第1話 借り物競争
体育祭。
応援団、リレー、大玉転がし、綱引き……様々な競技が目白押しだ。
高校生にもなると、自身の運動神経や交友関係によって出る種目が自由に決められたりもする。
足が速いのでクラスリレーに出て、ヒーローになったり。
友達と一緒に二人三脚に出て友情を分かち合ったり。
自由競技には参加せず校庭の端で駄弁っているのもまた青春。
そんな中でも一つ。誰もが参加を避ける不人気種目が存在する。
それは――借り物競争だ。
[お題:あなたが一番可愛いと思う異性(学生限定)]
あ、オワッタ……。
後藤春道、十六歳。高校生二年生春のこと。
高校生活において最大のピンチが今やってきた。確かにこういうお題があるというのは事前に聞いていた。それでも、都合よくそんなものを引くとは思わなかった。
こういうときは大抵ウケ狙いで、学校の先生や安牌な家族を連れて行くのが正攻法だ。それを事前に潰すように書かれた異性・学生限定という嫌なオマケつき。
……このカードを考えた奴は性格が悪すぎだ。
「後藤ー! こっち来い!」
芝生に張られたロープの後ろからクラスメイトが俺を呼んでいる。解決するとも思えないが、いつまでもトラックの真ん中で立ち尽くしているわけにもいかない。重い足取りで黄色いTシャツを着た集団のもとへ走っていく。
「お題なんだった?」
「一番可愛いと思う異性、しかも学生で」
「えぇー……グロ」
「……誰か来てくんない?」
藁にもすがる思いでクラスの女子達に目を向けるが誰一人として目を合わせてくれない。
まぁ、そりゃそうだ。俺が同じ立場でも行きたくないし、余計なことには巻き込まれたくない。
「お前行けば?」
「え、嫌。変な噂になるじゃんこんなの。私、他に本命いるし」
「じゃあ委員長は?」
「私? 行ってもいいけど、後藤君が後で彼氏に詰められるよ」
「それはぁ……だめだ。春道の命と一位の得点を天秤にかけても、ギリ春道の方が大事だ」
クラス内で誰が行くか話し合い、というか俺の押し付け合いが始まってしまった。フルボッコだどんは流石に避けたいし、彼氏持ちや好きな人がいる女子を巻き込むのも得策じゃない。
俺がこれなら他の奴らはどんなお題が出てんだよ。
ため息をつきながら他の参加者を探してもなかなか見つからない。校庭を見渡していると、赤組のほうに大きな塊が来ているのが見える。周りの視線もそこに集中してる。
「……何、あれ?」
「春道以外の参加者。他のお題を引いた奴らも、あの辺に集まってるみたいだけど……」
「あそこに絶世の美女でもいるわけ?」
「いるじゃん、隣のクラス――竹原のお嬢様が」
「あー……理解」
その言葉で俺は察した。あそこにいるのは、竹原のお嬢様こと竹原輝来。
この学校のトップofトップ。トップっていうのは家柄だけじゃなくて、顔立ちも品格も、運動神経も何もかも持っていて、持っていないものがないほどの美少女。
確かにこの借り物競走のお題にぴったりな人材。あの盛り上がりから察するに、俺以外の四人も同じようなお題が出た。そして、示し合わせたようにそこに向かったのだろう。
確かにこのお題にぴったりな人選だけど、今から行っても、既に声はかけられている。かといって他に誰かいるとも思えない。
どうしたんもんかなぁ……。
煮え切らない俺の様子を見かねてか、女子達が茶化してくる。
「後藤もあそこ行けば? 盛り上がるよ」
「馬鹿こけ。あれで手こずってんだから、俺が行っても無理だろ」
「ワンチャンいけるかもよ? ここにいても誰も来てくれないんだし」
「まぁ……うーん……。そうかー……」
言ってしまえばこの種目の最も厄介な点は、人に向けてる好意を全校生徒に知られるということ。学校中から美少女とはやし立てられ数々の男の告白をぶった切ってきた、彼女なら慣れているのかもしれない。
下手にクラスメイトを連れて恥をかかせて、気まずい一年を送るよりも、一縷の望みをかけてもいいのかもしれない。
「わかった。あそこ行ってくる。なんかあったら笑ってくれ」
「おー! エンターテイナーだねぇ~」
「うっせぇー」
軽口を返しつつ俺は重い足取りで赤組の陣地の方向へ歩き出した。近づくにつれて人だかりの中心から異様な熱気と、それ以上に重苦しい緊張感が伝わってくる。
人垣の隙間から見えるのはレジャーシートの上に座る二人の少女。噂の竹原輝来と工藤明日香。
金髪ロールの美少女と、黒髪ロングの美人。折り畳み椅子に座るお嬢様とその隣で正座で控えるメイド。その場に漂うオーラからは、体育祭Tシャツを着ているとは思えない。
そして俺がその場に着いた瞬間、青色の鉢巻を付けた男子生徒が竹原に声をかけていた。
「竹原さん、俺と一緒に来てくれないかな?」
「うーん……そうですねー」
日傘の隙間から値踏みするようにその生徒を見つめると、竹原の唇は吊り上がった。
「わかりました。それなら、腕立て伏せ、腹筋、スクワットをこの場でそれぞれ1万回おこなってください」
「……へ?」
目の前のやり取りで悟ってしまった。詰んだ。完全に詰んだ……。
実質こんなのは行かないと宣言しているようなもの。
たぶんだけど、こいつはこの調子で無理難題を吹っかけて数々の誘いをぶった切ってる。周りで困り果てている男子たちが、それの被害者なのだろう。
「お嬢様のお言葉通りです。挑戦されないのでしたらお帰りください」
「無茶言うなよ! 借り物競争だぞ!?」
「では、不成立ということで。次の方、どうぞ」
工藤の手によって、あっけなく一蹴される男子生徒。撃沈した男は魂が抜けたような顔で引き下がっていった。
「次の方ー。お待たせいたしました」
工藤の機械的なアナウンスが響く。
逃げ場を失った俺は、意を決して人垣の最前線へと足を踏み出した。レジャーシートの上で優雅に冷茶を口にしていた竹原と、ぴたりと視線が合う。
「あの……」
「私に何か。借り物競争のことで?」
「まぁそんな感じ……です」
俺はくしゃくしゃになったお題の紙を差し出した。工藤がそれを受け取り、竹原に見せる。そこに書かれた文字――あなたが一番可愛いと思う異性(学生限定)。その文字を見て察したように竹原が鈴を転がすような声で笑った。
「……なるほど。ではお題は……」
「あ、ちょっと待って!」
ここで素直に言っても断られるのはわかっている。俺と彼女の間に関わりは何一つとしてない。竹原を指名してもわけのわからないお題をぶつけられるだけ。
でも話しかけてしまった手前引き下がることもできない。
ん? まてよ……竹原がじゃなくてもその隣にいる工藤ならいいんじゃないか?
工藤も相当な美人だし、このお題には合っている。
なんでそんな言葉が出たのか俺でもわからない。それでもこの場を打開するためにこれならいけると、直感がさえわたったのかもしれない。神からの天啓でもなんだっていい。
俺は苦し紛れにその名を叫んでいた。
「工藤明日香さん、俺と一緒に来てくれませんか」
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