閑話 ポンコツ竜のお仕事(それぞれの朝 後編)
海の上に島がある。
世界地図を広げたとすれば世界の端、何も記されることない四隅の一角に位置していた。
RPGで言えば物語の終盤かクリア後、飛空挺や山も川も海の上すら走破できる騎鳥などの移動手段を入手し、なおかつ複雑な条件を満たさなければ絶対に辿り着けない僻地。
仮に条件を満たさず島へ向かったところで目視する事は疎か、そこに島があると認識することすら不可能だった。
当然そんな場所に人が住んでいるはずもなく、海洋調査施設なんて物も存在していない。
何もない大地に、ただ黒き山脈が悠然と鎮座するのみ。
否、山脈などではない。
あまりの巨体に目を疑うことになるが、それは一匹の竜であった。
神話に名を刻む、神の如き古き竜=ゼオランシェル。
その神々しくも禍々しい姿は──例え片方の角が欠けていたとしても──見る者全てに畏怖を抱かせる程の重圧を放つ。
しかし今現在、眠っているのかゼオラの瞳は固く閉ざされ、まるで山脈に擬態しているかのように微動だにしない。
最低限の生命維持機能のみを残し、所謂省エネモードやスリープモードに相当する状態で、星の意思から使命が下される瞬間までねぐらであるこの島にて眠りに就く。
それがゼオラの日常だった。
島の地下から意図的に吹き出す潤沢なマナと、そこに含まれる高濃度の魔素を体内に取り込み、エネルギー源としている。
普通なら許容量をオーバーし、拒絶反応や魔素中毒による精神崩壊、急激な肉体の変質により最悪死に至るが、規格外の存在であるゼオラに当てはまらない。
その為、わざわざ食事を取る必要はなく、それに伴う生理現象も起こらない。つまりアイドルはトイレに行かないのだ。
まるで霞を食べる仙人だと、とある怠惰な幼女はその生活を羨むことであろう。
でもそれは生態系の頂点に君臨していながらも自由が無いと同義。
酷なようだが動いただけ意図せず災害レベルの影響を齎してしまうのだから仕方がない。
一方ゼオラ自身も星の守護者たる己の存在意義を理解しているため不満はなかった。
そう、彼女と出会うまでは……。
「来たかのう」
声帯を震わせたわけではなく、直接思念を飛ばす形でゼオラの呟きが零れ、同時に固く閉ざされていた瞳が開かれた。
力を込められた指先が深く突き刺さった大地を揺らし、土煙を巻き上げながら上体が起こされる。
首をもたげて見上げた先、空に描き出された巨大な魔方陣。
そしてその中央、まるで後光のように黄金の輝きを纏いながら出現する浮遊島。
ひどく幻想的で、ひどく神秘的。そしてひどく醜悪な光景だった。
まるで興味の欠片も抱いていない、冷めた視線を向けるゼオラの視界には、浮遊島から飛び立ち、こちらへと降下してくる有翼人達の姿が映り込む。
ただこの世界の住民にも有翼人は存在する以上、別に珍しいものではなく、やはり興味を抱くほどでもない。
背に純白の翼を広げ、聖槍の如き輝く槍を手に持ち、聖鎧と呼べそうな白銀の鎧を身に纏う。
その姿はまるで天の御使い。
そう、端的に天使と形容しても過言ではなかった。なかったのだが……。
「我が名は天将イルハーゼル・シュト────ぽぺっ」
彼等を率いる立場であろう男が名乗りを上げる。
いや、上げようとしたと言うのが正解か。
他の者と異なる三対の翼や、一際価値のありそうな大槍や装飾の施された鎧などの装備品を見る限り、他者よりも高い地位や戦闘能力を保有していたことは明らかであった。
けれどゼオラの前では他者と比較する意味のない有象無象、何ら障害となり得ぬ塵芥でしかない。
結果として羽虫を振り払うように腕を動かしただけで、それなりの実力者であったはずの男は物言わぬ肉塊へと姿を変える。
きっと魚のエサとして処理されることだろう。
「つまらぬのじゃ」
何が起こったのか理解が追い付かず、生み出された静寂にゼオラの呟きはよく響いた。
馬鹿にしているわけではなく、ただ純粋な本心を告げただけ。
それでも相対する天使達は挑発を受けたと感じたのかも知れない。
「か、かかれぇぇぇぃ!」
誰かが勇敢に、そして無謀にも叫んだ。
他者をを鼓舞する為ではなく、自らを奮い立たせる為には叫ばずにはいられなかった。
既に指揮官を失い動揺している現状、最低でも一度退いて立て直すべきだったのだが、きっと彼等にも退くことのできない事情があるのだろう。
だから彼等は死に急ぐかのように羽ばたいた。
「つまらぬ」
それは彼等の選択に対してか、それとも何ら感情の昂ぶりも感じる事の出来ない作業と同義の戦闘、いや一方的な蹂躙に対してか。
たぶん後者に違いない。
腕を動かし、翼を羽ばたかせ、尻尾を振る。
策も戦術も戦略も必要なく、ただそれだけで終わってしまう。
対する相手の攻撃は外殻に傷を付けることすらできず、痛みどころか痒みすら感じることはない。
巨大生物定番の弱点である眼球も、強固な膜に覆われている鉄壁の要塞故に仕方がないのか知れないが。
達成感や爽快感といったものは微塵も無く、それでいて羽虫に纏わり付かれるような不快感だけが残るのだから始末に負えない。
「つまらぬ、つまらぬ、つまらぬ」
逃げだそうとする者も容赦なく屠る。
星の意思に与えられた使命は対話ではなく殲滅。
残念ながらこの世界に干渉した瞬間に彼等の運命は決まっていた。
そう、彼等がゼオラの前に出現したのは偶然ではなく必然。
何せこの島はゼオラの寝床かつバトルフィールドであり、異界からの侵略者に対する処刑場として存在しているのだから。
勇者召喚然り境界を越えるような大規模な転移魔法は、魔方陣を構築する為に転移先にも相応のマナを必要とする。
よって都合良く潤沢なマナの溢れるこの島は、つまるところのGホイホイであった。
「ほんにつまらぬのじゃ」
そしてその想いをより一層確固たるものとするのは、やはり彼女との出会いが大きく影響していた。
七日七晩に渡る死闘を繰り広げた自分と同等の存在。
「……アイナ」
無意識の内に欠けた角に手を触れ、初めて自分に明確なダメージを与えた彼女の名を、ゼオラは自然と口にする。
彼女と出会う以前にも、自分と同等もしくはそれ以上の戦闘能力を保有する可能性がある者は存在していた。
あの女神アレクシエラもその内の一人だ。
しかし実際に相対することはなく、可能性は可能性のまま終わりを告げる。
だが彼女は、アイナは挑んできた。
自分達が戦えば、どれ程の被害が出るか判らない。
いくら隔離世を展開するとしても、なにぶん初めてのことなので未知数だ。
懸念はある。
けれど臆することなく真っ直ぐな視線を受け、ようやく会えたと笑みを浮かべる彼女の姿を見て、そんな事はどうでも良くなった。
ゼオラは出会った瞬間、自身の身が震えたこと今でも覚えている。
それは恐怖ではなく、歓喜によるものだ。
その身が纏う異質な空気は矮小な人間と侮ることを許さない。
だからゼオラは全力で迎え撃つ。
世界の意思に命じられるがままに行われる作業、弱者に対する一方的な蹂躙とは違う初めての闘争。
血湧き肉躍る一時は、そう純粋に楽しかった。
初めて感じる痛みや蓄積する疲労感でさえ心地よく、角が折れた瞬間は心の底から驚かされた。
気付けばいつの間にか二人揃って笑みを浮かべていた。
あの戦いは生涯忘れることのできない本当に充実した時間だった。
ああ、それに比べて現状の何たるつまらないことか。とゼオラは目の前の光景にうんざりする。
「この程度の戦いなぞ、とっと終わらせるのじゃ」
いまだ周囲に残る雑兵を無視し、第二陣が飛び立つラピ○タ──正式には浮島型戦闘艦と呼ばれているらしい──を見据え、ゼオラは四肢で大地を掴む。
開かれる巨大なアギト、円を成すように広がる翼、一部外殻が展開されて露出する排熱器官。
魔核に蓄えられていた魔力が解放され、全身へと広がっていく。
同時に色を変える外殻が、本来の姿である銀の輝きを放ち始める。
開かれた口内の奥に光が灯り、そしてブレスが放たれる。
それはもはや吐息とは呼べない閃光、いや殲光とでも呼ぶべき光の奔流。
雲を千切り、海を割って大瀑布を創り出し、そのまま浮遊島を呑み込んで跡形もなく消滅させていく。
さらにはUターンなどという生易しいものではなく、まるで宙で反射したかのように鋭角に──逆V字とでも良い表わせばいいだろうか──屈折を繰り返しながら、呆然とする周囲の天使を次々と無に還し、最後は上空の魔方陣へと突き刺さる。
相手側の世界にまで届いたのかは調べようもないことだが、魔方陣は敢えなく砕け散った。
最後にゼオラが尻尾を振って大地を均せば、それだけで戦闘の痕跡は消え失せた。
一仕事──というほどでもないが──を終えたゼオラは再びスリープモードへ移行し、黒き山脈へと擬態する。
だがその前にもう一度、角に触れつつ考える。
「またアイナと戦いたいものじゃ」
誰に憚ることなく全力で、思う存分に力を振るう。
そう、例えこの星が砕け散ろうとしても……。
星の守護者にあるまじき考えが脳裏を過ぎり、ゼオラは苦笑する。
でも、もし自分が星に仇なす存在となった場合、星の意思はどう動くのだろうか?
自分を排除するために、自分の代わりとなる同等の存在が、新たな星の守護者として生み出されるのだろうか?
「それはそれで面白そうなのじゃ」
かつて蒔かれたフラグの種は、当人の与り知らぬところで着実に成長を続けている。
その事実を知った時、我らがバグ幼女は一体どんな反応を見せてくれるのだろう?
今から楽しみである。




