暗闇の中で
村の入り口付近には、何人もの村人が集まっていた。
何をしているのかと思い見てみると、僅かに開いた入り口に、懸命に土袋を積めていた。隙間を塞いで万が一魔物が入り込むことはないようにしているのだろう。
だが、あいにく俺は今から外に向かうのだ。
その土袋はかなり邪魔だ。
俺は人混みを掻き分けて、土袋をどける。
その様子を見た村人達が血相を変えて罵声を飛ばした。
「おい、お前何するつもりだ!」
「俺たちを殺す気か!」
「外には魔物がいるんだぞ!」
俺を懸命に引き離そうと何人もの村人が群がってくる。
「いや、これから俺は魔物を倒しに外に出るんだ。だから邪魔しないでくれ」
俺がそう言い放つと、村人たちは驚愕の表情を浮かべた。
「お、お前何いってんだ? 魔物と戦うだと……!?」
人混みを掻き分けてきて、信じられないと言った様子でそう叫んだのは先程俺に食ってかかってきたおっさん━━ジークだった。
ジークは周囲の村人をはね除けながら、俺の元に勇み足で向かってくる。
その剣幕に、村人達も怯え徐々にジークと俺の周りから人が離れていく。
「お前、俺の話を聞いてたのか?」
ジークが、怒りを隠しきれないと言った様子で俺に詰め寄り、外への出口と俺の間を阻むように立ち塞がった。
「……魔物には、勝てないんだよ。思い上がっちゃいけない。自由を求めちゃ駄目だ。俺とあいつらには絶望的な差がある。逃げて、隠れてこの穴蔵の中で一生を終えるしか俺たちに道はないんだ……!」
悲痛な覚悟の籠った声で、肩を震わせながらジークがそう声を張り上げた。
その言葉を肯定するように、村人達は視線を下げる。
黙り込み、重苦しい雰囲気が周囲を満たす。
「…………」
この獣人達が今まで受けてきた屈辱と憤怒は、俺には計り知れない。だから、何も言えない。言ってはいけない。嘘でも、助けてやるなんて言えない。
この村の『未来』を進めるのは━━俺じゃ駄目だ。
数百年続いた絶望を照らし、切り開き、未来を掴みとるのは━━。
「おい、何だよ……?」
ジークが、俺に掴まれた腕を見て困惑の表情を浮かべる。
俺は、この村を救う。メリットは特にない。
それは重々承知だ。だが━━、異世界において、最重要ポジションと言っても過言ではないもふも……獣人が、こんな扱いを受けているのは、異世界に憧れていた俺は許せない。
「ジーク……俺と一緒に外に出るぞ」
そして、魔物に怯え八方塞がりのこの状況を打開するために必要なのは自信だ。自分でも魔物と戦える、やれるという自信さえあれば、この村は変わっていく。
そのための起点となるには、ジークが必要だ。
魔物にすべてを奪われ、大切な誰かを軒並み失ったジーク。
そんな彼がもう一度立ち上がり、魔物に復讐を果たす。
それは、人々の心に感動という春風を運ぶだろう。
人を動かすのに必要な手段は、集約させれば一つだ。
━━感情を動かすこと。
それは例えば暴力と呼ぶべき無情の首輪で。
それは例えば春風のごとき無形の感動で。
前者は恐怖で縛り付け、強制させる。後者は自らの意思で決意し、動き出す。これに差は大きい。これからの村の未来━━それを紡ぐためには、頭を使い、最善を掴みとること━━それが重要だからだ。
だから、心を動かす。
俺はそのためのきっかけにさえなればいい。
ほんの少し、ジークの背中を押すだけでいいのだ。
「……は?」
長い長い沈黙の後、ジークは掠れた声を漏らした。
「お前は、バカなのか?何度同じ事を━━ッ!」
怒声を飛ばし、俺を殴ろうとジークが拳を振りかざす。
俺はその拳が届く前に声を張り上げた。
「だがお前は、まだ……」
強くなろうとしているじゃないか。
指先に残るのはわ先程ジークの腕を掴んだ時の鉄のように硬い、筋肉の感触。
あれほどの筋肉を得るためには、尋常じゃないほどの修練と、執念が必要なはずだ。
諦めきれてないはずだ。
それはわかった。
だが、それをこの大勢の前で言っても無駄だ。
諦めたと己に言い聞かせ、諦めろと周囲に訴えたジークは、もう心の内を同じ獣人に打ち明けることはできない。
……いい大人が、子供みたいな意地を張るなよ。
素直にそう思った。
そんな事を考えている内にも拳は迫ってくる。
周囲の獣人達が、固唾を飲んで俺たちの様子を見守っている。
俺は内心でため息をついた。
━━重い衝撃が頬に走る。
頭の中がぐわんぐわんと揺れる。
口のなかが切れたのか、血の味がする。
以前の俺なら立っていられなかっただろう。
しかし、今ではステータスが上昇し既に以前の俺とは別物となっている。
ビックリするほど痛くないな。
ふと、視線を感じて前を見るとジークが驚愕を顔に張り付けていた。
「なんだ今の感触……太い樹を殴ったみたいな……」
ジークの表情に合間見えるのは恐怖と混乱。
まぁ確かにこんなひょろひょろの人間が、ガチムチのおっさんに殴られて平然としてるなんて、異常だしな。
ともかく。
「こいつには口で言っても無駄か」
俺はジークの腕を掴み、そのまま持ち上げる。
「━━ひっ!」
ジークが情けない声を上げて、空中で腕をしっちゃかめっちゃかに動かして暴れる。
俺は、視線を前に向ける。
隙間なく詰められている土袋。
そこに目掛けておもいっきり蹴りを打ち込む。
ドグンッ、と聞いたこともないような音を立てて土袋が爆散した。外の世界から吹き込む風に、砂ぼこりが村に吹き付ける。
「じゃあ、行ってくる」
そう残し、唖然とする村人達を置き去りにして俺は岩の隙間━━出口からジークを引き摺りながら外に出る。
外に向かえば向かうほど、ジークは暴れるがそれも徐々に収まっていく。
「……っと」
俺はよろめきかけた足に力を入れ直しながら進む。
地面が揺れているのだ。
魔物の進軍めいた足音で。
ジークの抵抗が完全に消えた。
顔は真っ青になり、唇は小刻みに震えていた。
トラウマでも思い出したのだろうか。
そして、ついに洞窟を抜けた。
「……ひッ」
ジークが小さな悲鳴をあげた。
俺の腕をギュッと握り込んでくる。
このまま闇の中に放り投げてやろうかと思ったが、寸前で思いとどまる。俺達が現れた瞬間、赤反応達が一斉に立ち止まった。
どうやら俺たちに気づいた様子だ。
再度、地面が鳴動する。
魔物たちはこちらに向かってくる。
「ジーク、もうすぐ魔物が来る」
俺がそう呟くと、ジークは悲鳴を上げた。
「はぁっ!? なんなんだよお前! いきなり現れて、何でこんなことすんだよ! 俺達はあのままで良かったんだよッ、俺はあの村の中からもう一生出たくなかったのに━━ッ!」
ジークのぐずる声が聞こえる。
若干嗚咽混じりだ。泣いてるのだろうか?
「……なのに、何で俺は今こんなところにいるんだよ……俺は、約束すら守れねぇ━━」
「ジーク、少し黙れ」
「はぁっ!? 本当にお前何様なんだよ!何の権限があって……」
「もう囲まれてる。魔物がすぐそばまで来てるんだよ」
ジークは大きく息を飲む。
俺は集中力を高める。
「ぐるる……」と魔物の呻き声が聞こえる。
その音を聞いてジークはまたもや悲鳴を上げる。
風が、俺たちに向かって疾ってくる。
俺は目を細める。
黒い狼が見えた。
『疾走のスキルを獲得しました。逃走スキルを破棄します』
アナウンスが聞こえたと同時に黒い狼が眼前に迫る。
それを皮切りに、周囲で様子を伺っていた魔物達も一斉に襲いかかってきた。




