第111話 戦術的理性の盾と、一点集中の穿孔(前編)
上空から戦場全体を俯瞰し、無数の視覚情報を並列処理していた統制システム『魔導眼球』。
ふゆと黄龍による多次元的な逆ハッキングによってそれを完全に自壊させたよろず屋パーティーは、連携を失った機甲化ワーウルフ部隊を容赦なく蹂躙し、サイロの底部をさらに奥へと進んでいった。
魔素重量の歪みが最も強くなるその最深部。
一歩足を踏み出すだけでも、全身の骨格がミシミシと悲鳴を上げ、内臓が下へ下へと引っ張り出されるような凄まじい重圧環境の中、彼女たちの前に立ち塞がったのは、いよいよコントロールセンターへと続く巨大な重厚ゲートだった。
だが、そのゲートの前には、これまでの生体兵器とは全く異なる威容を誇る『軍隊』が、不気味なほどの無言で陣形を組んで待ち構えていたのだ。
ずらりと多重の横列を作り、通路の幅を完全に塞ぐようにして立ちはだかるのは、身の丈二メートル半を超える屈強な爬虫類の獣人――『重装リザードマン』の部隊だった。
彼らの装備は、これまで遭遇した生体兵器たちとは明らかに異質な思想で設計されていた。
生来の強固な爬虫類の鱗に守られているためか、彼らが身に纏う装甲は、濁った銀色の未知の魔法金属で作られた胸部や関節の要所のみを覆う『部分鎧』に留められている。
その代わりに彼らが両手で構えているのは、自らの巨体をすっぽりと隠すほどの巨大で分厚い大盾と、その隙間から覗く鋭利な槍だった。
「絶対防衛という言葉を体現したような構成ね……」
彩斗美は、敵の高度な軍事ドクトリンに背筋を凍らせつつ、ゲート前に立ち塞がる『重装盾壁部隊』の分厚い陣形を睨みつけた。
抜刀の距離まで近づいても、彼らは一切の遠距離攻撃や大魔法を撃ってくる気配がない。
ただ無言で、鉄壁の陣形を維持したまま、結羽たちを「押し返そう」とジリジリと間合いを詰めてくる。
ただの機械的なゴーレムとも違う、武練と規律を積んだ生き物としての息の合ったステップ。
彼らは個としての力ではなく、集団としての『理』で侵入者を完全に封殺しようとしているのだ。
「……妙ね。これだけの部隊規模なら、後方から制圧射撃をしてくるのがセオリーのはずだけど。飛び道具の類は一切持っていないわ」
彩斗美が訝しげに目を細めると、後方のふゆのスマートフォンから黄龍の冷徹な分析がインカムに響いた。
『彩斗美殿。おそらく彼らは「撃てない」のです』
「撃てない?」
『ええ。このサイロの底には、極めて不安定な大量破壊兵器が山積みになっています。ここで強力な火器や高火力の魔法を暴発させれば、施設全体を巻き込む連鎖爆発――つまり、星の環境を巻き込むような大惨事になる。……だからこそ彼らは、侵入者の「積極的な制圧」ではなく、盾と槍による「無力化・防衛」に重きを置いているのです』
ドレイクが忌々しげにタバコの紫煙を吐き出しながら、黄龍の言葉に同意する。
「チッ、姑息な真似しやがって。だが、厄介なことに変わりはねえ。あの分厚い盾の壁を崩せなきゃ、中枢には一生たどり着けねえぞ」
彩斗美は瞬時に戦況を計算し、右手に持った蛇腹剣を構え直した。
「……なら、まずはあの盾の物理的な強度と、陣形の性質を確かめるわ!」
彩斗美は魔力を練り上げ、蛇腹剣を鞭のようにしならせて、リザードマンの部隊の中央めがけて鋭い中距離攻撃を放った。
高速で伸びる鋼の刃が、敵の分厚い大盾に直撃しようとした、その瞬間。
ピィィィンッ!
甲高い硬質な音と共に、リザードマンたちの構える盾の表面が共鳴し合い、部隊全体を覆うように青白い『斥力結界』が展開された。
彩斗美の蛇腹剣は、その強固なエネルギーシールドに激突し、凄まじい反発力で弾き返されてしまう。
「くっ……物理的な盾だけじゃなく、魔力障壁まで連動させているのね……!」
手首に走る痺れを殺しながら、彩斗美は顔をしかめた。
個々の盾が発する魔力を陣形全体で連結させ、巨大な一つの結界として機能させる。
まさに隙のない集団戦の極致陣形だ。
彼らは一切陣形を崩すことなく、じりじりと、だが確実に前進してくる。
魔素の異常重量によって内臓が圧迫され、足場が泥のように重いこの空間で、巨大な盾の壁が迫り来る威圧感は絶望的だった。
「このまま相手に前進されれば、押し込まれて退却を余儀なくされるか……最悪、サイロの底の兵器の山に落とされるか、壁との間に押し潰されてあの槍衾にされるわね」
彩斗美のコマンダーとしての冷徹な予測が、状況の不利的未来を正確に言い当てていた。
「なら、わたしが強引に剥がします!」
結羽が『面』の歩法で前線に躍り出る。
彼女は背中の如意棍棒を引き抜くと、カチャリと機構を操作して『鎖分銅』を先端にジョイントし、鈍い銀光を放つその棍を頭上で激しく回転させた。
かつて江の島で五頭竜の首を地面に縫い留めた、遠心力と仙気を乗せた捕縛の一撃。
「はぁぁぁッ!!」
結羽が鎖を放ち、重々しい分銅がリザードマンの大盾の縁に巻きつこうとする。
だが――。
バチィィンッ!
再び青白い斥力結界が閃き、分銅は盾の表面に触れることすら叶わずに、強烈なスパークと共に弾き飛ばされてしまった。
「ダメだ……! 結界の反発力が強すぎて、分銅が引っかかりません!」
「あの結界、単体の魔力じゃないわ。部隊全体の魔力を循環させているから、一点を攻撃しても他の盾から即座にエネルギーが補充されてしまうのよ」
彩斗美が舌打ちをする。
突破口が見えない。
このままでは、ジリ貧だ。
防衛に特化し、ただひたすらに押し返してくる巨大な壁。
それを前にして、結羽は弾かれた銀色の鎖分銅をシュルシュルと巻き取りながら、深く、静かに息を吸い込んだ。
へそ下の丹田に練り上げられた莫大な仙気が、彼女の体内で爆発的な熱を帯びて循環し始める。




