第20話 丹色の影
今現在、私たちはギルドにいる。
なんだか色々な視線を感じる。たしかに私のような子供は少ないけれど、何人かは見つけることが出来るのに。どうしてこんなに注目を浴びているのだろう?やっぱりリュミイルの服、露出多すぎかなぁ・・・。
服屋さんではあの後きちんと服を見繕ってもらった。
リュミイルのは少し露出が高い服だったけれど、包帯だけよりはマシだと思う。肩が見えるタイプのもので、別襟をつけるとても可愛らしい服だ。脇腹の部分が開いていたり、太腿丸見えのハーフパンツだったりと寒々しいところもあるけど、本人はそれが良いんだよ♪と気に入っている。
私の方は逆に露出少なめで、動きやすそうな太腿丈のチュニックに黒いスパッツとかなりシンプル。これに合わせて履く焦げ茶色のハーフブーツが私的にお気に入り。しっかりとしていて走っても全く違和感がないのがミソ。
魔術加工に関してはどちらの服も一級品だそうで、リュミイルのは腕力脚力強化と属性補正、それから軽い打撃耐性が付加されている。私は魔術耐性と軽い身体能力補正、状態異常防止が付加されている。どちらの服も防御力は普通の服に比べものにならないくらいあるらしい。ただ鎧とかと比べるとどうしても劣ってしまうが、それは性質上仕方がないことだと店員さんに教えてもらった。しめて銀貨五十枚。やっぱりそれでも高いけれど、金貨全て使い果たさなかっただけ良かったと思うしかない。
「いらっしゃい。何の御用かしら?」
ギルドのカウンターに進むと優しそうなお姉さんが声をかけてくれた。
「あの、登録して依頼を受けたいのですが。」
「えっと、あなたが?」
それに対して「はい」と返事をする。すると不思議そうな表情を浮かべて受付のお姉さんは首を傾げる。何かおかしなことを言っただろうか。
「注意書きはよく読んだかしら?ギルドは15歳からしか登録できないのよ。あなたは見たところまだその年齢に達していないでしょうし。」
(・・・あれ?)
困った子供を見るような目つきで見つめられる。後ろを振り向いてみると、じゃあしょうがないね、みたいな苦笑いを浮かべている二人。
(あれ?ちょっと待って)
なんだか自信がなくなってきた。
私、今16歳だよね?今年高校に入学して誕生日は5月だったから、もう16歳のはず。その前にもし誕生日が来てなかったとしても15歳だから登録できることに変わりはない。
注意書き、というかギルドのことについては少し本で読んだから、登録するのに年齢制限があること自体は勿論知っていた。それを承知で私はここにきたはず・・・だよね?きっと空耳だよね?
「あの、もう一回いってもらってもいいですか?」
お姉さんは今度は出来の悪い子供を見るような目つきで、でも苦笑しながら丁寧にもう一度繰り返してくれた。
「ギルドの登録には年齢制限があります。15歳未満は登録することが出来ません。・・・これで分かったかしら?」
「アキ、しょうがない。・・・帰ろう。」
「そうだよ、また大きくなったらくればいいよ!」
慰めるようにぽんぽんと頭を撫でてくれるリュノワール。励ますように元気付けてくれるリュミイル。どんどん違う方向へ話が進んでいってる気がするのは私だけ!?
「えっと・・・私、これでも16歳なんですけど・・・。」
しーん。
ついさっきまでがやがやしていたギルド内の空気が一瞬にして固まった。
誰かの「うそだろ・・・?」みたいな呟きが建物中に響き渡る。
「・・・う、嘘は駄目よー?早く家に帰ってお母さんのお手伝いでもしなさいな。」
自分の役割を思い出してぱっと瞬間解凍したお姉さんは、人差し指を立てて子供に注意する口調で言う。何故か顔に汗をかいているけれど、大丈夫だろうか。
「あの、嘘はついてません。本当に16歳です。」
「嘘じゃないの?」
「嘘じゃないです。」
「本当に・・・?」
「本当です。」
お姉さんとの攻防(?)が続く。
たしかに個人情報を偽られない為にもこういう問答が必要なんだろうけれど、これは流石にやりすぎなんじゃないかなって思う。ホントのことなのに信じてくれないのは、今さっき会ったばかりの人でもなんだか寂しい。
何回も問答を繰り返していると、はぁ、とため息を吐くお姉さんが私に銀色のカードを差し出してくれた。
「分かりました。そこまで言うのならあなたは16歳なのでしょう。」
そして営業用スマイルを貼り付けた。
「ようこそ、ギルドへ!登録はその銀色のカードにしてもらいます。今から用紙を渡しますので、そこに名前、年齢、種族、職業その他諸々を記入してください。あ、手数料として銀貨一枚いただきます。そして成りすましを防止する為にこの銀色のトレイに血を一滴垂らしてください。これで登録は終了になります。」
渡された紙に記入し終えて、お姉さんにわたしてもらった果物ナイフで指をちょっとだけ切って血を垂らした。切るのは少し怖かった。けれどリュミイルが回復魔術で治してくれたので痛みはない。
「ありがとう、イル。」
「どういたしまして♪」
銀色のトレイとカードをお姉さんに差し出す。それはお姉さんの手で他の人に渡された。何かの特別な機械に登録するそうだ。
「登録するのに少し時間がかかりますから、その間に簡単な説明だけしてしまいますね。先ずこれだけはご了承ください。当ギルドは依頼で負った怪我で身体に支障をきたしてしまった場合や何かしらの犯罪に巻き込まれたとしても一切何事にも関与しませんのでご注意下さい。」
にっこりと笑顔で言われてしまえば頷くしかない。
「ギルドにはランクがあり、カードの色によって判別可能です。これが見本のカードですが、右端のほうに赤色の四角がありますよね。それはランクを表しています。赤は最低ランクですが、そこから橙、黄、緑、青、藍、紫と上がっていきます。そして最高ランクの白がありますが、このランクは現在世界で五人しかいません。ここまではいいですか?」
首を縦に振る。
このランクの色合い、何処かで聞いたことあるなあって考えていたら思い出した。虹の色の並び方に模しているんだ。虹なんてそうそうお目にかかれない代物だし、調べるなんてしたことがなかったから気がつくのが遅れた。なんだかサーモグラフみたいで面白い。
「依頼はランク別に後ろのコルクボードに貼ってあります。基本的にそのランクであれば選ぶのは自由ですが、自分のふたつ上、下の依頼を受けることは出来ません。ですから例えば“緑”のランクの方が選べるのは“黄”、“緑”、“青”の三つのランクになります。」
それからギルドカードで身分証明が出来たり、国の入国許可が取りやすくなったりと説明を受けて、登録し終わったギルドカードをもらった。ギルドカードは再発行が可能であるが、その際に手数料として銀貨10枚支払うようなので注意しなければいけない。
「赤のランクだと簡単な依頼が結構あるからそれで身体を慣らすといいわよ。」
「色々とありがとうございました。」
「ふふっ、私の名前はナール。これからよろしくね、アキくん。」
くん付けに少し戸惑ったものの、誰にでもそういう呼び方をする人なのかもしれない。特に気にせず、会釈をしてから二人と一緒に依頼が貼り付けてあるボードを見に行った。
中には今の私には難しそうなものもいくつかあったけれど、赤ランクは本当に簡単な依頼ばかり載せてあった。逆に言えば、こんな私でもできるものが沢山あるのだ。
◇赤ランク/依頼内容:薬草摘み 場所:街外れの郊外 納品:グルグル草(20) 備考:新鮮なものを求む 依頼主:イロンダート
◇赤ランク/依頼内容:猫探し 場所:首都内全域 納品:猫(1) 備考:黒と白の縞々模様、緑の首輪あり。またたびクッキーが大好物 依頼主:スリスン
◇赤ランク/依頼内容:ラビンラビットの掃討 場所:南門のすぐ近くにある小森 納品:ハートの尻尾(3) 備考:プラス一匹討伐につき報酬割り増し 依頼主:ミレニアン
これはそのうちの一部だけど、上の二個ぐらいなら私にも十分出来るものだ。
「どれを受けるんだ?」
「あの、薬草摘みでも受けようかなって思ってるよ。」
少し上のほうにあったので、その依頼内容が書いてある紙をリュノワールが取ってくれた。お礼を言って受け取る。たしかこれを受付に持っていって受理してもらえばいいんだったよね。
「ぐるぐるそう?なんだかおもしろい名前だね!」
紙を覗き込んで面白そうにリュミイルは笑う。
たしかにぐるぐる草って面白そう。でもどうしてもぐるぐるってだけで山菜のぜんまいを思い出してしまう。きっとあんなかんじなんじゃないかな。
カウンターに持っていって受理してもらい、ぐるぐる草の写真を貸してもらった。予想通りだったと言っておこうかな・・・。ちょっとがっかり。
早速採取に行ってみた。
首都を出て30分ほど歩いたところにそのぐるぐる草はあった。
ぽつぽつと草原に生えている小さな木の付近にそれは生えているようで、木を目印にして探せばすぐに見つかった。首都からあまり離れていない所為か魔物も比較的気性が穏やかなものしかいなかったので、戦わずに済んだのは大きいのかもしれない。
「これで最後、かな。」
「はいっ、アキ。ぜんぶで10本あるよ。」
リュミイルは私と一緒に採取を、リュノワールは万が一に備えて魔物がこちらに近寄らないようにしてくれていた。少し離れたところにいる彼を呼びに行く。
「リュノ、見張りありがとう!採取終わったから帰ろう。」
「・・・そうか。」
こうして初依頼を無事に終えた私たちは報酬の銅貨20枚を貰った。安いけど初めて貰った報酬だったので嬉しくて大事に袋に仕舞う。
この後は宿でバイト。またお手伝いさんがいなくなってしまったので、空いた時間だけでもいいから手伝って欲しいとサラに言われていたのだ。お給料も日単位で出してくれるらしいから、お金を稼ぐにはもってこいだと思って引き受けた。
宿に帰ってくると、サラが忙しそうにホールを行き来している姿が目に付く。もう少し早く帰ってこれればよかった。声をかけることさえ躊躇われるけど、とりあえず急いでお手伝いに入ろう。
「サラ、今からお手伝いできるよ。」
「あ、ちょうど良かったわ。今から夕食の時間帯だから忙しくなるのよ。エプロンはそこのテーブルの上に置いてあるから、それつけて裏方に回ってもらえるかしら?」
「うん、わかった。」
リュノワールとリュミイルはいつもの定位置のテーブルに座ってこちらをじーっと見ていた。目が合うと手を振られるが、両手が空いていないことも多いので笑顔を向ける。ホントなら部屋に帰ってゆっくり休んでもらいたかったのだけど、二人は大丈夫だと言って現状になる。テーブルに座っているだけでも休憩になると思うし、二人の意見は出来るだけ尊重したいから。
キッチンでサラが取ってきたオーダーを確認していると、サラのお母さんから声がかかる。手元には大きなゴミ袋があった。
「アキちゃんには悪いんだけど、このごみを裏口から出たところに置いてきて欲しいんだよ。オーダーの確認はあたしがやっておくからお願いしてもいいかい?
「勿論です。仕事ですから気にしないでどんどんこき使ってください!」
「あらあら、いい子ね。じゃあお願い。」
ごみを運んで裏口から外へ出る。
もう外はとっぷりと日が暮れて、空を見上げると三日月が見えた。厨房の中は火を使って料理をしているから熱気に包まれていて、うっすら汗をかいていたので夜風が気持ちいい。
(さて、のんびりしている暇はないし、早く戻らないと。えっと・・・ごみを置くところはそこかな?)
裏口から少し離れたところにごみが沢山積み重なっていたので、そこに例に倣って積み上げておく。裏道は人通りが少なくて、少し不気味だ。さっきまで夜風が気持ちいいとか言っていたけれど、今は一刻も早く戻りたかった。
そして足を踏み出そうした瞬間、慌てていた所為か何かに躓いて転んでしまった。
「痛っ。」
起き上がって自分の状況を確認してみると膝から血が流れ出ていた。一体何に躓いたのだろう。そう思って振り返ってみると闇に紛れて最初は何がそこにあるのか分からなかったが、目が慣れてくると誰かがそこに倒れているのが分かった。
(え!?私この人のこと、もしかして踏んだんじゃ・・・・)
さぁあっと顔から血の気が引く。急いで駆け寄ってその人を揺する。
「あの!!ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
返事がない。
「目を開けてください!!・・・こんなに叫んでるのに起きない。もしかして死んでるんじゃ・・・・。」
今度は急に怖くなってきた。背筋が凍る。
もしかしてこれが死体だったら。
しかしダッシュで店に逃げ込もうと立ち上がった途端に、死体が動いて私の足首を掴んだ。そして悲鳴を上げようとしたら咄嗟に死体が起き上がって私の口を冷たい手で塞ぐ。
「んぐっ!!むー!!」
「しっ。静かにして。おれは死体じゃないってば、生きてるよちゃんと。」
「!!!」
(死体が・・・喋ったッ!!!)
くらぁっと意識が遠のく。驚きすぎた人間はきっとこんなかんじで気絶するんだ。こんなところで気絶したらこの死体に食べられちゃうかもしれないのに・・・。
「ってえっ!!こんなところで気絶しないで!」
焦った声が聞こえてくる。頬を叩かれるが、私にはもうどうしようもない。
意識が闇夜に溶け込んでいくように、私は意識を失った。
第20話 終わり