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凡夫の一刺し






 僕らは試練の最奥に到着した。

 

 蔓延る魔獣を倒し、三箇所の階段を下った先は、大広間の扉の前。 

 朱門だ。

 ところどころの塗装が剥げている。

 

 そこから木の本来の色が見えて、建てられてからそれなりに時間がたったことを表していた。


 門には傷んだ木の香りや少しかび臭い匂いが漂っていて、強い年季を感じさせる。

 

「よし、ここが最深部だね」


 《蒼眼》で試験用の迷宮を確認し、後ろを振り返る。

 リリア、アルター、モーリスくん。全員無傷でここまでたどり着けた。


 ……モーリスくんはずっと俯いたまま。

 当たり前だ、この戦いでモーリス君はまるで活躍できていない。


 活躍する前にリリアと僕が先行し、迫る魔獣を倒し続けていた。

 

 だけど僕としても言い訳はある。

 リリアの機嫌が凄まじく悪かったんだ。

 僕がモーリス君のサポートに徹してたらリリアが途中で爆発しかねない。


 いや、絶対爆発してた。


(道中の敵が大したことなかったのは不幸中の幸いだったな……)


 幸いなことに、道中に出てくる魔獣の強さは大したことがなかった。

 木剣どころか拳1つでなんとかなる強さの魔獣でよかった。


 もしも拳でどうにもならない敵だったら、<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>を使わなければならなかった。

 

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>はモーリス君が描ける魔法の範疇を遥かに超えている。

 魔法を封じてる以上、《蒼霆》を叩き込むしかないんだけど……。


 それこそモーリス君の矜持を傷つけてしまう。


「アルター、ありがとね。荷物とか諸々持ってもらっちゃって」


 道中のマッピングや、鉱石の場所の確保は《蒼眼》のおかげでなんとかなった。

 だけど、あのままだったら持ちきれずに何個か捨てる羽目になっていた。


 ……でも、それも所詮言い訳。

 パーティの空気を悪くして、フォローできなかったのは僕の不徳の致すところ。


 もう少し、モーリス君の活躍の場を作る方法はあったはずだ。


「なんのなんの、なのですよ。アルターのカバンは異空間収納もできるのです。こういう時にお役に立たないと、アルターの立つ瀬がないのです」


 なーにが立つ瀬がない、だ。

 異空間収納の魔導具の事を話した時だけ、

 モーリス君の目玉が飛び出るくらい見開かれていた。


 絶対高いか、相当貴重な魔導具なんだろう。

 

 そんなものを簡単に出せるアルターの資金繰りの優秀さがわかる。

 底が見えなくて、頼もしい。実に結構なことだ。


「じゃあ、最後の間だ。ここを超えれば、試験終了だ」

「楽しみね。どんなバケモノが控えてるのかしら」

「きっと山より大きな魔獣なのです。いや、瘴気を撒き散らす魔物かも」

「はは――。そうかもね。行こう」


 全員の目をしっかりと見て、僕は頷いた。


 朱門に手をかけ、身体に強化を施すことなく大門を押す。

 木の軋む音が響く。

 門の上から塵やおがくずが降ってくるのを感じながら、大門を開けていった。


 大門を開いた、その先にいたのは――。


「ようこそ。一番乗りの冒険者諸君」


 山のような魔獣でも、瘴気を撒き散らす魔物でもなく。


「冒険者試験、最初で最後の難関へ」


 煙管(きせる)を手に持つ、白髪の妙齢の女性がいた。





 ※※※





「いやぁ、すごいすごい。途中参加だってのに、一番乗り。やっぱり、フレドリクスの見込んだ子たちは違うねぇ」


 すぅ、と煙管を吸うのは着物を着崩した美女。

 抜群の体型に、自信に満ちた笑み。


 煙る紫煙の奥に見える緑色の瞳は興味の情で満ち満ちていた。


 なんだか最近、こんな感じの視線を貰った気がする。

 

 リから始まってルで終わる人物、リモル・ケッツァーさんだ。

 

 小柄な【魔神】の向ける冷酷な興味と同じ類の感情がその瞳には満ちている。


「もしかして、実技試験会場の入り口で爆音の案内流してた人?」

「ピンポーン。正解ー! よくできました。そのとおり」


 白髪の美女は煙管を掌の上で回転させ、わざとらしい恭しさで一礼を取った。


(これ)はリーリエ。リーリエ・アモンと言うものだ。和名では鴉門(あもん)凛々絵(リリエ)と言う、しがない黄金級冒険者だぁよ」

 

「……え? あの<白烏(はくあ)>の……? 迷宮都市国家最強の……?」

 

 後ろにいたモーリス君が絶句していた。

 なるほど、あの人が最強。最強、か。


 ――隙がない。

 

 一見隙だらけ。

 気を抜いて煙管を吸っているだけだ。

 だが下手に打ち込めば即座に反撃されるのが本能でわかる。

 

 間違いなく近接でも相当強い。

 僕とリリアでなんとか相手取れるくらいの実力だ。

 

 魔力量も凄まじい。

 ざっと僕の二十倍。リリアの十倍だ。

 魔力の圧縮と循環を体内で常時行っていて、魔力の質も驚異的に高い。

 

 隣を見れば、リリアの口の端が吊り上がっている。


「ま、面倒なお話はここでやめだ。君たちの活躍は迷宮からじっと見ていたよ。素晴らしい。冒険者として満点の行動だったね――。だけど、まだまだ本気じゃないでしょ」


 パチン、とリーリエさんは指を鳴らした。

 

 石畳の大広間の様子が変わる。

 陰気な地下の天井は満点の星空へ。


 石畳の広間は野原へ。

 突き抜ける風は乾いた空気へ。


「此が最後の試験をくれてやる」


 リーリエさんは不敵に笑い、仁王立ちのまま言った。


「遊んであげるよ。全員で此にかかってこい」








 ※※※





 大気が揺れていた。

 リーリエと言う怪物――。

 

 【伯方】のタコなんて比べものにもならない程の理外の力による圧に、世界が怯えていた。


 纏わり付く圧だけで大地にヒビが入り、景色が陽炎のように揺れていた。


 ――下手したらイルクやリモルさんに実力で並ぶかもしれない。


「ああ、勿論源流能力(げんりゅうのうりょく)は使ってもいいよ。じゃないと本気出したなんて言えないでしょ」


 リーリエさんは腕を伸ばしながら余裕そうな表情で語る。

 

 慢心だ。


 僕ら如きじゃ自分に傷一つ入れられないという驕慢(きょうまん)が、リーリエさんの発言から透けて見えた。


 ……つまり、僕は今ナメられていると言うことだ。


 腰を深く落とし、木剣の刃をリーリエさんへ水平に向ける。

 

 源流能力なんぞ知らん。


 僕が持ってるかどうかもわからないし、多分持ってないんだろう。


「なら、お言葉に甘え――」


 ナメられた時の対処法はただ一つ。徹底的にわからせるまで。

 


 【旧流法(レアーラ)】、(きゅう)の刃――。


  

「――てぇッ!」

 


 ――《夜叉(やしゃ)》。

 一気に駆け出し、地面すれすれの場所を高速で跳びながらリーリエさんとの距離を詰める。


 アレアから教わった【旧流法(レアーラ)】の中でも奇襲と攻撃性能が特に高い奥義。


 下段から飛びかかり、袈裟へ一息に切り伏せる。

 【旧流法】の中でも特筆した攻撃力を持つ奥義。

 

 が。


「へー! いい剣技じゃん」


 細い指先一つで、受け止められた。

 

 受け止めた指、右手の小指には(にび)色の輝き。

 

 金属特有の非生命的な光沢。そして信じられないほど高密な神秘。


 人の世を超越したような力が、リーリエさんの指に宿っていた。


「じゃ、次は此の番だね」


 危険。

 

 ――【旧流法】、()の刃。

 

 本能に従い、反射に近い速度で奥義を練る。


 足に総身の力を込め、リーリエさんの目に意識を集中する。


「――《鴉羽(からすば)》ッ!」

「お?」


 リーリエさんが僕めがけて振り下ろした左手が空を切る。

 

 怪しい色を秘めた左手が抉ったのは、僕がリーリエさんの瞳の中に残した残像のみ。


 【旧流法(レアーラ)】、()の刃。《鴉羽(からすば)》。


 

 緩急をつけた急加速で相手の意識に残像を残し、相手の意識の懐に入り込んだり、緊急回避する奥義。


 

 それを以て僕は後ろに回り込んだが――。


「――残像か、悪くないね」

「ッ!?」


 踏み込んだ先が爆発した。


「だけど、良くもない」

 

 地雷の術式……!

 《蒼眼》で爆発する寸前に見切り、受け身を取って木剣を構え直す。

 チっ、厄介な……!


「エディンばっか見てんじゃ、ないわよ!」


 リーリエさんの背後からリリアが迫る。

 

 刃には【八炎鼓】の焱が灯されている。


 攻略中は素材が焼け落ちるからと使っていなかった、破滅の劫火。


 リリアの全体重と灼熱の力が載せられた刃。

 それをリーリエさんは手に持っていた煙管で受け止めた。


 煙管は瞬時に刀へと変わり、リリアと鍔迫り合った。


「おっ、と、とと……! 炎、いや熱変換の源流能力か!やるねぇ、こりゃ此負けちゃうかもー?」

「全っ、然、余裕そうじゃ、ない!!」


 火花が散り、鈍色と赤色の閃光が空に交わる。

 

 リリアは踊るように足を交え、身体の回転や特殊なリズムで灼熱の刃を振るっている。

 しかしリーリエさんはその連撃を片手で握った刀一本で受け止めていった。

 

 リーリエさんの高そうな和服が火の粉だけでちりちりと焦げていく。

 

「僕もいるんだけどっ!」


 体勢を立て直し、リリアとは逆の左側から切りかかる。


「うははっ! 盛り上がってきたじゃん!」


 しかし、僕の一撃はリリアほど警戒されていない。

 

 左手に宿した武器。

 魔剣と肉体が融合した指で受け流された。

 

 瞬間、向けられた人差し指が鎖となり、凄まじい速度で伸びて僕の首を狙ってきた。


「――隙」


 鎖の一撃を半身になって躱し。


「ありぃッ!

 」


 渾身の力を込めた蹴りをリーリエさんに叩き込む。


「……イ゛ッ……ッ! 嘘じゃん、剣より蹴りのほうが威力倍以上ってなに? バカおもろいんだけど」


 チっ、鎖を砕いただけか!

 

 青黒く変色した鎖はのたうち回り、鞭のような勢いで僕に迫り――。 


「援護するのです! <玉桂天装(ソーマ)>!」


 アルターが指先に黄金の光を宿し、術式を描く。

 解読不能のそれが光り、とリリアを包みこむ。


 ――征ける。


 身体の奥から魔力が、膂力が跳ね上がるような感覚。


「あはっ。此、見たことないんだけど。なにそれ、おもろ!」


 リーリエさんの鎖に魔力が強固に乗った。

 

 鎖を木剣で叩き落とし、深く一歩を踏み込み、リリアと重ねるように一撃を叩き込む――!


「源流能力――」


「――【生体艤装(せいたいぎそう)】!」


 リーリエさんの両腕がかがやく。

 人のそれだった両腕が大盾へ変わり、僕とリリアの一撃を軽々と受け止めた。


「……ふう、やれやれ。ちょっとナメすぎてたかな」


 リーリエさんの両腕が盾から人のものへと変わる。


「なら、改めて此の源流能力を教えてやろうか」

 

「源流能力は魂の形。魂の力に追いついた、人が理を超えるための異能。後天的にしか身につかない、超越者の証だ。魔法を遥かに超える強さの、神の登竜門」


 リーリエさんは朗々と歌うように語っていく。


「此の源流能力は【生体艤装(せいたいぎそう)】。

 武装と肉体を融合させ、魔導具と肉体の性能を最大限を超えて引き出す力。さっきから見せてたのはこれ」


「第二陣だ。テンション上げていこうぜ、少年少女」






 ※※※



 

 


 ――源流能力。

 

 リリアの【八炎鼓(やくさえんでこ)】、リーリエさんの【生体艤装(せいたいぎそう)】のことだ。

 

 あれは霊魂固有の神秘。


 現実を改変し、変革するには「神秘」が必要だ。

 だけど源流能力の「神秘」は魔法を遥かに上回る。


 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>も効果は薄い。

 

 魔法的な防御くらいなら貫けるが、リーリエさんの【生体艤装】を正面からぶち抜くには神秘が足りない。


 リリアは神秘など見えてない。

 

 だけど、全身でそのヤバさを感じ取っているのか、鳥肌を立たせて深く構えている。


「うはは――っ」


 リーリエさんの指に強固な神秘が纏わり付く。

 

 彼女の両腕が転変する。

 盾から指へ。

 指から魔導具へ。

 指と魔剣、魔導具が融合していった。

 

 中指は魔剣、人差し指は魔砲――。

 魔法増幅器へと至った。


「そら、行くよ。ぼさっとしてると――」


 リーリエさんの人差し指がリリアへ向けられる。

 指先に魔力が集まる。膨大な魔力が捻れ、捩れ、圧縮し――。


「――死ぬよ?」


 弾けた。

 強烈な爆音が鳴り響き、リリアへ極大の火炎弾が飛来する。


「――ッ!」


 灼熱の剣と火炎弾がぶつかり合う。

 

 リリアがたたらを踏み、刃を魔法で鍔迫り合いながら地を削って後退する。


「そらそら、次々行くぜー?」


 リーリエさんはいたずらっぽく笑い、人差し指の銃口をリリアへ向けた。

 砲弾のような爆炎が爆音を奏で、火砕流のように押し寄せる。


「はっ――!」


 炎が空を舞う。

 

 リリアの剣に【(やくさ)(えん)(でこ)】の(あか)が流れ、押し寄せる砲撃を焼き尽くしていく。


 魔法そのものが、焼け落ちていった。


「リリアちゃんの源流能力は厄介だねー。魔力すら燃やすんだ」


 リーリエさんが不敵な笑みを()らし、リリアへの注意を強めている。


 今だ。


 足に溜めた魔力と力を解放し、一気にリーリエさんの背後へ駆け寄り、一息に切り伏せ――。


「見えてるんだわ」


 ――られない。

 振るった木剣が甲高い音を立てた。


 僕の渾身の一撃はリーリエさんの中指一本で受け止められた。


「足音と気配を消したのはその歳の割に見事だけど、呼気までは切れてなかったぜ?」


 怖気(おぞけ)

 背筋に走った直感に従い、倒れ込むように(かが)む。


 (まさかり)のような蹴りが僕の頭の直上で通り過ぎた。足は斧となっていた。

 

 僕の首を軽々と刈り取れる強烈な一撃を(かが)んで回避し、後方へと跳ぶ。


 く……っ、予備動作無しで即死の一撃かよ……!


 手札が本当に多すぎる……! 下手な選択を取れば次の瞬間死ぬ……!


「解せないな。君、魔法使えるだろ? なんで使わない?」


 リーリエさんの人差し指が僕の方へ向けられる。

 瞬間、早送りのように迫ってきた火炎砲撃を<鴉羽(からすば)>を使って(かわ)す。


 <鴉羽>を維持し、残像を残しながら走り続ける。


 床へ、壁へ、天井へ。平面に囚われるな。立体的に動いて相手の予想を乱せ……!


 リーリエさんの人差し指の銃口が鈍色(にびいろ)に煌めく。


「余所見してんじゃないわよ!」


 後ろから唐竹割に振りぬかれたリリアの一刀を半身になって躱しながらリーリエさんは続ける。

 

 その瞳が、モーリス君へ向けられた。


「あー、雑魚に気を使ってるのかな? うはは、侮られたもんだね。此相手に雑魚を気にしてる余裕があるなんて」


 リーリエさんの髪が銃口の形を取る。

 ……! まずい、そっちは……!


「――邪魔だね。さっさと退場させようか」


 爆裂。

 砲口になったリーリエさんの髪から爆炎が放たれ、モーリス君へと迫る。


 リリアは――間に合わない。身体を反転させ、魔法へと剣を向けているが、魔法はとうの昔に間合いから飛び去っている。


 僕は――。


 

 ――僕の見ていないところか、もう少し教わる回数を踏んでからやれ!


 

 リモルさんの言葉が脳裏を(よぎ)った。

 

 ――間に合う。

 だが、これを見せられたモーリス君はどうなる?

 魔法が誇りの彼に、彼の扱う魔法を凌駕する術式の魔法を見せられた彼の矜持は、どうなる――。


 ――違うだろ。


 

「――<紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>」


  

 紅蓮の太陽を二発、(なげう)った。


「おおっ……!?」


 リーリエさんの周囲が爆散する。

 

 一発は魔砲へ。

 もう一発はリーリエさんへと撃ったからだ。

 

 文字数は八万と五千文字。

 魔力で術式を瞬時に象り、術式内容を大きく変更させて撃った。


 ――矜持より、生命のほうが大事だ。


 変更点は魔法の速度。

 亜音速から音速以上へ変更した太陽は尾を引き、爆裂。

 

 横合いから放たれた紅蓮の太陽はリーリエさんの魔砲を弾き飛ばした。

 熱はモーリス君とアルターへと向かわず、リーリエさんのみに殺到した。


「……ぇ」


 喉奥から、溢れるような声が聞こえた。

 モーリス君の声。

 恐る恐る、声の元へと振り返る。


 そこには、信じられないものを見るような、心底から安心したような。

 恐怖に歪んだようなモーリス君の顔が、僕に向けられていた。







 ※※※






「――今のは【魔神】リモル・ケッツァーの魔法か」


 もうもうと立ち上がる煙が晴れ、リーリエさんが姿を見せる。着崩した着物の一部が焦げていた。


 右手の一部は火傷で真っ赤に染まっている。

 パリパリ、と肌の皮がめくれ、その下から増殖した白い肌が傷を埋め、癒やしていく。

 

 リーリエさんと言えど、リモルさんの魔法を完全に防ぐことは不可能だった。

 咄嗟に防御態勢を取ったリーリエさんでも無視できない威力の魔法ということだ。


 【生体艤装】で保護していない場所なら、リーリエさんを貫けるってこと。


 僕に向けられる警戒度がはね上がっている。

 一挙手一投足をなめ回すように見つめられている。

 

 ぐちゃぐちゃの顔をしたモーリス君に背を向けた。


 構えを取る。

 ここからはモーリス君に気を使えるほど余裕のある戦いはできなくなる。


「この魔法はあの大罪人(バカ)くらいしか使ってないはずなんだけど……誰に習った?」


 好奇がのった緑色の虹彩が僕を見つめる。


「親切な通行人が教えてくれたんですよ」


 木剣を青眼に構え、魔力を込めて強化する。

 

 リーリエさんの雰囲気は変わらない。

 ネズミをいたぶる猫のような無邪気な殺意を僕に向けてくる。


 無意識に立った腕の鳥肌をなでる。

 

 落ち着け、勝機はまだある。

 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>の魔法は有効。

 防御こそされたけど、リーリエさんとて無防備な状態で食らえばただではすまない。


「そっかそっか! じゃあ」


 リーリエさんの瞳孔が細まった。


「――ちょっと乱暴に聞いてみようか」


 髪の毛一本一本が魔砲門となる。

 千を超える砲門に火が灯り、一斉掃射。


「!」


 リリアと僕の両方へとんでもない量の爆炎が殺到し、視界が炎に染まる。


「――【八炎鼓】」

「――《鴉羽》」


 無傷。

 僕は《鴉羽》で回避し、リリアは【八炎鼓】の火を纏わせた一刀で爆炎の尽くを切り伏せた。


「うはは、いただき」


 爆炎の煙の向こう側からリーリエさんが突如として現れ、僕目掛けて右手を振るった。


「視えてますよ」

 

 リーリエさんの斬撃を木剣をいなして躱す。

 

 己の剣を水に見立てる。

 木剣を繰って迫る五本の魔剣を受け流し、身体の芯に来る衝撃を宙へ逃す。


()ィ――っ」


 リリアが赤剣をリーリエさんめがけて振りぬく。

 

 リーリエさんは和服の袖から取り出した魔剣でリリアの一撃を防ぎ、符を飛ばす。



 

「陰陽道――四方(しほう)術・水蛟(みずち)




 

「な――っ」


 符が濁流へと変わった。

 

 濁流は水の龍へと変わる。


 鉄砲水のように飛び出した水の龍にリリアは対応しきれず、壁へと弾き飛ばされた。


 ――なんだ、あれ。 


「かっ、は――っ」


 水の龍はリリアを咥えたまま壁に押し付け、剣を振るえないように押さえつけている。


「――リリア!」

「余所見してる余裕あるのかい?」


 リーリエさんの左手に握られた魔剣が煌めく。

 赤錆びた魔剣が瞬きより早く迫る。

 

 木剣で防ぐ――。不可。魔剣の性能は木剣なんて軽々と凌駕する。

 《鴉羽》で回避――。不可。あの赤錆びた魔剣の効果は『必中』。回避を予測し、食らいついてくる魔剣。


 このまま、僕は、何もできず――。


 木剣が僕の身体を貫く、その瞬間。


 リーリエさんの体幹が、大きく崩れた。




 




 ※※※







 ……悔しかった。

 石上モーリスの心中を埋め尽くしていたのは、悔しいという感情であった。


 リリアに相手にされないという屈辱。

 

 アルターという小柄な少女にすら貢献度で負ける屈辱。

 国の英雄たるリーリエに雑魚呼ばわりされた屈辱。

 

 そして――。エディンと言う家族の恩人に、対等だと思っていた存在に、気を使わせていた忸怩(じくじ)


 ここまで何もできていない。

 エディンはずっとモーリスに気を使ってくれていたのはわかっていた。

 それが、何より悔しかった。


 自分よりも力が強いから見下している。

 だけど、魔法が使えるわけじゃない。

 筋肉自慢の連中と同じ。僕の優位性は疑うまでもない。


 モーリスはエディンに対してずっとそう思っていた。

 強いと言っても所詮は村の力ばかり自慢のバカと同じ。


 魔法も使えないのに偉そうに振る舞い、モーリスに石を投げてきたガキ大将とその金魚の糞と同じだと。

 

 ――だが、違った。


 エディンは、魔法が使えたのだ。

 それも、モーリスなどより遥かに高位の魔法を、エディンは使えていた。


 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>。

 これが並大抵の難易度の魔法でない事くらい、モーリスは理解できた。

 

 自信に思い、誇りに思っていた土壁の魔法よりも構築が遥かに難しい。


 見るだけで魔力の消費も激しいのもわかる。しかし、術式が破綻しているわけでもない。


 熟練の魔法師でも使えるかわからない。

 

 それほどまでに芸術的な術式だった。


 感嘆と、屈辱と、安心があった。

 

 彼はモーリスを馬鹿にしていたのではない。

 ただ、モーリスに恥をかかせないために立ち回っていたのだ。

 

 神童と持て囃された秀才、石上モーリスはその事実を理解し、安心と屈辱、諦観を抱いた。


 石上モーリスはあの領域に立てない。

 リリアのような剣技も持たない。何もかもを焼き尽くす剣技も、力もない。

 

 隣で何やら術式を描いているアルターのような先見の明も、お金もない。


 エディンのような、圧倒的な才覚と懐の広さを持ち合わせているわけでもない。


 届くはずもない。

 人の手で星に手が届かないように、モーリスの手では逆立ちしたって並べないのだ。

 だが。


「【法陣構築(アヴル)】――」


「――<土壁(ウァール)>」


 一矢、報いることは。

 星に手を伸ばすことは、誰だってできるのだ。







 ※※※




 リーリエさんの体幹が、大きくずれた。

 

 リーリエさんの足元。

 土から土壁が隆起し、彼女の態勢を大きく崩したんだ。


「……!」


 下手人は、石上モーリス。

 怯えて伏せているふりをしながら、身体を盾に魔法陣を隠して展開したんだ。


 リーリエさんは魔力探知を怠っていた。

 だから、モーリス君の魔法に一切気づかなかったんだ……!


 一瞬。されど致命的な隙。

 その隙を、僕らが見逃すはずもない。


 ――()ォッ。

 水蛟(みずち)の術が焼き焦がされ、リリアがリーリエさんへ飛びかかった


 リリアの体表には淡く輝く黄金のベールがかかっていた。

 アルターの<玉桂天装>だ。


 

「さっきは良くも舐めた真似してくれたわね――!」

 


 リリアの握る宝剣【(えん)】に【八炎鼓】の火が灯る。


「【焱巫流(えんぶりゅう)】――」

 

 一切合切を焼き斬り、リリアの剣が煌めいた。


 

「――《斬骨(ざんこつ)》ッ!」


 

 リリアの全体重、全荷重を一点に載せた斬撃がリーリエさんの赤錆びた魔剣を正面から鍔迫り合い――。

 

 ――焼き切った。


「……ッ!?」


 リーリエさんは驚愕を満面で表し、ニヤついた笑みが崩れた。

 

 そして、それは更に隙を生む。


「<紅蓮(ヴァ)>――」


 魔法の名を唱える。

 それだけで詠唱の代わりとなり、出力が上がった。

 

 この一撃にすべてを載せる。

 魔法陣にありったけの魔力を載せる。飛距離はゼロメテル。

 

 代わりにありったけの火力を込め、破裂しそうな紅蓮の太陽を右手に載せる。

 リーリエさんを道連れに自爆せんと飛びかかった。


「勝つのは――」


 リーリエさんの指が術式へと触れる。

 指と魔法陣の魔力が絡み合い、術式が具現化し――。


「――此だっ!」


 リーリエさんが吠えた。


 魔法術式が、砕けた。

  


 リーリエさんは術式の外縁部にありったけの魔力を注ぎ込み、術式の強度すら無視して強引に術式を決壊させたんだ。


 

 神速の指が迫る。

 指に込められているのは『爆炎』の魔剣。

 触れた瞬間に僕の身体は爆散し、消し炭となるだろう。


 ――だから、一歩踏み混む。


「……ッ!?」


 それは、拳と拳の間合い。

 

 身体を武器へと融合し、深化させることができるリーリエさんにとって最も得意な間合。


 そこへ僕は《鴉羽》を使って潜り込んだ。


 突如、拳の一歩外から間合いの内へ入り込んだ僕に、リーリエさんは驚愕しつつも指先を僕へと向ける。


 だから、拳をリーリエさんの腹に置いた。


 打撃としては未熟。


 柔らかそうな見た目とは裏腹に強固な腹筋。

 

 それと鎧が融合し、予防線で魔法障壁まで張っている。


 <紅蓮砲殲火(ヴァ・レグロム)>であったとしても魔法障壁による威力の減衰は避けられない。

 リーリエさんの腹には痛痒すら与えられないだろう。



 リーリエさんはニヤリと笑い、僕に爪のような魔剣を振り下ろして――。



 

「――《蒼霆(そうてい)》」




 青い、神の稲妻がリーリエさんを穿いた。

 

 

  

 

 




 


 

 

 

 

 

 

 

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