安倍晴龍の霊案件⑨経緯中編
-川原の処刑場-
執行直前 震える罪人が屈んでる
手が震える一太郎
「長引かせるな」
浅右衛門が活を入れるように叫ぶと刀は振り下ろされる
グチャっと鈍い音がすると罪人の首は半分くっついたまま骨と血管が剥き出しになった状態で釣竿のようにしなっていた。
眉1つ動かさない浅右衛門
吹き出す血が四方へ飛ぶと血を浴びた一太郎は口を手で抑えて処刑場の端っこへ走り嘔吐する
頭の奥に今まで感じたことの無い痛みを走らせる
呼吸もうまく出来ない。
自分の吐く声に紛れて熊戸の笑い声が聞こえた
「まぁ初めてでは仕方ない」
熊戸の声に浅右衛門の様な命に対しての敬意は一切感じれない、この様を楽しんでいる笑い声
斬首の不慣れさは波太郎と吉蔵も同じだった
「よく見ておけ、なんとも不細工な処刑だ」と見下したように笑う熊戸は後ろに立つ役人達にも笑え笑えと手で煽る
熊戸の方へ浅右衛門がゆっくりと近寄っていくと役人達が後退りをする
浅右衛門の表情が鬼憑き顔になっていた
熊戸は冷静さを保つように見上げるが足はガタガタと震えている。
「恥を知れっ!」
浅右衛門が一喝して叫ぶと腰を抜かし尻餅をつく。
目の前には今にも刀を向けてきそうな浅右衛門
その奥には一太郎達の覚めた眼が熊戸へ圧を与えた。
3人の元へ浅右衛門が近付くと刀の振り方や扱い方を再度教え始める。
この光景がプライドの高い熊戸を傷つけた。
立場が人を勘違いさせる
役人と言う立場は特に人を変える時代
本人は何が悪いのかすら解らない
浅右衛門はともかくこの3人の眼は許せない
熊戸には大きく映ってしまった3人に対し「身分をわきまえろ」と心で何回も叫んだ。
これ以降数年間熊戸は処刑場へ来ることがなかった。
時代は明治と名前を変える。
数年のち政治が変わる、時代は大きな変革をしていく。
村の処刑場は目玉観光地になっていた
道は整備され温泉や旅館、娯楽に土産屋などで賑わいを見せている。
年貢も税金へと変わり、現金が飛び交う時代に入り村はとても裕福になっていく。
人が殺される観光地に疑問を持つ村人達
人を斬ることに麻痺をしてきている3人は自分自身が怖くなっている。
背中には黒い何か影のような重石が在るようだった。
一体何人の最期を創ったのか、それを考えるだけで頭がおかしくなりそうな日々と押し合いをしている。
村人達は3人には感謝をしている。
地頭主も貧しい村を救ってくれた3人の気持ちが少しでも楽になるように処刑場の向かいの山に供養の碑を立てた。
3人の心が折れずにいたのは伝子の存在が大きい
伝子は地頭主の家で料理や学問を学んでいる
毎日3人のもとへおむすびを届ける伝子の山菜のお漬け物は格別に美味しかった。
山合に吹く風にのって走ってくる伝子、笑顔はすさんだ心を癒し建て直してくれる柔らかく温かいものだった。
波助と吉蔵にもよくなついている。
身寄りの無い2人には自分の娘のような家族愛にもにた感情が伝子に向けられていた。
伝子の持ってくるおむすびと他愛のない会話が何よりの楽しみなのだ
そんなある日、1つの手紙が地頭主の元へと届いた。
内容は廃刀令と死刑制度の改革に伴い村の処刑場の閉鎖だった。
手紙を読みながら手が震え文字がぼやける程涙が溢れる。
3人がどんな思いで処刑していたかを側で見て知っていたから馬に飛び乗って走り出す、直ぐにでも伝えようと手紙を懐に大事そうにしまい処刑場へ向かう。
処刑見届けの役人達も個別にこの手紙を読んでいた。
東京府では数年先の話だが、先駆け地方は斬首から絞首刑に変わるとのこと
藩も呼び名は県に変わり役人は選抜され官職になっていく者と解任される者に別れる、激動の幕末から時代が変わる騒動に流されて片田舎で過ごしていた自分達はどうなるのか等の身を案じていた。
今まであった役人と言う地位が消えるかもしれな不安が襲う。
地頭主が馬から降りて足場の悪い河川敷を走る姿に3人が気付く
何かあったのかと3人が近寄ると手紙を出して、内容を伝えられる、隣で伝子も話を聞いていた
幼くても理解出来る部分があり、おっ父達の笑顔が増えるなら嬉しいと笑った。
いつだってこの伝子の笑顔が3人を励ます。
そんな伝子の事が地頭主も好きだった。
処刑場が閉鎖される事で村の旅客が減るのを波助が心配した。
処刑場も1つの観光名所だからである
この話題は不謹慎な事もあり中々言えなかったが波助が言ってくれたお陰で深く話し合えた
村は多少衰退しても処刑場跡地を1つの名所として供養塚までの道を整備して、湯治の温泉と組み合わせればやっていけると地頭主が案として言う
3人は憑き物が取れたように数年間見ることの無かった本当の笑顔になり、その眼には涙も映っていた。
翌月
処刑場は閉鎖され斬首の刀は返納された。
役人達も村を出ていく。その背中は不安がよく解る程撫でていた。
役人達の様子を見て3人は浅右衛門がどうなったのか心配になった。
手紙を送ったりしたが知ることは無かった。
季節は変わり村は観光客も減るも処刑場が出来る前よりは豊かで皆良い笑顔で過ごしている。
処刑人だった3人も元の職へと戻り大工、木こり、土木で良い汗をかいていく内に背中にあった黒い影が消えたかのように軽くなっていった。
元より村の絆が深くなっていた。
処刑した者達への鎮魂の祭りも開催される
何処から聞きつけたのか観光客も集まり賑やかな宴が月まで届きそうな勢いだった。
秋の紅葉が山を紅と黄色で眼を楽しませる。
稲刈りが終わり冬支度をする村人を赤トンボが楽しげに観ている。
伝子は友達と共に遊び、夕陽が子供達を綺麗に映した。
平和な日々が長く続くと皆思っていた。
あの男が来るまでは。
馬に乗った制服姿の官憲達が村へと向かってやって来る。
先頭に居るのは嫌らしくニヤつく熊戸
真ん中の馬は馬引きが目隠しをされた震える男が3人乗せている。
四方を官憲がかこんでいる。
村に着くと地頭主が呼ばれ、一太郎、波助、吉蔵を呼ぶように伝えられる。
仕事中である事を伝えるが熊戸はそれを拒否
昼飯を取っていた3人に伝達がいく。
一緒に居た伝子は一太郎の袖をギュッと握り心配そうな顔で見上げた。
一太郎はニコリと笑い伝子を肩に乗せ波助と吉蔵と共に呼ばれる意味が解らないまま熊戸の元へと向かった。
熊戸の性格の悪さを忘れた訳ではない、護身の意味もあり一太郎はノコギリ、波助はマサカリ、吉蔵は斧を持っていった。
川原の処刑場跡地に地頭主と官憲が居る
「遅いっ」
相変わらずの威張り口調で叫ぶ熊戸を見て固まる3人、パッと見て熊戸とは解らなかった。
似合わない制服姿に3人は笑いをこらえる。
「相変わらず失敬な連中だ、官憲になるのがどれだけ凄いことか田舎者には解らんだろ」
上からの物言いで3人を小馬鹿にすると地頭主と伝子は席を外すように伝えられる。
地頭主が少し戸惑いを出すと刀のように腰に差してある剣銃を2人へ向ける。
3人が慌てて間に入り両手を広げ止める
銃口を下げると一太郎は伝子にあっちに行ってなさいと頭をポンっと叩いた。
地頭主は伝子の肩を抱きその場を後にする。
嫌な予感がしてならない2人は少し離れた木陰で様子を見る事にした。
熊戸は3人に処刑の依頼をする。
馬から降ろされた男達が連れられてきた。
連れられてきた者は北の大地で始まる戦への徴兵
しかし戦前に逃亡を企てた為の敵前逃亡罪として処刑
そしてその罪人を3人の前に連れてきた男のうち2人は見届け人として一太郎達と共に処刑場に居た役人達だった。
「あんたら」吉蔵が気付いて声をかけると男は帽子の鍔を持ち深くお辞儀をする
その姿を見てなんとなくだが乗り気じゃ無いのが伝わってきた。
2人とも官憲として残るために無理をしているのが解る。
「もう、処刑のやり方は変わったんだっぺ、俺達の仕事じゃねぇだろ」
波助が熊戸へ楯突くように言う
現在福島県には処刑場が1ヶ所のみでそこでは執行が間に合わない為の緊急措置だと伝えられる。
逃亡したらどうなるのかとの見せしめでもある。
しかし刀はもう返却してしまったのでその剣銃で官憲でやってくれと一太郎が断りを入れる。
「俺達はもう人を殺めたくねぇ、まして身内の見せしめならなおのこと、あんたらで勝手にやってくれ」波助が一太郎に賛同し吉蔵も頷いた
熊戸の顔が解りやすくつり上がる
下流の田舎者に反抗されるのは熊戸のプライドが許さない
「我々だってそうしたいが処刑人としての資格がないのだ、貴様らは処刑人としての命令書が渡されているだろ」
怒りを押し殺すように3人へ言葉を投げる
「しかし、刀もねぇべ」
吉蔵が反論すると「その手にあるだろ」と低い声で熊戸が返す
それぞれが自分の手に持っているノコギリ、マサカリ、斧を見つめて生唾を飲んだ。
「こりゃ俺達の商売道工だ、人を殺めるもんじゃねぇっけ」吉蔵が斧を抱いて拒む
「その商売が続けられているのは誰のお陰だ、村を豊かにして仕事が回るのは誰のお陰だ!この福島県、元の会津藩だろ!」
熊戸の怒鳴る声が響く
影で見ていた地頭主の足が震える
地頭主は村長として県から村を任される予定であり
県の圧力を感じてしまい身体が硬直した
「時間がない!早く殺れっ」
強制的に行わせるためか剣銃の先を3人に向け、銃口で指示を出す。
中々動かない3人
「全員構えっ!」
ガチャガチャっと音を立てて、熊戸の後ろに居る官憲達が剣銃を構える。
元見届け人の2人はこの3人に銃を向けながら申し訳ないと言う顔をしていた。
それらも汲み取り3人は罪人の後ろへと立った
「初めからそうしろ」
熊戸が唾を吐き捨てるように呟く
3人が構える
一太郎はどの様に使えばいいか悩んだ
ノコギリだから
考えるだけでぞっとする
「それでは初め!」
勢いよく熊戸が叫ぶと
震える罪人へ斧とマサカリが一閃を画く
首が宙に舞い勢いよく血が空へと飛び出した。
波助と吉蔵が闇にのみ込まれる
やっと建て直してきた心が闇の渦へと引きずり込まれる。
伝子の目にもその光景が映る
「うぉっ、うごっ!がぁあぁあ」
言葉にならない叫び声が大きく響く
ノコギリで斬られている罪人が叫んでいた
柱を斬るようにノコギリを動かす一太郎
ギュゴギュゴと鈍い音を立て鳴らす
ノコギリの刃は柔らかい皮膚を刺すとノコギリの刃に皮がくっつきながら伸びて動く、鈍い感触の肉を切り裂き、硬い骨の隙間を前後に動かしていく。
飛び散る血が闇へと引きずり込む手のように一太郎の顔へと伸びる様に飛ぶ
一太郎の眼は怯え震え死んでいく。
ノコギリの音と罪人の叫び声、その姿が波助と吉蔵の心を更に殺していく
熊戸は指を差し壊れていく3人を笑う
その笑い声が響き元見届け人の2人の頭の中に熊戸の笑う姿が占領していく、家族を守るための地位が大切だが職場を通して知った3人が壊れていくのを見て心を闇へと落とした。
ノコギリが骨を通過すると罪人の顔は舌を飛び出したまま右へ左へと振り回る
その光景は地獄の景色
頭が地に落ちる頃、血に染まった3人は精神を粉々にされた。
立ったまま失神してるかのようにピクリとも動かない3人に熊戸が近寄ると
「貴官達見届けたか」と後ろ官憲へ言葉を飛ばす
「はい確認致しました」2人の官憲が敬礼をしながら答える
元見届け人の2人は何も考えられない状態でかたまっている。
「この者達3人は福島県からの徴兵を惨殺した!現行で確認し武器の所持により我々の危険が察知されたので射殺処置をとる!」
放たれた声は山に響く
心を殺された3人の耳には何も届いていない
構える官憲を見て伝子が走る
「おっ父ーっ!みんなーっ」
地頭主は身体が動かないほどの恐怖に落ちていた
熊戸は伝子が一太郎へ駆け寄るのを見ると走り出し勢いよく蹴りを入れた
足は伝子の顔を捕らえ勢いよく石場の上を転がる
3人は放心状態の為、伝子に気付かず動かないままだった
元見届け人もまだ状況が掴めていない
倒れた伝子を蹴り続ける熊戸、何回も何回もサッカーボールの様に蹴り続ける
蹴られる度に鈍い音とおぇっおえっと低い伝子の声がした
血だらけアザだらけの伝子は痙攣の様にピクピクしている、あとほんの数メートルに一太郎に届く距離だった。
「構えっ」官憲二人が改めて銃口を向ける
ゲホッと血を吐き伝子が泣き叫ぶ
「おっ父ーっ!みんなー!」
その声が3人に届く
「打てーっ」
パンパンッ乾いた剣銃の音が響く
「お伝っ!」我に返った一太郎が伝子に気付き駆け寄る
熊戸は何故だと官憲の方を向くと元見届け人の2人が射撃の官憲の剣銃を押し上げて空へと向けさせ阻止をしていた。
「貴様らーっ」
顔を真っ赤にして元見届け人の方へ詰めより剣銃で殴り始める
波助と吉蔵も銃声で我に返り伝子の姿を見て驚き、かけよった
ぼろぼろの布団の様になり動かない伝子
かろうじて息があるのが解る
一太郎は伝子を抱きしめ大きな声で名前を呼び続け泣いている
元見届け人二人は熊戸に殴られ続け倒れていた
一太郎達3人は殺意をむき出しにして本当の武器として血に染まったノコギリ、マサカリ、斧を構えた
走り近寄る3人に剣銃が火を吹く
パンパンッパンパンッ
何発もの鉛の玉が3人の身体へと入っていく
正確に飛ばないのが逆に悲劇だった
腹や足、腕等に当たり、痛みと苦しみが3人へと傷つける
武器は手から離れ、熊戸に近寄る事も出来ないまま倒れこむ
川原の石場に3人の血が色を変えていく
小さくキューキューと呼吸の音がする
熊戸は笑いながら一番近くまで来ていた一太郎の顔を踏む
「貴様ら愚民ごときが私を見下すからこうなるんじゃ、自業自得とはこの事、私に反抗したことを後悔して死ね」
薄気味悪い笑みを浮かべて銃口を一太郎の頭へ向ける
血だらけの手が熊戸の足を持つとパンッと音をならし一太郎の頭を撃ち抜いた。
倒れている波助と吉蔵にも官憲の銃口が向けられていた。
「ぜってぇ許さんからな、トコトン呪ってやるからな」吉蔵が言葉を振り絞ると
「殺れ」と言う声の元、銃声が響いた。