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第11話 状況確認

「え、何だって?」


 世間一般に溢れかえる鈍感系ハーレム主人公の如く、都合良く話の腰を折る突発性難聴を患ってしまったようだ。

 誠に遺憾だね。


「どうやら耳が悪くなってしまったようだね、私も歳かもしれないね。悪いけどもう一度言ってくれないかな?」


 私のチートボディが経年劣化する事実はなく、ヘルイヤーな聴覚も絶賛正常に機能しているけど、ティーカップをソーサーに戻しつつ敢えてもう一度聞き返してみた。

 もしかすれば二度目は違う内容になるんじゃないかと一縷の望みをかける。

 居なくなった猫を探して欲しい程度の依頼なら、今なら喜んで受諾して速攻で終わらせて報酬なんて貰うことなく帰るから。

 まあ、それが悪足掻きだと理解しているんだけど。


「ああ、大変申し訳ございません。お聞き苦しかったことお詫び申し上げます。聖女様に何ら落ち度があるはずもなく、その高貴なる御耳を穢した愚行は私が生涯懸けて背負う罪に他なりません」


 この世の終わりに立ち会ったかのような絶望の表情を浮かべ、土下座せんばかりに頭を下げるローレシア。

 そこまで言われると若干の罪悪感が首を擡げてくる。


「ですからこのシオン・ローレシア、聖女様が望まれるなら昼夜を問わず、何千何万でも、喉が潰れ、この身が朽ち果てるまで繰り返させていただきますわ」


 いや、さすがに睡眠の邪魔だからそれは遠慮するよ?


「ヴァレンティア帝国第三皇女殿下の行方が分からなくなりました」


 では、と前置きして繰り返し告げられた内容は当然のように変化はない。

 ああ、やっぱり無駄な悪足掻きだった。

 分かってた、分かってたよ。


「聞かなかったことにして帰っても良い?」


 それでも私は諦めることなく純粋な願いを口にする。

 だけど私の願いは悲しいかな容赦なく魔性の微笑みによって黙殺されてしまう。

 残念だけど逃がしてくれそうもない。強引に逃げようと思えばいくらでも逃げられるけれど後が怖いからね。


「それで詳細は? どこで消えたかぐらいは把握しているんだよね?」


 聞きたくはないけど聞かないわけにもいかないよね。

 ただ聖教会が噛んでいると言うことは、面倒事のレベルが格段に上がると考えて間違いない。

 聖教会がこの世界で影響力を持つ理由の一つに世界的な治安の維持活動が存在する。

 魔物の大量発生や魔女の出現の際に聖騎士を派遣することは元より、広域指定の犯罪組織やテロリストへの対処。また国家同士の紛争における仲裁、和平交渉や講和条約締結の見届け人を務めることもある。

 その根底に遙か昔、天より舞い降り、混迷極まる戦乱──当時の世はまさに大戦国時代。その日誕生した国家が日を跨ぐことなく滅亡する事もあったらしい──に終止符を打った女神アレクシエラへの信仰心があるからだ。

 つまり今回の件でわざわざ聖教会が動いているとなると、ヴァレンティア帝国だけの問題では収まらない可能性が高いという事になる。

 帝国上層部にも知り合いは居るし、そのルートで私に助力を請うことも出来ないことはないのだから。

 となるとヴァレンティア国内ではないと考えるべきか。


「ファルメキア平原だと報告されています」


「ああ、なるほど、それで教会が動いているわけか」


 ある程度予想していたとはいえ、実際にその名を聞くとやはりウンザリしてしまう。

 この世界の住人で、尚かつそれなりに教育を受けた者なら誰もが知っている地名。それがファルメキア平原である。

 大陸の北部に存在するその平原は東の大国であるここヴァレンティア帝国と、西の大国であるエルドラード王国の中間に位置している。北側にも色々と訳ありなオストガルド連邦と呼ばれる国家が存在しているが、北部山脈に阻まれ、最小限の貿易以外は他国と関わらず鎖国状態なので、今は気にしなくても良い。

 問題なのはヴァレンティア帝国とエルドラード王国の仲がすこぶる悪い事だ。異種族を取り込み急速に発展した新興国に対して、血筋を尊重し貴族社会を維持する伝統国家が悪感情抱くのはよくある対立の構図だろう。

 よって互いを嫌悪する両国は幾度となく戦端を開き、軍事衝突を繰り返してきた歴史がある。

 その戦場となったのが件のファルメキア平原というわけだ。

 南が黒の森と面していることもあり、戦時中は森の外縁部に兵士達が入ってきて色々と面倒だったんだよ?


 聖教会の介入を受けた今現在、両国間に停戦条約が結ばれ、平原は緩衝地帯となっているが、その外縁部には当然のように両国の軍が駐留。いつでも戦闘を再開できる準備が調えられているし、未だに火種は根深く燻り続けている。

 また最近では大戦時に作られ、放置された砦などを野盗や違法組織が根城に使用している事が問題となり、両国は神経を尖らせていた。討伐に軍を動かせば誤解を生み、開戦の切っ掛けとなる可能も孕んでいる。

 そんな状況下で利を得ているのが何を隠そうギルドであり、野盗の討伐は両国ギルドの定番クエストとなっていたりする。


 そんなこんなでファルメキア平原で要人──しかも皇族──の行方が分からないなんて事になれば大問題に発展するのは必至。というかなったからこそ聖教会が動き、何故か私のところまで影響が及んだのだろう。

 事故か事件か陰謀か、何れにしろ対応を間違えれば大量の死人がでる。


「しかし、どうしてそんな場所にわざわざ皇女様が?」


「ヴァレンティアからは非公式な駐留部隊への視察と慰問が目的だったと」


 ふむ、非公式という部分はきな臭いが、理由としては納得できないこともない。

 戦地──といっても最後方だろうけど──に国を代表する人物が視察や慰問に訪れ、現地の兵を労い、戦意を向上させるなんてパフォーマンスはそう珍しいものではないし、それが可憐な皇女様ともなれば効果的だ。

 しかも件の第三皇女様には色々と噂が囁かれていることは私も把握していたりする。まあ尤も眉唾物の話も多分に含まれているようだけど。

 何でも彼女、若干十四歳にして国軍の一部を指揮する将軍であり、自ら兵を率いて戦場を駆け、魔物の大軍を薙ぎ払った女傑だという。曰く初代皇帝である剣聖の血を最も色濃く受け継ぎ、大人の男が束になっても敵わない武の天才。

 一人で城から抜け出しては冒険者紛いに魔物と戦い、屠った魔物は数え切れないお転婆娘とかなんとか。

 そんな彼女の事を敵対するエルドラード王国では帝国の三番姫と畏れているらしい。


 いやいや、厨二なお年頃だからって設定盛りすぎだよね?

 いくら普段引き籠もってて世界情勢に疎い私でも騙されないよ。

 まあそのぐらいハッタリが効いていた方がプロパガンダには仕えるのかも知れないけど。

 などと私が考えていたら、ローレシアはその笑みに──器用にも──険しさを含ませて言葉を続けた。


「表向きは、そのようになっていますわ」


「その言い方だと裏があると?」


「はい、帝国は秘匿しておきたかった情報のようですが」


 何でそんな情報をお前が知っているんだと思うかも知れないが、彼女が世界最大を誇る聖教会の枢機卿である事実を忘れてはいけない。

 聖教会だって何も百パーセント純粋な善意だけで人道支援や慈善活動を行っているわけではないんだよ。

 お布施や寄付金を受け取っている?

 確かにそうだけど、それは運営資金の一部を賄っているに過ぎない。

 聖教会が信者から受け取っているのは金品などではなく、もっと貴重な価値を持つ『情報』だ。

 世界各地に無数に存在する教会施設。そこに周囲の信者や住人から集まるのは、ほんの些細な情報に過ぎない。

 近所で起こった小さな出来事、事件、事故、噂話。日々の天候の変化、人の移り変わり、農作物や畜産物の収穫量、税の増減、軍の動き、魔物の出現状況。

 一つ一つは本当に小さく、意味を持たない情報。


 しかしそれらが一カ所に集まり群となり、蓄積された時、その価値を大きく変える。

 膨大な情報はデータベースとなり、統計分析により、未来を予測し、天候不順や魔物の大量発生、疫病の流行に際して早急な対応を可能としている。

 まさに人海戦術を用いた人力インターネット。使い方次第でいくらでもコネと金を生み出せるね。


 また諜報活動の分野に置いても、各国の諜報機関に勝るとも劣ることのない能力を有していた。世界最大の宗教組織ともなれば、当然軍や王宮の中にだって信者は存在する。人の口に戸が立てられないのが世の常だ。


 そして怖いのは一握りの者を除いて、誰もその事実に気付いている者が居ない事だ。

 規模が大きすぎるというのが最大の理由だろうけど、多分気付いた人間は取り込まれたか消されているかのどちらかだろう。

 さすがは私なんかを聖女と崇める聖教会だ。やることが汚い。作品によっては(以下略。


「今回の件と前後して、第三皇女殿下の麾下にあった餓狼騎士団が姿を消したとの事ですわ」


「おいおい、つまりなんだい」


 餓狼騎士団についての噂話も聞いている。何でも軍に属し、騎士団を名乗ってはいるが、その実体は皇女自らが選別した子飼いの私兵だと言われていた。

 そんな彼等と皇女様が時を同じくして姿を消すなんて、関連を疑ってくれと言っているようなものじゃないか。


 つまり今回の件は偶発的に起きた事件や事故ではなく、計画的かつ意図的な行動と考えるのが自然であり、もし彼女達が行動を共にしているなら考えられる可能性は二つ。

 一つは誰にも告げられない極秘任務。

 もう一つは────


「謀叛の可能性があるってことかな?」


 私の問い掛けにローレシアは応えることなく笑みを深めた。

 その反応は認めているようなものじゃないか。

 ああ、もう。本気で帰って良いですか?



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