

「ずっと膝を曲げていると足が痛くなる」

「申し訳ございません。恐らくここらへんまでくれば大丈夫かと存じますが」

「うん」

東宮は嬉しそうに頷く。

恐らく彼の頭の中では、これから起こるだろう事を想像しているに違いない。

マニュアルを頭にいれて必死に覚え込もうとしているのだ。


やがて鴨場の門が見えて来て、車は滑るようにそこを通り過ぎる。

控えの建物の前で止まった。

東宮はセーターにズボンといういで立ちにマフラーで外に出る。

結構こちらは寒い。さわさわと木の葉が落ちる様がロマンチックだ。

「こちらでお待ちです」

鴨場の職員に言われ、梶を先頭に東宮は建物の中に入った。

西洋風に建てられた木造の建物は、ストーブがカンカンと音を立てて燃え、丸田を半分に切って作られたテーブルには幸子がいて、お茶を飲んでいる。

「殿下のおなりですよ」

梶が声をかけると、幸子は初めて気が付いたように立ち上がった。

(なぜすぐ立ち上がらないんだ)

梶はすでにいらいらしている。

高級なスーツに薄手のトレンチコートを身につけている幸子はそれでも寒いのか、首元に派手なスカーフを巻いていた。

「どうも」

「やあ、いらっしゃい。鴨場はどうですか?」

「雰囲気があっていいですね」

幸子は珍しそうに建物を見ている。

「ここは年に2回くらい、外国の外交官をもてなす場所なんです。小さい頃は両親達と鴨漁なんかもして遊びました」

「へえ」

これぞ上流の遊びだなと幸子は感心したように頷く。

温かい紅茶が出て来て、東宮は椅子に座りそれを一口飲んだ。

でも心は急いているような気がする。

しかし、もう昼なのでランチの時間をとらなくてはいけない。

梶は持って来た粽寿司を二人の前に出した。

「これ、お寿司ですか」

と幸子が聞くので「そうでございます」と梶は答えた。

「へえ、珍しい」

この女性が興味を示すのは食べ物の時だけではないかと本気で思う。

二人は美味しそうに粽寿司を食べていたが、若干東宮の食べ方が早いような気がする。

時々梶を見て(どうだろうか)というようにサインを出すので、梶は時計を見ながら

「そろそろ外に出てはいかがでしょう」と水を向ける。

この小さな旅行は帝や后宮にも秘密で、宮内庁職員の大方も知らない。

知っているの自分達、長官、そして柳田だけ。

つまり全てをおぜん立てしたのは柳田なのだ。


外にでると北風が二人を包み込む。

「寒いですね」

「ほんと」

東宮はそれでも張り切って案内役として動き始めた。

鴨がいる池の説明をしたり、子供っぽい遊びである輪投げをしたりして過ごした。

そしてついにその時が来たのだ。

再び建物の中に戻ると、おもむろに東宮は言った。

「僕と結婚していただけませんか」

そのセリフはあらかじめ予想していたような幸子の驚きもせず、無表情な顔を梶は後々までずっと覚えていた。

「僕は幸子さんと結婚したいと思って居ます。どうでしょうか」

幸子は何も言わずうつむいていた。

ストーブの熱が熱いくらいに感じる。

なんだろうこの沈黙は。

「返事は今すぐでなくてもいいのですが、前向きに考えて頂けませんか」

「お断りしても構いませんか」

幸子はいきなりそういった。

東宮はびっくりして思わず「それは・・・構わないけど」

いきなり断られるとは思って居なかったのだ。

だって、東宮御所でも今日、今でもこんなに仲良く楽しく過ごしているのにどうしていきなり。

「何とか前向きに考えて頂けませんか」

「自信がありません」

「大変な事だとは思うのですが、僕が必ず幸せにします」

「幸子という名前だからですか?」

え?その反応にまた東宮は戸惑って「いや、名前とは関係ないと」と言いかけると幸子はいきなり笑い始める。

「わかってます。でも色々考えてお断りするようなことになっても構いませんか?」と幸子は重ねて聞いた。

実は幸子は父から「プロポーズを受けろ」と厳命されていた。

でも幸子にとって東宮はいわゆる食事の相手であって、決して将来を共にする関係とは思っていなかった。顔の好みや物事に対する考え方、合わない事は最初からわかっている。

それでも誘われれは来た理由は「好奇心」に他ならない。

職場で「鴨場に行った」と言ったらみんなどんな顔をするかしら?

その程度の優越感を得る為なのだ。

父は「お前が本当に外交官になれると思っているのか。ここまでどれだけ金をかけて育ててきたというのだ。ここは父の出世の為に犠牲になるのがお前の出来る親孝行だ」

幸子は父の言葉に猛烈に腹を立てていたが、かといって父から離れられないと思って居たのも事実で。

「断ってもいい」と言質をとれば父への言い訳も立つような気がした。

事の次第を見ていた梶はあまりの事に呆然としていた。

今まで何人もの女性と見合いしては断られてきたが、こんなあからさまなものいいではない。

「婚約している」

「留学予定」

見合いが済むとすぐに結婚してしまう女性が多かったのも事実。

でも目の前で「断ってもいいか」と言われたのは初めてだ。

東宮の心痛を思うと梶はもう何も言えなかった。

今回もお読み頂きありがとうございます。

悪夢の始まりはここから・・・という感じです。

もう一度あの頃に戻ったら、やり直せるものなんでしょうかね。


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