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村の現状

 

「着いたぞ」


 俺の目の前には、巨大な岩が何重にも積み重なった、異常な光景が広がっていた。

 ヒイリは、岩の隙間に身を捻って入っていく。

 俺も、その後ろに続いた。

 どうやらこの中に村があるらしい。

 ぐねぐねとした狭い道を通っていると、前方に淡い光が見えた。


「よし、もうすぐ着くぞ」

「了解」


 出口に続く最後の隙間を抜けた。

 それと同時に『隠密』を解く。

 と、ここで先程から引っ掛かっていた違和感に気づく。


 ヒイリ、こいつはなぜ隠密状態の俺に気づいた?

 あの時俺は保険をかけて消臭も気配遮断も発動してたはずだ。

 気づけるとは思えない。

 もしかして、ヒイリは俺よりもずっと強いのか?

 いや、だとしてもこいつは俺に危害を加えるつもりはない。

 今のところは、放置してもいいだろう。

 なんなら、後で何故俺に気づけたのか訪ねてみるのもいいかもしれない。

 そんな事を考えていると、村へ到着した。

 俺は上を見上げた。天井はおおよそ20メートルくらいだ。


「かなり 広いな」


 中はまるで東京ドームのような感じだった。

 ただ違うのは、日の光があまりにも少ないといったことだろうか。簡単に言えば薄暗い。

 太陽の光は、積み重ねられた石の隙間からしか射し込んでこない。しかも、もともと外も巨大な葉っぱに遮られて薄暗いため、中はさらに薄暗かった。

 気休め程度に壁に立て掛けられている松明が、かろうじて視界を保っている。


 俺が中に入ると、獣人達が何事かと視線を向けた。


「おいヒイリ、その坊主はなんだ?」


 筋骨隆々の、大男の獣人が俺とヒイリを見比べてそう言った。


「うーん、とな。よくわかんねぇんだけど『悪樹』の周りをうろついてたから、取り敢えず連れてきた」


 ヒイリがそう返すと、大男は大きく目を見開いて叫びにもにた大声を上げた。


「悪樹の周りにいた!?」


 ざわりっ、と周囲がざわめくのを感じた。

 悪樹━━というのはきっと、あの魔物を産む樹の事を言っているのだろう。

 しかし、なぜ悪樹の周りにいただけでこうも驚かれるのだろうか。

 もしかして、先程ヒイリが言っていた『魔喰』とやらが関連しているのだろうか。


「おいヒイリ、それって本当か?」

「うん、本当だよ」


 ポリッ、と麻袋から出した魔核をヒイリはつまんだ。

 それを見た大声は、ああー!と悲しげな声を上げる。


「数少ない食料が………。はぁ、まぁお前のお陰で俺たちは生きていけるんだから、いいけどよ。それより……」


 男はじろじろと俺の方を見る。


「坊主、お前、名前は何て言うんだ?」

「ユウ・クロヤナギだ」

「ふぅん、珍しい名前だな。にしても、見た感じ身体に異常はねぇな……。だとすると、やっぱりユウもヒイリと同じで『魔喰』持ちか」


 ━━『魔喰』。

 先程からヒイリもこのおっさんも俺の事を『魔喰』持ちとか言うけど、なんなんだそれって?

 話の流れからすると、体質……の話なのか?

 一応確かめておこう。

 何事も情報だ。


「なぁ、さっきから言ってる『魔喰』ってなんなんだ?」


 俺がそう訪ねると、おっさんは「なにいってんのこいつ?」見たいな目で見てくる。

 なるほど、ムカつくがこのおっさんの反応を見る限り、この村では『魔喰』という言葉は常識なのだろう。


「……坊主、お前自分がどれだけ特異な存在か分かってねぇのか?」

「分からんから聞いてるんだ」

「え、偉そうなやつだな。……まぁいい教えてやるよ」


 なぜか頬をひきつらせながら、おっさんは魔喰について教えてくれた。

 それによると、『魔喰』っていうのは大気中に分布している『魔素』の影響を受けない人の事を言うらしい。


 大気中のあちらこちらに飛んでいる魔素は、一言でいうのなら毒であり、吸い込んでしまえば人体に悪影響をもたらす。

 例えば身体がうまく動かなくなったり、ろれつが回らなくなったりと、日常生活に支障をきたす程度に被害を受けるのだ。


 だから、できるだけ魔素は吸い込まないようにするのが常識らしい。ましてや、魔素の密度が桁違いに高い『悪樹』━━魔物を生み出す樹━━に近寄るなんてもっての外らしい。

 らしいというのは、俺は別に近寄ってもいいからだ。

 たぶん取得した毒耐性のお陰だと思う。

 そうなるとヒイリも毒耐性を持っているのだろうか。

 だとしたら、あの歳で毒物を食らったのだから、少し問題があるような気がしないでもない。


「ともかく、おっさんたちは魔素の周りに近づけない。だが、食料━━魔核は魔素の密度が濃い悪樹でしか取れない。これって、この村の食料事情ヒイリが全部背負ってるんじゃないのか?」


 単純な疑問。

 見たところ、この村には農作物を栽培してる気配はない。

 獣人たちは皆一様に村の中をぶらぶらしており、その様はまるでニートだ。


「あぁ、そうだ。この村の食料━━魔核はヒイリが取ってくる。というより、ヒイリしか悪樹にしか近づけないからな。適材適所ってやつだ」

「適材適所……じゃ、さっきまで寝転んでたおっさんは何をしてたんだ?」

「休息だ。夜は色々と忙しいからな」

「それはいかがわしい意味で?」

「ち、違うわ! 夜には魔物があの悪樹から雪崩れ込んで来るんだ。だから、魔物に見つからないように色々とするんだよ」

「見つからないように? 倒さないのか?」


 そう俺が言うと、おっさんは大きく目を見開いた。

 まるで信じられないものを見るかのように。


「……倒せるわけないだろ……! 何人死んだと思ってんだ……」


 拳を震わせ、おっさんはそう声を絞り出す。

 その言葉を聞いて、俺が感じたのは単純に疑問だった。


「戦ったら死ぬのは当たり前だろ?」


 ゲームでもそうだ。強敵━━裏ボスとかに挑んだとしたら、初見ではまず間違いなく一回は死ぬ。鬼畜難易度のゲームだと、それこそ意味分からん攻撃を連発する。勝てるわけないって思う。

 でも、勝とうとする。

 勝とうとして、何度も何度も何度も何度も挑む。

 戦えば戦うほど、次の動きがわかる。何を相手が狙っているのかがわかる。

 そして見つけたほんの少しのか細い光明━━それを目指してコントローラーを操作するのだ。

 俺の経験上、諦めなければほぼ確実に『どんな敵にも』勝てる。


「━━ッ! ……お前本気で言ってるのか? 死ぬのが当たり前? 皆が皆その覚悟を決めて戦ったと思ってんのか? なんの訓練も受けてない、ただの獣人が!」


 呻くようにおっさんは声をあらげた。

 その怒声に、ヒイリはびくりと肩を震わせた。

 村の獣人達は、遠巻きに俺たちの事を見ていた。

 おっさんの言い分は俺にはよくわからない。


「だったら、訓練をしたらいいじゃないか。敵を倒す努力をしたらいいじゃないか」

「━━ッ!」

「逃げて、隠れて、蟻みたいにこんなせまっくるしい場所に閉じ籠って。それこそ……」

「やったさ。倒してやろうとした。なけなしの資材を削って、武器を作って練習した。━━夜、堂々と外に出て煌めく星を見上げたい、それだけを胸に。でもな……ッ、勝てないんだよ」


 おっさんが、子供のようにうずくまる。

 頭をかかえ、どうしようもない絶望を思い出したかのように、震える。


「死んだ! 皆死んだっ! 昨日まで酒を飲んでたあいつが死んだ! 明日飲みに行こうと誘ったあいつが死んだ! 信じてたあいつが死んだ! 背中を合わせたあいつが死んだ! 皆皆皆皆死んだ!」


 恐慌に陥ったおっさんは、声を裏返らせて叫んだ。

 その様子を見た村人は、急いでおっさんの元に駆け寄る。

 俺とおっさんの間に割るようにして入り、おっさんと俺を引き離す。


「すまん。こいつは昔、色々あってな。できるだけ、そこをつつかないようにしてやってくれ」


 傍目から見てもわかる愛想笑いを浮かべながら、村人の一人が俺にそう言った。

 返事を返す間もなく、村人たちはおっさんを囲うようにしてどこかに歩いていった。

 静寂が満ちる。

 俺は、深くため息をついた。

 思わず出てしまったのだ。他意はない。

 だがこの場に残っている村人からしたら、そうとは思わなかったようで俺を強く睨み付ける。


 ━━これが、この村の現状か。

 ちらりとヒイリを横目で伺う。

 ヒイリは、今さっきの出来事がよくわからなかったようで、おろおろしている。

 そういえばさっきおっさんが怒鳴った時も俺とおっさんの間を困った顔をしながら右往左往してたな。

 ……っと、それはまぁいい。


 重要なのはこの村の現状だ。

 ヒイリ、見た感じまだ12歳がそこらだ。

 こんな小さな女の子に自分達は恐くて出れない外に出させ、食料をとってきて貰う。それに罪悪感の欠片もない大人たち。

 彼らは魔物と戦うことすら拒否する。

 逃げるだけ。逃げて、隠れることしかできない。

 おまけに……。

 こんなせまっくるしい場所に住んでるからか、村人達のストレスもひどく激しい。

 衰弱しきっている子供もいるくらいだ。


 この村は、このままでは未来がない。それは自明の理だ。

 と、その時。

 カツン、カツンと杖を突くような音が聞こえてきた。

 俺はそちらに視線を向ける。

 そこには、地面まで白髭を伸ばした一人のじいさんが存在していた。

 

「そこのお主、少し儂と話をせんかね?」

 

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