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23話 符合する証言

 ケイトはシャノンに殺された。ヘンリーからの衝撃的な発言を受け、思考がまとまらないままアーネストは部屋を飛び出した。あまりにも唐突すぎて受け入れられない。


 信じたくない。信じられるわけがない。

 しかし頭の隅にいる冷静な自分がわずかながらに理解を示している。それならいろいろと納得ができるのだ。イアンの唐突な死も、不自然なライランス家の状況も。


 このまま屋敷にいることが耐えられなくて玄関ポーチへ足を向ける。その途中で「アーネスト様」と声をかけられた。苛立ちで舌打ちしそうになりながらも、立ち止まってわずかに振り返る。


「……メアリ嬢か。すまない、また今度にしてほしいのだが」


 廊下の陰に栗色の髪を背にたらした少女がアーネストにほほ笑んでいる。苛立ちが増し、そのまま立ち去ろうとして構わず背を向けた。



「シャノンがどこにいるか知りません?」



 どくん。大きく心臓が動き息がつまる。アーネストはその場から動けなくなり、ぎこちなくメアリのほうを見た。


 その様子に満足したのか、メアリは廊下の影から一歩二歩と近付いてくる。そして目の前にくると、客引きの娼婦のようにアーネストの広い胸元に両の手を添えた。甘ったるい吐息が鼻孔に侵入する。


「あの子がいなくなった後に部屋を調べたんですよね。大したものは見つからなかったけど、一点だけ。妙なことがあって」


 なぜか妙な恐ろしさと妖しい艶があった。ただの非力な令嬢だろうに。ヘンリーとの会話でああも動揺していなかったら状況は違っただろう。こんな少女の言葉に耳など貸さないし、簡単に触れさせなどしない。しかし今のアーネストは蜘蛛の巣にかかった羽虫も同然だった。


 メアリが可愛らしく首をかしげる。


「チェストのなかに水差しと食べものを隠していたんですよ、あの子。薬箱も入っている一番下の大きな引き出しのなかに。でもどうやって手に入れたの? 誰かから差し入れをもらって隠してたとしか思えない」


 おかしいですよね、と同意を求める眼差しには子どもがイタズラをしたようなキラめきがあった。


「そうすると逃げだしたときの部屋の様子がうさんくさく見えてきちゃったんですよ。ねえ、アーネスト様はどう思います? 誰かが助けたのかな。あの子、人を殺してるのに」


「……すまないが気分が悪い。失礼する」


 背中に流れる冷や汗を無視することが精いっぱいだった。



 アーネストは逃げるように屋敷から去った。

 外はもうすでに暗く、空には月が浮かんでいる。暗闇は不安をあおり、嫌な考えを次から次へと運んでくる。迎えてくれた従者のフィンの顔をみてようやくホッとすることができた。


 促されるまま家の中に入る。馴染みのある空間なのに落ち着かないのは否が応でも意識してしまうからだ。


 二階の部屋に、彼女がいる。


「お疲れのところすみません。実は、最近ケイト様と話をした服屋の主人、それとライランス家の元使用人との接触に成功してこちらに呼んでおります。ぜひ彼らから話を聞いてください」


「ああ、わかった」


 重い足取りで応接間へいくと、なかには婦人がひとり、不安そうに身を小さくしていた。アーネストは簡単に自己紹介をすませ、姉の絵姿を見せて知っていることがあったら教えてほしいと真摯に頼んだ。


「ええ、ええ。そちらのお嬢さまは確かにうちのお店にいらっしゃいました。四日か五日ほど前でしょうか。お連れの方と少し揉めてらしたようでした。お帰りは別々でしたがきちんと見届けましたわ」


 手の中に汗が流れる。ヘンリーの話に似たようなものがなかったか。


『街に出かけた際にメアリとケイトは口論になり、シャノンはそれを目の前で見た』


 まさかと思いつつも確かめずにはいられない。


「揉めていた相手は栗色の髪の女性でしたか? 姉よりも小柄で、大人しそうな感じの」

「それは……」

「他にもいなかったか? 15、16歳くらいの長いブロンドの髪で——」

「あの、大変申し上げにくいのですが、わたくしどもの信用問題もありますので、あまり他のお客さまのことをペラペラとしゃべる訳にはいかないのです。そちらのお嬢さまが行方不明と聞きましたのでできる限りの協力はと思っていますが」


 婦人はとても申し訳なさそうな表情で断りを入れる。しかしアーネストも引き下がってはいられない。


「姉の行方にかかわるんだ。頼む、マダム。教えてくれ」


 まさに懇願だった。何でもいいから情報がほしい。できるならヘンリーの話がウソだと分かるような、そんな情報が。背後でフィンが動く気配がした。おそらく追加で報酬を出そうとしている。しかしそれよりも前に服屋の主人は沈痛な顔を上げた。


「それではどうか……どうかわたくしから聞いたと言わないでくださいまし」


 そう前置きをして話してくれたマダムの証言は、恐ろしいことにヘンリーの言い分と一致した。


 店に訪れていたのはケイトと、ライランス家のイアン、シャノン。そしてメアリ。


 彼女たちはしばらく楽しそうにしていたが、ある一瞬から空気が変わった。シャノンを間にはさみ、厳しい表情のケイトと気が立ったようなメアリがいたと言う。詳しい会話の内容まではわからなかったが、ことの発端はケイトがシャノンへワンピースを見せたからではないかとマダムは言った。


「男子のお召し物を着ていたしたのでわたくしもそう思っていたのですが、よく見れば女の子でした。キレイな顔立ちで中性的な雰囲気なのです」


 それから二人の口論があって、シャノンが泣いていたという。見かねたイアンが仲裁にはいり、先にシャノンを連れて退店。残った従者がお詫びと口止めという形でお金を置いていったそうだ。


「そちらのお嬢さまは、迎えも待たずにひとりで行ってしまわれたの。わたくしも心配でお声をかけたのだけれど、慣れた場所だから平気だとおっしゃって……」


 最後にマダムは目尻に涙を溜めながら言った。


「わたくし、昔に娘を亡くしておりまして。ちょうどお嬢さんくらいの年でした。だから安否がわからないと聞いて重ねてしまって……。ご無事であることを祈ります。どうか諦めずにお探しになって」


 追加で謝礼を渡そうとした従者だったが、マダムは丁寧に断り、去っていった。残された部屋でアーネストは重たい息を吐き出す。頭痛で考えごとがまとまらず、目頭を強く抑えた。


(二人の間でトラブルが起こったのは事実。シャノンはそれに関わっている)


 ヘンリーいわく、シャノンはメアリに大変懐いていたという。ケイトを殺したのはメアリを守るため。


(……ダメだ、前後関係がうまく繋がらない)


 アーネストはもう一度大きな息を吐いてうつむいた。目を閉じ、今度はゆっくりと息を吸う。


 少なくとも五日前まではケイトが生きていた。ライランス家以外にケイトを見て、話した人がいる。これだけは揺るがぬ事実として頭を入れた。


「アーネスト様、次を呼んでよろしいですか。ライランス家の元使用人です」

「頼む」


 そこで聞いた話もやはりヘンリーの話と一致し、補完するものだった。アーネストは絶望を禁じえない。


 ケイトを殺したのはシャノン。

 翌朝には侍女の死体も発見された。


 元使用人はふたりの死体を見たと言った。ケイトはナイフの刺し傷で血まみれ。侍女は階段から落下して四肢がねじれていた。


 シャノンは部屋に隔離され、メアリたちに管理された。ショックを受けたであろうイアンは翌日に酒により意識不明状態で発見。意識は戻らず後日に死亡。


 話に耳を傾けるがアーネストの頭はグラグラ揺れていた。聞けば聞くほど吐き気が込み上げる。


 なぜこうも納得がいく。

 動機こそ掴めないが、殺したあとは全ての事実がキレイに並ぶ。


「あの人らは俺たち使用人を急に辞めさせた。口止め料だなんだって、いくらお金もらっても納得できないですよ。せめて紹介状くらい書いてくれたら次の探しようもあるのに。あんまりだ」


 募らせた不満が彼の口を軽くするのだろう。聞きたくないことまでペラペラと喋り、追加で金を握らせると嬉しそうに続きを教えてくれた。


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