帝国と創世教と亜人
前話
買い物と通貨価値の話
夕飯は宿の隣にある食堂を選んだ。同じ宿に泊まっているという旅商人が、長卓で相席になって話し込む。
山の上から初めて出てきた、常識知らずの田舎者という設定で情報収集に勤しんだ。
「ははっ、坊ちゃんらは随分と山ん中で育ったんだなぁ」
「畑仕事しかしてこなかったもんで」
小柄な俺は少年にしか見えないらしく、ある意味で都合が良かった。旅商人は仕事柄か、地理や国の情報などに詳しかった。
今俺達が居る都市ロイムは、ドムンド帝国の南東にある。
北と西には街道が、南には大陸一の標高を誇るクリーネ山脈が、東にはヴィルアック王国との国境となるドルバ河があり、カプラーン大森林のど真ん中を突き抜けている。
ドムンド帝国は大陸一の軍事力を持つ強国であり、また首都のブレメンは、大陸中で信仰されている創世教の聖地でもあった。
「通貨が一番安定してるからな。両替って言ったら、この国の通貨が基準になってらぁ」
天使はなかなかいい国に送ってくれたようだ。
『聖地ブレメンに、如何なる傷病も癒す天使が降り立った』
そんな神の奇跡の体現者伝説の幕開けが見えるようだ。
そういえば魔法の事についても聞いておかなければいけない。
「今のところは二つだけ使えるんですが、他にも魔法を習得したいと思ってます。世間の人はどうやって覚えてるんですか?」
途端に、可哀想なものを見る目で見られた。
「お、おう坊ちゃん……使えるようになるといいな、はは……」
どうやら広く一般的に普及しているわけではない、もしくは俺達しか持ってない、のどちらかのようだ。
気まずい雰囲気をどう変えようかと考えていると、厨房から大きな音が鳴り響いた。
「申し訳ありません! すぐに片付けます!」
どうやら厨房で働いていた少年が、陶器の食器を落として割ったらしい。
「またやったか! このグズ! 今月二回目だぞ!」
ガタイのいい料理人が張り付けた。年端もいかない少年は後方に吹っ飛び、後頭部を強くぶつけて謝り続ける。
「なっ、あんな小さい子になんて事をするんだ……」
「坊ちゃんは山育ちだし、奴隷を見るのは初めてか?」
「調教対象のペットなら――」
話に入ってこようとするアオイさんの口を、瞬間的に猫目になった八木ちゃんが塞ぐ。
「奴隷なんているのか……」
よく見ると少年は獣人だった。細っこい金色の髪の毛と頭の上の三角形の耳が可愛らしい。
「人間の奴隷は厳しく禁じられてるがな。亜人の職業は全員が奴隷なんだわ。創世教の教義だと、欲望、裏切り、怠惰の象徴だからな。手癖が悪くて反抗的な奴が多いし、間違ってないと思うぜ」
どうやらこの世界は、宗教が差別を助長しているようだ。
「国によって違いはあったりするんですか?」
「亜人が奴隷にされないのは、東のヴィルアック王国だけだな。なんせお妃様が亜人だ。だがド貧乏を絵に描いたような国でよ。自由を求めて亜人が集まってるんだが、結局食い詰めて、越境奴隷商人に志願したり、子を売ったりだ。神の祝福が得られない亜人なんてそんなもんさ」
その後、旅商人の男は身の上話をしていた。越境奴隷商人の一行で下働きしていて、最近交易商人で独り立ちしたらしい。
部屋に戻ってベッドに腰掛け、さっきの旅商人の亜人の話を思い出す。
「何をするべきか、少し見えてきた気がする」
「やっぱりハヤト君は優しいね」
「……素敵です」
二人が熱い視線を向けてきた。亜人の境遇について考えていたのは同じらしい。
「じゃあこの国で偉くなるのを目指すのにゃ?」
「きっとお金も稼がないといけないにょろ」
「明日はうまいこと、怪我人や病人に会えるような場所を探してみるかな。ファンタジーの世界なら冒険者組合とかあるかもしれない。それか、病院的な場所だな」
「そうですね、技能を活かすのは大事ですよね」
アオイさんは手から野外用ウェットシートを出し、いそいそと俺の体を拭いてくれている。SMグッズは本当に幅広い。
いつの間にかアラビア風の奴隷コスチュームに着替えていて、某宇宙大作映画帰還編の姫を思わせる。
下半身の側面には布がなく、太ももから腰にかけての滑らかさを見ないでいる事は難しい。
メリハリのある曲線に沿ってさらに視線を上へ動かしていくと、そんな俺を見ていっそう妖艶な笑みを浮かべているのが見えた。
「そうだね、技能を活かすのは大事だよね」
もぞもぞと着替えていた八木ちゃんが、自身を覆っていたシーツカバーを横にめくる。
こちらはくノ一コスチュームのようだ。両手を上げて頭の後ろで組むと、白磁のような二の腕と露わになった脇が強調される。
艶かしく曝け出されていた脚は、片膝が少しだけ内腿を隠し、余計に扇情的に見えた。
「そうだな、技能を活かす事は本当に大事だ」
手を取ってきたアオイさんに導かれ、ベッドに入る。今日もみんなの技能は役に立っていて何よりだ。




