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危機  作者: 勝目博
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危機と不安

危機と不安

          一


 アメリカ軍は、徐々に日本に集結を始めていた。日本の反攻もロシアの攻撃も無くなり、のんびりとした軍事移動に、兵士の顔には緊張の色が見えなかった。そんな中、エリザベスの顔には、一抹の不安と緊張が浮かんでいた。軍用機の機内には音楽が流れ、兵士は皆、旅行気分に浸っていた。エリザベスは上院議員の秘書と言う肩書きで同乗し、視察として日本に向く事になっていた。時折、声をかける将校も、気楽に話しかけた。

「視察といってもまだ危険ですよ」

「その割には、貴方達兵士は緊張もせず、楽しそうに見えますけど」エリザベスの皮肉交じりの答えに、将校は面食らったようだった。

「まあ、だいぶ静かになりましたからね。しかもロシアの進撃で、日本人にもかなりの被害が出たそうです。もう我々に対抗する力も無いでしょう。気楽なものです」今度は、エリザベスが面食らった。

「同じ人間の死を喜んでいる様に聞こえるわ」

「我々は軍人です。相手が減れば、我々の犠牲も減ります。当然のことです」将校の言葉にエリザベスは猛然と反論した。

「そういった気持ちが、今まで戦争を続けてきた大きな理由よ。二十一世紀になっても、戦争をつづけるつもり。平和的に解決しようと思わないの」エリザベスの言葉に、将校は平然と答えた。

「軍人は命令に従うだけです。それの決定は政府です。私に文句をつける前に、貴方の議員先生に言って下さい」エリザベスは議員秘書の立場を忘れそうになった。

「とにかく私は、現状の日本を見るために来たの、それと、貴方達がこれ以上日本を破壊しないよう、監視する為にも同行する必要があったの。新しい州を焼け野原にするつもりなら、構いませんけど」エリザベスは、そう言い放つと窓に目を向けた。将校はうんざりした顔で、渋々返事を返した。

「分かりました。協力しましょう」しかし、エリザベスは返事もせず、青い空を眺めていた。その心の中には、日本に残したリチャード、リサ、必死に頑張ってくれているはずのパッカーの姿に占領されていた。その肝心の父、パッカーからの連絡は、まだ無かった。

 その頃 パッカーは緊張した気持ちを押さえ、会議室で待っていた。親しいと言っても、相手は大統領であり、しかも、彼の政策を非難しに来たパッカーは、とても落ち着いていられなかった。それでもパッカーは、可愛いリサの顔を思い出し、大きく首を振った。

「政策を非難するのではない。ただ新政府と話しをしてもらうだけだ」と自分に言い聞かせ、必ず理解してもらうのだと、心に強く思いこませた。しばらくして、大統領補佐官がパッカーを迎えに現れた。彼とも顔見知りだったが、パッカーの真剣な顔に、普段は口にする冗談も、彼の口からは出てこなかった。大統領はいつもの笑顔でパッカーを迎えたが、彼の深刻な顔に、大統領は事の重大さを感じ、補佐官に席を外すよう命令した。

「さあパッカー、二人きりだ。話してくれ」補佐官が執務室から出ると、大統領は尋ねた。

「私には、三十年の議員生活があり、多くの大統領に仕えました。中でも貴方とは、一番馬が合い、協力も惜しまなかった」パッカーは、一息ついた。

「そうだ、君にも大統領の素質があり、今までならなかったのが不思議なくらいだ。私も君を信頼し、数多くの協力を頼んだ。最も親しい友人の一人と思っている。そして君の困った顔も何度も見てきた。はっきり言ってくれ。包み隠さず話してくれ」しかし大統領は、パッカーの話しに失望し、困惑の表情を隠せなかった。だが、パッカーは諦めなかった。会話は予定時間では納まらず、大統領は他の執務をキャンセルするしかなかった。


          二


 エリザベスは、東京の街並みに我が目を疑った。既に焼け野原と化した街には、瓦礫が山を作り、燻る煙が漂っていた。機内で会話を交わした将校が近寄り、話しかけた。

「これ以上は破壊出来そうも無いですな、ロシアも派手にやったものだ」と、そして笑いながら離れて行った。エリザベスは、リサとリチャードの身を案じながら、心の中で強く祈った。新司令部は皇居に構えられていた。日本の皇族は既にアメリカの保護下に置かれ、本土で手厚いもてなしを受けていた。しかし日本に戻る事を望み、もてなしを拒否していた。エリザベスは、彼らの気持ちが痛いほど分かった。日本が無くなれば、彼らはただの民になる。運命を共にしたいと願うのも、当然の事だと思えた。司令部に向かう車の中で、エリザベスは嗚咽を堪えきれなかった。多くの遺体が放置され、皇居の周りのオフィス街は完全に破壊されていた。しかし皇居はかろうじて原型をとどめていた。司令部に到着したエリザベスを指揮官は快く迎え、そして全面的な協力を約束してくれた。

 一方、輝たちの司令部では、徐々に近づく新年に、パニックを起こす者があとを絶たなかった。新年を迎えれば、それこそ内乱として総攻撃を受けるのは明白だった。輝たちの顔にも、焦りの色が、深く濃く浸透し始めた。食料も飲料水もほとんど底をついた状態で、市民からも非難の声が高まっていった。

「あと一週間、それで全てが決まる。最悪の事態を想定して、皆の意見を聞きたい」輝の提案で、皆が会議室に集まった席上で、黒部が話し始めた。

「アメリカとの話し合いが、行われない場合、または話し合いが決裂した場合を想定してもらいたい。そのあとの我々には、どんな道が残されるのか、どんな行動をとるべきか、それぞれ意見を述べてほしい」

「わしの考えは、変わらんぞ。最後の一人になっても闘うつもりじゃ」今では子分のほかにも、多数の部下を持つ中村が答えた。

「今の兵力では、踏み潰されるのが目に見えています。それでも闘う事を貫きますか」輝は冷静に尋ねた。

「勿論、しかし若い兵士に無理強いするつもりは無い。あくまでもわしの意見じゃ」次に杉本が話し始めた。

「ロシアとの戦闘で、多数の犠牲を出しました。これ以上犠牲者を出す事に、私は反対です。アメリカ国民になっても、生き延びるほうが賢明だと思います。しかし、最後の最後までは諦めません。連絡を待ちます」

「アメリカよりも長い歴史を持つ国が、滅んでも構わないというのですか。しかもアメリカによってですよ」新しく将校に抜擢された若者が、声を荒げて発言した。

「いえ、アメリカによってではありません。日本の政府が売り渡したのです」そう言うと、杉本は、将校をじっと見据えた。

「確かに発端はそうですが、だからと言って一つの国を買収するなど言語道断です」輝が二人の間に入って、発言を始めた。

「確かに、アメリカも強引な行動に出ました。それによって傷ついたのも確かです。では、どうするつもりか聞かせてください」若い将校はしばらく考えてから答えた。

「もう一度、諸外国に援助を求めてはどうですか」将校に黒部が話し始めた。

「それは無理だ。EUも、アジア諸国も傍聴席に座ったままだ。アメリカを恐れている。仮に救援を受け入れたとしても、ロシアみたいな軍事行動をとられたら、それこそ人類は滅亡するだろう。下手に救援は求められない」将校の脳裏にも、ロシアとの悪夢の戦闘が浮かんだのか、黙りこんでしまった。黙りこんだ将校に代わり、黒部が再度口を開いた。

「私は初め、日本と運命を共にしようと思っていました。しかし、ここに非難している大勢の人を巻き添えさせる事など、私には出来ません。どんな状況でも生き残る事が最善だと思います。最終的にはアメリカに属しても仕方ないと思います」しかし黒部の心は、悔しさと惨めさに覆われていた。その時リチャードが叫んだ。

「今までの犠牲は無駄だったというのですか」一同は、リチャードの叫びに言葉を失った。それほどまでに、リチャードの言葉は、全員の心に鋭く突き刺さった。

「確かに初めは、日本人を恨みました。ひどい仕打ちをされた事は、生涯忘れられないでしょう。しかし、輝や杉本に出会い、私の気持ちは徐々に変わりました。そして貴方達に会い、気持ちもはっきりと固まったのです。こんな事は許されないと。父、パッカーも貴方がたの熱意に負けたのだと思います。最後まで諦めないで下さい。今回を発端に、次々と国が買収されたなら、この先世界はどうなってしまうか、考えてください。アメリカの好き勝手を許さないで下さい」リチャードの言葉の最後は、涙に霞んでいった。輝には、リチャードの心の葛藤が、手に取るように分かった。祖国を非難し、日本に協力している自分に怒りを覚える反面、行動せずにはいられない気持ちに、彼の心は動かされていた。考えて見れば、リチャードの事を知ったアメリカ政府は、反逆者のレッテルを貼るだろうし、パッカーにしても、政治生命をかけて闘ってくれている。それなのに我々が弱気な態度にでれば、彼ならずとも叫んで当然のことだった。輝はしっかり自分に言い聞かせてから、ゆっくりと口を開いた。

「リチャードの言うとおりだと思います。このままアメリカに屈してしまえば、犠牲になった者は浮かばれないでしょう。それならば、初めから大人しくしていれば良かったのです。しかし、我々は立ち上がった。アメリカに対抗すべく立ち上がったのです。その気持ちを最後まで貫きましょう」

「しかし、弾薬や、食料、兵士まで不足しています。そんな我々になにが出来ると言うのですか」新任の将校は、不安に駆られ尋ねた。

「ちょっと待て、兵士はともかく、弾薬ならば手に入れられないことも無い」

「どうやって」中村の答えに、黒部は慌てて聞き返した。

「極道には、極道の道があってな、東南アジアや、中国から手に入る。無論政府は関与しないから、奴らの国でも問題は無かろう」

「しかし、簡単に運びこめないでしょう」若い将校の不安は消えなかった。

「なに、奴らもプロじゃ、何とかするだろう。それよりもどうやって代金を支払うかが問題だ。あくまでもビジネスだからな、いい知恵はあるかい」

「金塊が隠してあります。それでどうでしょう」黒部の言葉に、中村は喜び頷いた。

「金塊ならば大丈夫じゃ、今では円は紙くず同然じゃ」

「しかし、それは日本再建の為の資金です。使ってしまっては…」

「再建するもなにも、滅んでしまったら何の価値も無い。アメリカに没収されるだけだ。今使わずにして、いつ使うというのか」若い将校の気持ちもわからなくは無いが、日本が無くなる前に、黒部は出来るだけの事をするつもりだった。黙って会話を聞いていた、杉本の気持ちは沈んでいた。死を恐れているわけでは決して無かったが、洋子の事が気がかりだった。日本を守り通すことも、平和な世界になることも、夢でしかないと思い始めていた。それほどまで日本は衰弱しきっていた。結局、武器と弾薬だけは手に入れる段取りが出来たが、食料や兵士に至っては名案が浮かばず、話し合いは難航していた。そんな中、輝は不意に杉本の言葉を思い出した。

「確か、両親は軽井沢にいるんだったね」突然話しかけられ、杉本は戸惑った。

「ええ、まだ居ると思いますが、なにか」

「いや、君に会う前に、ある老人から聞いたんだけど、田舎、いや、郊外ならなにか食料になるものを、作っていると思ってね」輝の何気ない発言に、皆、目を光らせた。

「他の基地にも聞いてみます」しかし、若い将校の言葉に、黒部は肩を落として答えた。

「無理だろう、たとえ作っていても、これだけの人数を賄う事など不可能だ、しかもロシアに攻撃され、アメリカ軍も集結しつつある中で、のんびりと畑仕事をする者など居るわけはない」黒部の言葉は、道理にかなっていた。

「実際、いつまで耐えられますか」輝の質問に、黒部はうつむいたまま答えた。

「どんなに節約しても、新年までもたないでしょう。これほど長期に大勢を保護する事など、計算されていたわけありませんでした」

「では、弾薬が手に入っても、無駄だと言うことか」中村は、気落ちした態度を隠しもせず、溜息混じりの声を発した。会議室はまたも沈黙に包まれてしまった。

「まずは食料の調達だな、わしが行く」中村は、突然立ち上がり、扉に向かい歩き始めた。

「当てでもあるのですか」中村に追いつき、輝は尋ねた。

「別に当てなど無いが、ここでじっとしていても始まらんだろう。片端から倉庫や、商店などに行ってみるつもりじゃ」中村の行動力には、一同驚かされた。

「私も一緒に…」輝が言おうとすると、中村が言葉を遮った。

「あんたは、ここに居らんとイカン。あんたが居ないと連絡が来た時困るだろう。わしにも優秀な部下が居るから、心配しなさんな」中村はそう言うと、会議室から出ていった。

それから三日後、何処をどうやって運びこんだのか、大量の武器と弾薬がここ司令部にも、集められてきた。中村は毎日出掛けては、大量の食料を調達してきた。

「何処から調達してくるのですか」輝は、その多さに驚きながら尋ねた。

「奴らの施設内には、大量にあってな」中村は食料の山から、一つの缶詰をとりだし見せつけた。缶詰を見た輝の驚きは、更に増していった。

「まさか、アメリカの基地に忍び込んでいるのですか」

「食料が狙われているとは、思ってもいないようじゃよ。警備兵もいないし楽なもんじゃ」

そう言うと、中村は笑いながら仕分けを始めた。輝はつくづくこの中村と言う初老の男に、深い尊敬の眼差しを向けていた。しばらく黙って見ていると、リチャードが凄い勢いで駆け寄って来た。

「きました。連絡がきました。エリザベスからです」その顔には涙が流れていたが、すぐに喜びの涙だと輝には理解できた。その顔には悲しみの色は無く、笑いが溢れていた。


          三


 会議室には、既に各部署の責任者が集まっていた。輝と中村も、リチャードのあとから足早に部屋に入ってきた。全員が揃い席につくのを待って、黒部が立ち上がり口を開いた。

「やっと、連絡がありました。待ちに待ったときです。では、リチャード」黒部に変わり、リチャードが立ちあり、ゆっくりと全員の顔を見まわしてから話し始めた。

「ついにやりました。アメリカ政府は要求を呑み込み、話し合いに応じると結論を出しました。明日、午後六時に皇居での話し合いが行われます。しかもエリザベスの話では、父、パッカーも要員の一人として出席するそうです」リチャードは躊躇いも無く涙を流し、喜びに浸っていた。

「頑張った甲斐がありました。そしてリチャード、エリザベス、パッカー議員にこころから感謝します。ありがとう」黒部の目にも、涙が浮かんできた。

「しかし、明日と言うのは…」輝は、不安に駆られる若い将校を嗜めた。

「もう時間がないのです。一日も早く結論を出す必要があります。悠長に構えてはいられません。あとは新政府に任せましょう」

「とにかく、至急永田町の基地にも連絡をいれてくれ」輝に相槌を打ってから、黒部は通信兵に連絡を急がせた。

「しかしギリギリになって、アメリカはどうしたのでしょう」杉本の心の中には、まだ不安が残っていた。

「話しによれば、諸外国から抗議の猛攻を受けている様です。それに、やはり躊躇いもあるのではないでしょうか。かつての同盟国を滅ぼすなど…」リチャードはそう言いながらも、大統領の苦難と、旧日本政府に対する憤りを感じていた。

「司令官、永田町です」通信兵に代わり、黒部がマイクを握り話し始めた。報告が終わるとスピーカーからは、拍手や喝采が流れてきた。

「あとは、貴方がたの出番です」黒部の言葉に、不安そうな返事が返ってきた。

「私達に出来るか不安です。是非とも御一緒願いたいのですが」例の若い吉田議員の返事に、黒部は慌てて答えた。

「私など御一緒しても意味がありません」

「長田さんに御一緒してもらえませんか。お聞きした所、上院議員の一人とはご親戚だとか」輝はスピーカーに向かい、猛然と首を振った。そんな輝を笑ってみながら、黒部はゆっくり答えた。

「分かりました。御一緒してもらいます。そちらも準備をして下さい。おって連絡します」

「黒部さん、私は…」輝の言葉を、黒部は大声で遮断した。

「お願いします。力になってください、彼らはただ不安なだけです。貴方がいれば安心出来るのでしょう。それに貴方ならば私も、いえ、ここにいる全員も安心して任せられます。誰かがやらなければいけないのです。よね」黒部の言葉に、輝は観念した様にうな垂れた。

「分かりました。しかし政策はしっかり決まっているのですか」

「彼らも共に辛い体験をした仲間です。二度とこんな事にはしないでしょう。信じましょう。彼らを」黒部の言葉には、微塵の迷いも見られなかった。

「そうですね、信じましょう。その代わり、早急に永田町に移動したほうがいいと思うのですが」輝の提案は、すんなりと受け入れられた。

「中村さん、この司令部と、非難している市民をお願いします」黒部は中村に言った。

「任せてくれ、準備もあるだろうから、早く移動しなされ」中村は快く引き受けてくれた。

「ところで、アメリカ兵は大丈夫でしょうか。移動中に攻撃されはしないですか」若い将校に、リチャードが答えた。

「アメリカ政府の決定です。軍部も勝手な行動を取れないでしょう」若い将校はにこりともせず頷いたが、不安な顔は隠せなかった。

「各自準備にかかってください。私は移動のことを永田町に報告します」黒部の発言で、会議は閉会された。輝はリサに伝える為、急いで会議室をあとにした。杉本は、輝を追いかけるように出ていった。

「先生」会議室を出た輝は、杉本に呼び止められた。

「どうした。早く洋子さんにも伝えてあげなさい。待ちに待った日だよ」しかし、杉本の顔は真剣だった。

「リサも移動するのですか。ならば私達も連れていってください」

「勿論連れていくつもりだが、何故だい、私はただ彼らと一緒に行くだけだし…、それともなにかあったのか」輝は、余りに真剣な杉本の表情が気になった。

「いえ、そういうわけでは…、ただ胸騒ぎがするのです」杉本の表情は更に厳しくなった。

「だったら尚の事、ここにいたほうがいいだろう」輝は、杉本の言葉の意味を把握できなかった。と言うよりも、なにが言いたいのか理解に苦しんだ。

「しかし、先生と一緒にいたお蔭で、今まで生き延びました。なぜか離れてはいけない気がしてなりません」杉本にも、胸騒ぎが何なのか分からなかった。

「リチャードの話では、心配なさそうだし…、でもいいだろう、きみが一緒なら私も心強い、二人に話して準備しよう。そんなに心配するなよ」輝の明るい表情にも、杉本の気は晴れなかった。リサは、輝と一緒にいけることを喜んでいたが、洋子は杉本の表情を敏感に感じ取っていた。

「なにかあったの」楽しそうに準備をするリサには聞こえぬように、洋子は杉本に尋ねた。

「いや、なんでもないよ」杉本は出来る限り明るく答えた。

「でも、なにか変よ」明るく答える杉本の顔に、陰りがあるのを洋子は見逃さなかった。

「多分疲れているのさ、大丈夫、心配ない」

「それならいいけど…」それでも洋子は気になって仕方なかった。

「準備できましたか」

「もう少し」輝に言われて、洋子は慌てて鞄を開いた。準備と言ってもたいした荷物があるわけでもなく、支給されたものを鞄に詰め込むだけで、すぐに整った。四人が会議室に入ると、重装備の兵士十人と、リチャード、そして黒部が準備を終え待っていた。

「向こうに着いたら連絡をいれる」黒部が残りの兵士に伝えると、輝に向き直り行動予定を説明しはじめた。

「まず、三人が斥候として出発します。安全を確かめながら、我々はあとに続きます。出来る限り繁華街は避けたいのですが、場所的に無理があります。そこで地下を進むことにしました。真っ暗ですが、地上よりは安全でしょう」そこで、ムッとしているリチャードに気がつき慌てて説明した。

「いえ、あなたの意見に反対しているわけではありません」

「しかし、アメリカ政府の決定を疑っています」リチャードは更に不機嫌な顔をした。

「念のためです」黒部が困惑していると、リサが口を開いた。

「パパ、瓦礫の山を歩くより、線路のほうが楽でしょ」

「それはそうだけど…」リサに言われ、リチャードは渋々納得した。

「とにかく出発しましょう」輝の一言で、その場は納まった。都営三田線から南北線のホームに移動し、トンネル手前で一行は止まった。見つめていると引きこまれそうな闇と、虫の声さえ聞こえない静寂が広がっていた。三人の兵士はそれぞれ懐中電灯を片手に、一足先に闇のなかへと消えていった。十分程して、黒部のレシーバーに通信が入ってきた。

「異常なしです」

「了解、そのまま進み、絶えず連絡をいれるように」そして黒部の指示で、三人がしんがりとして残り、輝たち一行は闇のトンネルへと向かい歩きはじめた。静まりかえるトンネル内に、砂利を踏む音だけが聞こえていた。

「麻布に着きました。異常なしです」斥候からの連絡は、五分置きに送られてきた。

「どうやら軍部も承諾しているようですね」静寂を破り、黒部がリチャードに話しかけた。

「当たり前です。政府の決定には軍部も逆らえません」リチャードの気持ちも和らいだ。しかし本当は、リチャードにも不安はあった。ただ、それを指摘された事に少々いらついただけだった。輝はリサの、杉本は洋子の手を握り、四人は無言で歩き続けた。輝には杉本の言葉が気になっていた。杉本も胸騒ぎの原因が見つからず考えていた。六本木を過ぎた辺りから、リサの息遣いが荒くなってきた。いくら楽だと言っても、砂利道は確かに歩き難かった。そんなリサに気づき、輝が話しかけた。

「大丈夫かい」

「ええ、ちょっと足が痛いだけ、大丈夫よ」リサの声は明るかったが、息遣いは激しくなる一方だった。輝はしばらく様子を見ていたが、黒部を呼び止めた。

「しんがりは何処まで来ていますか」黒部はしんがりと連絡をとり、輝に答えた。

「十分程後ろです。なにか」

「リサが足の痛みを訴えています。ここで休憩して、しんがりと合流します」別に黒部を責めた訳ではないが、輝の答えに黒部は慌てた。

「気が付かずにすいません。女性がいるのに、休憩も取らず。ここで小休止しましょう」

「いえ、急いでください、あとで合流します。どうか先に行って下さい」黒部は戸惑った。

「しかし…、洋子さんの方は大丈夫ですか」

「私は大丈夫よ。でも、離れ離れにはならない方が無難だと思います」

「そうです。たった十分だけでも、こんなところに二人きりでは危険です」杉本も答えた。

「なにも危険などないさ、斥候からも心配するような連絡は入ってこない、早く永田町の人を安心させてやってくれ」たしかに休憩している時間はなかったが、杉本の胸騒ぎは激しくなってきた。

「では、私も洋子と残ります。黒部さんは、先を急いでください」黒部は仕方なしに頷いた。

「分かりました。兵士を二名置いていきます。くれぐれも気を付けて」黒部の言葉に、

「私が残ります。兵士は大丈夫、連れていってください」と、咄嗟にリチャードが答えた。

黒部は少し考えたが、リチャードの射撃の腕を信じた。

「それでは、しんがりと合流したら、連絡を下さい」黒部の顔には心配の色が浮かんでいたが、残りの兵士と共に歩き始めた。黒部達の姿が見えなくなると、リサが口を開いた。

「なんだか、足手まといみたい。ごめんなさい」

「いいんだよ、君は兵士じゃないんだから」輝のやさしい言葉に、リサは頷いた。

「そうよ、本当は私もちょっと疲れていたのよ」洋子の言葉に、リサはにこりと笑った。

「さあ、立っていないで座りなさい。私が見張っています」リチャードに促され、一行はレールに腰を下ろしたが、杉本も銃を構えリチャード同様一行から少し離れた。

「リサ、足を見せてごらん」輝が明りを照らすと、リサの靴には血が滲んでいた。

「血が出ているじゃないか」輝が靴を脱がすと、指先部分の靴下が真っ赤に染まっていた。

「支給された靴が、少し小さかったみたい。けど大丈夫よ、本当に」

「こんなに血を出して、大丈夫なわけないよ」輝はそっと靴下を脱がすと、中指に出来た豆が見事に潰れていた。

「随分ひどいじゃない」洋子が覗きこみ、つい大きな声を出してしまった。その声に、十メートル程離れていた杉本とリチャードも戻ってきた。

「これでは、痛い筈ですよ、大丈夫かい」杉本はリサの身を案じた。リサは頷くだけだった。見かねたリチャードが輝に話しかけた。

「この先は、私が背負っていきます」リチャードの提案に輝は首を振った。

「私が背負います。リチャードの射撃の腕はしっかりと見させてもらいました。私が銃を持つよりも安心できます。それに、リサは私の妻ですから」輝の言葉は、リサとリチャードを喜ばせるのに十分だった。リサには、新しい靴下を履かせるだけにした。靴を脱がせ、指先を開放した事で、リサの痛みも和らいだ様だった。ところが、十分経ってもしんがりの姿はおろか、持っているはずの電灯の光さえ、闇の中に見つけられなかった。輝は歩いて来た方に目を凝らしたが、底無しの闇が続いているだけだった。輝は急いで連絡をとろうとしたが、うっかりした事に、誰も通信機を持っていなかった。

「私が見てきます」相談した結果、リチャードが名乗りをあげ、歩いてきたトンネルを戻り始めた。

「とにかく明りを消したほうがいいでしょう。何があったか分かりませんが、居場所を教えるようなものです」杉本は、胸騒ぎの原因が理解出来たような気がした。そして不安と恐怖が一同に広がり始めた。よく、長くいると暗闇にも目が慣れると言うが、あれは間違いだと輝は思った。わずかな光でもあれば別だが、ここには一切の明りもなかった。握り締めるリサの手は、小さく震え汗をかいていた。優しくリサを抱き寄せたが、本当にリサなのかさえ不安になってきた。どのくらい息を潜めていただろうか、砂利を踏む音が近づいてきた。輝は目に見えない相手、音のする方向に、適当に銃口を向ける事しか出来なかった。その足音は、確実に輝たちを目指し近づきつつあった。まるで見えるかのように。リサの震えが全身に広がっていくのを、抱きしめる輝には、はっきりと伝わってきた。その時、輝は突然気が付いた。“暗視スコープ“リチャードに見せられたスコープを思い出した。相手には我々は丸見えなのだと思うと、輝の身体に戦慄が走りめぐった。

輝の引き金にかけた指に、思わず力が入り発射寸前の時、リチャードの声が闇の中から囁かれた。

「大丈夫、私です」輝は、ホッとして銃を下ろした。リサの震えも止まったが、二人とも全身に汗をかいていた。

「どうでしたか」輝が電灯に手を延ばしたが、リチャードに手を掴まれ止められた。やはりリチャードは、暗視スコープを使っている様だった。

「しーっ、静かに。だいぶ戻りましたが、しんがりはいませんでした。影も形も見当たりません」リチャードの知らせに、輝の身体に再び汗が噴出してきた。

「何だって、それじゃ…」

「分かりません。とにかくここを離れたほうがいいでしょう」リチャードは声を殺して、答えた。しかしすぐに輝に尋ねた。

「ところで、杉本たちは」

「えっ、その先の壁の窪地にいませんか」輝には見えないが、明りを消す前にいたはずの方向を指差した。

「いえ、いません。見える範囲では姿はありません」リチャードにも事の重大さが理解し始めた。僅か五メートル程の距離にいた二人が、輝たちに気づかれずに移動したとは、とても考えられなかった。

「何が起きたんだ…」輝は理解に苦しんだ。

「何か変です。私達の知らないところで、何かが起きています。急いで黒部さんを追いかけたほうが無難です」

「しかし杉本を見捨てるわけには…」

「今はここから離れるのが先決です」輝は、リチャードの意見に従うしかなかった。しかし、杉本達に何も出来ない自分が悔しかった。輝はリサを背負い歩きはじめた。と言っても、輝には何も見えなかった。そこでリチャードが輝のベルトを掴み、真直ぐに歩けるよう先導してくれた。そのうち前方から、数個のライトが踊りながら近づいて来るのが確認できた。輝は咄嗟に身構えたが、リチャードに黒部だと知らされ、リサを下ろした。黒部の持つライトは、容赦なく輝を照らしつけた。しばらく真の闇に埋もれていた三人には、苦痛の光に他ならなかった。

「しんがりと連絡がつかず、心配になり戻ってきました」

「しんがりはついて来ませんでした。そして杉本たちも行方不明です」輝は、細かに状況を説明したが、黒部は信じられない様子だった。

「まさか、そんな事が…」

「事実です。十分ほどの間に、姿が消えていました。二人が心配です」再び黒部と出会えた喜びよりも、杉本の身を案じる気持ちで一杯だった。

「私達が、調べてきます。皆さんは先を進んでください。少し行ったところに、斥候も戻って待機しています」黒部は兵士一人を残し、更に戻っていった。リサは兵士と輝によって担がれ、リチャードが先頭に立ち、ゆっくりと歩きはじめた。四人は無言で歩き続けた。

と言うより、理解できない現実に頭が混乱していた。誰が、何の為に、二人を連れ去ったのか、それとも、二人が何故姿を消したのか、しかも、ごく近くにいた輝たちに気づかれず、考えれば考えるほど理解に苦しんだ。程なく、斥候にでていた三人と出会った。

「先程、先に永田町に向かえとの連絡がありましたが、まだ手がかりは掴めていないようです」斥候の報告に輝は頷いたが、本当は戻って杉本を探したかった。しかし、傷ついたリサを残し、待っている人を裏切り、日本を見捨てることも出来なかった。黒部を信じ任せるしか道はなかった。リサは二人の兵士が交互に担いでくれた。まるでライフルをブランコに見たてたような担ぎ方だった。永田町のホームも高輪同様に、戦闘の傷跡が色濃く残っていた。基地に入ると、輝たちは盛大な歓迎を受けた。

「よく来てくださいました。心からお礼いたします。私が吉田です。そちらがリサさんですね、始めまして。美しい方だ。そしてリチャードさん、この度はなんとお礼すれば良いのやら、それから彼らが新政府の面々、日本の新しい顔です」吉田は、一人ずつ紹介し始めた。十人もいるのに、出生地から、学歴、政治経験や家族構成、担当部署に当選回数まで得意そうに話す吉田に、さすがの三人もウンザリしてきた。

「少し休みたいのですが」次の紹介話しが飛び出す前に、輝は吉田に小声で言った。

「気が付かずにすいません。では、後程話しをしましょう」吉田はくるりと振り返り、新しい政府の面々に向かい話した。

「皆さんお疲れです。会見は後にします」すると新しい顔の面々も、くるりと回り戻っていった。三人はその光景をア然として見ていた。

「何だ、あの連中は」輝はつい、こぼしてしまった。

「あれで大丈夫ですか」リチャードも話し合いが心配になってきた。

「不思議な人…、それに会見って何の事」リサもあきれた様子だった。しかし一瞬でも杉本達の事を、忘れる事が出来た。輝は共に来た兵士に、杉本捜索の状況を聞いてみた。

「まだ何も…」兵士の答えは、暗かった。

「そうですか、何かわかりましたら、すぐに知らせて下さい」そう言って、輝たちは与えられた部屋に向かって行った。


  新たな危機

          一


 「…、…馬鹿者め、…と間違い…してこい」杉本は、小さな話し声で気が付いた。ゆっくり目を開けると、見なれない部屋の天井を見ていた。まだ頭がボーっとしていた。

「お気づきですね」聞きなれない声に、杉本は起き上がろうとした。しかし何かに固定され、起き上がることが出来なかった。徐々にはっきりしてくる頭を、杉本は激しく振りまわした。そして見なれない顔を見たときに、全てを理解した。

「ここはどこだ」杉本は、首だけを持ち上げ尋ねた。

「手荒な真似をして申し訳ない。仕方がなかったのです」見なれない顔、確かにアメリカ軍人と分かる男が答えた。

「彼女は、何処だ」

「彼女も無事です。安心してください」その軍人、しかも相当地位の高そうな男が答えた。

「今すぐ離せ、開放しろ、政府から話しは聞いていないのか」杉本は激しくもがいたが、身体を固定したベルトは、びくともしなかった。

「聞いていますよ。明日話し合いがあることも、会談が終わるまで手を出すなとも」男は杉本の周りを、歩き始めた。

「では、何故こんな事をするんだ」杉本は抵抗を止め、冷静に尋ねた。

「仮に話し合いが上手くいったとしましょう。我々は手を引き、本土に帰る、日本の国家は存続する。では、今まで必死に戦ってきた我々、軍人はどうなりますか。死んでいった者は無駄死になるのですか。政府の勝手気ままな政策に、軍人は振りまわされ、使い捨てにされる事に断固反対です。勝利は確実です。諸外国がなんと言おうが、手を引くべきではない」男は興奮を収めるため、一呼吸置いてから話しを続けた。

「だから、話し合いが決裂するよう、日本の重要人物を誘拐する事にしたのです」

「私は、重要人物ではない。私は…」男は杉本の言葉を遮った。

「知っています。部下が、馬鹿な部下が間違えましてね。長田夫婦と」杉本にもやっと筋道が見えてきた。と同時にアメリカ軍の間抜けさに、笑いがこみ上げてきた。

「人違いだと分かったら、早く解放したまえ」

「そうはいきません。長田夫婦と親しい貴方には、利用価値がある。協力すれば、後々まで面倒見ますよ。杉本さん」男はにやりと笑った。正直名前を言われた時には、杉本も驚いた。しかし協力する気など、微塵も沸いてこなかった。

「間違って誘拐した上に、協力しろ、だと、ふざけるのにも程がある。それに私は彼とは、親しくなんかない。勘違いもはなはだしい」

「杉本さん、隠しても無駄ですよ。今では貴方がたの通信は、我々に丸聞こえです。協力したほうが身の為です」男は自信たっぷりだった。

「日本を裏切れと」

「どの道無くなる国です。洋子さんのためにも協力したほうがいいのでは」それまで、杉本の周りを歩き続けていたが、不意に立ち止まり覗きこんできた。

「貴様、洋子に指一本でも触れたら、地獄のそこまで追い詰めてやる」杉本は怒りに震えた。と同時に洋子の身を案じ、心の中で洋子に許しを願った。

「安心しなさい。彼女には指一本触れません。協力しますね」男は杉本の頭を撫ぜた。杉本は最後の返事をするまでに、長い時間を費やした。

「断る」穏やかな杉本の顔に、男は驚いた

「なんと、彼女が死んでも構わないと」

「洋子も判ってくれるはずだ」杉本の、意志も強かった。輝を裏切るなど、地球がひっくり返っても、杉本には出来なかった。

「仕方ありません」男の目には、落胆の色が滲んでいた。そして杉本の視界から消えていった。しばらくすると、白衣を着た数人の男が、視界の中に入ってきた。男達は無言で何か作業を続けていたが、やがて一本の注射器を手に、杉本に振りかえった。最後の時を知った杉本は、きつく目を瞑り心の中で祈った。


          ニ


 黒部からの連絡は、悲観的なものだった。輝はこれ以上の捜索は無駄だと思ったが、なかなか言い出せなかった。しかし、いつまでも黒部に捜索させる訳にもいかず、永田町に戻るように伝えた。

「申し訳ありません。力及ばず」黒部は、汗だくで戻ってきた。

「貴方のせいではありません、あれだけ近くにいて、気が付かなかったのは私です」しかし、姿が見つからないのは、生きている可能性も含んでいた。

「おそらく、何者かに誘拐されたと思います。だとすれば、生存の可能性も十分考えられます。諦めずに捜索します」黒部の言葉に輝は答えた。

「お願いします。ただし黒部さんには、全軍の指揮があります。それを忘れないで下さい」

「分かりました。優秀な部下に任せます。しかし、誘拐の理由はなんでしょう」黒部には、見当も付かなかった。輝も考えたが、一つの意見しか浮かんでこなかった。

「おそらく、アメリカでしょう。何故ならば、他国の介入は絶対に有り得ないからです」

「私にも、その考えしか浮かびません。問題はその理由です」

「計画的な事な確かです。見事な手際の良さと、手掛かりのない事には脱帽します。一流の仕事でしょう。だとすれば、特殊任務を遂行できる者、軍部関係しか考えられません」

黒部にも、その考えがあったが、リチャードの手前口に出せなかった。しかし今、輝からそう言われ、黒部も自信を持った。

「私の考えも一致します。私も軍人です。同じ立場から言わせてもらえば、何故ここまでやって、諦めるのか、今までの犠牲は何だったのかと、考えます。そして政府に知れずに邪魔をするでしょうね。話し合いの」そこまで言って、黒部は気がついた。

「そうです。話し合いの邪魔をする為誘拐したのです」

「しかし、杉本は日本の政府とは、無関係ですが」輝にはまだ分からなかった。

「そう、無関係です。でも貴方は重要人物です。間違えたのですよ。あの時、それぞれ二組のカップルになっていましたね、誘拐するとき、あなた方夫婦と間違えたのです。どう考えても、それしか理由が浮かびません」黒部の仮説は輝を落ちこませた。自分の身代わりに、捕まったと聞かされれば、誰でも気が重くなるだろう。無事に戻ればいいとしても、もし無事に戻らなければ…。輝はますます落ち込んでいった。しかし、今の輝には落ちこんでいる時間さえなかった。新政府の面々とも話し合い、一応の政策も聞いたが、とても任せられたものではなかった。具体的な政策に乏しく、いくつかある案件も、素人でさえ首を傾げる内容だった。急いで軌道修正する必要に迫られていた。その為にも本心では、杉本にいてほしかった。輝は底無し沼でもがく冒険家宜しく、半ば諦めかけていた。

「とにかく今は、話し合いの事を考えましょう。最後のチャンスです。成功させる事に神経を集中して下さい」黒部の言葉で、輝は現実に引き戻された。

「出来るだけやりましょう。黒部さんも協力お願いします」黒部は部下に、杉本捜索の指示をしてから、輝と共に新政府が待つ会議室に向かった。黒部も輝同様、露骨にウンザリ顔を浮かべた。しかし政府の面々は、そんな事など知る由もなかった。それほど、吉田を始めとする若手議員は、妙な自信に包まれていた。二人にはその自信が何処から来るのか、見当も付かず顔を見合わせた。

「これが日本の政府ですか」黒部は、周りに聞こえぬように輝に尋ねた。

「残念ながらそうです」輝も最小限、声を殺した。

「ところで、立案はどなたが」輝は思いきって吉田に尋ねた。

「ここにいる全員で考え、総力を結集してまとめあげました。それが何か」吉田はムッとしたのか、わざと大げさに答えた。

「では、言いましょう」輝は一度話しを区切り、反論した。

「あなた方は、話し合いを決裂させる気ですか」

「何を言い出すのです。我々は真剣に考え…」吉田は突然の言葉にうろたえた。

「素人の私にでも、失敗は目に見えています」輝は更に語尾を強めた。

「素人に何がわかる」面々の一人が叫んだ。

「そうだそうだ、我々に任せろ」野次は国会のように広がっていった。

「素人が口を出すな」「引っ込め」

「これで上手く行くと言っていたぞ」

「政府を信用しろ」「そうだ、そうだ」面々は、水を得た魚の様に活き活きしていた。

「そうだ、我々を信用しろ」「そうだそうだ」しかし輝と黒部は、野次の言葉も聞き逃さなかった。やがて静かになった輝を見て、吉田が面々の野次を制止した。

「と言う事です。我々に任せて下さい。あなたは、黙ってついてくるだけで結構です」吉田は黙って聞いている輝を見て、満足そうに頷いた。

「分かりました。ただ一つ聞いてもいいですか」輝は至って冷静に尋ねた。「どうぞ」

「そちらの方、そう、赤いネクタイの人です。すいません名前を覚えられなくて」輝はわざと謙虚に尋ねた。

「私は、山口ですが」輝の急な名指しに驚いたが、山口は注目を浴びる事に喜んでいた。

「そうそう、山口さん、あなたに大事な質問です」輝は“重大な質問”を強調した。

「なんでも、どうぞ」山口は機嫌を良くした。

「上手く行くとは、誰が言っていましたか」

「ああ、アメリカの軍人だが…」そこまで言って、山口は慌てて口を押さえた。沈黙の流れる中、政府の存在がガラガラと崩れていった。

「隠しても無駄です。全て話してください」輝は山口には目もくれず、吉田に詰よった。そして吉田は観念したように渋々口を開いた。

「あなた方から連絡があったすぐあとです。ハリスという将軍から通信がありました。そして、話し合いを成功させたければ、こう言う風に話せと教えてくれました。私達は成功させたくて、話しに乗っただけです」吉田はとうとう涙を流し始めた。

「吉田さんは悪くありません。日本を思ってした事です。何処が行けないのです」山口は、自分のミスを取り返そうと、必死に輝に噛みついた。

「敵の罠だからです。そのハリスという将軍は会談を決裂させるつもりです」輝の言葉に、吉田も山口も、その他の面々も目を丸くした。

「信じられん。なぜ、アメリカはそんな事をするのですか」山口の驚きは半端ではなかった。

「軍部が、日本との和解に反発しています。しかし、大っぴらには行動できません。そこで秘密裏に行動しているのです。話し合いを決裂させる事が、アメリカ軍部の目的です」

輝の説明でも、吉田は理解出来ずに苦しんだ。

「しかし、どうして判ったのですか」

「ここの来る途中、私の友人が、誘拐されました。誰にも知られず、私の目の前から忽然と姿を消しました。いまこのときにそんな芸当が出来るのは、軍の特殊部隊しかいません。いうなればアメリカ軍しかいないです。おそらく私と間違われ、誘拐されたものと思われます。狙いは話し合いの決裂です」輝は力なく答えた。そんな輝を見て、吉田たちもようやく全てを飲み込んだ。

「とにかく、時間がありません。早く再検討をお願いします」黒部の言葉で、政府は長い会議に突入していった。


          三


 エリザベスは、司令部でパッカーの到着を待ちかねていた。秘書の仕事として、街まで視察に出歩いたが、出掛けるたびにエリザベスの気持ちは沈んでいった。そして誰とも心置きなく話せずにいた時、父、パッカーの移動を聞いて彼女の心は弾んだ。偽りなく話せる喜びと、孤独から開放される嬉しさに、窓の外を見ながら、つい涙を流してしまった。

「おやおや、どうなさいました」不意に声をかけられ、エリザベスは慌てて涙を拭った。

「何でもありませんわ、司令官」涙を拭い、毅然と答えた。

「ジムでいいですよ。ホームシックにでもかかったかと思いました。それにしてもここは退屈でしょう、何もありませんから。世界でも有数の近代都市だった東京も、今ではこの有様、残念な事です」胸には色とりどりの勲章がいくつも付けられ、しっかりとクリーニングの施された制服に身を包み、関東地区司令官がエリザベスに歩み寄った。司令官も窓から外を見て、大きな溜息をついた。

「ありがとうジム、でも、あなた方軍人は、日本が滅ぶ事を願っていると思っていましたわ」

「実を申せば、日本贔屓でした。和食も好きだし、温泉も大好き、本当に残念です」ジムは箸を持つ振りをした。

「でも、温泉も、和食も無くなりませんわ」エリザベスは少なからず、ネイビーブルーの制服に丁度よく映える、白髪混じりのジムに好意を持った。

「そうですね、どう言う結果になろうとも、文化と伝統は受け継がねばなりません。しかし、大きな声では言えませんが、どうにか立ち直って欲しいものです」

「軍人さんがあからさまに批判してもいいのかしら。一応私は政府の人間よ」エリザベスは、試すように横目でジムを覗った。

「しかし、私同様の考えを持っていると確信しています。違いますか」エリザベスは、じっと司令官を見つめた。期待と不安の入り混じった顔は、とても軍人には見えなかった。やがて、エリザベスは小さく笑みを浮かべた。

「私は平和を望むだけ。でも、この街並みだけは早く綺麗にして欲しいわ」エリザベスは再度窓から街に目をやった。それから一言付け加えた。

「軍人にしておくのは、もったいないわね」その言葉に、ジムは顔をほころばせた。そろそろ昼になる頃だった。一人の兵士が足早に近づいてきて、ジムに耳打ちした。

「やはり本当か、一刻も早く司令部に移動させるように」それからジムはエリザベスに向き直って、真剣な眼差しで話し始めた。

「日米会談要員が襲われました」エリザベスは言葉の意味を理解すると、慌てて尋ねた。

「パッ、パッカー議員は…」取り乱すエリザベスに、ジムは冷静に答えた。

「落ち着いてください。大丈夫です、皆さんご無事です」その答えに、エリザベスはその場に座り込んでしまったが、何度か首を振り、息を整えてから立ち上がった。

「いったい誰ですか。襲ったのは」エリザベスは怒りに震え出した。

「犯人は分かっています」ジムの目にも怒りが見えていた。

「話してください」会議を邪魔しようとする人間に、彼女の怒りは頂点に達しそうだった。

「ここでは…、私の部屋でお話します」目に怒りを浮かばせながらも、ジムは冷静に答え、エリザベスを自分の部屋まで案内した。ジムが声をひそめて話した内容に、エリザベスは愕然とし自分の耳を何度も疑った。

「そんな事があっていいの」勧められた椅子にも腰掛けず、窓辺に寄り添い尋ねた。

「過去にも同じようなことは、いくらでもありました」ジムは、自分の椅子の背もたれに寄りかかり、遠くを眺めて答えた。

「でも、なぜ襲撃の事が分かったの」エリザベスはゆっくりとデスクに近づき、新たな疑問を口にした。

「彼らの動きはずっと監視していました。勿論気づかれないようにですが。通信も傍受していたので、今回の計画はわかっていました。しかし本当に行動を起こすとは、私にも信じられませんでした。残念でなりません」ジムは冷静さを保ちながらも、さすがにショックを隠しきれなかった。その時、扉を叩く音が部屋に響いた。

「あと二十分ほどで到着します」兵士はそれだけを伝えると、規律正しく出ていった。

「無事に会議を終わらせる事が、今最も重要な事です。パッカー上院議員にも話しを伝えておいてください。では、準備がありますので」そう言うと、ジムは部屋を出ていった。

エリザベスもパッカー迎えるにあたり、なんと説明すればいいのか、考えれば考えるほど頭は混乱していった。その時、エリザベスはハッとした。

「リチャード達と、日本政府はこの事を知っているのかしら」と、重大な事に気が付いた。

「もしも知らずに、襲われたら…、会議を邪魔する為に攻撃されたら…」エリザベスは頭に浮かんだ最悪の考えに、冷水を浴びせられたように全身を振るわせた。そうかと言って永田町に移動した輝たちに、連絡する事もままならなかった。

 その頃、永田町の新政府は頭を悩ませていた。いくら現役の議員だとしても、日本の運命を決める会議で、主立って発言する度胸は誰一人として持ち合わせていなかった。議題の内容や政策などは、輝の助けもあってまともな物になっていたにも関わらず、日本の代表とも言える、総理になりたがる者がだれひとりとしていなかった。 

「アメリカ側も仮の政府と知っています。総理も臨時で結構ですから、早急に決めてください。誰でも構いません」輝は、そう言って会議室をあとにした。はっきり言えば、その場所から早く離れたかった。それほどまでに呆れていた輝は、リサの元に戻りようやく落ち着きを取り戻した。そこに黒部が状況を伝えにきた。

「皇居までの道のりは、安全確保できました。今度は襲われる事も無いでしょう。それと、杉本さんの手掛かりは、依然としてつかめていません」黒部の言葉に溜息混じりに頷いてから、輝は周りを見まわし小声で尋ねた。

「ありがとうございます。杉本は、何処かで生きいているような気がするのですが…、とにかく、頼りない連中ですが、日本の政府には変わりありません。会議が終わるまで、守ってやってください」輝は苦笑いを浮かべた。

「わかりました。全力を尽くします」黒部は時計に目をやり、そして一言付け加えた。

「あと、二時間が勝負です」輝は、何も言わずに頷いた。


          四


 皇居には、既に会議出席者が集まっていた。そんな中、襲撃者の正体を知らされ、パッカー達は愕然としながらも怒りを感じていた。

「なんという事だ。同胞までも襲撃するとは…」パッカーは、怒りに震え、言葉を無くした。

「情報によれば、日本の政府関係者を襲撃し、二人を拉致したらしいわ」

エリザベスの報告に、パッカーは驚愕した。

「まさか、彼じゃ…」パッカーの頭には、輝の姿が浮かんでいた。

「しかし、拉致された人間は、関係者ではなかったらしいの。既に救出に向かったそうだけど」パッカーは、幾分落ち着きを取り戻した。

「それで、助け出せたのか」

「いいえ、まだ連絡は無いらしいの」パッカーは頷いた。

「彼らは知っているのかね」エリザベスは、小さく首を振った。

「分からないわ。知らせる術がないの」パッカーの懸念も、エリザベスと同じところにあった。

「でも誰だか知れないが、拉致された人間がいるなら、彼らにも気づくだろう。輝たちは馬鹿じゃない」

「今はもう、無事に出席してくる事を願うだけだわ」出席者達も、一様に不安の色を隠せなかった。

「政府の苦労を無駄にしやがって。外国に知れてみろ、それこそ不利な立場に陥るぞ。何を考えているのだ」パッカーは、怒りの爆発をどうにか抑えていた。そんな気持ちを察してか、誰一人として口を開く者はいなかった。押し殺した沈黙を破る様に、ジム司令官が作戦本部に現れた。

「遅くなり、申し訳ありません。出迎えにも行けずに…」

「そんな事はどうでもいい、状況はどうなのかね」国家安全対策室の男が尋ねた。ジムは一同を見渡してから、声を落として話し始めた。

「彼らの行動は、常に監視していますが、ここ日本においては、我々は絶対的に不利です。彼らのほとんどは、はじめから日本に駐在していた兵士です。今回の件でもいち早く行動に移ったのも彼らです。地理的にも、後続部隊の我々よりも熟知しています。それに彼らの同志はかなりの数に上っています。早急に応援を呼んでいただきたい。それと…」ジムはそこで言葉を詰まらせた。

「それとなんだね」男は更に詰め寄った。ジムは男に視線を向けたが、なかなか口を開かなかった。

「これ以上何を聞いても驚かんよ。話してくれ」パッカーは、ジムの気持ちを気遣い、静かに尋ねた。ジムはパッカーに頷くと、ゆっくりと話し始めた。

「先程、本国から連絡がありました。E U諸国が同盟を破棄してきました。アジア、アフリカ諸国からも、最後通達が届けられたそうです」

「やはり、知られたか…」パッカーの心配は、現実のものとなってしまった。着々と破滅へのシナリオが進行する中、希望は日本との和解だけとなってきた。

「それで、我が政府の対応は」

「まだ、具体的に攻撃を受けたわけではありません。しかしミサイル防衛システムは、レッドラインに移行しました」

「少しでも攻撃を受ければ、世界の破滅につながる訳だ」パッカーの言葉は重く、海の底まで沈む様だった。

「だったら一刻も早く、本国に戻った方がいいのでは」早口に話す議員の顔には、血の気が失せていた。

「それは無理だろう。諸外国は我々の完全撤退を望んでいる。彼らも共に撤退させる事が出来るかね。早急に日本と和解する事が先決だろう」パッカーにたしなめられ、議員は口を閉ざし目頭を押さえた。

「緊急通信です」その時、通信兵が叫んだ。

「本国からか」ジムの質問に、兵士は首を振り、幾つかのスイッチを作動させた。スクリーンに映し出された男の顔には、笑みさえこぼれていた。

「やあ、諸君、元気かね」戦闘服に身を包んでいるが、肩の星型徽章が光っていた

「ハリス少将、随分とご機嫌だな」ジムは、笑いも浮かべず尋ねた。

「ジムか、実は嬉しい事があったのさ」男は平然と答えた。

「反乱軍の指揮官にとって、嬉しい事とはなんだね」ジムの言葉に、全員が驚きを隠せなかった。

「彼がそうなのか」パッカーは、小声でジムに尋ねた。

「最も勇敢で優秀な指揮官、そして私の戦友です」ジムも小声で答えた。

「反乱軍とは聞き捨てならないな、ジム。ところであなたは」ハリスの顔から笑顔が消えていった。

「私は、パッカー上院議員、あとは日本との会議の出席者だ」パッカーは、怒りを抑え答えた。

「あなた方は、早く本国に戻られる事ですな。危険が及びますよ」ハリスの威圧的な言葉が流れてきた。  

「ならば、君らも帰還したまえ。日本を離れる事を要求する」安全対策室の男が声を荒げた。

「お前は誰だ」

「私は、国家安全対策室のボビー・マクドエルだ」ボビーは、誇らしげに答えた。そんなボビーに、ハリスは怒りをあらわにした。

「おまえこそ、国に帰って防衛対策に力を注げ」

「ハリス少将、知っているのかね」パッカーは、同盟破棄のことを尋ねた。

「だから嬉しいのさ、我々の声明を聞き届けてくれた。大手を振って反撃出来るじゃないか。政府は我々を使い捨てにするつもりだろが、そうはいかないぞ、もう見過ごす事は出来ない。死んでいった兵士の為にも、私は決意を固めた。反逆者と呼ばれるのも一時的なものだ。新年を迎えれば、私の正しさが証明されるだろう。原潜も、ステルスも我々は手に入れた。共に協力し、そしてアメリカの真の力を世界に見せつける時だ」ハリスの狂言的な言葉は、もはや軍人のものではなかった。

「ハリス少将、馬鹿な考えは捨てたまえ。世界大戦にでもなればどうなるか、君にも想像できるだろう。世界は破滅するぞ、勿論アメリカも例外ではない。仮に生き延びても放射能にさらされ、死の恐怖と戦う事になる。死んでいった兵士は気の毒だが、彼らも決して望まないだろう」パッカーの言葉を、ハリスは笑い飛ばした。

「また責任を軍人に押し付けるのか?その武器を作ったのは、お前達政府の人間だろう。私は戦う事しか出来ない軍人だ、最悪でもロシアとは刺し違えるつもりだ。奴らはそれだけのことをしたのだ、アメリカに牙を向いたのを、許すわけにはいかない」

「ハリス、今からでも遅くない、考え直してくれ」ジムは心から悲願したが、軽く交わされてしまった。

「無理だ、計画は順調に進んでいる。ジム、早くそこから離れろ、会談が始まれば、私の部下が攻撃を仕掛けるぞ。それから上院議員、大統領に伝えて欲しい、我々の意志を。そして早く帰国したまえ、以上だ」通信は一方的に切断された。

「原潜とステルスを、至急調べろ」パッカーの叫びに、ジムが答えた。

「確認は取ってあります。原潜には、六基の中距離弾道ミサイル、ステルスには、四基の核爆弾を装備しています。もしもこれをロシアに向けて発射したら、それこそ世界は終わりです」全員の顔に緊張の色が走った。

「仕方が無い、至急大統領に連絡だ」通信兵はパッカーに頷き、通信機に手を延ばした。

「それからエリザベス、日本の政府関係者はどこにいる」

「永田町に移動すると言っていたわ」

「司令官、急いでコンタクトを取ってくれ。ここで会議を開くわけにはいかない」

「我々はどうしますか」ボビーは、恐怖に顔を青ざめた。

「帰りたければ、帰国しても構わない。わしに一任したまえ」

「そうはいきません。私達も大統領から指名され、着任したのです。逃げるわけにはいきません」パッカーの言葉に、同席した議員が答えた。

「ならば力を貸して欲しい」

「団長はあなたです。どうぞ命令を」恐怖におののくボビーを傍らに、議員は毅然とした態度で答えた。

「ホワイトハウスが出ました」

「わしが話す」パッカーは、大統領にかいつまんで話した。報告を受けた大統領は、辛い決断に迫られていた。

「年明け前になんとしても解決したまえ、既にミサイル目標は変更済みだ。それから、残念だが、軍の増援は送れない。本土防衛が最優先だ。だが最高の特殊部隊を送る。なんとしても、ハリス少将を止めて欲しい。しかしパッカー、絶対に無理をするな。私としても友人を失うのは辛い事だ」その決断は、多くのアメリカ兵士と、日本の消滅を意味していた。

「ありがとうございます。出来る限りの事はします」困惑した大統領の顔が、スクリーンから消えた。

「諸君あと二日だ。なんとしても解決したいが、今はここから退去する事が先決だ。司令官、何処か当てはないかね」ジムが考えこんだ時、一人の将校が走って来た。

「拉致された日本人を、救出しました。まもなくここに到着します」

「分かった。到着し次第ここに寄越してくれ。それと君は、司令部移動の準備をするよう、各部署に伝えてくれ。急げ」将校はジムに敬礼を返すと、走り去っていった。

「司令官、ハリスの部下はどの位いるのかね」パッカーの質問に、ジムは担当将校を呼び、答えさせた。

「一個師団はいると思われます」

「ハリスの部下全部だな」

「はい、全員熱狂的に支持しております」

「何処にいるかも分かっているな」

「はい、常に監視を付けています。行動は全てこちらに報告があります」

「では、ここを襲う部隊も確認済みという事か」パッカーの質問に、担当将校は、首をかしげた。

「はっ、ここが襲撃されるのですか。そんな部隊の報告は入っておりませんが」将校は眉を寄せ答えた。

「たいした監視だ。いや、相手の方が一枚上手といったとこだな」半ば呆れた顔のパッカーの元に、先ほどの将校が現れた。

「拉致された日本人を、連れてきました」連れて来られた男を見て、

「おや、君は確か…」と、パッカーは目を細めた。

「杉本です、上院議員。助けて頂き心から感謝します」それまで、何が起きるのか見当もつかずにいた杉本は、知った顔を見て、表情を和らげた。

「輝の友人だったね。君だったのか」

「もう駄目と諦めた時に、助けて頂きました。そして彼女は私の婚約者です。長田夫婦と間違えられたようでした」杉本に促され、洋子も軽く会釈をしたが、まだ表情は硬かった。

「済まん、リサが迷惑をかけた」パッカーは、洋子にも頭を下げた。

「なぜ、あなたが謝るのですか」ジムには理由が解らなかった。

「実は…」パッカーの説明に、全員が驚きの表情を隠せなかった。

「では、日本の重要人物とは、義理のお孫さんですか」ボビーの顔色も、少しずつ元に戻ってきた。

「好都合ですよ。早く和解すれば、ハリスに全神経を向けられます」意外にもジムまでもが、事実に喜んでいた。

「それでは、日本から手を引く事に賛成してくれるのか」

「今は、ハリスのほうが脅威です。それに日本の為に、世界を闘いに巻き込むわけにはいきません。これで、諸外国の対応も変わってくるでしょう。賛成します」パッカーが一同を見まわすと、全員が一様に頷き、異を唱える者はいなかった。パッカーは満足そうに頷いてから、頭を下げた。

「ありがとう、これで世界は救われる」

「大統領に連絡を」ボビーが通信兵に言ったが、パッカーが止めた。

「実は、ロシア参戦の時に、大統領は既に撤退を決めていた」その発言にまたも全員が驚かされた。

「しかしアメリカの非を認めずに、撤退する理由を考えるうちに、ズルズルと過ぎてしまったようだ。議会の承認もとらずに行動を起こしたからだ。撤退にも相応の理由付けが必要だった」ジムの顔が険しく変わったのを、パッカーは見落とさなかった。

「ハリスの言う通り、軍人の死は無駄だったわけですね。捨て駒ですか」

「司令官…」パッカーは一瞬焦った。

「安心して下さい。祖国を裏切るつもりはありません。ただ、友人として、ハリスが不憫でたまらない。彼には分かっていたのですね」ジムの目に涙が光った。

「みんなにも分かってもらいたい。アメリカが今後も有利な立場を貫く為にも、非難される訳にはいかなかったことを。そして大統領の苦悩を」全員が仕方なしに頷いたが、杉本が異を唱えた。

「たったそれだけの理由で、こんなにも多くの人命が奪われたのですか。日本を見てください。瓦礫の山と化した街を見てください。命の重さを認識してください」そう言って、杉本は悔し涙を流し続けた。しかし、誰も杉本を責めるものはいなかった。そして、全員が心の中で賛同していた。

「移動準備、整いました」異様な雰囲気に包まれ、連絡将校はたじろいだ。

「よし、いつでも出発出来るように、待機してくれ」ジムは涙を拭い、命令を下した。

 

  最後の危機

          一


 杉本の案内で、全員永田町に移動を開始した。暗いトンネル内も兵士たちの持つライトで、遠くまで明るく照らされていた。幸いにも、ハリスの部隊と遭遇する事もなく、一個中隊の護衛と共に永田町のホーム手前までたどり着いた。そのホームにも、ロシアとの戦で死んだのか、多くの兵士の遺骸がきちんと並べられていた。エリザベスは固く目を瞑った。パッカーは胸の前で十字を切り、杉本に尋ねた。

「アメリカの兵士の仕業かね?」杉本は小さく首を振った。

「ロシア兵だと思います。我々がいた所でも、かなりの被害が出ました」杉本は手を合わせ俯いた。さらに、そこまで先導していた杉本は、自分が先に行き事情を説明すると伝え、洋子と共にトンネルの奥に向かい歩きはじめた。十分ほど歩いた時に、杉本達の前に二人の兵士が現れた。杉本が自分の名を明かすと、兵士達に笑顔が戻った。

「心配していました。皆さん待って居られます。こちらです」そう言って兵士は杉本達を案内した。白金高輪駅同様、線路から細く伸びた通路の奥に、鉄の扉が現れた。兵士の一人が同じ様に不規則に叩くと、扉は軋みを上げながらゆっくりと開いた。床には傷ついた多くの兵士が横たわり、手当てを受けていたが、苦しみに顔を歪めていた。

「先生」杉本の元気な姿を見ると、輝は自分の目を疑いそうになった。

「杉本君」二人の無事に輝やリサ、そこにいた全員が、抱き合い再会を祝った。しかし悠長に構えてもいられなかった。

「お話があります」杉本は再会の感動を押し静め、皆に話し始めた。話しを聞き終え、素早く黒部が対処にあたった。

「すぐに出迎えろ」黒部の命令で、数人の兵士が慌しく動き始めた。

「一緒に行ってくれますか」杉本は黒部に頷いた。そして無事に到着したパッカー達一行も、輝と新内閣の手厚い歓迎を受けた。

「リサ、元気そうで安心したよ」パッカーに抱きしめられ、リサは何度も頷いた。エリザベスもリチャードの無事に涙を流していた。そして形だけだが、和平会談が開かれた。そしてアメリカ側は、全面的に日本の提案に賛同し、無事会議は終了した。

「それで、これからどうするつもりですか」輝の発言で、会談はそのまま作戦会議へと変わっていった。

「是非とも協力を願いたい。まず世界に和平会談が無事終了したことを知らせたい。それと一刻も早くハリス少将を捕まえ、反乱を阻止しないと大変なことになってしまいます」ジムの言葉に黒部が尋ねた。

「と言うと」

「ハリスは、この機に乗じてロシアに攻撃を行うつもりです。原潜とステルスを手に入れています。我々が彼らを阻止できなければ、アメリカは日本にいるハリスの抹殺に乗り出すでしょう。アメリカのミサイルは、ここにも向けられています。猶予は有りません。決断してくだい」ジムの説明には、選択の余地がなかった。日本が生き延びる為には、今度はアメリカに協力するしか道が残されていなかった。

「まずは、敵の位置と兵力を説明してください」ジムは地図を広げ、黒部に細かく教えた。それから、作戦の綿密な打ち合わせが長い事続いたが、やがて輝達は席を外した。

「確かに、闘うのも一つの策ですが、ハリスとも平和的な解決が出来ないでしょうか。これ以上の犠牲はもう沢山です」軍の関係者以外は、ほとんどがこの別室に集まっていた。そして杉本が口を開いたが、日本の政府もアメリカの議員も、頭を抱えるだけだった。しばらくして、輝が口を開いた。リサはパッカーに寄り添い、うとうとし始めていた。エリザベスもリチャードにぴったりと寄り添っていた。この一瞬の幸せを、輝は永く浸っていたかった。

「ハリス少将の事を、詳しく話してくれますか。彼にも弱みや、悩みがあるはずです」

「私の知る限り、あれほど優秀な軍人はいない。しかし今の彼は、狂人的になってしまった。頑固さでも軍人内でトップに入る。説得は無理だと思うが」年老いたアメリカの議員が、静かに話した。

「あなたは」

「スミスと言います。私も昔軍隊にいました。勿論職業軍人でしたが、まだ私が若い頃、彼は私の部下だった事があります。私はしっかり覚えていますが、任務に忠実でどんな困難にも立ち向かう勇気と、行動力を兼ね備えていました。同時に、今までに数多くの部下を失ったのも事実です。軍人は時として、捨て駒にされてきました。信頼されていた部下の死は、彼に長い年月の間、苦しみを与えていたのかも知れません。元軍人として彼の気持ちは、よく分かります。残念です」

「まずは、ステルスと原潜を奪い取らなければなりません」ボビーが話しを続けようとした時、一人の将校と数人の軍人が入ってきた。

「私達にお任せを」男は一同に敬礼すると、自己紹介を始めた。

「アメリカ合衆国海軍特殊部隊、“シーキャット”のマーク少佐です。先ほどに日本に到着しました。大統領命令で反乱軍の鎮圧と、核兵器の奪還に来ました」見るからに屈強そうな男たちは、自身に満ち溢れていた。「頼もしい助っ人が着ましたね」杉本が喜んだ。そして男たちに次々と握手を求めた。輝もマーク少佐に握手を求め、皆と挨拶の済んだ少佐を隣室の作戦会議場に案内した。ジム司令官と黒部もマーク少佐と硬い握手を交わした。

「よく来てくれた。だがのんびりもしていられない、時間が限られている。すぐにでも状況説明を始めてもいいかね」マークとマークの副官はそのまま作戦会議に加わった。輝も会議室から出づらく席を共にした。

「では、ハリス少将の戦力は大体把握しているわけですね?あとは原潜とステルスの場所ですね?」マークは改めて聞きなおした。

「そこが問題です。簡単には発見できないでしょう」そう言いながらジムは副官の大尉を見たが、副官は首を振るだけだった。

「でも燃料はいれるでしょう?」輝は何気なく尋ねた。

「もちろん燃料がなければ、どんなに高性能の爆撃機でも飛べません。正規軍に紛れて給油するつもりか、空中給油しかありません」ジムの答えにマークが付け加えた。

「空中給油は無理です。盗まれたステルスのアクセスコードは無効にしてあります。地上の基地での給油しか出来ないはずです」

「では地上の給油ポイントを割り出して、待ち構えることは可能でしょうか?」輝はマークに尋ねた。

「今までの飛行距離などから、ある程度の割り出しは可能です。ただ複数の給油ポイントを見張るには、人手が足りません。人員の増援にも時間が掛かります一つのポイントに絞り込むのは可能ですが、それにもかなりの時間を要します」

「そこまでの時間はありません。我々にも手伝わせてください。飛んでいるステルスには敵いませんが、地上で給油中なら我々でも奪還できるでしょう」輝は黒部に目線を向けた。

「任せてください」黒部の答えも自信に溢れていた。

「考えられる給油ポイントは、厚木、横須賀、横田、この三箇所と見て良いでしょう。横須賀が一番の候補地です。数機のステルスが配備されているので、紛れるには丁度良いかと思います。しかも、横須賀はハリスの配属先でした。今も部下が居ると見て間違いないでしょう。我々は横須賀に向かいます。厚木と横田のほうにも私から連絡を入れますが、万一に備えて人員を配備したほうが良いと思います。日本に任せても良いですか?」マーク少佐は黒部に尋ねた。

「厚木には我々が向かいます。横田へは別の部隊を向かわせます」そう言って黒部は、副官に向き直った。

「立川なら、新宿方面の部隊が近いだろう。至急連絡してくれ」黒部の副官は急いで通信兵に連絡をさせた。

「我々もすぐにここを立ちます」マークの副官も急いで部屋をあとにした。続いて原潜の奪還の作戦について話しを始めた。

「原潜奪還のために、グアムから最新の潜水艦がこちらに向かっています。すでに別の部隊が乗り込み、こちらの連絡を待っています」マークとは部隊は違うが、信頼できる指揮官だと皆に説明した。

「そちらも相手の位置が問題なわけですね?」黒部が尋ねた。

「原潜の航行距離はかなりのものです。しかし、原潜はハワイ基地から奪われ、すでにかなりの時間と距離を航行しています。しかし港に入ることはしないでしょう。海上補給するはずです」そのとき、モニター盤のところで作業をしていたマークの部下が、合図を送った。

「皆さん、こちらへ」促されるままモニター盤に近づくと、モニターが点滅を始め、日本の地図が映し出された。

「これは?」輝が尋ねると、マークの通信兵が代わりに答え始めた。

「アメリカから送られている衛星映像です」通信兵は、マークに頷くと、盤を離れていった。マークはしばらくモニターを見てから振り返り、皆に説明を始めた。

「これは、スパイ衛星の映像です。試作の段階ですが、ズームしてみましょうか?」そう言ってマークがつまみを回すと、映像がどんどん拡大され、東京湾に停泊中の戦艦までがはっきりと映し出された。

「これで原潜を見つけます」輝は説明を聞いて戸惑った。

「海中に潜む原潜を探せますか?」マークは自信に満ちた笑みを浮かべ、「これからが最新の技術です」と付け加えた。

「原潜の原子炉はかなりの熱量を発します。それが航行の軌跡となって現れます。これを見てください」マークが指差した九十九里沖の座標には、オレンジの帯が映し出されていた。

「これは、アメリカの原潜です。原潜によってこの帯が変化します。奪われた原潜のデータを元に、日本近海をくまなく調べます」スパイ衛星で人物の顔まで判断できると知っていたが、海中にまでその威力を発揮するとは、アメリカの技術は日本より二歩も三歩も先を進んでいることに、輝たち日本の面々は肝をつぶした。と同時に希望も湧いてきた。

「残るは、ハリスだけですが、一つ困った事が起きました。捜査の結果、彼は、別の核弾頭を手に入れて、持ち運んでいます。おそらく非常時の自爆用だと思います。しかし、日本国内で爆発したら…、」マークの言いたいことは、そこにいた全員に速やかに伝わった。

「非常時はまだ先です。国内で爆破されても、被害は日本だけで済みます。今はステルスと原潜の奪還が優先です。大戦だけは阻止しなければなりません」輝は力強く頷いた。黒部もまた力強く頷き返した。

「原潜の発見は通信兵の彼に任せて、我々は厚木に向かいましょう」輝の言葉に黒部は驚き、聞き返した。

「一緒に行くのですか?」

「見張るにしても、一人でも多いほうが良いでしょう。戦闘機に乗るわけではありません。無茶はしません、安心してください」黒部は渋々だが了解せざるを得なかった。そこに新宿からの通信が送られてきた。

「私の所には、二十人程しかいませんが大丈夫でしょうか?」その声は恐怖に脅えきっていた。

「駐在しているアメリカ兵と協力してください。もし現れても、指示どおり給油してください。給油中ならば、攻撃を受けることはないでしょう」黒部の答えに幾らか安心したのか、すぐに出動するとの答えが返ってきた。

「我々も出発しましょう」輝が立ち上がると、マークも立ち上がり、

「私も同行します。横須賀には私の副官と部下がもう向かっています。原潜の発見には一人で十分でしょう」と伝えた。心強い同行者を迎え、輝たちの指揮は盛り上がった。

「首都高から東名に入れば、二時間とかからないでしょう。急ぎましょう」輝がそう言うと、

「我々の車を使ってくれ。こちらに回すよう手配する」とジム司令官が言った。ほどなく皇居から永田町の地下鉄口にジープが五台配送されてきた。黒部の部下で元気な者と、ジムの部下、輝とマーク、そして絶対付いていくと聞かなかった杉本で、総勢二十五名の奪還チームが結成された。町には、和平会談が無事終了したことを知ってか、少しずつ人々が姿を見せ始めていた。空を仰いで伸びをする者、抱き合いながら喜び合う者、感情昂ぶり泣き出す者、しかしハリスの恐怖は終わっていない。人々には、そのことを知らされてはいなかった。


       二


「アクセス拒否、空中給油できません」ハリスの通信機にステルス爆撃機から緊急通信が送られてきた。

「やはりな、問題ない。厚木基地に向かえ。私の部下が待機している」

ハリスは冷静に答えた。

「ラジャー」通信はそこで終わった。ハリスの副官バクスター中佐は、ハリスを見て尋ねた。

「なぜ、横須賀に呼ばないのですか」バクスターは体格も良く、年も上だったが、G.Iカットのせいか見た目にはハリスより若く見えた。ハリスを長い間補佐してきて、熱狂的に支持してきた。今回の事も、ハリスから話を聞いた際に、率先して部隊をまとめてきた。

「アクセスコードを変えたのは、ステルスを奪還すべく地上給油させるためだ。そうなれば給油のため、私の基地だった横須賀に必ず現れると、奴等は考えるだろう。そして待ち伏せするはずだ。ところが幸い厚木にも部下が潜伏している。まさか厚木とは奴等も思うまい」ハリスは自信に満ちた笑いを浮かべた。

 首都高速も東名も車は一台もいなかった。厚木で東名を降りたとき、本部から無線連絡が送られてきた。マーク少佐は報告に心躍らせた。

「原潜を発見しました。やはり日本近海に潜んでいました。あとは海上補給の時を待つだけです」輝は知らせには喜んだが、目は町に釘付けだった。やはりこの町もかなりの被害を受け、二四六号線にも瓦礫が散乱していた。基地のゲートにはアメリカ兵がジープで待機していた。輝たちが基地内に入ると、司令部まで先導してくれた。基地内は閑散としていた。普段はアメリカ兵で埋め尽くされた基地も、今はまだ集結しておらず、静寂が覆っていた。

「司令官のアダムスです」カーキ色の軍服を着込んだ、金髪のまだ若そうな青年が手を差し伸べた。

「海軍特殊部隊のマーク少佐です」マークはアダムスに敬礼をした。た。

「基地はこんな状態です。人員が足りません」アダムスは何故か敬語を使っていた。階級はマークの方が低かった。

「問題ありません。ステルスから連絡があったら、着陸を許可してください。給油中に奪還するつもりです」アダムスはマークに頷いてから、輝たちに目を向けた。

「そちらの日本人たちは?」

「私の部下たちは、横須賀に向かいました。おそらく横須賀に現れると思っての作戦です。しかし、ここと横田も十分に考えられる基地です。そこで日本の軍にも助けを求めました。彼らがそうです」マークの説明に納得したようだったが、その目には、軍服も着ていない輝たちが、奇妙に映ったようだった。

「私も臨時の司令官でが、出来うる限りの協力をさせてもらいます」アダムスはそう言って、司令部内を案内してくれ、食事を振舞ってくれた。

「来ました。着陸許可を待っています」輝たちが食事を終えようとする頃、連絡将校が食堂に現れた。

「着陸を許可してください。すぐ行きます」マークは立ち上がり、一同を見回し放し始めた。

「皆さん先ほど話したように行動してください。ただし決して無理はなさらないようにお願いします」

「読みは当たっていましたね」黒部が言った。しかし

「私の読みは横須賀でした」とマークは小さく首を振った。

「着陸を許可する。二番滑走路に進入せよ」管制塔では既に、ステルスとの交信中だった。マークは言われた方向を、双眼鏡で覗いた。一機の航空機が徐々に高度を下げて、滑走路に近づきつつあった。

「正規の部隊名を名乗っています。本当に反乱部隊ですか?」隣でアダムスがマークに尋ねた。しかしマークは双眼鏡から目を離さず、ただゆっくりと頷いた。アダムスはそんなマークを横目で伺い、後ろの兵士に頷いた。兵士はライフルの銃床でマークの頭を殴りつけた。不意に後頭部を強打され、マークはその場に倒れ込み意識を失った。

輝と黒部、それに二人の兵士は給油車の陰に隠れ、ステルスの着陸をじっと待っていた。杉本とほかの兵士も、滑走路を囲むように身を潜め待機していた。ステルスは問題なくスムースに着陸をし、輝たちが潜む滑走路の端までゆっくりと移動してきた。給油車のドライバーは輝たちを隠したまま、ゆっくりとステルスに近づいていった。ドライバーは給油車をステルスに横付けにし、車から飛び降りた。コックピットに手を振ってから、ホースを引き出し、梯子を持って近づいた。その間輝たちは、マークからの無線を待っていたが、無線機からは何の通信も送られてこなかった。給油は順調に始められた。このままでは、完了と同時に逃げられてしまう。黒部はいち早く判断を下し、ステルス奪取の行動に移った。

「皆さんは隠れていてください。我々兵士が行動します」と言って無線で待機中の兵士と連絡を取り合った。輝は黒部に言われたように、給油車の陰に隠れていたが、十人ほどの武装した兵士が近づくのを確認し、胸を撫で下ろした。アダムスの部下も身を隠すようにステルスを囲み始めた。マークもどこかにいるだろうと、十人ほどの兵士を凝視したが、輝には判別できなかった。その時、杉本から無線が送られてきた。

「先生、なんか不自然です」杉本も元の場所に待機して、成り行きを見守っていた。輝も基地に入ってからずっと、理解できない不自然さを感じていた。しかし、それが何なのか分からなかった。

「何が不自然なのかい」

「あの兵士達です。仲間の兵を囲んでいる様に見えます」輝は無線機を耳に当てたまま、十人ほどの兵士をじっと見据えた。確かにそう見えなくもないが、杉本の考えすぎだろう、と輝は思った。しかし一人の兵士がライフルを構え、ゆっくりと黒部に狙いを付ける所だった。

「黒部さん危ない」輝は車の陰から飛び出し、大声で怒鳴った。十人ほどの兵士が一斉に振る向き、輝に銃弾を浴びせてきた。間一髪、輝は車の陰に身を潜めたが、銃弾は容赦なく給油車に降り注いだ。黒部は一瞬で状況を把握し、給油車めがけて発砲する兵士たちに撃ち返した。給油車のドライバーは、給油ホースを接続したままで梯子から転げ落ち、あわてて逃げ出した。激しい銃撃戦で、敵の兵士が一人また一人と地面に倒れるなか、とうとう給油車から炎が噴出した。輝は這いつくばってどうにかその場を離れた。次の瞬間、給油車は爆音と共に爆発した。ステルスはエンジン音を上げて、滑走路に向きを変えようと動き出した。黒部たち兵士は慌ててステルスを追いかけはじめた。

「戻って」不意に杉本の声があたりに響いた。みなが一瞬足を止めた時、給油ホースを伝った炎がステルスを粉微塵に吹き飛ばした。幸い核弾頭は爆発せず黒部の足元に転がってきた。杉本の汗が額から弾頭に滴り落ちた。消火隊の車両が消化液をまく中、輝たちは黒部の元に集まってきた。仲間の兵士も二人が帰らぬ人となった。

「奪還は出来ませんでしたが、脅威は取り払われました」黒部は言った。

「心配の一つは無くなりましたね」杉本は今の銃撃戦に興奮していた。

「今の奴等は?」輝は黒部に尋ねた。

「おそらくハリスの部下でしょう。ここの基地にも紛れていたのですね」「マーク少佐は?」尚も輝は尋ねた。

「心配です。連絡がなかったところをみると、捕らえられたか、あるいは・・・・・」黒部はその先を語らなかった。

「弾頭はアメリカ兵に頼んで、管制塔に行きましょう」輝の提案は素直に受け入れられた。しかし管制塔には誰一人見当たらなかった。司令官室も、もぬけの殻で、先任の司令官だろうか、中佐の階級章をつけた遺体がロッカーから発見された。幸いなことにマークは手足を縛られ、気を失った状態で食料倉庫から発見された。作戦本部で待機中のジムは、吉報に喜んだ。

「ステルスの脅威はなくなりました」ジムの報告に歓声が沸きあがった。「奪還は出来ませんでしたが、核弾頭は奪還できました」

「ステルスはまだ敵の手に?」パッカーが尋ねた。

「機は爆破されました。損害は二名です」

「輝たちは無事かね?」ジムはパッカーの問いに、にこりと頷いた。

「残るは原潜だが、状況はどうかね?」

「追尾していますが、いまだ浮上の気配はありません」ジムの答えにパッカーには、一つの懸念が生まれた。

「ステルスを失った事が知れれば、非常時は早まる可能性がある。原潜も注意深くなるし、下手をすれば発射しかねないではないか。本当に確保できるのかね」

「最悪の場合、迎撃ミサイルに頼るしかありませんが、発射前に必ずや奪還して見せます」ジムの力強い言葉に、パッカーは頷いた。

「そうだな“シーキャット”とわが国の防衛システムを信じよう」

その時、突然一人の兵士が現れた。

「ハリス少将から、通信が送られてきました」焦る兵士を見て、ジム達は急いで、会議室に戻っていった。

「ジム、どう言う事だ」ハリスは怒りをあらわにしていた。

「ステルスを襲うとは、馬鹿な事をしたな。原潜がいる事を忘れた訳ではあるまい。スイッチ一つで何処でも攻撃出来ることを忘れたか」ハリスの声は、次第に大きくなってきた。

「ハリス、良く考えろ。アメリカ政府は協力しないぞ。無駄死にするだけだ。思い留まってくれ」ジムは、出来る限り冷静に答えた。

「協力しなくても、私が一発撃ちこめば、いやでも戦争は始まるだろう。そうなれば、必然的に君たちにも出動命令が下るはずだ。ならば早々に君たちだけでも我々に協力し、先手を打つほうが理想的だと思わないか?よく考えたまえ」スクリーンのハリスは、にやりと笑った。

「アメリカ政府は、既にロシアと話し合いに入っている。君等の事もロシアに報告済みだ。仮に一発撃ち込んだとしても戦争にはならない」ジムはそれでも冷静だった。

「ほーっ、自国の恥をさらしたわけだ。しかし、本当にロシアは反撃しないと思うかね。もし一発で無理なら全部撃ち込んでやる。それにこの前はどうだ、奴らに先手をとられて戦線布告され、攻撃してきたのを忘れたのか。戦争を始めたがっているのは、ロシアのほうではないのかね。そんな奴らを信じるとは、アメリカ政府も大馬鹿ぞろいだ」

ハリスの顔は笑っていたが、目だけは怒りに燃えていた。

「ちょっといいかね」突然スクリーンの前に、パッカーが歩み出た。

「これは上院議員、お元気ですかな?」

「日本とアメリカとは、既に和解した。きみも和解してほしい。これ以上の争いは、無意味なのは分かるだろ」パッカーは平静を保った。

「無意味だと、死んでいった兵士も無意味だと言うのか」ハリスの口調は徐々に荒くなってきた。

「これ以上の争い、と言ったはずだ。これまで犠牲になった兵士は、立派に勤めを果たし、英雄として死んだのではないかね」

「そうだ、皆立派だった。しかしアメリカ政府は、それを理解しようとしない。そして我々を見捨てたのだ。今回だけではない、今まで何度見捨てられたか、議員に分かるか?死んだ兵士の無念を、残された家族の思いを、これが許せる事かね」

「では、この先犠牲になる兵士は、立派な勤めといえるかね。祖国に反抗し、反逆者として死んでいくのを、皆が望むかね。残された家族にしても、一生反逆者の身内として、肩身の狭い思いをするだろう。それが君を信じて、ついてきた兵士の結末だろう」先ほどまでの冷静さとうって変わり、パッカーは思いきり熱弁を振るった。しかし、ハリスは何も言わずに、じっとパッカーを見つめるだけだった。

「ハリス少将、犠牲になった兵士の家族には、出来る限りの事はする。大統領に代わり、私が責任を持って約束する。どうか考え直してくれ」パッカーの再三の言葉にも、ハリスは答えなかった。沈黙が流れる中、ハリスがようやく口を開いた。

「かつてアメリカが世界の指導者だったように、もう一度世界の頂点に君臨すれば、皆私が正しいと分かってくれるさ」しかしその声は小さく、自信を失った子供のようだった。そして

「また連絡する」と一言残し、ハリスからの通信は途絶えた。

 その頃原潜ベガスは、三浦沖を水深三百メートルで航行中だった。

「艦長、そろそろ補給を行わないと、航行不能になります」

「うむ、ソナー反応は」年配の艦長は、監視要員に尋ねた。

「ソナー異常なし」若い男は、きびきびと答えた。

「よし、ハリス少将に連絡。補給場所を指示してもらい、物資と安全確保の依頼をしろ」暗い艦内が、にわかに活気付いた。しかし、艦内の誰一人として、すぐ後ろに貼りついた潜水艦に気が付いていなかった。原潜ベガスを追いかけていたのは、最新鋭の原潜“バハマ”だった。ベガスより一回り大きく速度も優っていたが、ソナーにも反応せずスクリューの音さえ発しない、まさに原潜のステルス版だった。

一方バハマの艦内ではベガスの行動を、逐一監視していた。

「ベガスの通信を傍受しました」大きなヘッドホーンを付けた、頑丈そうな兵士が声を出した。

「内容は」まだ若そうな艦長は、その兵士に尋ねた。

「燃料、食糧ともに不足、補給願う。以上です」

「補給場所が判明したら、シーキャットに連絡」艦長は、やや興奮気味に兵士に命令を出した。

「どうですか」シーキャットの小隊長が、司令室に顔を出した。

「やあ大尉、ベガスはどうやら補給に向かうようだ」その時、ヘッドホーンを外して、兵士が小さく叫んだ。

「艦長、横須賀沖で海上補給するようです」

「またと無いチャンスですね」マークよりいくらか若い男が言った。

「頼むぞ、頑張って来い」艦長の励ましに、大尉はしっかりと頷いた。


          ニ


 輝たちは厚木をあとにし、本部への帰路についていた。二名の犠牲を払ったとはいえ、無事核弾頭を取り返した安堵感と、心地よい車の振動を受け、輝と杉本は深い眠りに落ちていった。その頃ハリスは、椅子の背もたれに寄りかかり、ただじっと宙を見つめていた。

「ハリス少将」ハリスの副官、バクスター中佐が部屋を訪れた。

「なんだ」ハリスは、素っ気無く答えた。

「補給船からの連絡で、ベガスと無事ランデブーしたとの事です」

「周囲に注意するよう伝えろ。奴らは必ず原潜も奪回しに来るはずだ」しかし、その声には、以前のような力強さは見られなかった。

「将軍、早いところロシアに撃ち込んだほうがいいのでは、奪還されたら切り札を失う事になります」ハリスは、バクスターの目をじっと見つめ、しづかおわた。

「政府は、我々の要求に屈しない。それでも君は戦うかね」

「今更何を言います。私は最後まで諦めません。我々が一発撃ちこめば、必ずロシアは、アメリカに攻撃するはずです」バクスターは、自信を持って答えた。そんなバクスターに、ハリスは上目使いで尋ねた。

「本土には、君の家族もいるのだろう。戦場となっても構わんのか。祖国が無くなってもいいのかね」

「祖国は滅びません。確かにある程度のダメージは受けるでしょう。しかし、その前にロシアを完全に滅ぼせばいいのです。アメリカにはその力があり、必ず勝利をつかむでしょう。そして世界に君臨するのです」バクスターの答えに、ハリスはゆっくりと頷いた。

「分かった、下がってよろしい」

「将軍、攻撃許可を」バクスターは、身を乗り出した。

「時期は私が指示する。但し、いつでも発射出来るよう準備をさせろ」

「分かりました。伝えます」バクスターは意気揚揚と出ていった。バクスターが出ていくと、ハリスは椅子に寄りかかり、宙を見つめた。そして、パッカー上院議員の言葉と、自信たっぷりなバクスターの言葉を、頭の中で並べ始め、比較しながら闘わせた。

 

本部に戻った輝達は、軍事行動は専門家に任せ、政治的な議題を話し合った。

「とにかく、日本とアメリカが和解した事を、世界に知らせなくてはなりません。アメリカと同盟破棄した国でも、日本との同盟は続いています。日本に攻撃する事は無いでしょう」輝の言葉に、パッカーが付け足した。

「それならば本土の人間より、わし等のほうが安全という事になるか」

「確かに、ミサイルの脅威は無いでしょう。しかしロシアみたいに、介入する恐れは残っています」輝は、密かに潜入し、命を失ったロシア兵を思い出した。

「我々の通信衛星を使ってくれ、そして全世界に伝えるのが、君達、新たな日本政府の最初の役目だ」吉田は、パッカーの好意に素直に甘えた。

「分かりました。使わせていただきます」そして、重要な役目に身を引き締めた。

「急いでください」輝の言葉に、吉田は頷いた。

「それではお借りします。皆さん行きましょう」吉田に促され、政府の面々は別室をあとにした。

「日本とまで同盟破棄する国は無いですよね」杉本が小声で尋ねた。

「それは無いだろう。EU諸国が破棄したのも、おそらく日本の援護策と思われる。我々が和解したと知れば、アメリカと事を起こす事も無く、再度同盟を結ぶのではないかな」輝の話しも、杉本の不安を拭い去る事は出来なかった。

「だといいですが」

「しかし問題は残るぞ」二人の会話が聞こえ、パッカーが口を挟んだ。

「何ですか」輝は尋ねた。

「アメリカが、はい、そうですかと素直に再同盟を結ぶかだ。議員連中の中には、今度の同盟破棄について、重く考えている者も少なくない。ハリスの一件が、無事解決した後が問題だ。強硬派がどう出るかだな」そう言って、パッカーは同席者を見渡した。

「私達はそんなこと考えていません。勿論平和を望みます」ボビーは慌てて答えた。

「そうだろうとも、君らは実際に危険な体験をしたが、本土の連中には分からん。遠くで見ていれば、実感もわいてこないだろう。今までもそうだった。アフガンにしてもイラクにしてもテーブルの上で駒を動かすだけだった。前線の兵など一つの駒のそのまた一部に過ぎん。だからハリス達、前線の兵の命の重さなど、考えもせず平然と見捨てる事が出来たのだ。わしとて実際に目にしなかったら、この日本の変貌振りを見なければ、おそらく気が付かなかったに違いない」

「では、どうしろと」ボビーは尋ねた。

「それが、これからのわし等の仕事だ。議員の多くは戦争の恐ろしささえも知らん。だから、いかに戦争が愚かか、無意味な行動かを本土の連中に知らさなければならん」パッカーの説明に、一同は頷いた。

「では、我々は至急本国に戻ります。いいですね」ボビーの目には、力強さが感じられた。

「君達の肩にかかっている。頼んだぞ。わしは大統領の意志を受け、日本に留まるつもりだが、君らの成功を心から祈っている」パッカーとボビーは、硬く握手を交わした。

「任せて下さい」そしてボビー達は、輝達とも握手を交わし、お互いの健闘を誓い合った。

「さてと、身内だけになったな」パッカーは笑みを浮かべた。

「義父さん、何を呑気に」リチャードは慌てて嗜めた。

「少しくらいはいいですよ。専門家に任せましょう」輝の顔にも、笑顔が浮かんだ。

「あのー、私は居てもいいのでしょうか」杉本が困惑したように言った。

「何を言っていますか、あなたは身内と同じですよ」リチャードは、杉本の不安そうな顔を見て、つい笑ってしまった。

「時間は短かったが、内容は何十年分にもあたりますよ」

「ありがとう、リチャード」杉本は大いに歓喜した。

「さてと、様子を見に行く前に、可愛い孫と娘に会ってくるか」パッカーはそう言って別室を出ていった。

「こんな時に…」リチャードの呟きに、輝がなだめた。

「大任を果たしてきました。少しは許してあげて下さい」

「そうですね。大統領との話し合いにしても、再度日本に来た事も、大変だったに違いないでしょう。許しましょう」リチャードは納得した。

「そう言うリチャードだって、奥さんと離れ、日本のために頑張ってくれました」輝は、リチャードに頭を下げた。

「ありがとう、輝。それでは、私も妻に会って来ていいですか」

「遠慮なさらずにどうぞ。この先まだまだ忙しくなるはずです。杉本君も洋子さんと会ってらっしゃい」リチャードと杉本は、輝に頷き、別室をあとにした。輝も、本音はリサに会いたかったが、パッカーの邪魔をしたくなかったし、それよりも、頭の中はハリスの事に占領されていた。そして、平和解決の糸口を見つけ出そうと、必死に考えた。


          三


 その頃、原潜ベガスは、特殊部隊シーキャットの手により奪還されていた。補給のため浮上し、給油ハッチを開けた時、人知れず泳ぎ着いた部隊により、いとも簡単に掌握されてしまった。補給船は、急いで逃げ出そうとしたが、最新鋭の原潜、バハマに航路を塞がれ、あえなく捕獲されてしまった。しかも、ハリスへの緊急通信までもが、原潜バハマの妨害電波によって消し去られてしまった。

ジムは奪還成功の通信を受け、作戦開始の指令を出した。

「今が、チャンスだ。原潜の奪還はまだ知られていないはずだ。なんとしても、知られる前に決着をつけるぞ」ジムの命令で、マークをはじめ、全員が素早く行動を開始した。そして輝にも、原潜奪還の知らせは届けられた。兵士に礼を言うと、輝は素早く司令室に向かった。既に行動を開始した司令室には、数人の兵士とジムだけが残り、各部隊の交信に聞き入っていた。

「第一部隊配置完了」

「同じく第二部隊完了」

「第三部隊、まもなく到着」

「シーキャット、準備完了。作戦遂行の命令待つ」

「全部隊、作戦を遂行せよ」ジムは叫んだ。慌しい通信の合間を見計らって、輝はジムに声をかけた。作戦開始の報告を受け、パッカー達も司令室に集まってきた。

「司令官」輝の声にジムは振り向き、力強く頷いた。

「始まりました。ここからが正念場です」その言葉には、確固とした意志が含まれていた。

「お願いがあります」輝の言葉に、ジムは不思議そうに尋ねた。

「何でしょう」

「もう一度、ハリス少将と話せないでしょうか」ジムは驚いた。

「何か名案でも、ありますか」

「いいえ、しかしもう一度話して説得したいのです。それに話しをしていれば、通信中ハリスの行動は制限され、通信自体も制限されます。補給船からの連絡が無くても、不思議に思わないのではないですか」ジムはそれもが名案だと思った。

「確かに彼を釘付けにできるし、気をそらす事もできる。襲撃成功の可能性も数段上がる」パッカーも輝の策に賛成した。

「やはり、彼を…」杉本の質問を、ジムが遮った。

「お願いします。時間的な余裕もできるし、ハリスの居場所もはっきりします。それよりも、ハリスが説得に応じてくれれば、彼の友人としても嬉しい限りです。出来れば彼を殺したくはない」ジムの目には、一筋の希望が覗えたが、同時に、軍人としてなすべき事の重大さにも、意志を固めたようだった。こんな状態でも、友人を思うジムの気持ちに、輝は出来る限り応えたかった。間もなくしてスクリーンには、ハリスの無表情な顔が映し出された。

「なんだ、小生意気な日本人か」ハリスの口調は、それほど力強さを感じられなく、揺れる心を表していた。

「ハリス少将、気持ちは変わりませんか」輝は、単刀直入に尋ねた。

「私の部下は、最後まで諦めないそうだ。意志は固いぞ」ハリスは、堂々とした日本人をじっと睨みつけ、次の言葉を待っていた。

「あなたの考えはどうですか、部下の気持ちに左右されるのですか」輝は挑発的に言い返した。しかし、ハリスはじっと輝を睨み続けた。どちらにしろ、ハリスは日本人に指示される気など、まったく無かった。

「あなたの気持ちが問題です。あなたから話せば、部下もきっと分かってくれるはずです」輝は更に言いつづけた。

「もう、そんな次元ではない」ハリスは、やっと重い口を開いた。

「我々は、一つの固い意志の元、集まったのだ。私でも、今更変更は出来ない」その言葉には、ハリスの苦悩が含まれ、変更したくても、出来ないのだと、輝には聞こえた。

「ハリス、友人として最後の願いだ。考え直してくれ」輝の前に、ジムが割り込む形で進み出た。

「やあ、ジム。今でも友人と言ってくれるのか」ハリスの顔に、笑みが浮かんだ。

「当たり前だ。友情は変わっていないよ。君を助けたい、頼む」ハリスはジムの顔を静かに見つづけ、やがて冷静に話し始めた。

「ジム、その目障りな日本人を外してくれ。二人だけで話したい」輝は、いやな顔一つせず、ジムに頷き、カメラの視界から外れた。カメラの視界には、ジム一人が残された。

「さあ、二人きりだ。聞かせてくれ」ジムの言葉に、しばらく周囲を気にしたが、やがてハリスは頷いた。

「私は、間違っていたのだろうか。生意気だが、奴の言い分も理解できる、ただ日本人なんかに指図されたくはない。分かるだろう」ハリスの言葉を、輝は部屋の隅で聞いていた。と同時に、ハリスの傾きかけた考えに、小さな希望も出てきた。

「ハリス、今は時代が違う。日本人とは対等なのだ。ここ数年、ただでさえアメリカは各国との摩擦が多い、これ以上の対立は避けてもらえないだろうか」ジムの悲痛な心の叫びが、ハリスにも伝わった。

「それはわかっている。しかし、もう一度アメリカがリーダーシップを取り戻さなくては、世界の国が好き勝手に動き出すのも事実だ。誰かが悪役に徹してでも強行しなくては地球そのものが破壊される」たしかに、二十世紀には、アメリカがリーダーシップを取っていた。しかし二十一世紀には入り、先進国の仲間入りした国は、当然のように自分勝手な主義、主張を言い張った。そして徐々に対外的にも脅威となる国も出てきた。ジムもそれは認めていたが、そうかと言って、ハリスが、いや、アメリカが悪役になる必要はないとも思っていた。

「確かに、国連に加入もせずにいいたい放題の国もある。各国の非難に耳を貸さずに核開発を行う国もある。民族紛争もエスカレートする一方だ。だが、なぜ君じゃなければいけないのか?なぜ今でなければいけないのか?諸外国ともっと平和的に話し合うべきではないか」ジムは、心から平和を望んでいた。パッカーも政治的意見を言いたかったのか、一歩踏み出した。しかし、輝に止められ、カメラ視界に入る事はなかった。

「人種の壁は厚いと言うことさ。宗教の壁もまた然り。私は単なるきっかけにすぎん。現に今でも東西零戦は、根深いところで残っている。闘いは人間の、いや、動物の自然の摂理なのだ」ハリスの、諦めにも近い言葉が返ってきた。その時、ハリスの元に一人の兵士が近づき、何やら耳打ちし始めた。

「原潜まで奪還したか」ジムに語りかけたハリスの目には、怒りの色はまったく見えず、変わりに安堵の色が浮かんでいた。

「そう言うことだ。君の持ち駒は既にない。最後の願いだ、諦めてくれ」

ジムは最後の賭けに出た。しかし、ハリスは笑いながら答えた。

「もう遅い。今更昔の私には戻れん。だがジム、最後までありがとう」そう言って、ハリスは小さなボックスを取り出した。ジムには、そのボックスの正体が、すぐに呑み込めた。核爆弾の起爆装置。慌ててジムが叫んだ。思わず輝も叫びそうになったが、かろうじて押さえた。

「早まるな、ハリス。やめろー」輝達も固唾を飲んで見守っていた。

しかしジムの声は、スピーカーから流れる銃声にかき消された。そしてスクリーンには、椅子にもたれ、息絶えたハリスが映し続けられた。本当は世界平和を願っていたハリスの死に、輝もジムも、そこに居た全員が、流れる涙を拭いきれなかった。やがてハリスの部下も、徐々に鎮圧され、世界は秩序を取り戻していった。しかし、その為に払った犠牲は、余りにも大きすぎ、いつ又同じようなことが起きるかは誰にも分からなかった。









今の日本は経済的にもおかしな国だ。毎秒200万円の借金が生まれているのだ。その日本が、国を明け渡すなど有り得ないとも言い切れないのではないでしょうか。そんな発想から生まれた小説ですが、海外からは海の資源を狙っているところもあります。侵略こそありませんが、常に危機と接しているのでは思います。長い話ですが読んで頂いて感謝いたします。

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