S8 声
梅雨に入ってから、職員通用口の傘立ては、朝のうちに満杯になる。一本ぶん空いていた隙間に、まだ雫の垂れる傘を押し込んだ。
臨床試験センターの窓は、細かな雨粒で白く煙っていた。ガラスの向こうでは、銀杏が春の若葉をすっかり濃い青葉に変えて、雨の重みに枝先を下げている。
パソコンを立ち上げて、今日の来院予定を開く。新しい試験の受け入れが、今日から始まる。採血管のラベルを被験者ごとに並べ、同意説明文書の版数を、表紙の隅で確かめた。先月、改訂が入ったばかりだ。
登録票の束に、一枚ずつ目を通していく。問診に関わる欄に付箋を貼り、確認欄にレ点を入れる。最後の一枚を束に戻して、角をそろえた。
九時を過ぎると、待合のソファが少しずつ埋まりはじめた。濡れた肩をハンカチで押さえる人、傘袋をたたみ直す人。受付で番号が呼ばれ、パーティションの向こうから、血圧計の腕帯がふくらむ音が聞こえてくる。
一人目と二人目の問診を終えて、記録を打ち込む。淹れておいたお茶は、湯のみの底ですっかり冷めていた。
三人目の問診票と登録票をバインダーに挟んで、席を立った。
問診ブースのカーテンを開けて、中に入る。丸椅子の向かいに腰を下ろし、膝の上でバインダーを開いた。
日付の欄を埋めて、ペン先を一行目に置く。
「体調は、いかがですか?」
「はい、千年ほど変わりありません」




