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あの夏の日。

無事祖父の三回忌を済ませた少年は、数日この田舎で過ごす事になっていた。

照りつける太陽の下少年は近所の子供たちと連れ立って歩いていく。誰だったかが冒険をしようと言い出し、皆でスナック菓子や玩具のピストルを持ち寄り隊列を組んで前進していた。

目的地は海。この土地の子供たちが言うには裏の林を小一時間程抜けた先に、低い断崖があり海に通じる誰も知らない抜け道が有るのだと言う。低いとは言っても大人の背丈よりも高いし、その抜け道とやらもちょっとした足がかりが有るだけで安全とは言えない。誰も知らないというのも眉唾だろう、子供から子供へと受け継がれた公然の秘密基地のような、そんな場所であったのではないかと思う。とにかく一行はそこを目指しはしゃぎながら、からかいあいながら歩を進めた。

なるほど確かに断崖は有った。崖際は背の高い草が生い茂り何も知らなければそのまま足を踏み外してしまうだろうが、子供たちはこの場所の地形を熟知しているようでこっち、こっちと導かれ比較的安全な道なき道を乗り越える。抜け道の降り口に辿りつくと隠れた小さな浜が見えた。浜と言ってもごつごつとした岩が積み重なって出来たような代物で、浜と言うよりは磯であり白い砂浜をイメージしていた少年には多少がっかりする浜だった。

浜へと下りて行く途中で離れた場所に一艘の小船が浮かんでいるのが見えた。余所見してると落ちるぞと言われあわてて足場を確認する。そしてどうにかこうにか浜へと降り立った。

そこには普段目にすることがない海の生物がそこかしこに居て、雄大な海と生命、自然の力を感じられた。ボール遊びやゲームしかした事の無かった少年はその始めての経験を心の底から楽しんだ。

永い時間を掛け田舎まで来て良かったと思った、まだ幾日かこうして楽しい日々が続くのだと思うと、わくわくしてはしゃいで居ても立っても居られなかった。

あの瞬間が訪れるまでは。


いつの間にかその浜にさっき見た小船が接岸されていた。

周りには数人の男が立っていて手招きをしながら何かを叫んでいた。何事かと近づいてみれば船を指差し、聞いたことも無い言葉を喋っていた。何と言ってるのかわからないが、どうやら船が故障したか穴が空いたかのトラブルが発生したらしい、少年たちはあの人たちを助けてあげようと近づいた。不用意にも近づいてしまった。

にこにことした表情を浮かべたまま男たちは少年たちを取り囲むように移動し、いきなり殴りつけた。一人が殴ると一斉に動き出す、殴られ蹴り飛ばされ、羽交い絞めにされ痛めつけられた。どれほど経ったのかわからないが、おそらく数分の出来事だろう、全員恐怖に固まり痛みに激しく泣いた。泣くとまた殴られ怒鳴りつけられる。誰も何も言えなくなった頃、全員縄で縛られ小船に放り投げられた。男たちは何事か話合っているようでちらちらと少年たちを見ては笑みを浮かべていた。

小船が動き出し波に揉まれるようになると誰かが大きな声を上げて騒いだ。連れて行かれる、助けてくれと。

容赦なく殴られ沈黙した、気を失ったのだろう。少年たちはもうどうすることも出来ずに震えているしかない。暫くすると漁船が見えそこに引っ張り上げられ、じろじろと値踏みするような視線を受けた。全員中に通され船底の扉が開くとその中に蹴り入れられた。

真っ暗闇の中誰かがしくしくと泣いている。どれほど時間が経ったかはわからないが決して短くは無い間を閉じ込められたままの格好で震えていた。

少年はその闇の中船に揺られ、疲れもありいつしか眠っていた。


「おばあちゃん」

「んー?」

少年は縁側で祖母と二人きり。母親は近くの家に挨拶に行き今は姿は見えない。

井戸水で冷やした西瓜と麦茶を供され、祖母が団扇で扇いでいてくれた。夕方とは言え真夏の気温だ、冷房もなく汗が流れ出るのだが不思議と心地いい。

「おじいちゃんてあの写真の人?」

少年は仏壇に飾られた遺影を指差し聴いた。

「そうさあ」

「どんな人だったの?」

赤ん坊の頃はどうかわからないが、物心付いてから祖父と会った記憶が無い。初めて対面したのは祖父自身の葬式の時だ、本人は白い布をかけられ横たわっていただけでどんな人なのかもわからないし、祖母のことも良くわからないままだったので子供なりに気を利かせてそう尋ねてみたのだ。沈黙に耐えられなかったというのもある。

「そうねえ。大きくて、力持ちだったねえ」

返ってきた言葉は少年にとっては余りにも漠然としていて、祖父がどのような人物だったか想像付かなかった。だが、これで会話をやめてしまうとまた沈黙が訪れる。

何か話さなければと思うが、何も出てこない。

自分が同じ立場だったらどうだろうかと考える、もし母親が居なくなってしまったら。と。

だから「寂しい?」と聴いてみた。

祖母はほんの少し驚いたように目を開いたが、すぐに笑顔になり団扇を動かした。ふわりと風がそよいだ。

「優しい子だねえ。まー寂しくないって言やあ嘘になるね。でも、ほれ見てみい」

と庭の一角を指し示した。

ひまわりが咲いている。

「?」

「あれはなあ、種も蒔いてないのに勝手に生えてきよったよ」

「いいかい?人は死ぬると花になるってよう、ばあちゃんもばあちゃんから聞いたんだ。だからあのひまわりは、爺ちゃんが会いに来てくれたんだと、思っとるよう」

だから寂しくないと目を細めて言った。

少年には理解できるような、わからないような、なんともはぐらかされたように感じた。

暫く考えて、だったら・・・。

「だったら僕はタンポポが良いな、お爺ちゃんは大きかったからひまわりになったんでしょ?だから僕はタンポポ!」

にかっと笑ってそう元気いっぱいに言った。祖母は心底嬉しそうな顔で笑った。

「そうか、圭介はタンポポか。じゃあばあちゃんは何が良いかねえ・・・」


そんな話を聞いていた、いや、聞いているようで聞いていない。どうでも良かった。今でもケイの腹からは血が出ているし、肩を貸す自分もここから早く立ち去ろうと必死だった。ケイを助けようと必死だった。

あの部屋でケイを見つけ最悪の事態を目の当たりにした時、ケイは自分を連れてここから逃げてくれと提案した。

「撃たれたんだろ?動いたら駄目だ」

そう告げたが、ここに居る方がかえって危ない。どうせ救急も乗せてくのは幹部等からだし、警察に捉まると更に厄介になる。だから、この混乱に乗じて逃げた方が良い。そう言われ、肩を貸して人の少ない裏口に回っていくところだった。そんな時に思い出話をされてもロミオにとって聞くに値しない。そんな事より早く病院へ連れて行きたい。

しかしケイはどんどん血の気が引いていき土のような顔色に変わっていく。それなのにまだ話を続けた。


漁船に乗せられ絶望しかなく誰も一言も喋らなくなった頃、扉が開き俺たちは連れ出された。皆へろへろで歩くのもままならないが強引に引っ張られて行った。そこでみんなバラバラになって俺はこの街に連れられてきた。売られたんだ。あのボルケーゼに。もう絶望しかなかったのに更にどん底に突き落とされたよ。


やっと裏口に辿りつき、そっと横たわらせた。


アイツは、ボルケーゼは俺を犯した。何度も何度も。オモチャにされたよ。

攫われた子供を買ってはそうやって何人も犯したんだ。男も女も関係ない。人種だってお構いなしだ。俺はそんなオモチャの一人で、散々弄ばれた。何人も気が狂ったり、自殺したりしたよ。きっとあいつらも魚の餌になっただろう。


ケイは虚ろな目をしたまま話すことを止めようとしない。


殺そうと思った。

いつかあいつをこの手で殺してやろうと誓った。従順なふりをしてチャンスを待った。言葉も覚えたしなんでもやった。何年か経って俺は自由を手に入れた。あの事務所に移されたんだ。でも、知ってるだろ?それからも何度と無く呼ばれ、アイツの相手をした。


ふう、ふうと空気を肺に入れる。思うほどは入っていないだろう。


今日はラッキーだった、震えたよ、待ちに待ったチャンスが来たんだ。あの部屋の中でパーティだったのさ、アイツの為のな。そこでオモチャは裸にされ犯されたり、犯しあわされたりしてた。その中に居たんだ、ヒットマンが。最近仕事が多かっただろ?ファミリーの中に裏切り者が居てそれを見つけ次第殺してたんだ。けど、とうとうそいつらも仕掛けて来たんだ。大混乱だった。誰かがアイツ目掛けて一発撃ったらそこからは撃ちあいだよ、敵も味方もわからないのに。

俺はアイツの近くに走った、どこに銃が隠されてるかも知ってたし、やるなら今しかないと思った。それでアイツ見たら・・・笑うぜ腹に一発貰ってもがいてたんだ。はは、ゴキブリに見えたよ。


ケイは自分の身体がどうなってるのかも気にしてないのか、ずっと喋り続ける。喋るほどに熱を帯び饒舌になっていく。


アイツの額に押し付けて引き金を引いたよ。見たろあの穴、俺が空けたんだ。


咳き込み口から血が溢れる。

「もういい喋るな!車まわしてくるからここで待ってろ!」

言うなり駆け出そうとするがロミオの足が止まる。その胸倉をケイが掴んでいた。

「いや、もういい。いいんだ、ロミオ」

「ケイ、離せよ」

「どうせ、もう、助からない」

血まみれの口元を拭うこともせずに笑って言った。

「ケイ!」

「約束、覚えてるだろ、頼む」

ロミオは力が抜けた。

本気だったのか。あんなのお前が一方的に押し付けたんじゃねえか。

知らねえ。

「頼む、ロミオ、あの丘に、俺を」

息も絶え絶えに約束のその内容をもう一度ロミオに伝える。

知らねえ。

虚空を見つめながら、手を宙に漂わせる。

「撒いてくれ、たんぽぽに、なるんだ」

知らねえよ、そんなのゴメンだ。俺はやりたくない、そんなことやりたくない。

「ロミオ、約束だ、ロミオ」

宙を漂っていた手が、落ちた。

全身から力が抜けへたり込みながらもケイに呼びかけ、身体を揺すった。

返事は無い。

そのケイのまだ暖かい身体を抱き、ロミオは泣いた。










ロミオは丘を登っていた。

吐く息が白く辺りを漂ったが、見る間に透明にかわっていく。

全身を黒のスーツで包み、手にはビールを携えていた。

今日はケイの何度目かの命日だった。

数年前のこの日、同じようにこの丘に登っていた。

両手にバケツを抱えて。

あの後、約束どおりロミオはケイを破砕機にかけた。

自分の手で、最初から最後まで。

そしてこの丘に撒いた。それが交わした約束だったから。

涙とはなみずと吐き気を堪えながら。

それ以来ここには来ていない。見るのが嫌だったし、心の整理もついていなかったのもある。

もう少し。

もう少し登るとケイを撒いた野原に出る。

足取りは重かったが、ケイの好きだったビールを供えたくて足を前に動かした。

緩やかな上り坂を行く。道と空が分かれて広がっていく。

ロミオは言葉を失くす。

両膝を折り、涙がこみ上げてきた。

「なあ、ケイ。お前そんなにこのいかれた世界が好きか?」

「俺には解らねえ・・・。解らねえよ、ケイ」

ビールのプルタブを開け、中身をその黄色い絨毯に撒いた。




たどり着いたその野原には、一面のたんぽぽが寒空に耐え揺れていた。

終わりです。

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