ケンタウロスの那須じい
前話
服作成してたら二人目が送られてきた
「ふはっ、やったわい」
光の中から現れたのは那須じいこと、全裸の祖父、那須裕也だった。
ただし上半身だけが人間の姿で、下半身は鹿毛の毛並みの馬である。
キマイラと同じく、ギリシア神話に出てくるケンタウロスだ。
しかし慣れとは怖いもので、キマイラを迎え入れた俺にはさほどのインパクトはなかった。
「ハヤト、久しぶりじゃな」
「那須じい……ずいぶん若返ったな」
葬式の記憶だと髪は真っ白だったが、今の那須じいは見た目は三十代だ。
はちきれんばかりに盛り上がった筋肉、オールバックの黒く艶のある髪、男らしい顔つきで、石原軍団に居てもおかしくない、昭和の男前になっている。
「どれどれ……おお、まさしくわしの全盛期じゃな。こちらに来てよかったわい」
那須じいは水面に顔を映して顎をなであげた。
「馬は、ひょっとしてヤマトか?」
「そうじゃ。ヤマトも久しぶりだと言っておるぞ」
「ん?ヤマトはしゃべれないのか?」
「しゃべれるようにはしてもらったが、ヤマトは無口でな。まあわしと一心同体じゃで無いと思うが、もしヤマトだけの発言があれば、わしが代わりに言うから安心せい」
俗に言うマッスルポーズをとって、那須じいはにかりと笑った。
「私は八木すみれと言います。ハヤト君のお嫁さんになりました。よろしくお願いします」
八木ちゃんは自己紹介しながら、俺の反応をちらちらと気にしている。
「猫のトラ美にゃ」
「蛇のにょろ助にょろ」
「おお、ハヤトも一人前じゃな。皆さん、こちらこそよろしく頼む。那須裕也じゃ。生前は牧場で馬の世話をしておった。馬の方はゲッダンヤマト。競走馬でな、重賞もとったことがあるぞい」
ヤマトは引退後、那須じいの愛馬としていつも一緒だった。そういえば俺が乗馬を習うときもヤマトの背中だったと思い出す。
「馬ときたか……うちじゃ馬は飼ってなかったから来ると思ってなかったが、考えてみれば那須じいと馬の組み合わせは当たり前だったな」
「那須おじさんは馬が好きなんだね」
「なんせばーちゃんが亡くなって喪が明けたら、馬と入籍しようとした変人だ。市役所で断られて、もめて叩き出された伝説を持ってる」
滋賀の変人としてテレビに紹介されたこともあるらしいが、現地の人にはとんだ風評被害だろう。
「……確かに変人さんだね」
真顔の八木ちゃんは消えいるように言った。
「そもそも人として生まれたこと自体が間違っておったからの。布団より厩舎の方がよく眠れたもんじゃ」
「変人だにゃ」
「人より馬と愛し合った回数の方が、圧倒的に多いからのう」
「変態って言った方がいいにょろ」
にょろ助が首をぷるぷると震えさせながら言う。
「しかし那須じいも服は無いのか。ロッジにしろ町にしろ、どうするか……」
姿を変えるときに自動で服が生成されるようなご都合展開ではないらしい。
「ん、わしは人の姿にはならんぞい」
当然だと言わんばかりに那須じいは言った。
「え、姿の割合を変えられないのか?」
さすがにこの姿で町に入るのは騒ぎになりそうだ。
「できるわい、じゃが何が悲しくて粗末なブツの人に戻らんといかんのだ! せっかく念願の馬並なブツを手に入れーー」
「やめとけじじい」
沢にあった拳大の石を、ほほめがけて投げつけた。
ヒールが大怪我にどの程度効くか、さっそく確かめることができたのは何より。キュアが頭の病気に効くようならもっと良かったんだが。
ちなみにヒールの効果は絶大だったので頼もしい限りだ。即座に傷一つ無くなったのを確認し、ロッジの前に戻ってから話をぶり返す。
「逆に完全にヤマトの姿になる分にはいいのか」
「うむ、町では厩舎付きの宿にしてくれるとありがたい。なければ野宿で構わんぞ」
「那須じいとヤマトはどんな技能をもらったんだ?」
不安な前例もあり、早めに聞いておくことにした。
「わはは、見て驚くなよ?まずはヤマトの技能からじゃ」
那須じいは息をふぅと吐くと、両手の人差し指と中指を立てる。
「はぁっ!」
さらに右手を前方斜め下に向け、勢いよく振り下ろし空中で静止させた。
辺り一面、地面が緑色に光りだす。
「地面が光ってるにょろ」
「草がいっぱい生えてきたにゃ」
「驚くのはまだ早い……せやぁっ!」
今度は右手を返しながら、二本の指を上に向け振り上げる。
「すごい、ぐんぐん草が伸びてる」
「おおぉぉ…これはどんな魔法だ?」
那須じいは自慢げに、にやりと笑って言う。
「ミネラルたっぷりの『牧草』を生やして育てる魔法じゃ」
俺は槍を回転させ、柄側を思いっきりじじいの脇腹に打ち込んだ。
「おいじじいふざけんな」
「おふぅ……何をする……」
「やかましい! こんな金でどうとでも解決できる事に貴重な技能を使ってんじゃねえ!」
不本意だが、死なれても困るのでヒールをかけておく
「馬鹿を言え! こんな最高品質の牧草、金を積んでも手に入らんわ! しかもどこででも生やせるとか最高じゃろ!」
「私もお肉ばっかり食べたくなるのでわかるんですけど、那須おじさんも草だけでいいんですか?」
「生前から草メインの食事だったからの」
「やっぱり変態だにょろ」
ため息を吐ききった後、気を取り直してもう一つの技能について質問する。
「で、那須じいの技能はなんなんだ? ケンタウロスなら、神話だと弓が得意だったりするよな」
「弓なんぞ使いとうないわ。じゃが発射するという意味じゃ、当たらずとも遠からずといったところかの」
再度、那須じいはにやりと笑った。
「遠距離攻撃ができる魔法のようなものか?」
「いや、『絶倫』魔法じゃ」
俺はそっと槍の穂先を包んでいる革のカバーを外した。
「一応、内容を聞こうか」
「名前のままじゃ。何発でもできるぞい」
人差し指と中指の間から親指を突き出した拳を握り、那須じいはウィンクした。俺は槍の穂先を横にし、面でじじいの脳天に打ちおろした。
「ぐぅ……ハヤト……少し手加減してくれんか」
「あほかくそじじい! むしろ息の根止めたくなったわ!」
このくそじじいは旅の目的を理解しているのだろうかと頭が痛くなってきた。
「そんな技能を要求して、天使は何も言わなかったのにゃ?」
「いや、『那須裕也様と、那須ゲッダンヤマト様の目標ならば最適の技能だと思われます』とお墨付きをもらったぞい」
那須じいは淡々とした天使の口調を真似しながら親指を立てる。
「ヤマトの目標ってなんだよ」
「男の夢じゃよ。ハーレムを作って種馬生活じゃ」
確かに一心同体だなこいつら。
「那須じいの目標は何にょろ?」
「もちろんハーレムで種馬生活じゃ」
もうやだこの爺馬コンビ。
那須じいはゆっくりと視線を遠くの山脈に移し、再びこちらを見てから口を開く。
「なにせ異世界転生じゃ。ロマンじゃ。夢、目一杯追いかけるべきじゃろう?」
いい顔で言っているのが、本当に腹立たしい。
「それにな……わしは死ぬまで、ずっと心残りだったんじゃ。不運な怪我さえなければ、速くて、タフで、賢いヤマトは絶対にGⅠを取ったはずじゃ。そして余生は種馬として引っ張りだこになるはずだったんじゃ。あの怪我さえなければの……」
しんみりとしたじじいにほだされたのか、八木ちゃんの援護が入る。
「那須おじさん、私もお手伝いするよ! 頑張って可愛いお馬さんを見つけよ!」
「その通りじゃ! この世界とこの体なら、誰に咎められる事なく馬を抱ける。イチャデレ栃栗毛、ツンデレ芦毛、クーデレ黒鹿毛、ヤンデレ青鹿毛、熟女系栗毛……必ずコマしてみせるぞい!」
「じじいのブレなさには、いっそ清々しさを感じるにゃ」
トラ美のあきれた声にもかまわず、那須じいはまたも遠い目をしながら腕組みをした。
「最終的にはそうじゃな……数え切れないぐらいにこさえたわしの子供が、みな、大活躍をする。そしてナスユーヤ系の血統を確立したいと思っておるんじゃ」
「ナスルーラみたいな言い方してんじゃねえ」
インブリード無しでも不安な血統だ。
「壮大だね! ちなみに私の目標はハヤト君との幸せな結婚生活なんで、那須おじさんも応援してね!」
俺の目標、「王道ファンタジーの冒険」は気持ちいいぐらい放置されているんだが。
「ほほー、ならばこれはわしからの、ほんの結婚祝いじゃ」
それぞれの手を俺と八木ちゃんに向けながら、那須じいはにやにやと笑う。
「――なっ、これは……」
手から照射される赤い光に照らされた途端、感じたことのない衝動が体に走った。
「わっはっは、では、わしはそこいらをひとっ走りした後、あの巨木の根元あたりで寝るとするわい、ハイヨー!」
那須じいはもう一度ウィンクをすると、颯爽と駆けて行った。
俺はと言えば、潤んだ目で見上げて来る八木ちゃんに腕を絡められ、ロッジの中に引っ張られていくのだった。
明日からは王道の冒険をしよう。
そう、明日から本気出す、絶対にだ。