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閑話 女の戦い?

 私の住んでいた村は小さな村。たまに旅人や旅商人が立ち寄る程度。特に語るべき特徴がない農村。

 ある年、珍しい事に旅の劇団が村を訪れた。お世辞にも有名とは言えない小さな劇団。

 だけど娯楽の乏しい農村にとって、彼等は歓迎すべきお客さん。

 歓迎の宴の席で彼等は歌と舞いを披露してくれた。

 幼かった私は歌姫の歌に魅了され、自分もああなりたいと望んだ。所詮は現実を知らない農村の小娘が抱いた叶わぬ夢。

 それでも私は信じて歌う。

 両親も子供の戯言に付き合ってくれた。褒めてくれた。それだけで幸せだった。


 でも私は呪われた、切っ掛けも前兆もなく突然に。


 最初は両親。夫婦喧嘩の果てに起こった悲しい事件として処理された。

 次は引き取られた孤児院。魔物の襲来として片付けられた。

 そして売られた──貧しい農村では仕方のないこと──奴隷商が店を持つ街が滅び、国が揺らいだ。さすがにもう現実から目を背けることは出来なかった。

 災いを齎したのは私。

 私が歌ったから人が狂い、やがて死ぬ。

 事実を認識して多くの人を死に追いやった私自身に、背負った罪の重さに絶望し、恐怖に震えた。

 どうして良いのか分からず、私は逃げ出した。少しでも遠く、どこか人の居ない場所へと。


 この身に呪いを受けて数年、私はどうにか生きていた。人里離れ、魔物が住まう森の中で息を殺して。日々の生活の糧を得る事で精一杯。ごはん少ない。

 生き延びられたのは元凶である呪いのおかげ。でも感謝なんてしない。

 魔物も眠る深夜、私は歌う。

 声を捨てれば、多分また誰かと暮らせる……気がする。

 けど歌えないのは死んでも嫌。だからこのままで良い。

 誰かに聞いて欲しいなんて贅沢は言わない。

 彼女との出会いまでは、確かにそう考えていた。


 聞こえてきた拍手。

 しまったと思った。

 こんな場所、こんな時間に人が来るなんて今までなかったこと。焦る。


「驚かせて悪いね。とても綺麗で上手な歌声が聞こえてきたものだから、拍手ぐらいは送るべきだと思ったんだよ。ああ、お代が必要かな?」


 びっくり、おかしくなった様子がない。


「……お金いらない。でもどうして?」


「こんな素晴らしい歌を聴かせてもらったんだから、ただってのもね?」


 そういう意味じゃない。

 でもこんな時間に子供一人なんて普通じゃない。

 それにとても綺麗。

 魔物? ううん、魔物もおかしくなった。

 だったらもっと上位の存在?

 いや、正体なんてどうだって良い。聞いてくれる人が居る。それだけで嬉しい。もっと聞いて欲しい。


「……必要ない。まだ聞く?」


 お願い、うんと言って欲しい。


「キミが許してくれるなら」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 やった!


「……歌う!」


 聞いてくれるならいつでも、どこでも、何度だって歌う。

 この夜、私はそれまでの鬱憤を晴らすようにたくさん歌った。

 それに彼女=アイナは最後まで文句も言わずに聞いてくれた。たくさん褒めてくれた。本当に夢のような一夜だった。

 日が昇り始め、歌は終わる。

 別れの時、私は泣きそうだった。

 出来ることならずっと傍に居て欲しい、私の歌を聞いて欲しかった。

 でもそれは私の我がまま。

 だからなのか、彼女は約束してくれた。また会いに来る、その時はキミの歌を聴かせて欲しいと。

 例えそれが嘘でも構わない。私は幸せで一杯だった。絶望に染まったこの世界に新しい希望が芽生えたのだから。


 そして彼女は裏切らなかった。

 約束を守ってくれた。

 私に会いに来てくれた。


「またキミの歌を聴きに来たんだ、良いかな?」


 もちろん、歌います。貴女が望んでくれるなら、望むだけ。

 ありがとう、アイナ。大好きです。






     ▼






 アイナのだらしなくも愛らしい寝顔を眺めているだけで自然と笑みが浮かぶ。

 ああ、涎が零れそう。舐める? ダメ、私は駄エルフじゃない。……でも誰も見ていない。ちょっとぐらいなら……いや良くない。嫌われたら大変。

 でもその瑞々しい唇から視線が逸らせない。意思に反して顔が近付いて────


「何をしているのかニャー?」


 突如響いた第三者の声に、私はハッと我に返る。

 危ない、今私は何をしようとしていた?

 助かったと思う反面、少し残念。

 声の主は駄エルフさん──確かアイナがそう呼んでいた──だった。綺麗な人だけど色々と残念な人だと思う。


「……何も」


 首を横に振る。


「嘘言うんじゃないニャ! アイナ様のその魅惑的な唇を奪おうとしていたんだニャ! 羨まけしからないのニャー!」


「……大声良くない。アイナ、起きる」


 そんなに興奮して大声を出さないで欲しい。

 気持ちよさそうに眠るアイナが起きてしまう。

 あとニャーニャーうるさい。


「ふふん、ディアーナさんに抜かりはないのニャー!」


 そう言って胸を張る駄エルフさん。

 あれ、ディアーナって誰だろう?


「ちゃんと防音結界を効果範囲指定しているのニャ! だからディアーナさん達の声はアイナ様には届かないニャー!」


「……羨ましい」


 防音結界、私も欲しい。それがあれば呪いを気にせずにどこでだって歌えるはず。


「それにちゃんと証拠はあるのニャー! この子越しに見ていたニャ!」


 駄エルフさんが差し出した掌の上、空間が歪み小さな──羽の生えた目玉のような──魔物が出現する。たぶん彼女の不可視化していた使い魔なのだろう。確か契約した使い魔と視覚などを共有する方法があると聞いたことがある。

 つまり────


「……覗き? 盗撮?」


「ち、違うニャ、そんな邪な意思はないのニャー。ディアーナさんはアイナ様の身の安全を思って────」


「……必要ない」


 アイナが誰よりも強いことは駄エルフさんも知っている。私達が心配するなんて、それこそおこがましい。


「……怪しい。アイナに教える」


「っ!?」


 駄エルフさんの動きが止まる。

 しかもすごい汗。


「取引をしましょう。何が望みです?」


「……ん?」


 あれ、ニャー忘れてる。


「この子の事を他言無用とするなら、私に出来る限りの範囲で貴女の願いを叶えましょう」


「……人形」


 何かをくれるって言うなら、駄エルフさんが大切にしている人形=愛しのアイナ様人形が欲しい。とても可愛いけど、残念ながら私には作れそうもない。

 前に自慢され羨ましかった。


「いいでしょう、貴女の分も作ります……ニャー」


「……ありがとう」


 私は笑みを浮かべてお礼を告げる。


「だけど貴女が犯そうとした蛮行とは話が別だニャー! そう、同盟の規律を破ろうとする者には制裁が必要ニャ!」


 駄エルフさんが再び殺気にも似た闘志を露わにして身構える。

 対する私も身構えた。

 純粋な戦闘能力では私が彼女に敵うはずがない。何千倍も彼女のほうが強い。

 だけど私にはアイナがくれたドレスがある。駄エルフさんが本気を出せば、耐えきれないのかも知れない。けれどここで、アイナの家で本気の魔法を放つなんて馬鹿な真似はしないはず。すれば確実にアイナがすごく怒る。

 それでも余裕の態度なのは、私の呪歌に対抗する何らかの策があるのだろう。

 しかし仮に私の呪歌によって駄エルフさんが狂ってしまったら、きっと私はアイナに嫌われてしまう。

 痛いのは嫌だ。でもアイナに嫌われるのはそれ以上に嫌だ。

 どうすれば良い?


「さあ、行くニャー!」


 周囲の魔力が駄エルフさんへと集まっていく。

 来る!

 次の瞬間────


「さっきからうるさい。私の眠りを妨げるな」


 背筋も凍るような冷たく暗い声が響く。

 身体が硬直し、動けなくなる。

 そんな私の視線の先、起き上がったアイナが、駄エルフさんの顔を掴んでいる光景があった。必死で背伸びをしている姿がとても可愛い。


「痛ッ、痛いニャー! 本当に痛いニャー! 出ちゃう、中身出ちゃうニャー!」


 駄エルフさんが必死に抵抗するも意味はない。

 その後しばらくして静かになった。


「まったく、手間を掛けさせるよ」


 そう言ってアイナは再び横になり、程なくして寝息を立て始めた。普段の彼女とは様子が異なっていたし、もしかしたら無意識の行動なのかも知れない。

 どうやら彼女の地獄耳もとい聴力の前では防音結界も形無しのようだ。彼女の睡眠に対する強い想いが成せる業か。

 さすがに可哀想な駄エルフさんをアイナの隣まで運ぶ。もちろん引っ張って。

 そして私も反対側に横になる。

 やはり彼女の傍は安心する。

 気付けば私も意識を手放していた。

 こういう日も悪くない。




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