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天の軌跡と少年の声  作者: 結城カイン
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「天の王」の学園長アーシュの故郷、惑星クナーアンにバカンスに出かける事になった神也に起こる、身近な青春物語。ちょっと変わった異世界モノファンタジー系。

挿絵(By みてみん)


天の軌跡と少年の声


 人間とは面白い…と、アーシュは時々思う。

 思いながら、嗤った。

 多少変わり者ではあっても、普通の人間と思って生きてきたはずだったのに、突然見知らぬ惑星の神さまだと持ち上げられ、不死だったはずなのに勝手に人間に生まれ変わった事を詰られ(本人は記憶にござらん)、その世界を創造した天の皇尊ハーラルの気紛れで、わけのわからない身体に変わらされた十七の或る日。

 否、歳を経ても全く変わらなくなってしまった自分の姿を鏡で見る度に、成長し、老いてゆく周りの友人やら親しい者たち、または年若の子が自分の姿を追い越していく現実は、やぶさかに抗いたい。

 同時に不変であるはずなのに、もう何年も生きられないという運命こそが、自分に与えられた特権であり、最も誇るべき顕示欲(彼は意固地である)であると、疑わず。

 

「全くもって不毛だね」


 人間ではなくなったとはいえ、クナーアンでは神という為さぬものはあり得ない絶対者となったとはいえ、アースでは比類のない魔王と呼ばれるのが当然の彼ではあっても、生まれて此の方、二十八年間の人生経験及び精神年齢は、周りの二十八歳の輩とさほど変わり様も無い。

 然るに、持て余し気味の異能力、つまり膨大な魔力をどう楽しむか、未熟な執政者は常に何かしらの悪戯を思案中。


 己が消滅してもこの世界はなるようになる、なるようにしかならないと、理解しているが、彼の義務と権利は、自分の意志を継ぐ後継者を作り上げなければならないという一種の狂信的な形を成している。

 彼は思う。

 世界は美しくなければならない。(美しさの定義は…様々だ)

 それぞれが願う形と違っていても、大切な何かを守る為に懸命に為すのならば、それはきっと天から眺めれば、誰もが魅了されるものであろう、と。

 故にアーシュは破壊的な力を持つ自分とは対極な無力な少年に次座を与えようとする。

 少年は無力だが、奇跡的に無垢な魂であり続ける。

 アーシュはそれが愛おしい。


 

 サマシティの中心に建つ「天の王」学園は、魔力を持つアルトと、魔力は無いがカリスマ性を持つイルトの学生たちが、自分たちの能力をいかに平和に行使していくかを学ぶ寄宿学校インデペンディントスクールだ。…建前としては、だが…。

 大概の生徒たちは、俗世の青少年と変わりなく、人生の最も光り輝く青春の一時を、充実した恋と享楽に勤しむ日々。

 その中で山野神也は、誰が見ても変人のひとりであることには間違いはない。

 「天の王」では目立つオリエント系の顔立ち。迎合しない孤高のスタイル。絶対的なマイペース…等々。

 高等部社会科の先生、スバル・カーシモラル・メイエは、神也の愛する唯一恋人。

 誰もが公認するふたりだが、スバルの神也への世話焼きにはさすがに呆れる始末。

 「馬鹿がつくほどの過保護」、「神也の為にならない」と、親切心で注意しても、スバルは聞く耳を持たず、あれやこれやと先立って手を貸してしまう。

 傅かれるのに慣れた神也もそれが特別なものだと思わない。

 なるほど、神也は十二歳までは特別な存在として生きてきた。

 彼は幼き頃から、ニッポンの山深い小さな里村で、「山の神」として生きてきた。

 その所為なのかは定かではないが、間もなく十六になろうとする神也は、見た目も成熟した青年には遥かに遠く。

 どこかあどけなさすら垣間見える童顔。


 現在、青春真っ只中の神也が一番夢中になれるものが、読書だ。

 些か困りものではあるが、現実の友達と友情を分かち合うよりも、書物に没頭する方を尊重してしまう年頃らしく。

 サマシティで最も蔵書が豊富な「天の王」図書館には、神也を飽きさせない未知の世界が広がっており、司書であるの彼の故郷と同じニッポン人、キリハラ・カヲルは親子ほどの歳の差。顔も知らない父の像を描くことに、神也は躊躇うことを知らない。

 カヲルもまた、周りとは溶け込まぬ一風変わった少年に知らぬうちに父性愛を注いでしまう始末で、誰が見ても羨ましい親子像。

 勿論、恋人のスバルは面白く無い。だが、小心者の為、そんな態度はおくびにも出さず、じっと耐えるのもまた、生まれ持った性分。


 神也は両親を知らない。

 眼が開いた時には、古い鎮守杜の現人神に祀られていた。

 自分がどこで生まれたのか、どうやって連れてこられたのか、はたまた捨て子だったのか、誘拐されたのか、周りの大人たちは知らぬ存ぜず。

 そして真相は未だに不明のまま。

 だからこそ、神也は様々な物語の中の家族や親子に憧れる。

 同時にそれは意味も無い妄想だと知る。

 今の神也には本物の母も父も必要は無かった。

 彼は充分満たされて、今を生きている。


 

 今日が今期学年の最終日だと知っていたが、昨日の晩から読み始めた古い故郷のお伽話に目が離せなくなった神也は、同室のレイ・ブラッドリーの忠告も聞かずに、朝食を終えた後、いつもの通学とは違う遠回りに森を抜ける道を選んだ。


「ああ、そうか…。母子が名乗らないまま、互いの幸せを祈りながら別れるっていうのも、愛情なのだなあ~」

 物語の余韻に浸りながら、神也は本から眼を離し、天を仰ぐ。

 樹々の新緑は霞んだ雲間からの光に映え、緩やかな風が枝を揺らした。

 

 キョロキョロキョロリ キョロキョロリ…

 

 さえずる声が聞こえた。

 聞き覚えのある懐かしい囀り。

 あの山の祠で、奥の寝間で、聞いた音。

 その主は赤い姿をしていた。

 高い木の枝に見え隠れする赤褐色の羽根と大きな赤い嘴。


「あれは…アカショウビン!天の王で見るなんて初めてだ!」


 キョロキョロキョロリ。


「あ、飛んだ!」


 枝から枝へと軽々と身を移し、ひらりひらりと飛び立つ鳥を、神也は見失いように追いかける。

 あの頃…

 山の神であった頃、神也を取り巻くすべての自然が、彼の一部であった。

 「あの鳥はなに?」「どうしてお陽さんが沈む時、全部赤くなるの?」「どうして人は願いも叶わないのに祈るの?」

 だが、誰も神也の疑問に答えようとはしない。


「神さまは疑問など持たないものです。あなたさまが自然の中におられるのです。美しく鳴く鳥が、己の声を美しいと思うでしょうか?己の名前を知るでしょうか?あなたさまはそのような御方なのですよ」

 年取った世話人の巫女は、そう言って神也を黙らせた。


 確かにあの頃の神也には、名前すら無かった。


 「山の神」として役目を終えた神也は、人柱として神官らの手によって生きたまま土中に埋められた。それを救い出し、籠の中から自由に羽ばたかせたのは、言うまでもなくスバルだった。

 

 それまで何も知らずに生きてきた神也は、自由になった時、見たものすべてを知ってやろうと思った。

 あの時触れた花や草の名。木々の名。そして、何度も慰めてくれたその囀りの鳥の名を。

 自分もいつかはあんな風にと、自由になれる日を思い描いていた日々…


 キョロキョロキョロリ…

 

 囀りを聞きながら、木々の枝と葉の間をくぐり抜ける。


「待てって!アカショ…!うわっ!」


 天ばかりを仰いでいた神也は、目の前の人影に気づかずに、身体ごと衝突。その衝撃に慄く。


「お、おい、神也。早朝ランニングもいいが、ちゃんと前を向いて走れよ」

「あ、アーシュ…ごめんなさい」


 朝の散歩を楽しんできたアーシュは、突進してきた神也にもたいして驚く様子もなく、その身体をしっかりと身の内に抱き寄せた。

 そうしなければ小さく軽い神也の身体は弾き飛ばされていただろう。

 神也はアーシュの腕の中で、アーシュを見上げる。


 今朝はいつもと違って眼鏡を掛けていない。

 それだけで、いつもと雰囲気が違う気がする。

 神也は瞬きながら、アーシュをじっと見つめる。


「で、学校はいいのか?朝礼に遅れるぞ」

 アーシュの言葉と同時に、始業の鐘が軽やかに響く。

「ま、まずいっ!」

 神也はアーシュの腕を擦り抜け、慌てて来た方向へと走る。


 神也の遅刻魔は知る処だが、さすがに学年最後の朝礼に遅れるのは、少しばかりスバルが気の毒だ。彼は神也の保護者としてもう何十回も、神也の担任から御小言をたまわっている。


「ごめん、アーシュ。急がなきゃ間に合わ…」

 言い終らぬうちに、神也の身体が宙に浮く。

 いや、背中から神也の両脇を掴んだアーシュの両腕が、彼の身体を浮かび上がらせたのだ。


「うわ…」

 神也は思わず身体を捻り、アーシュの首へ両腕を絡ませた。

 下を向けば、先程まで立っていた地面が、次第に遠くに映る。

 影に日向になり、高木を抜け、神也の身体はまるでアカショウビンの如く…


「誰にも言うな。特別だぞ」

 言葉を失くした神也の耳元に、アーシュは囁く。

 頷く神也だが、空を飛んでいる姿など、目立つに決まっている。

 どこかの生徒の眼に留まり、なんやかやとまた言いがかりを付けられる。

 そうであっても、気にする神也ではない事も、アーシュは知っている。


 僅かな空中散歩を楽しむ神也に、アーシュはまたもや素敵な提案を持ちかけた。


「なあ、神也。明日から学校も休みだし、ちょいとクナーアンに行ってみる気などはないか?」

「え?クナーアンに?」

 神也は思わず間近にあるアーシュの顔を凝視した。


 天から与えられた不変の美と、誰もが見惚れるアーシュの美貌に、神也は動じない。

 彼は美の形式を学んでいないのだ。

 だから神也にとって、この世で一番美しいのは、彼を救ったスバルだった。

 それでも、神也にとってもアーシュは特別である。

 異次元のクナーアンと言う星の神さまであるアーシュ。

 御伽話のようなクナーアンの世界をこの目で見てみたい。

 好奇心の塊となった神也は、目を輝かせてアーシュにせがむ。


「行きたいっ!クナーアンに行ってみたい!」

「じゃあ、明後日の朝、俺の部屋へおいで。俺が連れていってやる。ただし誰にも内緒にしろよ。特にレイには言うな。あいつ、めちゃ妬くからな」

「わかった。誰にも言わない」

 

 鐘の鳴る中、ふたりは校舎の玄関にゆらりと降り立つ。

 アーシュから離れた神也は走りながら校舎へ向かうが、ふと、アーシュを振り返り、急いで戻る。


「スバルには、クナーアンに行く事、話してもいい?」


 至極真剣極まる顔の神也に、「特別に特別だ」と、応え。


 途端に嬉しさに弾ける神也に、アーシュは釣られて笑う。




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