悲劇のお妃候補8
これが本当にまるきりフィクションならよかったのにと思う事があります。
でも大方事実だと思うと・・・暗澹たる気持ちになります。
そして今があるのです。
それでは扉をお開け下さい。
藤原長官の部屋にドスドスと入って来た大和田哲也は、これ以上ない位顔を真っ赤にしている。長官は何が彼をそこまで怒らせているのか少しもわからずにいた。
「とりあえず・・・」椅子を勧める前にソファにどかっと座る。無礼だ。
「約束もなくいきなり来られては執務に差しさわりがあります」
長官はひたすら穏やかに言おうとしたが、遮るように哲也は
「娘を辱められて黙っている親がいるか!」と怒鳴った。
「は・・辱める?誰が辱められたと」
長官もいきなりの暴言にかっときて、哲也の目の前にすわる。
秘書はお茶を出せずにドアの外で震えている。
外に完全に声が漏れていた。
「うちの娘だ。大和田幸子はあんたんとこの東宮様に辱められたんだ」
それを聞いた秘書はびっくりして、踵を返して大部屋に走り去る。
「どういう事です。東宮様を貶めるなんて」
「辱められたのはうちの娘だよ」
哲也はまだ怒っている。鬼のような形相もしくは、恨みつらみをはらす幽霊のようにも見えた。
「おたくの東宮様は都合のいい時にうちの娘を呼び出して、生易しい声をかけて関係を持ちながら一向に結婚しようともしない。もしうちの娘が東宮様の子供を宿したらどうしてくれるんだ」
長官は驚き過ぎて言葉が出なかった。
「こ・・子供を宿すって東宮様がそんな事をなさると本気で思って・・・」
「東宮だって男でしょうが。それとも違うのか」
「失礼な事を。そちらのお嬢さんこそ呼ばれれば何も考えずに来て贅沢なものばかり食べて帰る」
「贅沢?どこがどう贅沢なのかご教示頂きたいね。食べ物でつるのは男の常とう手段。そして行く所までいくってのが普通の恋愛じゃないか」
「恋愛感情なんてお持ちではありません」
「じゃあ、遊びで娘をたぶらかしていると?」
哲也は立ち上がりこぶしを振りかざした。長官は恐怖で体が動かない。
人生でこんな思いをしたのは初めてだった。
「よそ様の大事な娘をたぶらかして遊んで捨てるってのが皇族なのかっ!」
それでもなんとか「宮内庁長官」の肩書が「そうではありません!」と反論させた。
「恐れ多くも東宮様が女性を遊びで云々などあってはなりませんし、ありません」
「恋愛感情なし、遊んでない。じゃあ何なんだ?」
「・・・・何をお望みなんですか?」
相手は金を要求しているのだろうか?
外務省の事務次官ともあろうものがなんとあさましい。
「こちらは答えが欲しいんだ。娘は東宮の都合のいい女ではない。それを忘れるな。もしこれ以上娘を弄ぶようなことがあれば直接御上に訴えでてやる」
哲也はそれだけ言うと、勝手に立ち上がり部屋を出た。
廊下にはぞろぞろと宮内庁職員が横並びになっていた。
不意に、余りにも不意に出て来たので隠れる暇もなかったのだ。
「ふん。大した役所だな。みんなで盗み聞きとは」
職員は一様に頭を垂れて「す・・すみません」というしかなかった。
長官も「ああ・・」とため息をつく。
そんな事もかまわず哲也はさっさと出て行った。
「聞いていたのかね」
長官は廊下に並ぶ面々に言った。みな無言だった。
内密にとはいってもどうせこのことはすぐに帝にわかってしまうだろう。
対策を考えなくては。
しかし、桃園家の令嬢で決まっているものを今更ひっくり返すなど出来ない。
あれ程、懇願してやっと承諾をしてもらったというのに。
「頭が痛い」
長官は呟き「頭痛薬を飲むから、暫く一人にしてくれ」といい、部屋に戻った。
案の定哲也が乗り込んできたことはすぐに広まり、帝や后宮の耳にも入った。
帝は大層お怒りになり、「東宮は何をしているんだ」と今にも倒れそうになる。
后宮はそれを必死に落ち着けながら
「長官、東宮や東宮大夫と相談してください」と言った。
「東宮の気持ちが本当はどちらにあるか、それを確かめてください」
「何を言う。もう桃園家で決まってではないか」
后宮に声を荒げる帝を見るのは初めてで長官は生きた心地もしない。
「わかっていますが、東宮がどうしても嫌だというならこちらも考えを改めなくてはいけないでしょう」
「桃園家は旧宮家で大宮とも近しい。桃園家の令嬢こそ東宮妃にふさわしいと思ったのではないのか」
「私もそう思いました。思いましたけれど、東宮がそれでもというなら大和田家の令嬢でも仕方ないのではありませんか?一生を共にするんですから気が合わなければどうにもならないでしょう」
「じゃあなぜ桃園家と見合いをさせたのだ」
「あの時はそれでいいと思ったからですよ。とにかく長官はもう一度東宮の真意を聞いて」
后宮が首を振って(でていけ」と命じているので、長官は一礼して部屋を出た。
これは結婚する前から不祥事ではないのか。何と不吉な。
これが皇室と言えようか。帝も后宮も東宮に甘すぎるのでは?
秋月宮家は結婚してからまさに皇族の鏡のような活躍をしている。
長女の理子さまの躾もきちんとされているし、もしこの宮家に男子が生まれればそちらに皇統が移ってもおかしくない。
出来の悪い東宮がいるよりも。
いやいや…と長官は首を振る。
所詮我々は国家公務員に過ぎない。どんなに良かれと思ったとしてもそれを口にしては得にならない。
とりあえず東宮大夫に会うしかない。
長官はひどく疲れていた。
柳田はそんな長官と東宮大夫の心の隙間に入り込む作戦を取った。
「実は東宮様は大和田幸子嬢と外でお会いになりたいとおっしゃっているんです」
長官室でそれを聞いた長官と梶はなぜそういう話になるのか?という顔をする。
今回は外に聞こえないようにひそひそ話になっているが。
「という事は、東宮様の心にはまだ大和田家の令嬢がいると?」
「勿論ですよ。深く思っていらっしゃいます。そこでお二人にはぜひご協力を頂きたい。ただしごく少数で」
「柳田さん、あなたが何でそこまで」
「東宮様から何とかしてほしいと懇願されまして。それで微力ながらお手伝いしたいと思いました」
長官と東宮大夫は顔を見合わせた。
「ご存じのようにデートはいつも東宮仮御所とか韓駒宮家とかそういう場所でした。外でお会いになった事がないのです。それで東宮様はぜひ外でのデートをとおっしゃっているんです。しかしこれは帝にも后宮にも秘密です。宮内庁の中の僅か数人しかしらない事でお願いします」
「内緒にするなんて・・・」と東宮大夫が渋ると
「東宮様の御為です。このままでは一生お妃が決まりませんよ、いいんですか?」
「いやでも、桃園家の」
「ああ、いずれそちらはお断りになるでしょうね」
柳田があまりに軽くいうので二人は驚きの余り言葉が出なかった。
「ではこれから計画をいいますよ」
柳田はにやりと笑った。
今回は大和田さん、本気で怒ってますけどこれも作戦なんだろうなという感じです。
東宮の周りはどんどん固められて行きます。
気が付くともう抜け出せないというような。
ご本人はのほほんとしてますけどね。
では次回をお楽しみに。




