第110話 情報統制の魔眼と、多次元の逆ハッキング(後編)
ドレイクがタバコを咥えたまま、静かに声をかける。
ふゆは前を見据えたまま、力強く頷いた。
「うん。……システムを駆使した情報戦なら、わたしの土俵だもん! お姉ちゃんたちをこれ以上、苦しめさせない!」
ふゆは自身の意識を極限まで集中させ、ポケットにあるスマホ内の黄龍と同調した。
彼女の脳細胞と古代の知性体が仙気を通じた一本の回線で繋がり、天才的な演算能力と魔力視が覚醒する。
ふゆは魔導眼球が展開している軍事ネットワークの複雑怪奇な魔力波形を正確に捉えると、その深淵たるインナースペースへと、自身の意識のすべてを投げ出すように直接侵入を仕掛けた。
キィィィィィン――ッ!
視界が反転し、現実の光景が消え去る。
ふゆの意識が飛び込んだ先は、無数の血走った赤い眼球が虚空に蠢き、数千年前の大戦で死んでいった兵士たちの怨念が、耳障りな電子ノイズとなって絶叫し続ける、おぞましいデータ空間であった。
侵入者であるふゆの意識を検知したアストライアのシステムが、即座に排除プログラムを起動する。
空間を埋め尽くす眼球が一斉にふゆを睨みつけ、彼女の精神を直接焼き切り、狂気へと突き落とそうと、致死量に達する情報量の奔流を呪詛としてぶつけてきたのだ。
「くっ……あ、あぁ……っ!!」
あまりの悍ましさと精神汚染の重圧に、一瞬で自我が弾け飛びそうになる。
だが、ふゆは奥歯をガチガチと震わせながら耐え、己の展開する独自の演算ロジックで、その赤い眼球の群れを包み込むように逆ハッキングを仕掛けた。
アストライアの古代システムが提示する強固な防壁の数々を、ふゆの魔力視が『欠陥』として三次元的に見抜き、その隙間に黄龍の圧倒的なハッキングプログラムを強引に流し込んでいく。
徐々に、敵のシステムがふゆの清浄な青白い魔力によって上書きされていく。
そのハッキングの進捗に伴い、ふゆの意識はネットワーク全体を掌握するように、果てしなく拡大していった。
「――『捕まえた』」
空間のすべてを見通し、敵の視覚、聴覚、戦術予測、そのすべてが自らの掌の上にあるかのような、恐ろしいほどの全能感。
自と他の境界線が曖昧になり、このまま世界のシステムそのものと繋がり、同化してしまえば、どんなに楽だろうかという甘美な誘惑が、ふゆの幼い精神を優しく包み込もうとする。
「逃がさないよ。『お前が見ている全てのものから、わたしはお前達の全てを見ているのだから』……あはは、全部、視えるよ……」
ふゆの口から、彼女自身の意志ではない、無機質なシステムとしての言霊が漏れ出しかけた、その時だった。
『――ふゆ殿』
無限の情報の海に溺れ、自己を失いかけていたふゆの意識の核を、温かく、そして絶対に揺らぐことのない確固たる力で引き戻す声が響いた。
黄龍だった。
『素晴らしい才ですが、その深淵に自ら溺れてはなりませんよ。急ぎすぎず、一歩ずつ伸びていきましょう。あなたはシステムの一部ではない。前山田ふゆという、魂を持った一人の人間です。……さあ、現世へお戻りなさい』
黄龍の優しくも力強い念話が、無限の虚空に漂っていたふゆの意識の『錨』となった。
ハッとして、ふゆは急激に自身の明確な自我を取り戻す。
「……うん、わたしは、みんなのオペレーターだもん! ……アクセス権の書き換え、完了! 魔導眼球のシステムを強制終了するッ!」
ふゆは叫ぶと同時に、敵の防衛システムの中枢へ、致命的な矛盾を孕んだデータを一気に流し込み、ワーウルフ達と魔導眼球の接続を強制的に切断した。
「はぁっ……! はぁっ……!」
現実世界へと意識が戻ったふゆが、膝に手をついて激しく息をつく。
その直後だった。
完全に情報処理をジャックされ、許容量を超える矛盾データを脳内に直接流し込まれた上空の魔導眼球が、内部からの高圧に耐えかねて、その巨大な身体をグロテスクに異常膨張させ始めた。
「ボシュゥゥゥゥッ!!」
おぞましい破裂音と共に、空中を飛び回っていた巨大な魔導眼球が、自壊して濁った粘液の粒子となって霧散していく。
戦場を俯瞰し、統制していたシステムである『目』を完全に失った瞬間。
それまで完璧な連携を誇っていた前衛の機甲化ワーウルフ部隊の陣形に、致命的なまでの動揺と綻びが生じた。
彼らは一瞬にして視界を奪われたかのように、その場に立ちすくむ。
「今よ結羽! 一気に叩き潰すわよ!」
「はいッ!」
彩斗美が即座に斥力結界を解除し、前に躍り出る。
右手で振るう蛇腹剣を全方位へと鋭く展開し、ワーウルフたちが構えていた円盾の隙間へと滑り込ませて、それらを強引に外側へと弾き飛ばした。
完全に死角と無防備な肉体を晒したワーウルフ部隊の中央へ。
結羽が、一条の流星となって飛び込んだ。
彼女の手にある如意棍棒が、丹田から引き上げられた極大の仙気によって眩いばかりの光を放つ。
情報リンクを失い、ただの個のバケモノへと成り下がった生体兵器たちの関節と頭蓋めがけて、結羽の如意棍棒が容赦のない蹂躙の嵐となって叩き込まれた。
バキィィッ! ズガァァァンッ!
骨が砕け、装甲が弾ける鈍い音が通路に響き渡り、生体兵器たちは反撃の機会すら与えられないまま、次々と光の粒子へと還っていく。
自らのシステムによって自壊していく上空の魔導兵器と、圧倒的な理を以て前線を解体していく姉妹の連携劇。
それは、情報戦を完全に裏から支配した、ふゆと黄龍の『裏バディ』による、鮮やかな大逆転の証明であった。




