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結果発表








「ご……っ、ぽ……ぉっ……」


 リーリエさんが血を吐き出す。

 

 撃ち込まれた法力の稲妻によってズタズタに引き裂かれた内臓部を抑え、片膝をついて荒い息と血痰を吐き出している。


 <蒼仙法(そうせんほう)>の奥義。

 

 人知を超越した力、法力を編み出し、神の雷として打ち出す《蒼霆(そうてい)》。

 

 法力とは大気の自然魔力と霊魂にある気魄(きはく)を練り合わせた、荒れ狂う未知の超エネルギー。


 原素を含んだ魔力や物質と触れれば最後、過剰に反応し、青い稲妻となって焼き尽くす。


 青い稲妻の形を取っているだけの高エネルギーは魔法に該当しない。つまり、魔法障壁では防げない。


 そんな劇物をリーリエさんの体内へ流し込んだんだ。

 無事で済むはずがない。


「はあ……、はあ……っ」


 僕の息が荒れている。

 肺、その奥から焼けつくような息が()い上がり、疲れた肺にまた空気を取り込む。


 寄せては返す波のような荒い呼気の中、僕の右手は微かに震えていた。

 

 身体の奥が冷たくなって、頭と鼻の間に詰まるような痛みが走っている。


 この感覚には覚えがあった。

 これは、初めて東棟で魔物を殺した時の感覚だ。

 

 命に手をかけた時特有の、寒気がするような熱い冷や汗。


 戦いのあとの高揚感をぬぐい去るような、冷えきった罪悪感だ。


「……やった、の?」


 リリアも肩で息をしながら油断なく倒れ込んだリーリエさんを見ていた。

 

 赫い宝剣、【閻】を杖になんとか立っているリリアの目に油断はない。

 

 何かあれば即座に攻撃できるよう、【(やくさ)(えん)(でこ)】の炎を刃に薄っすらと纏わせていた。


 

「――<反閇(へんばい)>」


 

 リーリエさんの様子が変わる。

 

 形代がリーリエさんの周りで踊った瞬間。

 体内の容態が一瞬で()えていた視界にノイズが走った。


 同時に、リーリエさんの袖から燃え尽きた炭――。符だったものがぽろぽろと溢れてきた。


 ――隠業(おんぎょう)、いや退魔の術か……?


 

「――<存思(そんし)>」


 

 瞬間、リーリエさんの纏う魔力の質が跳ね上がった。

 

 質だけじゃない、量も爆発的に増えていっている。僕の40倍、100倍、500倍――1000倍。

 

 肝臓、魔力回路、大動脈と言った重要器官をズタズタに焼き尽くし、霊魂にも損傷を与えていた傷が治っている。


 いや、霊魂の傷は治っていない。

 

 だけど体内に残留していた法力が押しのけられている。


 気魄が魔力にかわり、膨大な魔力となって押しのけているんだ。


 全身にかつてない力と魔力が漲ったリーリエさんが立ち上がった。


「いやー、ビックリしたよ。まさか<蒼仙法>を使える奴がフレドリクス以外にいるとはね。ビックリしたよ。さすが、フレドリクスの秘蔵っ子だ」


 ケロッとした顔でリーリエさんは立ち上がり、ニマニマと楽しそうな笑みを浮かべていた。


「何をぼさっとしてるんだよ、ほら。構えな」


 リーリエさんは拳法の構えを取り、周囲に数十の符を周遊させた。


 

 陰陽道――<存思(そんし)>。

 ――気魄による魔力回復・身体強化。


  

 陰陽道――<反閇(へんばい)>。

 ――退魔の術による神秘すへてへの耐性。


  

 陰陽道――天狗(てんぐ)術・<金剛僧(こんごうそう)>。

 ――符を力に変換した強化魔法。


  

 陰陽道――四方(しほう)術・<神鋼(しんてつ)>。

 ――符で武装を強化する強化魔法。

 

 

 陰陽道――五行(ごぎょう)術・<火行符(かぎょうふ)>。

 ──そして、すべての陰陽道を強化、補正する術。



 「回復・強化」、「隠行・退魔」、「身体強化」、「武装強化」、「術式強化」。


 陰陽道を使った途端、符が六枚燃え落ちる。

 

 魔法とは全く異なる術式体系たる陰陽道。

 魔法を遥かに凌駕する源流能力。

 

 2つを掛け合わせたリーリエさんの威容は、まるで武装した山だった。

 なんのことはない。さっきまでのはお遊び。ここからが本気の戦い。


 ——リリアと僕、アルターの三人でも、勝てる未来が浮かばない。


「はは、何ビビってるのさ。かかってきなよ。勝負はここからさ」


 リーリエさんはやる気だ。

 

 さっきまでの遊びの空気ではない。

 本気でこちらを潰そうとしてきている。


 リーリエさんの笑みが弧を描き、僕らに飛びかかってくる瞬間――。


「――そこまでです」


 (いわお)のような声が後ろから響いた。

 

 岩の道を重苦しい覇気を纏った人物が後ろからドスドスと歩いてきて、リーリエさんに怒りの視線をぶつけている。


「試験を放り出してどこで油を売っているのかと思えば……。このような所で何をしておるのですか」


 ……試験を放り出して?


 僕が疑問に思っている間に、全身が日に焼けた巨躯の男性が通り過ぎ、リーリエさんに対峙した。

 

 剃髪(ていはつ)の巨漢。

 銀級冒険者にして、筆記試験の試験官。

 

 ヴァルガス・ガンバードさんだ。

 

 赤い龍(こしら)えられた大剣を担ぎ、少し違和感のある敬語でヴァルガスさんらリーリエさんに問いかける。


「あー……、えっとぉ」


 周遊していた符が落ちた。

 

 先程までの戦意に満ちた表情はどこへやら、バツの悪そうな表情で人差し指を突き合わせ、目を僅かに反らしていた。


「それも受験生を連れ出し、実技試験と関係のない戦闘まで。いかなアモン様といえど、これは酷すぎますな」


「い、いやー……。うはは……」


 淡々と詰め寄るヴァルガスさん。

 対するリーリエさんは物凄い勢いで目をそらして口笛を吹き始めた。


「あの……? つまり、どういうことですか?」


 恐る恐るヴァルガスさんへ質問する。


「……この御方がしていたのは実技試験ではない。ただの暇つぶしだ。

 実技試験の内容は迷宮攻略の際、どれだけ鉱石と獣肉、骨をキレイに解体して持ってくることができるか、だ」


 ……おいおいおい。おい。

 ちょっと、ちょっと待ってくれないか? じゃあ、つまり――。


「わたし達がやっていた戦いは、なんの意味もなかった……ってこと?」


「……誠に申し訳ない。そういうことになる」


 ………………。

 苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔でヴァルガスさんは深々と頭を下げた。


 全員の視線がヴァルガスさんではなく、下手人たる白髪の女性へ向けられた。


「うははー……。えーっと、ごめんなさい? 許してちょんまげ、テヘペロ?」


 リーリエさんは額に冷や汗を浮かべながら、ウィンクを飛ばして舌を軽く出した。

 リーリエさんを責める無言の極寒に、一切の効果も示さなかった。







 ※※※







「ごめんじゃん! (これ)、謝ってんじゃん! 五百年ぶりに謝ってるのに、なんで許してくれないんだよぅ!」


 リーリエさんは地面に埋められていた。

 ヴァルガスさんの怪力で地面に深々と沈められ、首から下を大地と一体化させられてしまったんだ。


 自業自得……! 謝る態度が終わっている……!

 すげえや、こんなに酷い謝罪ってできるんだ。僕、こんな誠意のこもってないごめんなさいを初めて聞いたかもしれない。

 何もかもが終わっている謝罪だ。


「新人諸君。君達はこんな大人になってはならぬぞ」


 ヴァルガスさんは訥々(とつとつ)と語りながら僕らが集めた鉱石を丁寧に数えていく。

 

 すごい……。ダメ人間が隣で埋められているからかはわからないけど、ヴァルガスさんがすっごいまともに見える……!

  

「あ、数え終わった?」


 リーリエさんはそう言うと埋められていた地面を爆散させ、跳躍。ヴァルガスさんの隣に立った。


「……まだ出てきていいとは言っておりませんがな」

「飽きた。どうだった?」

「………………」


 ヴァルガスさんがとても大きなため息をもらした。

 

「……鉱石が36。各種魔獣の肉や骨、臓物が10点ずつですな。キレイに解体もできている。今すぐにでも冒険者をやっていけると判断して良いでしょう」


 ヴァルガスさんは立ち上がり、ニカッと笑って僕らの頭に手を下ろす。

 わしゃわしゃ、と力強く撫でてきた。


「少年! 少年よ! よく頑張ったな! この歳でここまできっちりと冒険者のいろはが出来ている者は数少ない!

 筆記の試験も全員95点を超えておる! これは最初の冒険者としては満点の行動であり、『鉄級』に当た――」


「らないねぇ!」


 ぬっ、とヴァルガスさんの隣からリーリエさんが割り込み、楽しそうな笑みを浮かべて話しかけてきた。


「鉄級? オイオイ、何を馬鹿なことを言ってるんだ筋肉ヴァルガス君は。冒険者に必要なものは品性でも知識でもない。腕っ節だぜ? だから、正面から戦った此が採点してやる。筋肉バカはすっこんでろーい」


 リーリエさんがヴァルガスさんを追いやり、煙管を吸いながらリリアに指を向けた。


「まずリリアちゃん。年齢に見合わない剣技。獣のような直感に、努力家な姿勢。

 何よりこの歳で源流能力を開眼している天才性。すべてを考慮した結果、君は鉄級の二つ上、『銀級』に値する!」


 パァンッ、とリーリエさんの足元に散らばっていた符が弾けた。

 符がいつの間にかクラッカーに変わっており、周囲に紙吹雪が舞い散った。


「次! アルターちゃん! 可愛いねー! 此、美少女と美少年大好きなんだ! エディンくんもリリアちゃんも最高だね! それだけで満点上げたくなっちゃう。

 しかもアルターちゃんは阿吽の呼吸での強化魔法や支援が行き届いていた! 直接戦闘には関係してないけど、迷宮や探索・討伐依頼では重要な役割だ。これは『銅級』に値する!」


 アルターは目をぱちくりしている。

 まさか自分が評価されているとは、といった表情だ。


「次! モーリスくん。君はねー、最初マジで興味なかったんだわ。ぱっとしないし。面も普通だし。だけど、あの<土壁(ウァール)>の動きは痺れたよ。君、磨けば光るものがありそう。将来性込みで『銅級』に値する!」

「え!?」


 モーリスくんは嘘だろ、という表情で叫んだ。

 信じられない、と言った表情をしているモーリスくんを他所に、リーリエさんは最後に僕の方を向いた。


「最後に、エディンくん。君、凄いね。<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>に《蒼霆(そうてい)》。

 その年齢からは考えられない戦闘能力や、リリアちゃんに匹敵する剣術の冴え。ちょっと未知数すぎる。

 実力的には『輝鉱七種(きこうななしゅ)』に匹敵するけど、流石に特別講習無しじゃ『輝鉱七種』には任じられない。『銀級』!」


 リーリエさんは一気に手を叩き、万雷の拍手を一人で奏でた。

 う、嘘だろ……。いきなり、銀級に行ってしまっていいのか?

 いや、そんなことはどうでもいい。先にやらなきゃいけないことがある。


「モーリスくん!」


「ごめん!!」


 呆然としているモーリスくんの前に出て、思い切り頭を下げる。


「僕、モーリスくんに魔法使えるって黙ってた。モーリスくんのプライドに傷つけるような隠し事をしてて、本当にごめんなさい」


 ポンポン頭を下げるな、とリモルさんから怒られたのを思い出す。

 だけど、これは謝るべき行為だ。モーリスくんが傷つくだろうからと、自分が魔法を使えることを隠していたなんて嫌味でしかない。


 謝るのも違う気がするのは百も承知。だけど、謝らないのはもっと違う気がする。謝るってのは、許されるためにする行為じゃない。

 だから、深々と頭を下げて謝った。


「……頭を上げて、エディン君」


 モーリスくんは深々と謝る僕の肩に手を起き、笑いかけてくる。


「エディン君の気持ちは十分伝わったよ。僕もね、悔しかったし、辛かった。でも、そんな頭を下げないでよ」


 僅かに頭を上げる。

 モーリスくんは、困ったように笑っていた。


「傷つけるとかの話以前に、エディン君は僕の兄さんを助けてくれたじゃないか。同い年で、強い魔獣を倒したヒーローなんだよ? エディン君に頭を下げられる方が、僕としてはしんどい」


 モーリスくんはニッコリと笑った。


「最初はね、僕も英雄になれると思ったんだ。エディン君みたいな強い英雄と肩を並べて戦える。リリアちゃんみたいな可憐で強い女の子を守れるくらいの人間に、なれたと思ってたんだ」


 モーリスくんは穏やかな声で語る。

 でもわかる。この穏やかな声は、少し震えている。絞り出すような思いを、隠すように話してくれているんだ。


「でも違った。僕は、凡夫だった。エディン君みたいな強い人じゃない、ただの人間だった。だから、エディン君とパーティを組むって夢があったけど、もう叶わない」


 足を引っ張るだけだからね、とモーリスくんは語る。


「足手まといなんかじゃないよ。あの時、僕を助けてくれたのはモーリスくんじゃないか。そんなこと言わないでよ」

「いいや、足手まといになる。絶対にね。でもいつか、エディン君と一緒に冒険したい。だから、必死に頑張るよ。いつか君と、同じ景色を見ながら冒険ができるように」


 モーリスくんはゆっくり立ち上がり、くしゃっと笑った。


「だから、気長に待っててよ。いつかきっと、一緒に冒険できるくらいに。みんなの足を引っ張らないくらい、強くなる。それまで、お別れだ」

「……うん! 待ってる! きっと、絶対に一緒に冒険ようね!」


 モーリスくんは小さく頷くと、後ろを振り向き、出口へ向かって歩き始めた。


「ねえ」


 モーリスくんの出口、その近くの壁にもたれかかっていたリリアがモーリスくんに話しかける。


「あなた……。いいガッツだったわ! わたしも見縊ってた。わたし達に追いつけたら、また一緒に冒険しましょ!」


 リリアはニッと笑い、モーリスくんの背中を思い切り叩いた。


「あはは……。うん、頑張るよ。リリアちゃん。それじゃあね」


 モーリスくんは苦笑し、出口へ向けて歩き始めた。 

 振り返ることなく、後ろ手を振って、出口へと向かい――。


「――うーん、いい!!」


 向かってる瞬間、モーリスくんは横合いから担ぎ上げられた。

 誰であろう、迷惑番長のリーリエ・アモン様だ。


「いいね! とてもいいよ! うーん、善哉(よきかな)! モーリスくん、君いいね! 光るものがあるよ!」

「え、え?」


 小脇に抱えられたモーリスくんは目を白黒させながらリーリエさんを見つめる。


「君、此の弟子になれ。大丈夫、ビシバシ鍛えてやる。陰陽道も錬金術も魔法も、なんなら武芸も吐くまで鍛えてやろうじゃないの! そうと決まれば此の屋敷に出発だ!」

「え、いや、ちょっと……! 僕何も言ってないんですけど……! 弟子になるなんて一言も……」

「此が決めた。もうそれで十分でしょ。彼貰ってくよ。彼の家族にはいい感じに伝えといてって、ヴァルガス君が戻ってきたら言っといて。じゃ」


 あでゅ〜なんて言いながら、リーリエさんの身体を光の渦が包み込んだ。

 高密度の魔力となったリーリエさんとモーリスくんは瞬時に消え去り、どこかへと消えていった。

 

「……ほんと、嵐みたいな試験だったな」


 僕は誰もいなくなった試験会場で、思いの内を吐き出した。

 天井を飾る偽りの星は、まだ瞬いていた。







 ※※※






「いやあ、すまんすまん! 冒険者証の発行に時間がかかった! ……モーリスくんは?」


 戻ってきたヴァルガスさんがキョロキョロと見回し、モーリスくんの行方を探していた。


「リーリエさんが連れて帰りました。ご家族にはうまく伝えといてとのことです」

「あの御仁は……。全く、仕事しか増やさんな」


 ヴァルガスさんは一瞬ため息をついたのも束の間、いつもの陽気さを取り戻し、大声で笑い始めた。


「しかし! 君たちという頼もしい仲間を迎えられる立場というのは素晴らしい! 試験、よくぞ頑張った! では。冒険者証を渡す」


 ヴァルガスさんはニッコニコの笑顔で細長いブツを手渡してきた。

 …………?


 ……………………?


 え、え……? なに、これは……。


「ヴァルガスさん?」

「ふむ?」

「これ、なんですか?」

「冒険者証だが」

「え、これがですか?」

「ああ、そうだとも! 名誉ある冒険者の証。銀の等級を表す銀の輝きの――」


「ツルハシ! これが君たちの冒険者証だ!」


 僕らが冒険者証として渡されたのは、カードでも徽章(きしょう)でもなんでもなく。


 きらり、と銀色に輝く、無骨なツルハシであった。

  

  


 


 

 

 

  


 


 

   



 

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