第011話 覚醒者登録(前編)
結羽が落ち着くまでの間、ドレイクは所在なさげにぐるりと結羽の、前山田家の部屋を見回した。
掃除が行き届き、両親の形見やふゆとの思い出の品が大切に並べられた部屋。
「……家族がいつ帰ってきてもいいように、しっかり『理』の通った生活をしてるじゃねえか」
ドレイクがぽつりとこぼしたその言葉に、結羽の胸が少しだけ温かくなる。
その時だった。
『――師父。どうやら、悠長に感心している時間はなさそうです』
黄龍の宝珠が、少しだけ警告の色を帯びて赤く明滅した。
『先ほどの買取店からの高額入金履歴。それに伴う口座の動きをシステムが検知してか、いくつかの筋から結羽さんの情報に対して調査が入っていますね。トップギルドのスカウト部門や、協会の一部からです』
「えっ!? も、もうですか!?」
結羽が顔を青ざめさせる。
「チッ、嗅ぎ回るのが早いこった。……まぁ、万年レベル1の荷物持ちがいきなりボスクラスの無傷の素材を持ち込んだんだ。ハイエナどもが食いつかねえわけがねえか」
ドレイクが忌々しげに舌打ちをする。
『最初のうちは「ラッキーなドロップに恵まれた」で誤魔化せますが、それも長くはもたないでしょうな』
「……どうしよう。わたし、なんか悪いことしちゃったのかな」
不安で身を縮める結羽に、ドレイクは大きなため息を吐き出し、そしてニヤリと獰猛に笑った。
「悪いことなもんか。てめえの力で掴み取った正当な対価だ。胸張ってりゃいい。……だがな、結羽。弱いまま大金を持っていれば、必ず悪党に目をつけられる。それが世の理だ」
ドレイクは結羽の前に立ち、その肩にポンと大きな手を置いた。
「一番いいのは結羽、お前さん自身がとっとと『それくらい稼いでもおかしくねえ』って思われるくらい、だが悪目立ちしない程度に強くなっちまうことだ」
「わたしが……強く……」
「お前さんの器で俺を召喚できたってことは、よっぽど何かの縁があったんだろうさ。それに俺がアストライアに戻る可能性を探るにせよ、なんにせよ、お前さんの器が大きくなってもらわなきゃ始まらねぇ」
ドレイクは結羽を見下ろし、試すような視線を向けた。
「さっきも言ったが、俺はてめえの目的のためにも、せいぜい面倒見てやるさ。あとは結羽、お前さん次第だ……覚悟はいいか?」
ただの保護者としてではなく、同じ目的に向かって進む相棒としての絶対的な絆と問いかけ。
それに答えるべく、結羽は真っ直ぐにドレイクの炎金の瞳を見つめ返した。
「わたし……強くなりたいです。妹を治して、両親を探し出すために。もう誰の足手まといにもなりたくない……!」
「おう、任せとけ。……まずは明日、妹の病院へ行くぞ。それから、俺の『覚醒者』としての登録だ。ギルドもきっちり足抜けして、厄介なしがらみを全部片付ける。……忙しくなるぜ」
ドレイクが楽しげに笑う。
ステータスという補助輪を外した少女と、規格外の異世界のバディによる、現代ダンジョンの常識をへし折る波乱の快進撃が、今、確かな産声を上げたのであった。
◆◆◆
翌朝。
結羽は、千葉県野田市にあるダンジョン協会・野田支部のエントランスを歩いていた。
現代のダンジョン法において、公式に迷宮を探索し、その恩恵を合法的に得るためには、協会への「覚醒者登録」が不可欠である。
ダンジョン発生時から力を持つ第一世代や、結羽のように学校の講習でスキルを獲得した者以外でも、後天的に力に目覚めた者は『覚醒者』と呼ばれ、能力測定と適性検査を経て、探索者としてのライセンスを交付されるシステムになっていた。
朝のダンジョン協会は、これから迷宮へと潜ろうとする数多くの探索者たちでごった返していた。
エントランスに設置された巨大な電光掲示板には、本日の魔石や素材の買取価格、各階層の天候予測、そして魔力濃度の変動推移が絶え間なくスクロールしている。
金属の防具が擦れる音、微かに漂う回復ポーションの独特な甘い匂い、そして生還と一攫千金にかける熱気。
「冒険者」という職業が完全にシステム化され、現代のインフラとして組み込まれた社会の縮図がそこにあった。
「やれやれ、どこの世界も役所ってやつの空気は変わらねえな。無駄に人が多くて息が詰まるぜ」
結羽のすぐ後ろを歩くドレイクが、あちこちに並ぶ順番待ちの列や、事務的に対応する職員たちの姿を見て、やれやれといったふうにため息をつく。
彼はすでに隠形を解いており、結羽の背丈ほどもある大きなリュックを片手で軽々と提げていた。
その巨漢と、ただならぬ凄みのある顔つきに、周囲の探索者たちが道を開けるようにして避けていく。
結羽のリュックの陰で、ドレイクのジャージのポケットから黄龍が念話を飛ばしてきた。
『ご安心ください、師父。すでに師父の戸籍や過去の経歴は、矛盾なく各データベースに登録済みです。地方の山奥で自給自足の生活を送っていたが、最近になって特異な力に目覚め、上京してきた善良な一般市民……という設定にしておきました』
この神話級のインテリジェンス・アーティファクトにかかれば、現代の強固なセキュリティシステムなど薄紙を突き破るよりも容易いらしい。
「善良な一般市民ねえ。まあ、面倒事が減るならそれでいいさ」
ドレイクは苦笑しながら、受付で黄龍が用意した完璧な偽造書類を提出した。
そこから先は、ドレイクにとってひどく退屈で苦痛な時間の連続だった。
まずは適性検査と称した、分厚いマークシート形式の筆記試験である。
「なんで俺が、一般常識だのダンジョン法だののペーパーテストを受けなきゃならねえんだ……」
ドレイクは小さな鉛筆を丸太のような指で窮屈そうに摘みながら、ブツブツと文句を言い続けていた。
しかし、そこは数千年の時を生きる老獪な火龍である。
黄龍のわずかなサポート(という名のカンニング)を受けつつ、現代の常識の範囲内に収まるよう、適度に間違えながら点数をCランク相当に調整するという器用な真似をやってのけた。
「よし、これで座学と魔力測定は終わりか。ようやく本番だな。やれやれ、あんまりおっさんに頭使わせるんじゃねえっての」
ドレイクが首の骨をゴキリと鳴らす。
最後に保険入会と誓約書への署名を終えた彼は、実技試験が行われる訓練場へと案内された。




