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第八章 お殿さま談判にいく 3

十分後。浅賀谷家一行は遠森家内の応接室に通されていた。

室内には彼らしかいなかった。

鞘香は母を呼びに行っており、三人は大きなソファに並んで座って待っている。

道明は腕を組んで目をつぶり、三月は落ち着かなげに室内を見回し、紗夜は静かに全体を観察しながら。

応接室も古かったが掃除は行き届いている。

しかしどこか、活気というものが感じられない。

たとえ古くても明るさを感じさせる部屋というものはあるが、この部屋には徐々に衰退へ向かう対象の雰囲気しか見えなかった。

それはつまり、住んでいる人間の影響である。

そんなことを道明は判然と、三月は漠然と、紗夜は静かに考えていた。



と、応接室の扉が開いた。それを見た紗夜は静かに、三月はやや表情を泳がせながら、道明は一泊遅れて立ち上がった。

入ってきたのは、先日、重傷の娘を治療した三月の母である。

着物姿だった。

「浅賀谷のご当主は、礼がなっていないということでよろしいかしら」

「わしらの時代ではこのようなものに座る習慣がなかったものでな。多少のことはご容赦願おう」

彼女が入室した時、道明が立ちあがるのに遅れたことに対してであり、それに対する道明の答えであった。

このことにより、少年の姿でありながら彼が浅賀谷道明であることを、彼女も得心したようである。

もっとも、最初から疑っていたわけではないが。



そんな彼女は静かに三人に座るように手で示すと、テーブルを挟んで向かいのソファに座り、自己紹介をした。

「はじめまして。鞘香の母で遠森志保と申します。以後お見知りおきを」

志保に対し、どこか隔意が見えるのは道明と紗夜で、三月は少々場違いな感覚を味わっていた。

三月に志保は初老に見え、鞘香の母としては少々年がいっているようにも感じられたが、それは大きなお世話だろう。

事情に通じてるか否かを置いても、今部屋の中にいる四人の中で、実年齢で異なる年代なのは三月だけなのだ。

違和感を覚えても無理はなかった。

と、そこへ彼女の同年代がドアを開けて入ってきた。

鞘香である。

ティーカップを四つ載せた盆を持ち、楚々とした雰囲気であるが、内実には敵愾心の炎が燃えさかっているようで三月には落ち着かない。

「日本茶の方がよかったかしら」

「お構いなく、紅茶も気に入っている」

道明の前にカップを置く時にどこか揶揄するような鞘香に、そっけなく応じる。

すでに彼女を歯牙にかけていないようにも見え、鞘香のこめかみがぴくりとひきつる。

「鞘香さん、あなたはお下がりなさい」

そんな娘へ志保は、カップをすべて置き終えたところで退室を命じる。

鞘香は一瞬、何か言いたそうな目で母を見たが、すぐに口をつぐむと、不満をにじませながら一礼し、部屋を出て行った。



「魔がまだ生き残っているそうだな」

鞘香が出て行くと同時に、道明はカップを取り上げ、一口すすりながらいきなり口を開いた。

これだけピリピリした空気の中、毒でも入っているんじゃないだろうかと三月ですら疑ったが、この時の道明はその懸念はないと見ていた。

「そのようね」

志保もカップを手に取ると、上品に一口飲み、ソーサーに戻してから答えた。

「ではまずはそちらが先ではないかな」

道明もカップを戻すと静かに応じる。

「今のあなたたちは使えないでしょう。それなら必要ないわ」

「の、わりにはご息女に手傷を負わせた」

「油断していたからでしょう」

「敵対する者との戦闘中に油断する者は使えるのか」

一見すると、初老の女性に対し十代の若僧が生意気な口を利いているようにも見える。

だが内実は、おそらくほぼ同年代の二人である。

しかも少年の方は地方史どころか日本史に名を刻まれるような男が正体なのだ。

話の内容が現代の事柄であるなら少年の方も押されるだろうが、この件については同等、あるいは過去のこととはいえ道明の方が詳しいかもしれない。



部屋を圧する空気はほぼ互角。

いや道明の方が押しているようにすら見えた。

「一時休戦といかぬか」

その空気を引くように、道明は提案した。

志保は答えない。

が、無表情を装いつつも言下に拒否しないだけでも考慮の余地ありを示したも同然である。

それを見て取った道明はソファから立ち上がった。

「返事は今すぐでなくともかまわぬ。また明確な返事もいらぬ。いくさ場でまみえたとき、行動で示せばよい。互いにな」

それだけ告げると道明は、三月と紗夜に目で合図し、二人を連れて応接室を出た。

「……」

志保はそんな三人を送ることもせずソファに座ったままである。

と、応接室のドアが開き、彼女の娘が入ってきた。

「お母さま、今なら…」

「よろしいのです」

鞘香はジレンマに陥った表情をしながらも、母に追撃の許可を求める。

が、母はやはり許さなかった。

彼女自身、ジレンマに陥っているのだ。考える時間が欲しかった。


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