第18話 無自覚な規格外と、学校の憂鬱
中層のボス格であるアームドベアを単独で投げ飛ばし、ステータスの呪縛から完全に解き放たれた結羽。
地獄のダンジョン周回ツアーを一旦休止し、彼女は数日ぶりに通っている高校――『野田覚醒者育成学園・ダンジョン科』へと登校していた。
初夏の陽光が差し込む教室は、朝のホームルーム前の喧騒に包まれている。
だが、結羽が教室の自分の席に着いた途端、その喧騒はピタリと止み、奇異な視線が彼女一人に集中した。
「……おい、見たかよ。あいつ、まだ生きてたのか」
「聞いたぜ。第六階層のモンパレで、パーティーぐちゃぐちゃにして自分だけ逃げてきたらしいじゃん」
「うわ、最悪。レベル1のハズレ枠のくせに、しぶといのな……」
ヒソヒソと囁かれる、心ない噂話。
かつての『青銀の翼』のリーダーたちが、自分たちの保身のために流したであろう都合のいい出鱈目だ。
以前の結羽なら、この視線と陰口に耐えきれず、顔を真っ赤にしてうつむき、ただ嵐が過ぎるのを待つしかなかっただろう。
だが、今の彼女は違った。
(……うるさいなぁ。そんなことより、今日の夕飯の特売のお肉、買いに行けるかな。おやっさん、最近食べる量増えてるし……)
結羽は頬杖をつき、窓の外の青空をぼんやりと眺めていた。
耳に届く同級生たちの嘲笑も、彼女の心には一切響かない。
なぜなら、彼女はつい昨日まで、彼らが一生かかっても到達できないであろう深層の領域で、本物の死線と狂気を潜り抜けてきたのだ。
温室の中で「レベル」という数字のマウントを取り合っているだけの彼らの言葉など、もはや別世界のノイズにしか聞こえなかった。
やがて、担任の教師が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。
「えー、今日は午前中いっぱい使って、学期に一度の『定期能力測定』を行う。お前らの今のステータスとスキル適性を協会に提出する重要なデータだからな。気合入れていけよ」
その言葉に、教室中が湧き上がる。
定期能力測定。
それは、生徒たちが自分たちのレベルと能力を誇示し、スクールカーストを決定づける一大イベントだった。
「よっしゃ! 俺、昨日レベル5に上がったんだぜ! 筋力値も大幅アップだ!」
「マジかよ、すげえな! 俺なんかまだレベル3だぜ……」
はしゃぐ生徒たちをよそに、結羽は小さくため息をついた。
能力測定。
それは結羽にとって、自分の「レベル1」という事実を全校生徒の前に晒し上げられる、公開処刑のような時間だった。
だが、今回ばかりは事情が違う。
(……どうしよう。ステータスボード、おやっさんたちにオフにされちゃってるから、自分のレベルなんてわからないや)
結羽は困ったように頬を掻いた。
そんな彼女の元に、クラスの男子数人がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「おい、前山田。お前、青銀の翼クビになったんだってな?」
「荷物持ちもろくにできねえから捨てられたんだろ? で、今はどうしてんだよ? レベル、いくつになった?」
興味本位と、明らかな見下しを含んだ問いかけ。
結羽は、めんどくさそうに彼らを見上げた。
「あ、青銀の翼はちょっと前にやめたの。今は……親戚のおじさんとバディ組んでやっていて……」
「はあ? 親戚のおじさん?」
「うん。レベルは……わからないんだ。ちょっと事情があって、ステータス見れないから」
結羽が正直に濁すと、男子たちは顔を見合わせて吹き出した。
「ぷっ! なんだよそれ、素人のおっさんに泣きついて、細々とゴミ拾いでもしてんのかよ!」
「ステータス見れないって、要するに万年レベル1のままで恥ずかしくて言えねえんだろ? 可哀想になぁ!」
彼らは同情するような、完全に優越感に浸った態度で結羽の席を離れていった。
(……まあ、いいや。面倒なことにならなくて済んだし)
結羽は、彼らの勘違いを訂正することなく、ただ静かにジャージに着替えるため更衣室へと向かった。
自分がこの後、彼らのそのちっぽけな優越感を、文字通り『物理的』に粉砕してしまうことなど、この時の彼女は夢にも思っていなかったのである。




