1.
山の中腹にその祠はあった。
今では名も知れぬ神を祀る祠。信心深い地元の人間は、捧げものを欠かすことはないが、かといって神については無知だった。ただ、続いているから続けるだけ。村が困窮すれば捧げものにも困るが、名も知れぬその神はだからといって祟るわけでもなかったから、そんな時期は真心だけを捧げていた。
「‥‥それで腹が膨れるわけでもないだろうに」
そうであっても彼らが捧げものを欠かさないのは、捧げられたものが時折受け取られているからだ。
毎回ではない。そしてまた、不心得な人間や動物が餌場にしているわけでもない。時折、綺麗に受け取られているものだから、それによって信心深い地元の人間はさらに信心を深めていく。
タルデは何とも言えない顔をして、捧げられた花と穀物と酒とを手に取った。
溜息を吐きたい気分だったが息などしていない。タルデは相変わらず死体だった、あれから何年経ったのだろう。
「何をするわけでもない“カミサマ”だろうに」
捧げものを受け取り、それが乗っていた皿をそこらの葉で一拭きして、裏返す。単純に“カミサマ”が不潔を嫌うだけのことで始めたことが、いつしかそれが、受け取ったという返事ということになっていた、らしい。
「‥‥馬鹿馬鹿しい」
ねぇ、マーニャ。と、癖のようにそう続けて、タルデは祠を離れて山へ分け入った。
時刻は夜。空には月と星。獣道ですらない森の中を、タルデは迷いなく歩く。
山の上には神様が住んでいる。
山は神々の領域で、人間はちっぽけで、そこでは生きられない。ただ時折恵みを貰い受けて、その礼として丁重に祀った。
山の神は加護など与えない。ただそこに存在するだけ。山の神は罰など与えない。人間の悪事に興味はないから。
そう謳われた神が、確かにこの地には在ったらしいが、神代でない現在、山の上に住んでいるのは神などではなかった。
「神様なんかじゃない」
がさがさと、決して小さくはない音を立てて無遠慮にタルデは闊歩する。誰はばかることがあるわけではない。この山に、危険な動物はいないし、危険な人間も入り込まない。特に何もないからだ。
「‥‥神なんていない」
吐き捨てるように言いながらも、その神に捧げられたものを大事に持っているのはタルデだった。




