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閑話 召喚勇者の受難(それぞれの朝 中編)

 瞼を開けると、知らない天井という訳でもないが、ここ数日寝起きしていても未だに見慣れる事のない、無駄に装飾が施された高い天井が視界に移り込む。


「やはり夢じゃないのか」


 溜息混じりに零された小さな呟きには、僅かな落胆と諦めの感情が込められていた。

 神崎聖斗が勇者ペットとして召喚され、その日の内に奴隷の身分に堕とされてから数日が経ったが、彼は現実を受け止めきれないでいた。

 もちろん異世界に召喚された事実は召喚された直後に喜んで受け入れた。

 ならば何が問題なのかと言えば、本来は自分が侍らすべき奴隷という立場を強要されている。その境遇を彼のプライドが許せなかったというだけのこと。

 目の前に吊るされた餌=美少女に釣られてしまったのだから自業自得でしかない。


 それでも聖斗は心のどこかで現状は厨二病乙な夢──少年の心を忘れない俺様マジピュアハート──であり、目が覚めるといつも通り学園ハーレムアドベンチャーな日常が始まってくれるのではないのかという希望を抱いていた。

 本当なら今ごろ友人(いい加減友達料金払えよ)の姉を攻略できていたはずなのに、クソがと心の中で悪態を吐く。

 お前がクソだから、ほんと。

 召喚されたおかげで召喚元の世界は平和になったのではないだろうか。

 まさに今回の勇者召喚は召喚者にノーベル平和賞が授与される偉業に匹敵するレベルだ。


「ん?」


 いつまでもぐちぐち文句を垂れていても仕方がなく、取り敢えず起きようとしたところで、聖斗は自分の身に起こっている異変に気付いた。

 重圧を掛けられているかのように身体が重い。

 あのイケメン糞優男=国王と対峙した時、魔法だかスキルだか特殊能力だか知らないが、指先一つ動かせない程に身動きを封じられた。

 しかし今回はそれ程でもない。

 まるで胸の上に誰かが乗っているかのよう感覚だ。

 カーテン越しに日の光が零れている以上、少なくとも現時刻は朝と考えて間違いなく、時差ボケした幽霊による金縛りではないだろう。

 もしそんな天然全開な幽霊が美女・美少女であったなら是非攻略したいところだ、と聖斗は何ともズレた思いを抱く。

 さすがはリアルエロゲ主人公、そのストライクゾーンは常人では計り知れない。


 もっとも残念ながら今回は美少女幽霊の訪問ではなかった。

 いや、美少女という部分に関しては間違いではないのだが。

 首から上は特に問題なく──首に填った首輪が違和感を齎すが──動き、視線を自らの胸元に下げた聖斗は、視界に映り込んだ特徴的な蒼銀の髪に舌打ちする。


「ふわぁ……お目覚めですか、勇者様?」


 聖斗の胸の上、寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げる美少女。

 寝起き特有の気怠げ(アンニュイ)な雰囲気が一層の妖艶さを醸し出す。

 道行く十人中十人が擦れ違いざまに足を止め、思わず振り返ってしまうほどの容姿と言っても過言ではない。

 そんな美少女が自分と身体を重ね、あまつさえ胸を押し付けているのだが、聖斗の視線は剣呑な光を帯び、酷く冷たく、嫌悪さえ窺わせる。

 本来なら間違いなく彼の攻略対象となる美少女。実際出会ったときにはこの世界最初の現地妻にしてやろうなどというゲスい事を考えていた。


 だが今現在、少女に対する評価は逆転している。

 聖斗の他者に対するカテゴライズは非常に明確だ。

 美女・美少女な攻略対象、それ以外のモブ、そして敵対者。

 例え攻略対象と成り得る容姿を誇っていたとしても、一度敵対者として認定した相手に彼は容赦なかった。


「邪魔、重い、暑い、退けろ」


 故に聖斗は最早ペルソナを身に付けることなく少女=リュドミラを拒絶する。

 何せ彼女は自身の首に隷属の首輪を填めた張本人、忌々しきご主人様なのだから。

 ステータスが示すとおり、受け入れがたい現実としてこの世界はその事実を認めている。


「ねぇ、勇者様。私の扱い酷くないですか?」


 聖斗の言葉に不満を零しながらも、リュドミラは上半身を起こす。

 頬を膨らますその姿は出会った当初なら聖斗もあざと可愛いと思えたかも知れないが、今となっては苛立たせる効果しかない。

 また今現在リュドミラが身に付けているネグリジェは丈が短く、肌を多く露出し、生地も薄く双丘の頂上が布地越しにおはようございますしている。ネグリジェそのものが少なからず魅了の効果を秘めていてもおかしくない。

 それでも聖斗の心を乱すことはなかった。

 色々と経験豊富であり、その程度で動揺するほど彼は純真ではない。


「聞いていますよ? 私が居ないところでメイド達とは仲良くしているみたいですね。メイド達からは優しいと評判だとか」


 ジト目で告げるリュドミラの声音には、冗談か本気か嫉妬心が見え隠れする。

 自分の所有物である奴隷が、他の女にいい顔をするのが許せないのだろうか?

 もっとも敵対者である彼女からどう思われようと、聖斗は微塵も興味がなかった。

 国家の中枢である王城に仕える侍従達は全員器量の良い娘ばかり、まさにメイドパラダイス。

 勇者という事実は伏せられ、王妹殿下が気まぐれで購入した愛玩奴隷と認識されている聖斗だったが、その無駄に高いルックスと人心掌握術=コミュニケーション能力により、瞬く間に魔の手を広げている。

 故に邪魔だけはするなと声を大にして言いたい。


「それにあのマリエルム卿とも組んずほぐれつしているようですし」


 続くリュドミラの言葉に聖斗は内心首を傾げた。

 マリエルム、誰それ?

 しかしこの世界に召喚されて以降、組んずほぐれつなどという不本意な表現を受ける相手は一人しか居ない。

 となるとあの女がマリエルムなのだろうと一人納得する。


 聖斗曰く国王に惚れ、身分違いの恋(独り相撲)に恋するヒスババア。

 その実体はこの国が誇る筆頭近衛騎士様であった。

 そして勇者として召喚されたものの戦闘経験のない聖斗に対し、毎日訓練と称した暴力を振るっている人物である。

 謁見の間での事を根に持ち「なに私の国王様に嘗めた口きいてるわけ? ちょっと体育館裏まで来いよ」ってなわけだ。


 二人の力量差は大きく、聖斗が一方的にボコられ、ざまぁな姿を晒している。

 当然マリエルムも命までは奪うつもりはなかった。というか万が一殺してしまい、愛しき我が主の不興を買ってしまっては元も子もない。

 加えてファンタジーなこの世界には治癒魔法や回復薬ポーションが存在している為、ある程度の怪我も許容範囲となる。

 弱者をいたぶるにはもってこいだろう。


 格上の敵対者から一方的にボコられて醜態を晒すなど、本来の聖斗なら受け入れられない事であったが、彼は黙ってそれを受け入れていた。

 正面から挑むことが無理だとしても、どんな手段を使ってでも敵対者は排除を行ってきたクズがだ。

 もちろん被虐嗜好に目覚めたわけではない。

 理由は簡単。

 来たるべき反抗の日のために戦闘経験を積むためである。


 例えいけ好かないヒスババアでも相手の実力は本物であり、わざわざ環境を整えた上で戦闘訓練を行ってくれるというのだ。

 死の危険がなく、膨大な経験値を得る事が出来るのだから破格の待遇と言っても良いだろう。

 利用できる物は骨の髄まで利用する。


 そこにナチュラルボーンチートが加われば、もはや手が付けられない。

 このまま戦闘訓練を続けていけば、程なくしてマリエルムに匹敵するレベルにまで成長することだろう。

 また副次的な効果として、マリエルムのしごきを耐え抜き、何度でも立ち上がるその姿は外見の補正もあり、見た者の評価を大きく上昇させるのだった。

 さすがは主人公体質汚い、マジ汚い。


「うるさい。別に誰と仲良くしようと俺の勝手だ。ああ、もしかしてメイド達が羨ましいのか? なら命令すればいいさ、ペットらしく尻尾を振って芸の一つでもしてやるよ、ご主人様」


「今日は随分と反抗的ですね」


「目覚めてすぐにお前の顔を見たんだ、不機嫌になって当然だろ。それとも何か? お前の頭でも撫でながら微睡みを堪能しろって? 反吐が出る」


「くっ、言わせておけば。調子に乗ったペットにはお仕置きが必要ですね」


 リュドミラは挑発に屈し、指を鳴らす。

 それを合図に聖斗の首に填められた隷属の首輪が、彼の身に鋭い痛みを伴った電撃を加える。

 懲罰の痛みに耐えきれず、聖斗は身体を反らしながら叫び声を上げた。

 そんな彼の姿にリュドミラは笑みを浮かべる。


 だが彼女は気付いているだろうか?

 苦悶の表情で、喉が裂けるような叫びを上げる聖斗もまた内心笑みを浮かべている事実に。

 リュドミラと対面した際、聖斗は必ずといって良いほど挑発を行い、できるだけ懲罰を受けるように立ち振る舞ってきた。

 もちろん被虐嗜好に(以下略)。

 そう、理由はナチュラルボーンチートによる電撃耐性の成長である。

 実際に身体を張った成果はあり、電撃による深刻なダメージを受けることはなく、既に痛みも我慢できるまでになっていた。

 さらに電撃耐性が高まれば、それこそ電撃による懲罰は意味が無くなり、隷属の首輪は機能の一つを失う事になる。

 そうなれば確実に隙ができると聖斗は踏んでいた。

 だから彼は電撃に苦しむ演技を続ける。


 しかし現実は非情だ。


「勇者様、本当はあまり痛くないですよね? 最初は確実に効果があったはずなのですが、さすがは勇者という事でしょうか」


 電撃が止み、再びベッドに沈んだ聖斗に対し、落ちてきた声と視線は背筋が寒くなるほどに冷ややかな物だった。

 残念、彼女は気付いてました。

 ねぇねぇ今どんな気持ち?


「ッ!?」


 心臓が跳ね上がる。

 どうしてバレた?

 演技は完璧だったはずだと聖斗は困惑する。


「くすっ、不思議そうな顔をしてますね。確かに勇者様の演技は素晴らしかったですよ、賞賛に値します。実際多くの者が気付くことはないでしょうし」


 そうだろう、俺はアカデミー主演男優賞を受けて当然の男だ。

 なんてことを平時の彼なら考えただろう。


「でも私は見慣れていますから」


 リュドミラはただその一言で否定する。

 つまるところ彼女は人が苦しみ藻掻く姿を見慣れていた。

 片や人を差別することが当然であり、平民の命が綿のように軽い貴族社会を国是とする国家のナンバー2に君臨するお姫様。

 片やナチュラルボーンチートという特殊体質を持っていても、平穏な日本で生活していた一学生。

 ここにおいても経験値の差は歴然だった。


「しかしながらマリエルム卿の件といい、勇者様には驚かされてばかりです。いくら恋愛脳と言えど彼女の実力を以てすれば、例え勇者様でも手足の一本や二本は失うものだと考え、魔導義肢を用意していたのですが必要ありませんでしたし」


 全てまるっとお見通しだと言わんばかりにリュドミラは告げる。

 実は所有者から損壊の許可が出てましたとか笑えない。


「ますます勇者様を手放すのが惜しくなるじゃないですか。そこでそんな素敵な勇者様に新たなプレゼントをご用意しました」


 じゃじゃ~ん、と明るくリュドミラが取り出したのは、人の頭部にジャストフィットしそうな鋼鉄の輪。突き出した幾つもの金属が機械音にあわせて 回転し、また伸び縮みを繰り返している。


「……そ、それは」


 それを見た瞬間、聖斗の顔が恐怖に歪む。

 逃げだそうとしても、先ほど受けた電撃の影響が抜けていないためか、身体に上手く力が入らない。


「さすがは勇者様。決して市場に出回ることのない禁呪具天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)をご存知とは博識ですね。勇者様の世界にも同様の物があるのですか?」


 そんな物騒な物があって堪るか、そう聖斗は叫びたかった。

 隷属の首輪ほど有名ではなく、見かける機会は多くないがエンジェル・ハイロゥもまた異世界の定番の洗脳装置。

 付与された魔法の効果なのか、それとも脳を刺激する科学の効果なのか方法に違いあるが、対象を洗脳して支配下に置くという目的は同じだろう。

 いや劣化量産品だった場合、最悪自我や意識さえない生きた屍と化すこともあり得る。


「……よせ、止めろ!」


「大丈夫ですよ。勇者様なら、きっとこちらもお似合いになるはずですから」


 そう言ってリュドミラは誰もが見惚れる可憐な微笑みを浮かべながら、抵抗できない聖斗へと再び身体を重ねていく。

 そしてまるで新たな王へ戴冠するかのように、彼の頭に鋼鉄の輪を載せる。


「さあ、勇者様。今度も抗って下さいね」


 リュドミラは聖斗がエンジェル・ハイロゥの支配に抵抗する事を期待していた。

 抗えたならまた別の呪具や魔導具を試そうと心弾ませる。

 その狂気に満ちた瞳は実験に勤しむ魔女の如く。

 魔女の釜から這いいずるモノは果たして……。


 一方、聖斗は混濁し始めた意識の中で改めて誓う。


“ぜってぇ、目にもの見せてやる。覚悟しとけよ、このクソ女郎!”


 だが彼は気付いて居るのだろうか?

 それが俗に負け犬フラグと呼ばれる類である事を。



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