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あれから三ヶ月ほど経った。
季節は冬へと代わり、何か外套を羽織らなければ過ごせないような頃合になった。ちらちらと雪が舞う日も増え本格的な冬の到来も間近だと思われた。
あの日からロミオ達の仕事は7件あり、都合10人を処理している。この頃は少しばかり数が多くなっている傾向がある。今までなら一月に一度程度だったものが三倍にまで増えている、どうもきな臭い空気を感じていた。もしかしたら何かが起きようとしているのかも知れない。だとしてもロミオ達のやることは変わらない、どれだけ死体が増えようともただ言われたとおりに片付けていく。これ以外は無い。
今日は仕事が無くやることも無いCampo di fiori清掃社の面々も、だからと言っていつ呼ばれるかわからない事もあり、事務所から離れるのは許されなかった。
所長はデスクで新聞片手にコーヒーを飲みぼんやりと時間を潰している。こうしていると孫が学校から帰って来るまでの平和な時間をのんびり過ごす老人のように見える。膝で猫でも寝ていれば尚更良い。完璧だ。
ケイは相変わらずソファに寝そべりクロスワードパズルを暇つぶしに解いていた、その傍らにストーブを引き寄せ暖をとりながら時折鉛筆で答えを書き込む。本当にただの暇つぶしのようでどうも真剣さは感じられない。
ロミオはと言うと窓辺に腰掛けガラスに頭を預け波の音を聞いていた。ばしゃんばしゃんと護岸を打つ音は普段よりも力強く、遠くの空は灰色の雲が覆いこちらに向かって来ているようだ。邪魔にならないようにボリュームの絞ったラジオからも一雨、もしくはまとまった雪でも降るかもしれないと予報を告げている。
この事務所には今、ページを捲る音と時々思い出したようにぱきんと鳴るストーブの音、それと打ち寄せる波と小さなラジオの音しか無かった。寒さも相まって一種独特な静寂に支配されている。
じりりり。
その静寂を一本のベルが掻き乱す。仕事の依頼だろう、所長が受話器を持ち上げ対応する、今日は果たして何人処理することになるのか。ロミオは憂鬱に頭を振った。
「ケイ」
電話を受けた所長が眉根を寄せケイに受話器を差し出す。ケイも何か察したようで悠然と受話器を受け取り耳を当てた。
度々ケイはこうしてファミリーから名指しでお呼びが掛かる事がある。その都度ロミオは運転手として社のバンでドンの邸宅へと送り届けているが、あの海沿いの見晴らしの良い岸壁の上に建てられた豪華なお屋敷の中で、一体何が行われているのか全く知らなかった。ケイにも所長にも聞いてみたことがあるが、どちらも言葉を濁すか知らなくて良い事だと執りあってくれない。実際どうしても知りたいかと言うとそうでもなく、いつしか興味は失せており送迎することだけが自分の仕事だと心得るようになっていた。どうしようもなく暇なこんな時でさえ面倒な事だと思うが、帰りにどこかのカフェにでも寄ってサボれるかと算段をつけると重い腰も上がると言う物だ。
バンのキーを掌で弄びながら階段を下り、ケイを助手席に乗せると軽くドライブでもするような気持ちでアクセルを踏み込んだカーラジオからは吹雪になる公算が高くなるようだとMCが告げていた。
何事も無くケイを送り届けゆっくりとバンを流していると、風が強くなってきているようだった。吹き付ける勢いで窓がかたかたと震え、冷気が車内を支配してゆく、オンボロのエアコンでは少しも暖まりやしない。目に付いたカフェの前に車を停め、只今清掃作業中御迷惑をおかけしますと書かれた札をフロントガラスに差し込んだ。これで暫くは放っておいても切符を切られることも無いだろう、安心してカフェに滑り込みカプチーノを注文した。
カフェの内は空調が効いており一枚脱がないと汗ばんでしまう、たまに首を縮こまらせた客がドアを開けて入って来ると外の風が冷気をこれでもかと運んでくるが、すぐに全力で空気を暖めてくれる。
一人の客が腕時計を見ながら急ぎ足でドアを開けた、また冷たい風が首筋を吹き撫でて行く。その風が急ぎ足の客と入れ替わりに一人の客を招き入れた、街の市民の頼れる守護者。制服を着た警官、マリオだった。
嫌な予感がした。マリオという男は話好きで一旦捉まるとなかなか開放されない。カプチーノとドルチェを携えた小太りはやはりぐるりと店内を見回すとロミオに狙いを定め近づいてきた。
「よう。ロミオ。仕事中か?」
大方、外に泊めてあるバンを見て話し相手を見つけたと喜び勇んで入って来たのだろう。その証拠ににやにやとしていてからかっているのが良く解る。
「そう見えない?」
精一杯虚勢を張ってみたがどう見ても仕事中とは誰にも思われないだろう。
「ははは、まあ黙っといてやるよ」
椅子を引きロミオの前にどかりと座り込む。自分だって警邏の途中でサボっている癖にこの言い様だ、腹も立つが相手は現職の警官だしそう文句も言えない。路駐も見逃してくれるだろうし、なにより所長にサボっているのがバレて小言を貰うのも出来れば勘弁してもらいたい。これは永くなりそうだと腹をくくった。
マリオの話は永かった。どうでも良いような事をずっと喋り続けるのだ。
やれ、家のかかあがどうしたこうした、子供は言うことをきかず毎日遊び呆けているばかり、仕事が終わって家に帰れば邪魔者扱い。妻帯者の苦悩と懊悩を、父親の威厳と尊厳をかくも大仰に語るのだ。独身であるロミオには相槌を打つしか出来ないが、間違った対応をすればそこからまた説教が始まり更に永くなる。
かれこれ2時間近く足止めされそろそろ事務所に戻らねば、今度は所長の説教が始まってしまう。もう、手遅れかも知れないが。
マリオに捉まったという言い訳は通じるだろうか?
事実だがサボっていたのもまた事実である。こうなれば早く開放してくれと祈るばかりだ。
それから三十分ほどしてようやくマリオは席を立った。ロミオもやれやれと外に出るがバンの前にぴったりとパトカーを停めている。どうやら最初から逃がすつもりは無く思う存分話し続ける気だったようだ。
マリオはもう暫く街を流してから署に帰ろうと思っていたが、無線機の呼び出しが鳴っていた。急いでドアを開け無線機を引っ掴む。
何事か送受話を繰り返しているようだが音が割れていて良く聞き取れない。この隙にさっさと出して帰り去ってしまおうとバンの中に滑り込もうとした。
「おいロミオ」
呼び止められる。撤退は失敗した。
「今日相棒はどうしてる?」
何故このタイミングでケイの事を聞いてくるのか引っかかったがドンの処にいると応えた。
とたんにマリオの顔が渋面を作りこう言った。
「・・・ドンの館で何かあったらしい。銃声が何発か聞こえたと通報があったようだ」
それを聞きロミオはキーを思い切り捻りエンジンを叩き起こした。ケイの身に何かが起こっているかもしれない、そう思うと否が応にも心臓は高く強く早鐘を打った。何事も無ければ良い、そう願ってアクセルをベタ踏みし急発進してタイヤをアスファルトで擦りつけゴム片を撒き散らしながら、あの邸宅へとハンドルを切った。
何か嫌な予感がしたのはマリオに合ったからではなかったのだろうか。もしケイに何かがあれば・・・。
その考えを振り払うように高速で走るバンを操ることに集中した。
途中何度も危険な場面があり、むしろ自分の命を失ってしまいかねなかったが、なんとかバンは無事に館に着いた。
いつもなら門の周りに何人もの見張りが居るが今は出払っているようで、それが余計に不安を駆り立てる。バンを門の外で乗り捨て急いで館の内に駆け込んだ。
本来ならロミオ程度の下っ端が許可も無しに立ち入ることは出来ないが、館は騒然としておりファミリーの誰にも咎められることは無かった。
普段から運動をしていないロミオはすぐに息が上がったが、気にもならなかった。早くケイを見つけ無事を確認したい。それだけが望みだった。
走り回っていると人だかりを見つけそちらへと近づいていく。
その部屋は広く造られており天井も高く、高価そうな調度品が並べられている。
地獄絵図というのはこの事かもしれない。
そこら中に血溜まりがあり何人もの裸の男女がこと切れていた。
窓ガラスは割れ、壁には出来たばかりの弾痕が穴を穿ち、ある者は額に、またある者は腹に、銃弾の打ち込まれた痕がありぴくりとも動かない。体中から血を流しボロ雑巾のように床に打ち捨てられている。
息のある者も大勢いるが、皆総じてこの出来事に我を失って身じろぎ一つ出来ないでいた。
そんな光景を呆然と立ち止まって見ている中、ぜえぜえと耳障りな音がしているのになかなか気付かなかった、それが自分の呼吸音だということに思い至るまで数瞬かかった。
はっと自我を取り戻しすぐさまこの中にケイが居ないか確認して回る。
違う、コイツじゃない。コイツも違う。男、女、男、男、女・・・。
きっと居ない。この中にケイが居るなんて事は無い。そう呟きながらうろうろと見て回る。
窓際に近づき死体の山の中に巨漢の男が倒れていた。一度だけ見たことがある。この仕事に就くときに挨拶しにきた事を覚えてる。この街のドン。ボルケーゼその人だ。
仰向けに倒れて動いていないところを見るとどうやら死んでいるようである。腹に二発、額に一発弾痕がある。一体この館で何が起こったというのであろう。大事件だ、ドンがこのような形で死んでしまうということは、大きな混乱を招く事になるだろう。この街に住む者なら子供でもわかる。
ボルケーゼの死体を見て、混乱した頭がさらに混乱した時、誰かに呼ばれた気がした。
まさかと思った。そうであって欲しくないと願った。窓の下の壁にもたれかかり苦しそうに浅く呼吸をして、右手に銃を握り左手を腹に当てて青ざめた顔をした良く見知った男が、ケイが、そこに居た。




