第20話 よろず屋の初仕事と、呪われた長剣
学校での凄まじい能力測定(と、体育館の床の弁償騒動)を終え、結羽が野田市内のマンションへ帰宅したのは夕方のことだった。
彼女は玄関で靴を脱ぐなり、はぁ〜っと深い溜め息をついた。
「ただいまぁ……」
「おう、おかえり。どうした、随分とくたびれた顔してんな」
リビングから、エプロン姿のドレイクが顔を出した。手には夕飯の仕込み中なのか、大きなすりこぎを持っている。
「おやっさん……。わたし、やっぱりまだまだ全然ダメみたいです。今日、学校の体力測定で、力を上手く抜けなくて備品壊しちゃって……。もっと理を
極めないと、深層には行けないですよね」
「カッカッカ! 備品を壊した? そりゃあ学校の造りが柔すぎるんだろ。お前さんは順調に仕上がってきてるぜ」
ドレイクは豪快に笑い飛ばし、結羽の頭をポンと撫でた。
「落ち込んでる暇はねえぞ。……今日はお前さんに、とっておきの『仕事』を用意してあるんだからな」
「仕事?」
結羽が首を傾げた、その時。
ピンポーン、と。
マンションのインターホンが鳴った。
「おう、来たな。……親父、開いてるぜ、入ってきな」
ドレイクがインターホン越しに声をかけると、数分後、リビングに姿を現したのは、佐修院家の執事・黒田だった。
黒田は恭しく一礼をした後、足元に置いていた銀色のジュラルミンケースをテーブルの上へと慎重に持ち上げた。
ケースには、幾重もの魔導ロックと、お札のような呪符がベタベタと貼り付けられている。
「……前山田様、ドレイク様。本日は、佐修院家の執事としてではなく、一人の査定員として、この品の『解呪』を依頼したく参りました」
「解呪、ですか?」
結羽が問い返すと、黒田は重々しく頷き、ケースの蓋を開けた。
途端に、部屋の空気が一気に冷え込み、ドブ泥と血が混ざったような、むせ返るような強烈な瘴気が立ち込めた。
ケースの中に収められていたのは、見事な装飾が施された両刃の古代の長剣だった。
しかし、その美しい刀身の根元、柄との継ぎ目あたりに、どす黒く脈打つ赤黒い『シミ』のようなものがベッタリとこびりついている。
「この剣を握った者は、例外なく理性を失い、狂戦士と化してしまいます。協会最高位の付与魔術師でも、この呪いを祓うことはできませんでした。強引に浄化しようとすれば、剣そのものが砕け散ってしまうと……」
黒田の悲痛な説明を聞きながら、ドレイクは長剣を無造作にひょいと持ち上げた。
「……ふん。相変わらず、こっちの連中は大げさな名前をつけるのが好きだな。呪いでもなんでもねえ、ただの『ゴミ詰まり』じゃねえか」
「ゴミ、ですか?」
「ああ。ダンジョン深層で倒した魔獣の返り血や魔石の破片が、戦いの衝撃で剣の隙間に深く入り込み、そこに澱んだ魔力が長年滞留して腐ってやがるんだ」
ドレイクは長剣をテーブルに戻し、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべて結羽を見た。
「魔法で外側から丸洗いしようとするから、中の構造が耐えきれずに壊れるんだ。……結羽。お前さんの出番だ」
「わたし、ですか?」
「ああ。中に入り込んだ異物を物理的に取り除いて、そこから少量の仙気でピンポイントに洗浄する。……魔法じゃ無理でも、一流の解体屋の目と指先なら、朝飯前だろ?」
ドレイクの言葉に、結羽はハッとして自分の両手を見た。
大手ギルドでは器用貧乏と蔑まれていた、魔獣の解体技術。
それが今、呪われた武具を救い出すための「外科手術」のメスとして、最高のプロフェッショナルから求められているのだ。
「はいッ! わたし、やってみます!」
学校での落ち込みなど完全に吹き飛び、結羽は自身の巨大なリュックから、手入れの行き届いた解体用ナイフを取り出した。
『よろず屋ドレイク』としての、記念すべき初仕事が始まろうとしていた。




