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第22話 卒業試験と、機人化の想定外

 呪われた古代剣の解呪を見事に成功させ、よろず屋としての初仕事を完璧にこなした翌日。


 マンションの工房で、結羽は黒光りする『古代樫の棍』を手入れしていた。


 仙術のコントロールにも慣れ、肉体はダンジョンの環境に完全に最適化されている。


 ステータスの数字など見えなくても、自分の身体が以前とは別次元の「戦士」へと仕上がっている確かな手応えがあった。


『――マスター、結羽殿。緊急の報告があります』


 作業台の上に置かれた黄龍の宝珠が、突如として強い金色の光を放ち、少しだけ張り詰めた声を上げた。


「どうした、黄龍。また協会のお偉方でも嗅ぎ回ってきたか?」


 コーヒーを飲んでいたドレイクが尋ねる。


『いえ。ネットワークの深層から、ダンジョン協会が設置している野田ダンジョン最下層の魔力波長データを監視していたのですが……先ほど、異常な魔力収束を確認しました。第6階層のさらに奥。深層の待機部屋に、巨大な質量の再構築反応。……三年前にスタンピードを引き起こした個体と同等の、深層の主。ミノタウロスがリポップした模様です』


 ついに、来た。


 ふゆの霊穴塞ぎを完全に治療するための、特効薬の鍵となる最後の素材。


 そして、結羽が真の意味で過去のトラウマを乗り越え、万能の戦士として自立するための最大の壁。


 ドレイクはゆっくりと立ち上がり、結羽に向かって無造作に言い放った。


「今日から、お前一人でやれ。俺は一切手を出さねえ」


 ドレイクの黄金の瞳が、静かに、しかし絶対的な信頼を込めて結羽を見下ろす。


「卒業試験だ。今日まで俺が叩き込んできた理のすべてを使って、お前一人の手で、あの牛っころの角をへし折ってこい」


 卒業試験の宣告。


 以前の彼女なら、恐怖で足がすくみ、また無様に打ちのめされていただろう。


 だが、今の結羽の心は一滴の淀みもなく澄み切っていた。


 泥臭く這いつくばって受け身をとり、痛みに耐えて関節の理を学び、極上のダンジョンちゃんこで細胞の隅々までを最適化してきた日々。


 そのすべてが、彼女の肉体と魂に、揺るぎない自信という名の根を張らせていた。


「はいッ! わたし、絶対にあの牛っころを倒して、ふゆの薬の材料を獲ってきます!」



◆◆◆



 数時間後。千葉県、野田ダンジョン深層。


 重厚な石の扉の前に、結羽は一人で立っていた。


 そのすぐ斜め後ろには、隠形と隠蔽の仙術によって完全に気配を消したドレイクと黄龍が、音もなく付き従っている。


「……行きます」


 結羽は短く呟き、両手で重い石の扉を押し開けた。


 ズズズズズ……。


 埃と共に扉が開き、広大な石室の全貌が明らかになる。


 淀んだ魔力溜まりの中心に鎮座していたのは、見間違えるはずもない、あの異形だった。


 だが、その姿を見た瞬間、結羽の足がわずかに止まり、背後で見守っていたドレイクの黄金の瞳がスッと細められた。


「ガァァァァァァッ……!!」


 石室の奥に鎮座していたミノタウロスが、侵入者を検知して耳をつんざくような咆哮を上げた。


 だが、その鳴き声には、野獣特有の生々しい響きだけでなく、どこか金属が軋むような不快な駆動音が混じっていた。


 薄暗い空間の中で、その異形がゆっくりと松明の明かりの元へと歩み出てくる。


 結羽は、古代樫の棍を構えたまま、信じられないものを見るように息を呑んだ。


 身の丈三メートルの巨躯。


 左半身は、分厚い筋肉と黒々とした剛毛に覆われた、見慣れた深層の中ボスそのものだ。


 しかし、その右半身は、鈍く光る黒鋼の『機械装甲』で完全に覆い尽くされていたのだ。


 肩から腕にかけては無骨なシリンダーが剥き出しになり、胸部には脈打つように青白い光を放つ太い魔力パイプが何本も這い回っている。


 頭部右半分の角は鋭利な金属製のブレードに置き換えられ、赤い電子の瞳がジジジッとレンズの焦点を結羽に合わせていた。


『……データ照合。該当なし』


 結羽の背後、隠形状態の黄龍から緊迫した念話が飛ぶ。


『ダンジョンの本来の生態系において、あのような機械化された魔獣は存在し得ません。魔素によって自然発生したものではなく、何者かが人為的に肉体を改造し、兵器として再構築したものです』


「チッ……」


 ドレイクの低い舌打ちが聞こえた。


『誰かが裏口からシステムを弄り回してやがるな。間違えねえ、あの装甲の接合技術と魔力回路のパターン……アストライア(異世界)の大断裂前に存在した、古代遺物の技術体系だ』


 ダンジョンの最奥で、未知のオーパーツによって生きたまま機人(サイボーグ)化された中ボス。


 それはもはや、一つの生態系を為す魔獣ではなく、殺戮のためだけに調整された完全なイレギュラーだった。


『結羽、一旦引け!』


 ドレイクの鋭い指示が飛ぶ。


『こいつは卒業試験の想定を超えてる。機械のブーストが乗った出力は、ただの牛っころの比じゃねえ。一旦仕切り直して、対策を練るぞ』


 過保護な師匠としての、当然にして絶対の判断。


 得体の知れないテクノロジーで強化された相手に、初見で真っ向から挑むのは危険すぎる。


 だが、結羽は引かなかった。


「……いいえ、やります」


 結羽は一歩たりとも後退することなく、漆黒の古代樫の棍を自らの身体の前にピタリと構えた。


「機械の関節も、生身の関節も、曲がる方向が同じなら『理』は同じですよね、おやっさん」


 彼女の横顔には、未知の異形に対する怯えは微塵もなかった。


 どんな悪意が裏で糸を引いていようとも関係ない。


 ふゆの薬の材料となる「無傷の左の角」を持ち帰るという、明鏡止水の覚悟だけが静かに燃えている。


『……へっ。言ってくれるじゃねえか』


 ドレイクはフッと息を吐き出し、制止の言葉を飲み込んだ。


 弟子がここまで腹を括っているのなら、その覚悟を信じて見守るのが師匠の務めだ。


『気をつけろ結羽。金属装甲にまともに打ち合えば、棍が弾かれるぞ。継ぎ目を狙え』


「シュッ……!」


 結羽は短く鋭い呼気と共に、全身に『身体強化』の仙術を巡らせ、同時に手にした古代樫の棍に『硬化』の仙術を極限まで流し込んだ。


 黒光りする棍が、青白い魔力の光を帯びて微かに唸りを上げる。


「ギィィィガァァァァッ!!」


 機人化ミノタウロスが、背中の排気管から赤い蒸気を噴き出し、爆発的な推進力で突進してきた。


 石畳が粉々に砕け散るほどの、圧倒的な質量と速度。


 ステータスという補助輪を外した少女の卒業試験の幕が、理不尽な機械の駆動音と共に切って落とされた。

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