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第一村人発見

前話

那須じい登場

「今日は町に降りる。理由は三つだ」

「賛成じゃ!」

「楽しみだにゃ」

「行くにょろ、降りるにょろー」

「理由聞けよ」


 沢にいるときに那須じいが真横に送られてきた事を考えると、どうやらどこにいても近くに送ってくれそうだと思ったのが一つ目。


 二つ目は干し肉の残量。おそらく今日の夜まではもたないだろう。


 三つ目は、『合意を得られた方が数名いる』という天使の言い方だった。

 二人と二匹と一頭は「数名」と表現しても違和感はない。それ以上いたとしても、合体の話を聞いて断った人がいた可能性もある。

 つまりこれ以上、仲間は増えない可能性も高いということだ。


 もちろん他に仲間がいて、町中で送られて来るリスクもあるにはある。だが俺達は天使の委託を受けて遣わされた立場なのだ。


 そう、「神託のパーティ」と言ってもさしつかえないだろう。

 魔法で怪我も病気もたちどころに治せる奇跡を見せれば、最初に多少怪しまれたところで、すぐに下にも置かない扱われ方になる事は明らかだ。


 今日から俺達の世界を救う冒険が始まるのだ。

 俺はこみ上げる笑みを止めることができなかった。


「も、もう、ハヤト君ってば幸せオーラ出し過ぎだよ! 私もだけど」


 俺は特に何も言わず、革の袋を背負って出発とした。


「さ、いくぞい」


 俺は那須じいの後ろに乗ることにした。トラ美の毛はすべすべして高い背中から落ちそうになるからだ。


 鞍(くら)も鐙(あぶみ)もなく、不本意ながら那須じいの腰に手をしっかり回して乗ったのだが、裸馬に乗るのは大変だった。そのため、槍はにょろ助が体を巻いて持ってくれていた。


 東の斜面を降りていった先には、靄(もや)がかった盆地の村がかすかに見えている。まずはあの村を目指すべきだろう。

 特別変わり映えのしない集落のようだが、伝説があの村から始まると考えると、ただの靄さえも荘厳な雰囲気に感じられた。

 

 向かう間、みんなは思い思いの話題をそれぞれ順番にしゃべっていた。


「ハヤトが生まれた時からトラ美は一緒なんにゃ。つまりトラ美はお姉さんにゃ」

「ヤマトのベストレースは弥生賞じゃな。とんでもない圧勝だったんじゃよ」

「蛇は視力と聴力は悪いけど、温度の違いがすぐわかるんにょろ」

「遠足には行けなかったんだけど、ハヤト君が四つ葉のクローバーをお土産でくれたの。嬉しかったなあ」


 全員仲が良いみたいで、このように雰囲気よく過ごせるのはありがたい。



 見えている村まで残り二キロメートル程のあたりだろうか。不意に耳をぴんと立て、トラ美が言う。


「まっすぐ遠くでもめてる人の声にゃ。男と女が大声出してるにゃ」


 なんというお約束な展開。いや、人の不幸に偶然出くわす能力は、英雄の大事なスキルというものだ。

 ここから挫折知らずの、俺の人助け英雄譚(えいゆうたん)が始まる――


「那須じい、急行するぞ! トラ美もついてこい!」

「合点承知!」

「かしこまりにゃ」


 那須じいは宙を飛ぶかのような速さで走った。



 数秒後、俺は百メートルも走らないうちに落馬していた。那須じいがぬるぬるしているせいで、掴まりが効かなかったのだ。


「なんぞい、だらしないのう」

「くそっ、村に行ったら絶対手綱と鐙と鞍を買ってやる……」


 自分にヒールをかけながら起き上がる。


「トラ美とにょろ助にまかせるにゃ」


 にょろ助は槍を放して俺に持たせると、今度は俺の体にくるくると巻きついて持ち上げてくれた。


「行くにゃ」


 トラ美は足音も立てず、那須じい以上のスピードで駆けた。にょろ助はU字形に曲がって、ちゃんと俺の頭が進行方向を向くようにしてくれている。

 地面と水平な角度なので、某アメリカの超人として飛んでるような感覚だ。


 七、八秒ほど右カーブの山道を下りた民家前に人影が見えて来た。どうやら若い女性を三人の男が取り囲んでいるようだ。


「ったくよ、村の男衆が掘った井戸を余所者がタダで使い倒そうなんざ、それは道理が通らねえよ」

「ふざけんじゃないよ! 十三年前に移住してから、ちゃんと十年間、父さんが追加で作物を納めたんだ! 家と畑で使う権利は約束果たしてるよ!」


「それならオヤジがおっ死んだら、村に返すのが筋ってもんだろうが。あんたが継いで、そのうちにガキが引き継いだら永遠に使えるってか? 都合がいい話だな」

「村民登録して村に年貢も納めてるんだ。十三年も経って、まだ余所者扱いなんて冗談じゃないよ」


「けっ、村の足入れ婚のしきたりにも従わねえやつが村人だとよ、笑わせるぜ」

「ふん、あんたみたいな下衆と通いでお試し婚なんざ、死んでもごめんだね」

「なんだと、このアマふざけや――」

「悪党共、そこまでだ」


 俺は地面と平行な体勢のまま、槍を構えてきりりと言い放った。四人はぎくりとした顔でこちらを向く。


「力無き婦人を威圧するなどとは感心しない。乱暴狼藉を働くようであれば――」

「「「バケモノだあああああああああああああああああああ」」」


 俺の台詞が終わらないうちに、男達は転がるように山道を駆け下りていった。


 予想に反して荒事にはならなかったが、事態が落ち着いたのであればいいだろう。

 続いて俺は若い女性に声をかけた。


「なぁに、人として当然の事をしただけで――」

「いやああああああっー」


 女性はスカートのすそを持って爆走し、渓流に向かってダイブした。死なせてはいけないと川を見下ろしてみるも、スカートに空気を含んで器用に浮かび、必死に下流に向かって川下りしている。


 思った以上にとりつく島もなかった。


「ファンタジー世界だし、人外に対する耐性はあるかと思ったんだがな」

「こんなラブリーなにゃんこをバケモノ扱いなんて失礼な話だにゃ」


 トラ美があきれた声で言った。


「まあいきなり目の前にいて、驚いたのもあるじゃろう」

「ゆっくり歩いて、村に近づいた方がいいかもしれないね」

「そうだな、ゆっくり歩こう」


 井戸で飲み水を少し拝借し、再度山道を下っていくことにした。





 第一村人とのファーストコンタクトは完全に失敗したと言える。


 八木ちゃんの提案通り、トラ美や那須じいが俺の管理下にある事を理解してもらうため、村に近づく時はゆっくり近づいてみた。


 しかし、村が近づいてきたと思ったら、何やら騒がしくなっている。砂煙も立っているようだ。


「早く逃げるぞって言ってるみたいにゃ。大勢が村を飛び出して、向こう側に走っていってるにゃ」


 これだと世直しどころではない。

 考えてみれば、動物ばかり可愛がって人とのコミュニケーションを敬遠しまくりだった俺、馬しか愛せないじじい、体が弱くて引きこもっていた女の子の三名なのだ。

 他人と接するスキルの低さに自覚が無かった事は反省すべきかもしれない。


「逃げた連中が、俺達の事を危険だと周知しているのかもしれないな。まあさすがに全員居なくなるわけじゃないだろう」


 気にせず歩いて村に向かうことにした。



「見事に人っ子一人おらんのう」


 到着して驚いたが、村は無人だった。もぬけの殻になった民家と固く戸締りした民家の二種類があるが、にょろ助に言わせると一人も残ってないらしい。


「家の中に人が残ってたら、扉越しでも温度でわかるにょろ。ここは誰も残ってないにょろ」

「にょろ助君の温度感知能力ってすごいんだね」


 馬具や食料品や日用品が必要なのだがこれは正直参った。


「怪しい者ではありません! 俺達は天使の使いです!」


 念のために声を張り上げてみるが、何も反応はなかった。


「逃げ出しておるから当然じゃが、馬やらロバは一頭も繋がれておらんのう」

「馬具も特に残ってないにょろ」

「思った以上に、びっくりさせちゃったみたいだね」

「買おうと思ってたものが買えないのはつらいな」


 とはいえ、そもそも商店のようなものはこの村にはなさそうだ。


「まあ適当にもらっていくしかあるまいのう」


 那須じいが荷車を引いてきた。八木ちゃんはそこにぽいぽいと物を積んでいっている。


「こらこら、さらっと盗むんじゃない」

「お金を置いていけば大丈夫だよきっと。どうしても必要なものだけ、いくつか持っていこ」


 そう言われると俺も強くは言えなくなった。

 なにせ俺達は水を入れる容器すら持っていない。山道と沢が離れてしまうと、水すら飲めなくなってしまうのだ。


「それもそうだな。しょうがないか」


 少し考えた末に同意して、同じく必要そうな物を物色した。

 相場などは全くわからないので、適当に銀貨や銅貨を置いていく。

 結局そこそこの物品を積み込む事になった。


 荷車

 鍋二つ、出刃包丁、菜箸、木製の食器類

 塩、乾燥ハーブ三種類

 葉物の野菜、袋に入った殻取り済みのライ麦

 赤身肉ブロック

 シーツ二枚、タオル大の布五枚、布切れ一袋分

 リネンのワンピース型の服(男用二枚、女用二枚)

 厚い布製の靴(俺と八木ちゃん用一足ずつ)

 裁縫道具

 硬石鹸三個

 皮の水袋

 こんなところだ。


 入ってきた入り口とは逆側にある石造りの門をくぐると、山の麓に広がる町が下方に見えている。


「次の目的地はあの町で決まりだ」

「ふっ、新たな出会いに血湧き肉躍るわい」


 那須じいは、わかりやすくやる気を出している。


 まもなく夕方だが、この状況で他人の留守の家に泊まるのは危険だ。

 もし人が帰ってきたら余計にこじれそうでもある。

 今晩は野宿になりそうだがやむなしか。そう考えながら山道を下りた。


 再び歩き出して数十分後、真横に見覚えのある金色の光が現れた。



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