ルズベグと従者と衛士長2
前話
ルズベグの討伐進行手順
ルズベグにあわせ、グラウェも狼煙玉から机の上に広がっている地図の方に視線を向けた。
半畳ほどの大きさがあるドムンド帝国地図の中で、カプラーン大森林はルズベグの顔の大きさほどとなっている。
ルズベグは指の先端から第二関節までぐらいの幅を親指と人差し指で示し、その幅を大森林の中央にあてた。
「鷹と猟犬配置であってもこれぐらいだろうな。なんならもっと狭めてもいい」
「そ、それでは南北の幅の七分の一程度かと思います。最大で、二十八日かけての大規模探索となるとみていいのでしょうか」
「そうなる可能性が無いとは言わぬ。だがおそらく三日目か、折り返した六日目のどちらかで見つかるだろうよ」
ルズベグはゆっくり前方に乗り出して地図の手前側に手を置く。
「そもそもが南側は探索対象としては捨ててよい。今回、グラウェ殿がある程度南東へ向かう進路を探索済みだが、そうでなくてもこちらは見る必要がない」
ルズベグは吐き捨てるように言い、南側を手で軽く払うような仕草を見せた。
「南側の落葉樹の森は天候からも視覚的にもその身を隠せぬ。家を建てようものなら目立ってしょうがない。逃げ隠れたい気持ちが強いオーガどもには暮らしていけまいよ」
「ドルバ河が流れ込むクリーネ湖の河口付近は、夏の恵みが豊かな土地です。夏の間のみ住んでいる可能性などは無いのでしょうか」
騎士はぱんと地図を叩いて大げさに手を跳ね上げた。
「無いな。宝石のごとく高値で売れる名物キノコを探しに、猟犬連れで出向く連中が非常に多い。また、河口あたりは漁船も多い。水汲みが気兼ねなくできない土地にオーガは住まぬ。井戸を掘る技術も道具もないからな」
「では、南東側に逃走したオーガは……」
「そういうことよ。低脳なやつらとて、集落の位置をごまかす程度は頭が回る。野鳥ですら、巣から離れた場所に移動したのちに飛び立つのだからな」
「つまりは、逆。北東側ということでしょうか」
「それもおそらくは違う」
ルズベグは地図の北側に手を移動させ、山脈を指でなぞった。
「北の自由商業都市連合との境となるトゥルボスコ山脈付近は熊が多い。森の北西には鷹匠の村もいくつか点在している。どちらもオーガにとっては驚異だ」
ルズベグはさらに北東を指差す。
「中でもこの一帯は熊狩りをする猛者が多く住む村だ。毒の樹液を塗った矢と槍、そして重しのついた鎖を駆使して、集団で熊を仕留める。カプラーン大森林近くまで降りることも珍しくないらしい」
「なるほど。では残るは中央ラインということでしょうか」
グラウェはルズベグの指し示す方向が地図の森中央に移動するのを追う。
「そういうことだ。それもドルバ河のほとりではない。緊急時に逃げる方向が一つ潰れるようなものだからな。西の支流と二本目の支流の間であれば水利も良い。そしてこの範囲の常緑樹は背が低く、幹が太い。家に加工するにたやすく、そして集落自体が目立たないのはオーガ好みだ」
「な、なるほど、地理的な面のみならず、心理面からも推測するわけですな」
グラウェは感心しきりでルズベグの推理に聞き入っている。
「また、食糧事情も理由となる。このあたりからやや北部にある高台だ。ここは日当たりの良さで恵が多く、その北側の渓谷がトゥルボスコ側からの侵入を防ぐ立地らしい。一応、この高台にいる可能性もある」
森の中央北部の高地のあたりを指でぴんと弾く。
「さらに申しますと、十数日前の件、樹液がたまる仕掛けも、南北で見ると中央でしたな。人里近くに来ていた理由は、切羽詰まった飢餓状態でありましょう。つまり集落からそのまま西に向かって、到着したところに仕掛けたと考えるのが自然かと思います」
ひげの従者も追随した。
ルズベグはひげの従者からグラウェに再度視線を戻すと、地図の横に置いてある羊皮紙を少し持ち上げる。
「記録を確認したところ、四十年前にもこの地で『聖掃』が行われており、そのときも中央だったようだ。逃げた残党が戻ったのか、他の一族が住み着いたのかは知らんが、本線はここで間違いない」
管轄外の地域でありながら詳細をしっかり調査済みだったルズベグに感心しながら、グラウェは納得の表情でルズベグに質問した。
「慧眼、恐れ入ります。やはり『聖掃』で森を探索した経験が多いと、そのように見えてくるものでしょうか」
グラウェの質問を聞いて、ルズベグはまたもひげの従者を見てにやにやしている。
「『聖掃』で森探索をしたのは今回で二度目でしかない。島でも、山でも、渓谷でも私はオーガたちの場所を突き止めてきた。秘訣はと問われると、そうだな。きっと『愛』だろうさ」
「あ、愛……ですか……」
「ああ。そもそも『聖掃』は誰もが内心は敬遠する任務だ。私ほど楽しんで、しかも自ら志願するような人間はおらんだろう」
「は、はぁ……たしかにそうですね」
当惑する表情のグラウェを残し、ルズベグは立ち上がる。
「では、明日はよろしく頼む」
高く響く靴の音が遠くなっていく中、グラウェは計りかねた言葉の意味について考え込むのだった。




