出会い
一時間後。
「わぁ……!」
アルターが両手を顔の前で合わせ、僕を前に喜色を満面に浮かべていた。ログマもキラキラした目で僕の全身を眺めていた。
「ど、どうかなー。なんて」
一転し、全身を見せる。
《蒼眼》で改めて視れば、小洒落た紳士、と言った風貌。
髪はふわっと浮かせ、ほんの少し後ろに撫でつけている。
淡い黒と白が基調だ。仕立てがよく、軽いコート。アイボリー色の薄手のニットに、黒墨色のスラックスを履かせていらっている。
靴は黒いブーツのようなもの。両側にゴムみたいなものが入っている。つま先が細いが、思いのほか履きやすい。靴紐がないから、すっきりしているね。
首には淡い青色の蒼瑠璃に銀の蛇を彫った、控えめで上品なネックレスをつけている。
「どうだ。なかなかいいだろう」
後ろではクロがふんす、と腰に両手を当てて威張っている。
クロのお下がりだが、クロ自身はコーデに何も役立っていない。エレインがいろいろ考えてくれたものだ。
いやほんと、クロが初手から「ドラゴンフェニックス」とか書かれたシャツを自信満々に出してきたときは嫌がらせかジョークの類だと思ったよ。
エレイン曰く、クロの純然たる趣味らしい。
「や~、エディンさんが兄様と同じくらい股下が長くて助かったすよ。兄様ってばモデルみたいな体型してるせいで、いろいろ特注してるんで。
エディンさんも同じような体型で助かったっす。手直しが一部で済んだんで」
エレインはひらひらと手を振っている。エレインが一時間で諸々の調整をやってくれたんだけど、これがまたとんでもない速さで。
袖の長さが足りなかったんだけど、それの調整を20分くらいでやってくれた。いくらなんでも早すぎるでしょ。
なんて思っていたら、目の前でリリアが僕を見て固まっていた。
「ほら、ほら。せっかくエディンがめかし込んでくれたのです。何か言うことがあるんじゃないのですか?」
にやにやしながらアルターがリリアの背に肘をうりうりと押し付けていた。
「エッ、いや、あの……」
リリアはたじたじになりながら、アルターに押されて前に出る。
顔が真っ赤だ。熱されたやかんでもこうはならないだろう、ってくらい綺麗に赤。頭から湯気が出そうなくらいだった。
「………………………………………………似合ってる」
思いっきり目を逸らされながら、リリアが小声で言った。
「ありがと……あんまり喜ばれてないのかな?」
後ろで立っていたエレインに耳打ちする。
「んー、むしろ効果てきめんなくらいかもっすねー」
はえー……、そうかな。普段のリリアならいいものは、いい! ってきっぱり言うからさ。実際どーなんかはわからないんだよね。
なんて考えているとなぜか、エレインは生暖かい目で僕を見ていた。
まるで泥遊びする子供を見る母親のそれだ。なんでそんな目で見られなけばならないのか。
まあ、いいか。
「よし」
ぱん、と両手を合わせ。
「だいぶ待たせちゃったね。それじゃ」
笑顔を浮かべ、周囲を見る。
「みんなで街ブラ、しにいこっか!」
「「「「は?」」」」」
全員から、ありえないものを見るような目で見られた。
※※※
「は? な、何言ってるんですか、このお惚けバカは」
アルターが心底理解しかねる、と言わんばかりに眉間を指でもんでいた。
「感嘆。百年の恋も醒めるとはきっと、このおバカぶりを言うのでしょうね」
ログマがやたら辛辣な調子で僕をなじった。
恋ってなんだ。恋って。僕みたいな奴を好きになるやつはいないだろ。
愛してくれる人がいる、だなんて思い上がってもいないし。
「エディン、お前というヤツは……。いや、なんでもない。はあ…………」
クロが後ろでクソデカため息を吐いていた。
「いやー。これは前途多難ってやつっすねー」
けらけらと笑いながらエレインは口に手を当てている。
「…………………………」
肝心のリリアは、完全に動かなくなっていた。
石像を彷彿とさせる不動さ。瞬きすらせず、おしゃれな少女の石膏のようになっている。
……あれ。これ、僕がやらかしたやつか。
「り、リリア」
「アホボケエディン。ちょっとこっちに来るのです」
あたふたしていると、肩を怒らせたアルターが僕の手首を引き、部屋の隅に連れてきた。
「いいですか。リリアはエディンとふたりで出かけたいのです。いいですか、アルターたちじゃないのです。ふたり『きり』。わかるのです? アルターたちはおジャマ虫なのです」
アルターが小声で耳打ちしてくる。
「アルターたちがおジャマなわけないじゃないか。何言ってるんだ」
「このお惚けすっとこどっこい! 誰がどっこいしょしていいと言いましたか!」
アルターから反論を奪われてしまった。
……むぅ。アルターたちがジャマなわけないって言いたいだけなんだけどな。
「エディンのそういうやさしさは長所ですが、こういうときは本当にだめなのです……」
アルターは頭に手を当て、天を仰いでいた。
「にしても、なんでリリアは僕と二人きりで出かけたいんだろうか。剣でも見に行くとか? アルターはなんでか知ってる?」
「おバカ!」
がつん、とアルターの拳が頭に降ってきた。
痛っ……くはない。
「それをアルターに聞いてどうするのです!? そんな野暮天をアルターがするわけないのですよ」
「なら、リリアに聞——」
「乙女の尊厳をぶち壊してどうするのですか!?
リリアが本格的に泣いても知らないのですよ!? ……とにかく! エディンは今日、リリアをエスコートする! わかったのです?」
「うん。もちろん」
最初からリリアをエスコートする気満々だったんだ。アルターに言われるまでもない。
「本当にわかってるのです……?
まあ、いいのです。わかったなら、とっとと行くのです。ほら、これも受け取るのです」
アルターは頭痛を堪えるように額に手を当てつつ、懐から五枚の1万テレス札を取り出した。
「いいのです? リリアを楽しませるのですよ?
エディンがバカみたいにタワーみたいな料理をアホ面晒して食べるための金じゃないのです」
「わかってるよ。ありがとう」
金を受け取りながら、なんだか複雑な気持ちになった。
そこまで信用ない? 一人ならともかく、リリアがいるんだから食欲位抑えるさ。
僕はアルターから離れ、放心したままのリリアへ歩み寄る。
すう、と息を飲みこみ、手を差し伸べる。
「リリア。二人で、いっしょに出かけない?」
※※※
【聖都】の街は、歩いても歩いても、終わりがなかった。
水路沿いの高架の道を歩いて、橋を渡って、角を曲がる。
白い家々の間を抜けると、大きな広場に出た。噴水の周りに、屋台がずらりと並んでいた。
つかず、離れず。水路側を歩き、リリアをエスコートする。
水路は青空を反射して、きらきらと光っている。水路ではたまにフネイカが白波を割って、颯爽と水路の果てに消えていく。
「エディン、あれ」
リリアが、屋台の一つを指差す。
甘い香りが、一帯に漂っていた。
蜂蜜を染み込ませた、薄い焼き菓子の屋台だった。
何層にも重ねた小麦の生地の間に、砕いた木の実が挟まっている。
「食べたい」
「いいね。買ってくるから待ってて」
珍しく言葉数の少ないリリアを、噴水の脇に座らせて屋台へ向かう。
「おじさん、その焼き菓子ふたつ!」
「あいよ!」
財布を懐から取り出し、屋台のおじさんに銀の硬貨を二枚渡す。
おじさんは慣れた手つきでじゅう、と小麦を溶いた砂糖水を鉄板の上に広げる。
やわらかい生地に焼き上げた薄皮のそれに、ハチミツとクリーム、アーモンドなどの木の実を刻んだものを散らして一気に巻き上げた。
「はいよ!」
「ありがとう!」
おじさんに礼を言い、噴水へ戻る。
「はい、どうぞ!」
焼き菓子の片割れをリリアに渡した。
「……ありがと」
あむ、とリリアが口に運ぶ。
僕もそれを見て、甘味を味わう。
癖の少ないハチミツの旨味と、木の実の香ばしさよ。クリームの中にあるザクザクとした食感が、口いっぱいに広がった。
「おいしい」
リリアが、小声で目を輝かせた。
……うん。正解だった。
僕が一人で十個も食べてたら、リリアが食べたいものを見つけるたびに、足を止めさせることになる。
今日は、リリアが行きたいところへ行って、リリアが食べたいものを、少しずつ分ければいい。
「さ。リリア。次も甘味処、行く?」
「……行く」
「ん。なら、行こっか」
僕はにっと笑って、リリアの一歩前を歩く。
それから、いろんな屋台を回った。
干した無花果を砂糖で煮た、とろりとした果物。冷たいミルクに、甘いシロップを垂らした飲み物。揚げた生地に蜂蜜をかけた、小さな丸い菓子。柘榴の粒を、氷の粒と一緒に器に盛ったもの。
リリアは、一口ごとに「おいしい」と言った。
目を細めて、頬に手を当てて、本当に幸せそうに。
……そんなに嬉しそうにされると、なんだか、こっちまで嬉しくなるな。
街のあちこちを、歩く。
トラブルも、それなりにあった。
「!?」
あんまりに急いでいたフネイカが、水を勢いよくこっちへ跳ねさせてきた。
いつものようにステップを踏んで回避しようとしたリリアだが、ヒールが高すぎてうまく避けられなかった。
「きゃっ」
「おっと」
水がかかる直前で魔力障壁を展開し、跳ねてきた水からリリアを護りつつ、体勢を崩したリリアを正面から受け止めた。
「災難だね。怪我はない?」
いつものようにリリアへ笑いかけたら、彼女の白い肌が火が点いたように赤くなっていた。
以前もこんなことあったな。アレルギー反応だろうか。
「だ、だいじょうぶっ!」
そそくさと離れたリリアを横に、僕らはのんびりと街歩きを再開する。
水路の上を行き交うフネイカに、乾燥コーンを投げた。
くるりと回るイカを見て、リリアが目を細めて楽しんでいた。
白い石の教会の、三角形の破風を見上げた。【叡神派】の七つの紋章を、リリアが指を差しながら一つずつ数えた。
昨日の勉強会で覚えたばかりの二つ名を、得意げに言ってみせて、半分くらい間違えた。
路地の奥の、小さな工房で、職人さんが杖を削っているのを、窓越しに眺めた。
橋の上で、魔法で絵を描いている大道芸人を見た。空中に描かれた光の鳥が、羽ばたいて、空へ昇っていった。
気づけば、太陽が、ずいぶん高いところまで昇っていた。
※※※
「ちょっと、休みましょ」
リリアがそう言ったのは、大きな公園の前だった。
白い石の門をくぐると、中は、緑の芝生と、大きな木々に囲まれた、静かな場所。
噴水がいくつもあって、水路が芝生の間を縫うように流れている。
子供を連れた親や、本を読む老人、昼寝をしている学生らしい人たち。【聖都】の人たちの、のんびりとした昼下がりの風景。
門の近くに、氷菓の屋台があった。
北の高原から運んできた氷と、水牛の乳を使った、冷たい菓子だという。
「アイス!」
リリアの目が、また輝いた。
二つ買った。リリアはイチゴのフレーバー。僕はエメラ味というものを。
う~~ん、甘い。温かい牛乳と、ほんのり焦がした砂糖に、ほんのわずかに香る上品な木の香り。味自体はさほど甘くないのに、香りとの相乗でとても満足度の高い甘さを感じる。
大きな木の下の、石のベンチに並んで座った。
リリアは、匙で一口すくって、口に運んだ。
それから、目をぎゅっとつぶって、足をばたばたさせた。
「つめたい! おいしい!」
「よかった」
「エディンも、早く食べなさいよ。溶けるわよ」
「ん」
僕も、一口食べた。
冷たい。それから、濃い乳の甘さが、舌の上でとろけた。ほんの少しだけ、蜂蜜の香りがする。
リリアは、ぱくぱくと夢中で食べていた。
僕は、匙を口にくわえたまま、ぼんやりと空を見上げた。
木の葉の隙間から、青い空が覗いている。風が吹いて、葉が揺れて、光の粒が、地面の上でちらちらと踊った。
暇、だな。
……崩点、か。
ふと、ユースティスさんの言葉を思い出していた。
万物には、等しく崩点がある。空気であれ、水であれ、石であれ、鉄であれ。
《蒼眼》で空気を視ると、確かに、流れの中に、他とは違う一点のようなものが、うっすらと視える気がする。
でも、そこへ、どんな力を、どんな角度で、どんな速さで差し込めばいいのか。拳効、と言っていたけど、それは、ただの拳の衝撃じゃないはずだ。
魔法で、同じことはできないだろうか。
術式で、崩点を狙う。魔力の衝撃を、崩点に、ちょうどいい形で流し込む。そうすれば、空気を割れるかもしれない。いや、空気だけじゃない。もし、魔法の術式そのものにも崩点があるなら――。
「――エディン」
「ん」
「アイス、垂れてるわよ」
「あ」
溶けたアイスが、匙を伝って、僕の手の甲に垂れていた。
「もう。また魔法のこと考えてたでしょ」
「……ばれた?」
「顔に書いてあるもの」
リリアは、呆れたように笑った。
「お腹は、足りてる?」
心配そうな口ぶりで、リリアは言う。
「うん。へっちゃらさ」
嘘だ。結構空いている。だけど、そんなことを言ってもリリアに気を使わせるだけだし。この街ブラはリリアへのご褒美でもあるんだ、
手の甲を舐める。じんわりと、ミルクとハチミツの味が舌に広がった。
リリアは、残りのアイスを、最後の一匙まで大事そうに食べていた。
――そのとき。
「はーい、皆さん、こちらですよー」
鈴を転がすような声が、公園の門の方から聞こえてきた。
聞き覚えのある、声だった。
顔を上げると、公園の白い門をくぐって、小さな人影が入ってくるところだった。
白い法衣に、白いヴェール。淡い青銀の髪。首元には銀蛇のロザリオ。
間違いない。リヴェータさんその人だ。
その後ろに、子供たちが、ぞろぞろと続いていた。
十人以上いる。五歳くらいから、十歳くらいまで。みんな、少し古びているけれど、清潔な服を着ていて、手を繋いだり、走り回ったりしながら、リヴェータさんの後をついていく。
「リヴェ様、噴水!」
「走っちゃだめですよー。転びますわ」
「おなかすいたー」
「お弁当は、あちらの木の下で。よろしい?」
「うん!」
リヴェータさんは、子供たちに囲まれながら、にこにこと笑っていた。
議場の、あの人とは、まるで別人みたいだった。
……いや、別人じゃないんだよな。なんか、ああしているとちっちゃいお姉ちゃん、って感じだ。
僕は、ベンチから立ち上がった。
「リヴェータさん」
声をかけると、リヴェータさんが、こちらを振り向いた。
「まあ」
彼女の碧い瞳が僕を見て、ぱちぱちと瞬きをして、それから、ぱあっと笑顔になった。
「エディンさん。それに、リリアさんも。奇遇ですわね」
「こんにちは。……子供たちと、お散歩ですか」
「ええ。救民街の孤児院の子たちですの。今日は、少しだけ時間ができましたので。皆でお弁当を持って、遊びに来たのです」
リヴェータさんは、子供たちの頭、順番に撫でながら言った。
隣で、リリアが、ベンチに座ったまま、アイスの器を握りしめていた。
口元が、きゅっと引き結ばれている。
……む、すごくリヴェータさんをじとっとした目でリリアが見てるな。
せっかく二人で回っていたところに、知っている人が来たから、気を遣わなきゃいけなくなった、とか、そういうことだろうか。
「リリアさんも、こんにちは」
「……こんにちは」
リリアは、とても小さな声で挨拶を返した。
リヴェータさんは、そんなリリアを見て、少しだけ目を細めた。それから、くすりと笑った。
……何が、おかしいんだろう。
「そうそう、エディンさん」
リヴェータさんが、ぽん、と手を打った。
「ちょうどよかった。ご紹介したい方がおりますの」
「紹介?」
「ええ。本日、この子たちの散歩に、ご一緒してくださっている方ですわ」
リヴェータさんは、子供たちの群れの、端の方へ顔を向けた。
――そこに、誰かがいた。
子供たちの一番後ろ。子供たちに埋もれるみたいにして、小さな人影が、身を縮こまらせていた。
背丈は、リヴェータさんと、同じくらい。子供たちとほとんど変わらないくらいに小さい。地味な、水色の神官服を着ていた。
緑色の、長い髪だった。
前髪が長くて、顔の半分が隠れている。その隙間から、水色の瞳が、怯えた小動物みたいに、ちらちらと僕の方を窺っていた。
両手を胸の前で握りしめて、全身が、小刻みに震えていた。
「さあ、こちらへ」
リヴェータさんが、手招きをした。
その子は、びくっと肩を跳ねさせた。それから、子供たちの間を、ぎくしゃくとした足取りで抜けてきた。右手と右足が、同時に出ていた。
僕の前で、止まる。
顔が、真っ赤だった。
水色の瞳が、僕の顔を見上げて、すぐに逸れて、また見上げて、また逸れた。
「こちらは、わたしの弟子で――」
「ごごごごごご紹介にあああ預かりました!」
リヴェータさんの言葉を遮って、その子が叫んだ。
声が、裏返っていた。
「わ、わたし、お、恐れ多くも、い、偉大なる蒼のお方の、し、神官長を、つつつ務めさせていただいておりまして、つ、ついでに、召喚学科の祭主を、や、やっておりますぅう――!」
深々と、腰を九十度に折った。
緑色の長い髪が、ばさりと前に垂れた。
「カゥア・カンバーバッヂと申しまっすぅ! どどど、どうぞ、よろしくお願いいたしますぅう!」
――公園中に、響き渡る声だった。
近くで昼寝をしていた学生が、びくっと飛び起きた。子供たちが、きょとんとした顔で、その子を見上げていた。
僕は、ぽかんとしたまま、目の前で頭を下げている、リヴェータさんと同じくらいの背丈の少女を見下ろしていた。
11月からは週1投稿となります。
次回の更新日は11月6日です。




