この世界の事情
「ジークの事はすまんな。あやつは、昔『大征討』の時に、友人も恋人も失ってしまったんじゃ。まぁ……トラウマって……やつじゃな。気を使わせるかもしれんが、ジークの前で魔物の話題をあまりしないでいてくれるとありがたい」
目の前の老人は、そう俺に言いながら村の奥へ歩いていく。
ちなみにヒイリは魔核を置きに自分の家に帰ってしまって、今はいない。
「そうだな。知らなかったとはいえ、申し訳ない事をした。今度から気をつけるよ」
「うむ。それはありがたい。……ところで、ヒイリはお主を悪樹の周りで見つけたと聞いておる。お主は、そこで一体何をしていたんじゃ?」
「何って……魔物の動きを調べてたら、あそこにたどり着いただけだよ」
「魔物の動き……か。確かにこのところこの島では魔物がおかしな動きをしておるからの」
━━━島。
へぇ、良いことを聞いた。
ここは島だったのか。
だとすると、この島はどのくらいの規模なんだ?
日本と同じくらい? ……わからないな。
しかし、ここが普通の場所でないことは確かだ。
冬と夏が同居している。
そんなことはあり得ない。
太陽というものがあり、この星が自転している限り……。
いや、それも確かじゃないのか。
ここは異世界だ。 この星は球状じゃないかもしれないし、太陽と思って俺が見ているものも、太陽じゃないかもしれない。
ここは、全てが未知の世界だ。
それを念頭に、行動するべきだろう。
「一つ聞きたいんだが、いいか?」
「なんじゃ?」
「この島の外には、他の大陸とかあるのか?」
「他の大陸? あぁ、あるらしいの」
村長はひどく他人事に、吐き捨てるように言った。
「儂ら獣人は、数百年前この『ラビオリス』に排斥されたから、他の大陸━━外の世界など、見たこともない。精々古い文献に乗っている程度じゃ」
なるほど。天使がまるでこの世界に獣人がいないかのように話したのは、実際に獣人はこの島以外には存在していないから、か。
だとすると、村長の言葉を借りるなら━━外の世界『他の大陸』には、人間と魔族が暮らしているということか?
いや、でも天使が俺を呼んだ本来の目的は魔族の討伐だ。
たぶん人間と魔族は敵対している。
なら、どちらかの種族が戦力として獣人を引っ張ってきてもいいはずなのに……何故、獣人はまるで腫れ物を扱うように隔離されているのだろう?
しかし、これを聞くのは躊躇われる。
そもそもなんて聞いたらいいんだ?
なんであんたらは他種族から排斥されたんだ?とか、そんなの失礼過ぎる。
自分で考えるか。
ポリポリと頭を掻き、足を進める。
次第に、周囲が明るくなってきたのに気づく。
壁に立て掛けられている松明の量が増えてきているのだ。
俺は上を見上げた。
岩天井の隙間からこぼれ落ちる日の光は、オレンジ色に染まっていた。もうすぐ夜が来るのだろう。
だから、獣人たちの雰囲気がピリピリしてるのか。
「と、着いたぞ。ここじゃ」
石を積み上げられて作られた村長の家は、他の家よりすこしばかり大きかった。
俺は入り口にある垂れ幕をめくり、村長に続いて中に入った。
中は思ったより広かった。
天井も高く、背伸びしてもまるで届かない。
所々窓のようなものもあり、そこから風がたゆたいてくる。
洞穴の中のような作りなのに、まるで閉塞感を感じない。
涼しいし。
と、その時「どっこいしょ」と言いながら村長は床に座り込んだ。数瞬の空白。村長は、軽く目を閉じる。
何をしているのか、そう思った次の瞬間村長は閉じていた瞳を開いた。その瞳の中には、強い決意と緊張が現れていた。
「━━さて、大事な話をしようか。人間よ」
※※※※
俺は軽く息を吐いた。
この人には敵意はない。それは確かだ。
もし敵意があって、俺を殺そうとしていたのなら気づいた瞬間に、村人達を呼んだらよかった。それをせず、わざわざ一対一の状況で話し合いの場所を作ったということはまずは俺という人間を様子見ということだろう。
「……いつから気づいてた?」
「初めからじゃ。我が家に伝わる秘書には人間族と魔族の特徴が記載されておる。見た瞬間は、酷く驚いたわい。まさか、人間がラビオリスにくるとはな……して、目的はなんじゃ?」
「目的なんてもんはない。強いていうのなら、この世界の情報ってやつかな」
「この世界の情報……? まるでお主が他世界の人間のような物言いじゃの」
━━さて、どうするか。
俺がここで異世界人だと話すことに何かデメリットはあるか?
暫し思案する。
……ないな。この場合、メリットしかない。
先程村長は、他種族に『排斥』されたという言葉を使った。
だからたぶん、人間族と魔族にいい感情を抱いていない。
まぁ、そりゃそうだ。いきなりこんな魔物が徘徊する場所に連れてこられて、数百年もの間音沙汰なし。
世界からはいないものとして扱われ、過酷な生活を強いられた。
こんなもん、負の感情を抱くのは当たり前だ。
だが、俺がたぶんここで人間と名乗った所で何かされることはおそらくない。
ないとはいえ、ここでわざわざ嫌われに行くような真似をするのは正解とはいえない。
やっぱりここは、素性を明かしておいた方が良さそうだ。
「━━そうだ。俺はこの世界の人間じゃない。異世界から来た別世界の人間だ」
すうっと村長の目が剣呑に閉じられる。
「……異邦人、か。その存在は秘書には記載されていたが……その証拠は?」
「証拠……か。そうだな。逆に何を証拠にすればあんたは信じてくれるんだ?」
「……スキルだ。異世界人は、皆一様に『技能書』と呼ばれるスキルがあると聞く」
そんなことまで知っているのか。
というより、技能書のスキルは異邦人は全員持ってるんだな。
だとすると技能書のスキルは、天使から与えられるものだから天使は過去何度も異世界人をこの世界に呼び寄せていたのか。
目的は……魔族を倒すためか?それとも、文明の発達?
それに関しては島を出て直接見るしかないな。
ただ、異世界人は一度数百年前にここに来ている。
秘書の存在から、それはあきらかだ。
「あぁ……確かにある」
「そこで、今から儂が言うスキルを取ってこの村で行使してもらいたい。もしそうしてくれたなら、お主を異世界人と認めよう」
何いってんだ?
少し、めちゃくちゃじゃないだろうか。
俺に何のメリットもない。
だが、この村長の必死の形相━━何か、ただ事じゃないことが起きている……のか?
とりあえず様子見だ。
「待て。スキルを取るにはスキルポイントという代償がいる。それはかなり貴重なものだ。はいそうですかと言って取るのは、難しい」
「ならば、お主はこの世界の人間で我らの領地を土足で踏み荒らした侵略者となる。侵略者に与える慈悲などない。この村を出ていってくれ」
それは困る。せっかく魔物の襲撃に怯えないですむセーフポイントを発見したのに、そこから追い出されるのはかなりきつい。
「……ッ! じゃあ一つ提案だ。俺はあんたの言ったスキルを取る。
そして、魔物からの被害を極力無くすと約束しよう。だからその代わり、俺をこの村に置いてくれ」
俺がそう提案すると、村長はふむと呟き自分の髭をいじった。
「……つまり用心棒と言うことじゃな。しかし、お主は魔物が万が一村の中に侵入してきた時、戦えるのか?」
「あぁ、それについては保証しよう。俺のLVは60を越えている」
「……なっ! 60じゃと……それは本当か?」
「本当だ。ここで嘘をつく理由もないだろ?」
わざわざそんな事をしない。
話を聞いている限り、魔物が村に入ってきたことは何度かあるのだろう。だから、その『万が一』の時のために、保険をかけるのは俺をこの村に置くよりは重要なのだ。
そう思ってこの提案をしてみたのだが……思いの外上手くいった。
「……わかった。条件を飲もう」
「ありがとう。それじゃあ、あんたが俺に取って欲しいスキルっていうのはなんだ?」
俺は本題を切り出した。
その言葉を聞いて村長は胸の前で腕を組み、
「━━儂らが望むスキル。それは食物を作り出すスキルじゃ」
苦々しそうに、そう絞り出した。




